第20話 友人たち
誰かが人ごみの中で知り合いを見つけたようだ。
「ラインハルト! 聞こえないのか、ラインハルト!」
ラインハルトさん、呼んでますよ?
早く返事してあげてください。
「ライン!」
カツカツという足音が近づいて来たかと思うと、見知らぬ男の人がリュシアンの肩に手をかけ、ぐいっと自分の方を向かせた。
「いつの間にこんなに元気になったんだよ、なぜ知らせてくれなかったんだ。俺たちがどんなにーー」
声を弾ませながら捲し立てていた男の人は、リュシアンの唖然とした表情を訝しく思ったのか言葉を途切らせた。
「リュシアン……」
状況が飲み込めないながらも、私はそっとリュシアンの名前を呼んでみた。
「リュシアン?」
「ええ……、私はリュシアンという者ですが」
突然のことに目をぱちくりさせていたリュシアンがやっとのことで返事を返すと、男の人はまじまじとリュシアンの顔を覗き込んだ。
「まさか! 俺をからかっているのか? ……冗談だよな?」
「いえ、あなたとは初めてお会いします」
「そんな馬鹿な……、これほど瓜二つの人間がこの世にいるものなのか……? するとやはり、ラインはまだ臥せっているということか……」
男の人は驚きも露わにブツブツと独り言を言い始めた。
「それほど私に似た人物が? その方はどなたなのでしょうか?」
「ああ……、失礼した。私の名はコンラート・アイブリンガー。君は私の友人に驚くほど似ているのだ。しかし彼は病で臥せっていてね……、こんな所にいる筈がないよな……。ハハ……」
コンラートと名乗った彼は、自嘲するように乾いた笑いを漏らした。
「そうでしたか……。それはお気の毒に。お見舞いにでも行ければよいのですが」
「いや。気持ちはありがたいが、気軽に会える人物ではないのだ」
リュシアンはそれとなくコンラートの友人の名を聞き出そうと試みたようだったが、あえなく失敗してしまった。
「そうですか」
「しかし、君とこれきりというのも惜しいな。もしよかったら今晩一杯どうかな? 私の友人たちにも紹介したい。みな君に会えたら喜ぶだろう」
次なるアプローチを悩むまでもなく、思いがけずコンラートの方から誘いの声をかけてくれた。
このチャンスを逃す手はない。
「ええ、ぜひ」
「それはよかった! この道をまっすぐ5分くらい歩くと、右手にホフブロイ亭という店がある。そこで7時に待ち合わせよう。もちろん君の妹さんも一緒にどうぞ」
コンラートは私の方を見て微笑んだ。
「あっ、はい! ありがとうございます。あの、私はエルと申します」
「エル、可愛らしい名前だ。それでは、リュシアンにエル。今夜また会おう」
コンラートはそういうと、バサリとマントを翻して去って行った。
よく見るとコンラートは騎士らしき制服を着ていたようだ。
何となく気品が感じられる所作から、おそらくはどこかの貴族の子息なのだろうと思われた。
(やったじゃない! こっちが探し回るまでもなく、向こうから見つけてくれるなんてツイてたわね!)
「えっ、ええ……」
こんなに人が大勢いる大通りで1人で話す訳にも行かず、私はボソボソと小声で麗しの薔薇に返事をした。
(その臥せっている人物って、確実に血の繋がりがあるわよね。親戚かしら)
「さあ……」
(なによ、張り合いのない子ね!)
そう言われましても……。
周りを見てください……。
「あの……、人が……」
(あ、そうだったわ。頭がおかしいって思われないようにしないといけなかったわね。じゃあ後でいいわよ)
ホッ……、なんとか納得してくれたようだ。
「それにしても、王都に着いて早々すごい手がかりが見つかったなあ」
早速身元が判明しそうな予感に、リュシアンは喜びを隠しきれないようだ。
「そうね。でも病気だというのは心配だわ」
「そうだな。早く回復してもらって、一目会いたいものだ。あっ、そこの宿屋は良さそうじゃないか? 待ち合わせ場所にも近い」
私たちが立ち話をしていた場所のすぐ近くに、良さそうな宿が見つかった。
近づいて外に出ていた看板に書いてある値段を確かめると、手ごろな値段で清潔感もあるし、何より厩が付いているのがいい。
「いいわね、空いているかしら」
受付に行き空きを聞いてみると、1人部屋が2つ空いているそうだ。
馬を連れて宿を探し回るのは大変なこともあり、私たちは早々にその宿に泊まることを決めた。
「いや、これは驚いた!」
「本当に別人なのか?」
「髪や目の色もそっくり……。強いて言えば、こっちの彼の方が日に焼けて健康的に見えるな」
私たちが店に入ると、先に着いてカウンター付近で私たちを待っていたらしいコンラートの友人たちが矢継ぎ早に感想を述べるのが聞こえてきた。
そこまで似てると言われたら、本人がどんな人なのか一層気になってくる。
手招きされて彼らに近づくと、コンラートが友人たちを紹介してくれた。
「やあ、来たね。リュシアン、エル、私の右隣の男はエーデルハイト侯爵家のエメリヒ・エーデルハイトで、その隣がボーデン伯爵家のリヒャルト・ボーデン、それからこっちの男はキルヒェン伯爵家のディートフリート・キルヒェンだ。そして私はアイブリンガー公爵家のコンラート・アイブリンガー。まあとりあえずは、そこの空いている席に座ろうじゃないか。」
薄い茶色の髪の人がエメリヒで、金髪がリヒャルト、濃い茶色の髪がディートフリートで、黒髪がコンラートですね。
全員貴族か……、それなら私たちも本名を名乗った方がいいだろう。
そう思ってチラリとリュシアンを見ると、リュシアンも頷いてくれた。
「こちらはプレシウス王国第一王女のレピエル・プレシウス様です。そして私は護衛騎士のリュシアン・ヴァンクールと申します」
「なんと! 外国人だったのか。いやはや、他国にこれほどそっくりの人物がいるとはなあ。俺たちに似た人間もいるのかな?」
ディートフリートが目をむいて友人たちに問いかけている。
いえ、そうそういないと思います。
「これはこれは他国の王女様でしたか。先ほどはご無礼をいたしました」
私の身分を知ったコンラートが恭しく頭を下げた。
「いいえ、そんな。本名を名乗らなかったのですもの、どうかお気になさらないで」
「レピエル様。その名前の方がお似合いだ。実に可愛らしい」
コンラートはそう言うと、私の手を取ってキスを落とした。
「姫様、お気を付けください。コンラートは女性の扱いがことのほか得意なのです」
「まあ」
「エメリヒ、誤解を生むような言い方をするなよ」
私たちが席に座るのを見計らっていたかのように、給仕係がたくさんの料理や飲み物を運んできてくれる。
どうやら前もって注文しておいてくれたようだ。
「それでは、我々の出会いに乾杯しようじゃないか。乾杯!」
私たちはグラスをカチンと合わせて乾杯した。
「ここにラインがいたらな……、君のことを知ったらきっと君に会いたがっただろう」
リヒャルトがつぶやくように言った言葉に、彼の友人たちは一様に神妙な顔つきになってしまった。
もしかすると……、病状はかなり深刻なのだろうか?




