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第2話 禍々しい気配


「えっ? 何かおっしゃいましたか?」


私は声の主を探してきょろきょろと左右を見回した。


「プッ、何かおっしゃいましたか、だとよ! この娘、頭が弱いのか? いま盗賊に囲まれてることは分かってるのかよ?」


盗賊たちには声が聞こえないようで、ギャハハハと声をあげて私を笑いものにしている。


(ほら、自分でも盗賊だって自己申告してるでしょ! 助けが来るまで待ってたら殺されるんだからね!)


やっぱり声が聞こえる……。

どこから聞こえるんだろう?


(探したって姿なんかみえないわよ! そんなことより早く逃げなさいってば!)


そういわれても、相手は3人いるし、逃げる方向は川の中しか残っていない。

盗賊たちはニヤニヤ笑いながら少しずつ距離を詰め、1人が私の腕をつかもうと手を伸ばしてきた。


「レピエル様ッ!」


ザザッと繁みを掻き分け、血相を変えたリュシアンが飛び出してきた。


「あ、リュシアン」


よかった、リュシアンが来てくれた……!


「なんだ、護衛がいたのかよ。まあ、1人なら大したことはないな。悪いが、死んでもらうぜ!」


「それはどうかな」


剣を抜いた盗賊を見て、リュシアンはゆっくりと腰の剣に手を掛けた。


(ああー、もう! 剣ぐらいさっさと抜きなさいよ! なんだってどいつもこいつも、こうもトロいのよ! イライラするッ!)


「死ね!」


盗賊が斬り掛かってきたところで、リュシアンはスラリと剣を抜く。


ガキン!


リュシアンは危なげなく剣を撥ねのけると、返す刀で盗賊の利き腕を斬りつけた。


「いてえーッ!」


ざっくりと腕を切り裂かれた盗賊は剣を落として腕を押さえた。

河原の石の上にボタボタと大量の血が滴り落ちる。


(あッ! 血はダメ! 血はダメなのよ!)


「何がダメなんですか?」


さっきから逃げろ逃げろと急き立てていた声の主は、今度は急に血は駄目だと言い出した。


(例のあの人が起きちゃうわ……!)


「例のあの人?」


誰のことを言っているんだろう?


首を傾げる間もなく、私は急速にあたり一面に禍々しい空気が立ち込めていくのを感じた。

もくもくと広がった厚い雲に太陽が隠れたせいか、いきなり肌寒くなった気さえする。


「えっ、この赤い光は……?」


ふと気が付くと、私の右ポケットがポウッと赤い光を発していた。

ポケットにはさっき拾った青い石しか入っていない筈だと思いながらも、私は急いで中を探り手のひらを広げる。


すると、確かに青かった石が今は血のように赤黒く染まり、見るからに恐ろし気な様子に変貌していた。


(ああ、まずいまずい! まずいわよ! 赤くなっちゃったじゃないの! 早くあの血を流してる男から離れて! いいえ、それより、その石を今すぐ捨てて逃げるのよ!)


「……殺してやる……」


声がした方に視線を移すと、腕を押さえている男の顔つきがガラリと変わっていた。

男はふらつきながらも剣を拾い上げ、負傷している方の手で血管が浮き出るほどきつく握り締めている。

まるで痛みを感じていないかのようだった。


「おい、どうしたんだよ?」


仲間の男が、様子がおかしくなった男に声をかける。

すると、様子のおかしい男は声の主に向かって思い切りブンッと音が鳴る勢いで剣を振るった。


「うわっ、な、なんだよ!」


寸でのところで後ずさって剣をかわした仲間の男は、激昂して剣を抜いた。


「……殺す」


「ふざけるな、死ぬのはお前の方だぜ!」


最初はオロオロしていたもう1人の仲間までが、誰に言うともなくブツブツとおかしなことを呟きだす。


「……みんな死ね、……みんな死ね、……みんな死ね」


そして、3人の盗賊たちはお互いに向けて剣を構えた。


「……レピエル様! 今のうちにこちらへ!」


いつの間にかすぐ傍に来ていたリュシアンが、小声で耳打ちをした。


「え、ええ」


なるべく足音を立てないように、気配を消しながら後ずさり、ある程度離れたところでクルリと方向転換して一気に駆け出す。

私たちは、近くに繋がれていたリュシアンの馬に急いで飛び乗ると、後ろも振り向かずに走り去った。


「ーーここまでくればもう大丈夫でしょう」


「はあはあはあっ……。い、いったい何があったのかしら……?」


「急に様子が変わりましたね」


私とリュシアンは、盗賊たちの突然の異変に首を捻るばかりだった。


(……あのさ。なんでアンタたちは平気なわけ?)


「えっ?」


「何も言ってませんよ?」


「リュシアンじゃなくて、さっきから誰かの声が聞こえるんだけど、姿が見えないのよ」


馬にまで乗ってあの場を離れたというのに、どうしてまだ声が聞こえるんだろう?

私は見逃さないよう慎重に首をぐるりと巡らせた。


(だからさ。アタシの姿はアンタには見えないわよ。アタシは石の中にいるんだから。というか、アタシの声が聞こえるだけでも驚きよね)


「えっ、石って?」


(アンタ、さっき拾ったでしょ? アタシ、そこに住んでるから。まあとりあえず、よろしくお願いするわよ)


そういえば、こんなことになったそもそもの原因は、石を拾ったせいだった。


「えええっ! 石の中に幽霊がッ!?」


(幽霊ってアンタ……! 失礼な子ね!)


「リュシアン、どうしよう!?」


これから幽霊に呪われるのかもしれない!

むしろもう呪われている気がする。

あの時この石を拾わなければ、こんな目には遭っていないのだから。


「レピエル様、さっきから1人で何を騒いでいるのです?」


「リュシアンには聞こえないの!?」


(普通聞こえないみたいよ? 会話が成立したのってアンタだけだもの)


なんということだ、恐ろしい幽霊とたった一人で対峙しなくてはならないなんて……!

ぶるぶる震えていると、リュシアンが後ろから自分のマントをバサリと広げ、私をその中に入れてくれた。


「寒いですか? もうすぐブランが待ってる場所に着きますよ。しかし、着替えがないですね、困ったな」


「濡れるなんて思わなかったものね」


ちょっと従姉妹の家に遊びに行っただけなのに、まさか川に落ちるとは……。


「次の町まで我慢していれば、こんなことにはならなかったんです」


「だって……」


どうしても切羽詰まってたんだもの。


「次の町で服を手に入れましょう。さすがに何時間も濡れた服を着ていては風邪を引いてしまう」


「わかったわ」


木につながれたブランの姿が見えてきたところで、私はいよいよ震えが激しくなってきた。

馬に乗ってびゅうびゅう風に吹かれたせいで、どうやら体が芯から冷え切ってしまったようだ。


「どうどう! 私が先に下りますから、少し待っていてください。ーーレピエル様、唇が紫になってますよ!?」


「さ、寒い……」


ガタガタと震えが止まらない。


「たき火をして温まりましょう。枝を集めてきますので、ここから動かないでください」


「はい……」


私はぎこちなくリュシアンの馬を下りると、少しでも暖を取ろうとブランの体にぺたりとくっついた。

すると、ブランは迷惑そうにブルルと鼻を鳴らす。


(アンタの護衛も、バカな主人を持って苦労するわねぇ)


「バカな主人? お父様をご存知なのですか?」


お父様ったら、いつ間に幽霊さんと知り合いになったんだろう?


(アンタの話をしてるのよ! あの男の子はアンタの護衛なんでしょ?)


「ええ、そうですけど、雇い主はお父様ですから、私が主人というわけじゃないんです」


ビタ一文支払わずに、私が雇い主面するわけにはいかない。


(アンタのお父さんに雇われてようが、アンタも主人と同じでしょ!)


なんだかこの幽霊さん、ちょっと怒りっぽい気がするな……。


「いいえ、それは違います。私とリュシアンとの間に上下関係はありません。私たちはいつも対等の立場です」


(……フーン。まあ、いい心がけよ。間違っていたのはアタシの方だわね。ーーところでさ)


納得したせいか、幽霊さんはいきなり話題を変えた。


「はい? なんでしょう?」


(なんでアンタたちはさっきのあの空気に飲まれなかったのかしら……。アタシはそれが不思議でしょうがないのよ)






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