第19話 王都の雑踏で
「それは私もそう思いました」
おそらくは、どちらの被害者も高貴な人物で間違いない。
そんな人たちが皆殺しになるような大事件が、同時期にあちこちで起こるとも思えなかった。
「エル? 麗しの薔薇様は何と言っている?」
「元侯爵とリュシアンの話がどちらも21年前の出来事だということ。偶然なのかしらって言っているわ」
「俺もそう思って、護衛対象は目印になるものを持っていなかったかと尋ねたんだよ」
リュシアンは残念そうに言った。
「持ってなかったって言ってたわね……」
(そうだったわね……。あのさあ、21年も経ってから探すんじゃなくてさあ、赤ん坊見つけたときにすぐ探してればよかったんじゃないの?)
麗しの薔薇は、私たちの行動の遅さを責めるような口ぶりだ。
「もちろん探しましたよ! 手を尽くしたものの、身元はとうとう分からなかったそうです」
(あらあ、そうだったのー。うーん、何か手がかりがないのかしらねえ? そういえばさ、あのオンジ、リュシ君を見て誰かを思い出すって言ってなかった?)
「あっ、言ってました!」
麗しの薔薇も口が悪いばかりじゃなくて、たまにはいいことも言うな!
「エル? 何を話している?」
「元侯爵がリュシアンを見て『懐かしい誰かを思い出す』って言ってたでしょう? もしかして、血の繋がりがある誰かが生きているのかも!」
これはいい手がかりになるかもしれない!
「そうか! よし、明日出発する前にそれとなく聞いてみよう。さあ今日はもう遅い。中に入って休ませてもらおう」
「ええ、わかったわ」
そして私は笑顔になったリュシアンの横に並んで、山小屋の中へと戻って行った。
翌朝、あぶったチーズを乗せたパンと紅茶をご馳走になり、私たちは出発の準備を整えた。
クラールハイト元侯爵も山小屋の外まで見送りに出てくれている。
「昨夜は大変お世話になり、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
私たちは改めて感謝の気持ちを伝えた。
「いやいや、こちらも楽しかった。また機会があれば寄ってくれたまえ」
クラールハイト元侯爵は厳つい顔をほころばせ、笑顔を見せる。
「あの……、一つお聞きしてもよろしいでしょうか。昨夜、私を見て『誰かを思い出す』とおっしゃいましたが、どなたを思い出されるのですか?」
タイミングを見計らっていたらしいリュシアンが、真剣な表情で話を切り出した。
「……なぜそれが気になる?」
クラールハイト元侯爵は訝し気に眉根を寄せた。
あまりに真剣なリュシアンの様子に、何かあるのかと警戒してしまったようだ。
「いえ、どこかに私に似た人物がいるのかと……、単なる好奇心です。言いたくないのならばいいのです。不躾な質問で失礼いたしました」
リュシアンはにっこり笑って誤魔化している。
「ああ、いや……。辞めたとはいえ、任務には守秘義務があるのでな。すまんな」
……どうやらクラールハイト元侯爵から聞き出すことは出来そうもない。
これ以上食い下がっては不自然だ。
「それでは、そろそろ失礼いたします」
「ああ、気を付けてな」
「ありがとうございます」
私たちはひらりと馬に跨り、見送るクラールハイト元侯爵に手を振って別れた。
「失敗しちゃったわね……」
クラールハイト元侯爵の姿が見えない距離まで来たところで、私は隣を走るリュシアンに話しかけた。
「いいや? 十分わかったよ」
「えっ、どういう意味?」
誰の名前も口にしていなかったのに、何がわかったんだろう?
「クラールハイト元侯爵は『任務』と言っていた。おそらくそれは、最後の任務のことだからあんなに警戒したのだろう。そして秘密を守るべき相手はまだ存命だと思える。つまり、俺に似ている誰かとは、クラールハイト元侯爵に任務を命じた人物のことなんじゃないか?」
な、なるほどっ!
そう言われるとそうとしか思えない!
(リュシ君、すごいわ! アタシもそう思う、絶対当たってるわよ)
「私も当たってると思います!」
「ん? 麗しの薔薇様と話しているのか?」
リュシアンが首を傾げる。
麗しの薔薇の発言が挟まれたせいで、少し会話が噛み合わなくなってしまったようだ。
「そうよ! 麗しの薔薇も当たってるって言ってるわ」
(それで任務を命じた人物とやらに心当たりはあるの?)
「そうだわ! リュシアン、任務を命じた人物に心当たりはあるの?」
リュシアンの鮮やかな推理に感心しすぎて、肝心なことを聞くのを忘れていた。
「ああ。フリューリング王家の誰かに間違いないだろう。クラールハイト元侯爵は自分でもそう言っていたじゃないか。『フリューリング王家に仕えていたのだ』と」
リュシアンは少し得意げな様子でニヤリと笑った。
「ああーっ! そうよ、確かにご自分でそう言っていたわ!」
「やはりこのまま王都フリューゲルを目指して間違いないようだな」
「そうね! ああ、王都へ行けばついにリュシアンの身元が判明するのね! ワクワクするわ!」
私は嬉しさに踊り出したい気分になっていたが、馬上で踊るのは危険なので我慢する。
(アタシも楽しみよ~、リュシ君、よかった~)
「ふふっ、気が早いですよ」
まだ見つかってませんから。
とはいえ、王都に着けば何かしらの手がかりがもっと見つかるはずだ。
私たちは逸る気持ちを抑えながら、王都を目指して馬を飛ばすのだった。
一度は迷子になってしまった私たちだったが、その後の数日は順調に旅を進め、ついに王都フリューゲルに到着した。
「着いたわね」
「そうだな」
「こんな大都会、見たこともないわ!」
あまりの規模の大きさに目が眩みそうだ。
プレシウス王国とはとても比較にならない。
私たちの国の王都は、ヴァインロート伯爵領の領都よりも小さい位なのだ。
(えぇ、そうおー? それほどでもーって感じよね。ちょっと、そんなにキョロキョロするんじゃないわよ! 田舎者だと思われて悪い人に騙されるじゃないの!)
もの珍し気に辺りを見回す私とリュシアンを見て、麗しの薔薇が一喝した。
「はっ、はいっ! ……リュシアン、あんまりキョロキョロしてると悪い人に騙されるんですって」
私は小声でリュシアンに耳打ちした。
「そ、そうなのか。都会は世知辛いんだな……」
「そうは言っても、こんなところに来て何も見ずになんていられないー!」
「俺もだよ。とりあえず宿を探して、馬を預けて観光に行ってみるか?」
やったあ、観光だって!
嬉しいな、まずはどこに行こう?
珍しくて美味しいものが食べたいな!
「そうね、そうしましょう!」
(ヤレヤレ……、おのぼりさん2人も抱えちゃ面倒見切れないわよぉ。自分たちでもスリには気を付けなさいよ! ちょっと聞いてるの!?)
都会の雑踏にかき消されるためか、麗しの薔薇の小言もまったく気にならない。
ブランとノワールも、見たことがないほどの人混みに興奮気味だ。
立ち止まっていた私たちが宿を探そうと一歩足を踏み出したその時、どこからか男の人の声が聞こえてきた。
「ライン……? ラインハルトじゃないか!」




