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第18話 21年前の悪夢


クラールハイト侯爵の名は初めて聞く名前だったけど、元とはいえ侯爵がこんなところにたった1人で21年も暮らしているなんて……。


「クラールハイト侯爵……。何があったのですか?」


「……21年前、私はある極秘任務を任されることになった。その任務は、ある人物の護衛で、人目につかないことが最優先事項だった。危険は少ないと思われ、私は信頼の置ける少数の人数で任務を遂行することに決めた。だがーー」


おじいちゃん、いや、クラールハイト元侯爵はそこで言葉を切ってうなだれた。


「危険があったのですか?」


「この森……、いま私たちがいるこの場所で、馬車が何者かに襲われてしまったのだ。護衛対象に付き添っていた私の妻はその時に殺され、護衛騎士や御者も皆殺されてしまった。ただ1人、大切な護衛対象を除いて……」


「護衛対象は助かったのですか?」


みんな殺されてしまったけど、1人だけ助かったのだろうか。


「分からない……。分からないのだ。遺体は残されていなかったが、誘拐されたのならば身代金の要求がある筈。それもないとあっては、おそらくはもう……」


「ーー何か、目印になるようなものは身に付けていなかったのでしょうか?」


リュシアンは怖いくらい真剣な顔でクラールハイト元侯爵に尋ねた。

リュシアンにとっても、他人事とは思えない話だからだろう。


「……いや。身元を特定できるようなものはあえて身に付けなかった」


「そうですか……」


目に見えて落胆するリュシアンだったが、クラールハイト元侯爵はその様子に気が付かないようだった。


「あの時私も同行していれば……、せめてもっと大勢の護衛を付けていればこんなことにはならなかった。それから間もなく、まだ幼かった息子も妻の後を追うように亡くなってしまい、私はすべてを弟に譲ってここへきたのだ。こんなことでしか罪滅ぼしを出来ないが、せめて、妻や護衛たちが殺されたこの場所で、みなの魂を慰めたいと願っているのだ」


長い話を静かに語り終えたクラールハイト元侯爵の頬に、ツーッと一筋の涙が伝い落ちる。

今まで誰にも言えずに心の中に秘めていたことを、初めて吐露できたのかもしれない。


「そうだったのですか……。奥様はきっと、天国であなたの愛情を感じていることでしょう」


「はは……、そうだといいが……」


「絶対に気持ちは伝わってーー」


ぐぎゅるるるるるるー!


う、嘘でしょう!?

どうしてこんな時に鳴るの、私のお腹は!


あわてて押さえつけるも、すでに鳴ってしまった音は消しようがない。


「ははは! 腹が減っているのか。よかったら一緒に夕食をどうだね?」


はい……、さっきから暖炉にかけた鍋からシチューのいい匂いが漂ってきていました。

なんだか催促したみたいですみません……。


「妹が失礼して申し訳ありません」


「いいんだよ。久しぶりに人と話をしていい気分転換になった。普段は買い物に行くときぐらいしか話す機会がないんだ」


クラールハイト元侯爵は立ち上がって食器を用意しながら朗らかに笑った。


「お手伝いします」


私もカバンから前の町で買ったパンと果物とチーズを出して、夕食の足しにしてもらうことにする。

そして私たちは、それぞれが意図的に明るく振る舞いながら食卓を囲むのだった。





ブランとノワールの世話をしにいくと言ったまま、リュシアンが帰ってこない。


世話とは言っても、こんなに暗くなってしまっては、水や餌を与えるくらいのことしか出来ない筈だ。

まさか私をおいてどこかに行ってしまうようなことはありえないが、何をしているのか気になった私は、家畜小屋へ行ってみることにした。


「リュシアン?」


「ーーああ、ここだよ」


声が聞こえた方に視線を向けて目を凝らすと、月明かりの下にリュシアンの影が見えた。

家畜小屋近くの柵に座ってブランとノワールを眺めていたようだ。


「大丈夫?」


「ああ、大丈夫だよ」


(え、大丈夫って何が? なんでリュシ君が大丈夫じゃないかもしれないって思ったの?)


リュシアンの事情を知らない麗しの薔薇は不思議そうに尋ねた。


「それは、クラールハイト元侯爵のお話を聞いて、心が穏やかではなくなったかもしれないと……」


(ええー? なんで心穏やかじゃなくなるの? そういえばさあ、なんでリュシ君って1ヵ月も休んで旅をしようと思ったの?)


「それは、自分探しといいますか……」


ううっ……、リュシアンが聞いている前では、麗しの薔薇に事情を説明し難い……。


(は? 自分探し? なにそれ、スイーツ脳が悪化した?)


スイーツノーって何なんですかっ!?

どうしよう、困ったな……。


「エル、俺が話すよ。麗しの薔薇様から質問があったら通訳してくれ」


「わかったわ」


私が口ごもるのを見かねたのか、リュシアンが説明を買って出てくれた。


(あら助かるわ。この子、説明がヘタだからリュシ君のほうがいいわよ)


「ーー俺には親がいないのです」


(へっ!?)


「俺は21年前、このフリューリング王国のどこかの森でデルフィニオン様に拾われました。留学先から戻られる際に休憩で立ち寄った森で、目を覆うような血溜まりの中、俺だけが生き残っているのを見つけたそうです。他の者はすべて殺されていたと……」


(まああああっ! なんてこと!)


麗しの薔薇は驚愕して悲鳴のような声をあげるが、リュシアンには聞こえない。

リュシアンは淡々と先を続けた。


「どうやら、俺が身に付けていたお守り袋の中のダイヤモンドに、デルフィニオン様のお力が反応して俺を発見することが出来たようです。まるで守られるかのように光に包まれていたと。デルフィニオン様が見つけて下さらなければ、俺は1日と持たずに死んでいたでしょう。俺はまだ生まれて数日ほどしか経っていなかったそうですから」


(まあっ、デルちゃんお手柄だったのね……ッ! リュシ君だけでも助かって本当によかったわよ)


デルちゃん……、誰ですか?

それはともかく、リュシアンが助かって本当によかったと私も常々思っている。


リュシアンは光、ヴァンクールは勝者。

リュシアンの名前は、その時の光景からお父様が付けた名前なのだ。


「俺はそのまま王宮で何不自由なく育てられ、こうして大人になることが出来ました。デルフィニオン様にも、王家の皆さま方にも、心から感謝しています。でも……」


(でも? どうしたの?)


「俺は自分が何者であるのかを知りたい。成長するにつれ、その思いは強くなっていくばかりでした。お守り袋に入っていた結界の魔法具も、ダイヤモンドのブローチも、値段の付けようもないほど高価なものだ。そんなものを赤ん坊に持たせられる人間など一握りしかいない。だから俺は今回長期の休みをもらって、自分の出自を突き止めようと思ったのです」


(そういうことだったの……。リュシ君も結界の魔法具を持っていたなんて驚いたわよ。道理で呪いが効かない筈だわ)


そういうことだったのですよ。

どうやら通訳する間もなく事情説明は終わったようだ。


(あら、でもさ。そしたらさ)


え、何ですか?


(さっきのオンジの話とリュシ君の話。21年前の出来事って、ただの偶然なのかしら……?)






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