第16話 信じる心
返事をしないアンナに構わず、私は話し出した。
「むかしむかし、あるところに人を信じすぎる若者がいました。若者自身は裕福ではないものの、希少石を見つける才能があったために友人や知人に騙されてはなけなしのお金を巻き上げられてしまう、そんな生活を送っていました。ある時、それを見かねた魔法使いが若者に助言をするのです」
(ふんふん、なんて言ったの?)
「『君はもっと人を疑ってかかるべきだ。純粋な心は美点でもあるけれど、いつか命まで失ってしまいそうで僕は心配だよ』と」
(何度も騙されてるんじゃ、当たり前の対策だわね)
アンナはともかく、麗しの薔薇は興味を持って聞いてくれているようだ。
「しかし若者は魔法使いにこう言いました。『僕は人を疑うよりも信じていたいのです。人を疑って、遠ざけてしまう人生はつまらない』。あまりにニコニコと天真爛漫に笑う若者に、魔法使いはある提案をします」
(なんてなんて?)
「『僕のことも信じてみるかい?』『もちろん!』若者は即答しました」
(いや~ん、何が起こるのかしらあ~)
「すると魔法使いは、『実は僕は人里はなれた山に住むエルフで、君が見つけてくる魔石を取引したいんだ。その代わりに僕たちの山の麓に結界を張ってあげるから、そこに君の好きな人を招いて住むといい。そこでならいくらでも好きなだけ人を信じて暮らせるよ』と言うのです。若者はその提案を気に入り、まずは恋人と2人でそこへ行き、家族、親戚、友人と次々に招き入れ、ついには自分の王国を築き上げることになったのです」
(……ん!? その話、もしかして?)
そう、我がプレシウス王国、建国の物語だ。
私たちの国では子どもから大人までみんなが知っている、とても有名な話なのだ。
「人を信じることを止めてしまうということは、せっかくの救いの手まで拒絶してしまうことでもあります。若者が魔法使いを疑って、拒絶していたらどうなっていたでしょうか。少なくとも、魔法使いの言うことを信じなければ、若者が国王になることはありませんでした。そこまで劇的に運命が変わることは滅多にないかもしれませんが、良い方に変われる機会を、自分で潰さないでほしいんです」
「……うっ、ううっ、うううっ」
後姿からでも、アンナの細い肩が震え、口元に手を当てて嗚咽をこらえている様子が見て取れた。
聞いているのかいないのか、ちょっと不安だったけど、私の話はしっかり聞いていてくれたようだ。
「アンナ……。俺のところへ来い! 2人で働けば借金なんてすぐに返せるさ」
いつの間にか戻ってきていたベルンが、戸口の影からのそりと姿を現わした。
「せっ、責任なんて取らなくていいって言ってるでしょ!」
(え、責任て……? もしやベルンがこの子の最初の客なわけ?)
「アンナ。嬢ちゃんの話、ちゃんと聞いてたか? 救いの手を拒絶するなってよ。俺はあの医者とは違うんだ、俺はお前を裏切るようなことは絶対にしない」
「ベルン……。ううっ、うわあーーー」
アンナは振り向いてベルンに抱きつくと、堰を切ったように激しく泣き始めた。
ベルンはほっとしたような表情でアンナを抱きしめ、優しく背中をさすっている。
医者に裏切られたということは……、証文の転売でもされてしまったのだろうか。
そうでなければ、いくらお金に困っていたとしても、いかにも堅気ではないあの男から直接お金を借りるようなことはしないだろう。
(ハア……、まったく、オスカーも置いてきちゃったし、ベルンは女とくっついちゃうし。もーやってらんないわよ。アンタ、書く物はある? いまから料理の作り方を言うから、アンタ書きなさい)
「はい。わかりました」
なんでいきなりアンナとベルンがくっついたのか、急展開すぎてちょっと置いてきぼりだけど……。
私たちの援助を受け入れたら生活も楽になるよ、と説得していた筈なんだけどな。
あ、あれかな?
もしかして、私たちより先にベルンが援助を申し出ていたってことかも!
知らずに言ったことだけど、私の話はベルンの援助を受け入れる後押しになったのかもしれないね。
そして、子ども達が買い出しから戻ると、私が紙に書き出した調理法を見ながらアンナが料理を作った。
「こんな感じでいいの?」
アンナは少し不安そうに私に尋ねた。
うん、でも、私も正解がわかりません!
(見た目はまあまあよ。おいしそうだわ)
どうやら見た目は合格のようだ。
それでは肝心の味も見てみましょう!
「おいしそう! じゃあ、早速みんなで味見をしてみましょう」
私はみんなに声をかけて、早速お皿に手を伸ばした。
テーブルの上に並んでいるのは、じゃがいもを使ったサンドイッチ2種類。
まず一つ目、麗しの薔薇がポテサラと呼ぶ、荒く潰したじゃがいもとゆで卵を使ったサンドイッチだ。
みじん切りにしたバジルの葉っぱ、オリーブオイルとお酢と塩を加えて手早く混ぜ、白っぽく乳化したところでフォークでざっと潰したゆで卵を加えてざっくり混ぜる。
このゆで卵のソースとじゃがいもをあえて、薄切りのパンに挟んで出来上がり。
今回は材料節約のために入れなかったけど、この中にきゅうりとハムを入れてもおいしいらしい。
「おいしい!」
もう一つのサンドイッチは、1日目の売れ行きが悪い時のための救済料理だという。
茹でたじゃがいもを使うところは同じだけど、じゃがいもと角切りにした季節の野菜をフライパンに入れて卵でとじる。
スパニッシュオムレツという料理なのだそうだ。
薄切りにしたパンの両面も軽く焼いて、この卵焼きを挟めば、2日目の硬くなったパンも柔らかくなり十分おいしく食べられるだろう。
「こっちもおいしい!」
「本当、両方ともおいしい……。これならきっと売れると思うわ」
それから、麗しの薔薇はさらにパンが硬くなった時のための料理をもう一つ教えてくれた。
なんと、硬いパンを摩り下ろして粉状にしてしまうのだそうだ。
茹でて潰したじゃがいもを一口大に丸く成形して、真ん中にチーズを押し込んで、小麦粉・卵・摩り下ろしたパンの順番に付けて、油であげる。
うーん、とろけたチーズとじゃがいもかあ。
話を聞いただけでもおいしそう!
今回は作ってないのが残念だ。
「それで、屋台は中古の屋台を買うのでしょうか?」
リュシアンがベルンに屋台をどうするか尋ねている。
「いや、俺が手作りするよ。結婚したらいろいろ物入りになるし、少しでも安く始めたい。この家は出て、森の入り口にある俺の家へみんなで引っ越すつもりなんだ」
ベルンの家へ引っ越すと聞いた子ども達は、嬉しそうにわあっと歓声をあげた。
「そうですか。それでは、この開店資金はベルンさんに預けておきましょう」
「あっ、あの! ちゃんと返すから! 証文、書いておいて……ください」
お金のやり取りをするリュシアンとベルンに、アンナが割って入った。
アンナ……、本当に生真面目な性格なんだな。
この様子なら、一生懸命働いてきっとお金を返してくれるだろう。
本当に返してもらおうと思っていたわけじゃないけど、私たちに返済することがアンナの目標になるのなら、それはそれで構わない。
「はい! また1年後に会いましょう!」
そして私たちは、アンナとベルン、子ども達に見送られながら、次の町を目指して旅立つのだった。




