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第14話 プレシウス王家の力


女の子はリュシアンの質問へ無愛想に答えた。


「借金があるの。それだけ」


「まあ借金が? あのう、ご両親は……?」


まだ若いこの人が借金なんて出来るものなのだろうか?


「2人とも死んだわ。長患いしたせいで借金が膨れ上がったのよ。住んでた家も追い出されて今じゃこの廃屋暮らし。下働きで稼げるお金じゃどうしようもなくなって、商売替えしたの。だけど、そっちも上手くいかなくて借金取りに殴られたってわけ」


涙も見せずに淡々と説明しているけど、借金を抱えて、さらにはたくさんの兄弟まで養わなければならないなんて……。


(まあ……、気の毒にね……)


「おーい、誰かいるのか? 外の馬はなんなんだ?」


ふいに食堂の戸口から1人の男の人がひょっこり顔を出した。


「おじちゃん!」


一番小さい子が男の人の足に飛びついて歓迎している。


「おじちゃんじゃねえよ、俺はまだ30だぜ。お兄ちゃんと呼べ」


大きな体をかがめてのっそりと入ってきた男は、目も髪も髭もごげ茶色で、まるで熊のような雰囲気だ。


「ベルン……。また来たの」


女の子は呆れた目で訪問者を見た。


「今朝は大猟だったからよ。ほらこの鳥、みんなで食え。んっ? アンナ、その顔は……」


どうやら殴られた女の子の名前はアンナというようだ。

ベルンと呼ばれた心優しき熊さんは、アンナの顔を見ると心配そうに顔を曇らせた。


「あんたには関係ないわよ。でも鳥はありがと。弟達が喜ぶわ」


「また借金取りに殴られたのか……」


「早く肉屋さんに獲物を持って行きなさいよ。鮮度が落ちたら高く買ってもらえないわよ」


アンナは質問には答えず、ベルンの背中をぐいぐいと押して帰らせようとしている。


「アンナ……」


(ベルンー! いやーん、例えるならオスカーは獅子でベルンは熊というところね! 獅子もいいけど、熊も捨てがたいわぁ!)


「ひえっ!」


麗しの薔薇の場違いな叫び声に驚いた私の口から、思わず変な声が漏れてしまった。


「ん? なんだ、この子は? アンナの友達か?」


(アンタ、この熊を助けなさい!)


「ええっ! この熊さんを助けるんですか?」


「熊?」


麗しの薔薇の声が聞こえないベルンは訝しげに私を見る。


「……ゴホン。失礼いたしました。えーと、私たちは通りすがりの旅の者で、偶然アンナさんが殴られているところを目撃しまして。それで放っておけずにこうして家まで送って来たのです」


「アンナ、やっぱり殴られて……。お嬢ちゃんが送ってくれたのか。ありがとな」


「いいえ……。それで、何かお助けできればいいと思っているのですが……、でも具体的にどうやって?」


私はさりげなさを装いながら麗しの薔薇に尋ねた。


(お金があれば大体のことは解決できるのよ! 手っ取り早く金儲けするには、食べ物屋ね! 屋台をやりなさい。アタシ、こう見えても料理は得意なのよ)


料理は得意って……石なのに?


「どうやってって俺に聞いているのかい?」


「えっ、いいえ。自問自答していたのです。今ひらめきましたのでどうぞお構いなく! 屋台を開くのはどうでしょうか。あの……、料理が得意なので……」


リュシアンが嘘つけといいたげな視線で見ているのを感じる。

私が料理なんてしたことないのを知ってるもんね……。


「はあ? 屋台を開くのにいくらかかるか分かってるの? そんなお金があったらあんなに借金してないわよッ!」


そ、そうですよね……。

悪いことに、私は自分のお金をまったく持っていないし、リュシアンにこれ以上お金のことで無理を言うのも気が咎める。


どうしよう……。


「おねえちゃん、これあげる!」


部屋がシーンと静まり返ったその時、一番幼い男の子がポケットからジャラっと石を出してテーブルに載せた。


「ヤン、お店屋さんごっこじゃないの……」

「えー? なんでー?」


テーブルの上の石を見ながら、私は今度こそ本当にひらめいた。

そうだ、私にはこの手があったのだ!


「リュシアン、うっかりしていたわ! これを売ればいいのよ!」


私も自分のポケットに手を入れて中をさぐり、ヤンの石と混ざらないようにテーブルの端の方に載せた。

ちなみに麗しの薔薇が宿る石は、反対側のポケットの中だ。


「……なるほど。その手があったか」


テーブルに載せられた5~6粒ほどの小さな石を見ながら、リュシアンも頷いている。


(ちょっとちょっと、どういうことなの? 休憩のたびに石なんか拾って、子どもっぽい子だとは思っていたけど)


「何言ってるの? ただの石なんて売れるわけないじゃない」


アンナは呆れたように言った。


「いいえ、これはただの石ではありません。宝石の原石なんです。これを売れば屋台を始める元手くらいにはなるでしょう」


私はよくお父様のお手伝いをしているから、大体の相場は分かっているのだ。

飛び抜けて高価なものはないにしても、これだけあればそこそこのお金になる。


(原石!? アンタ、例のサファイアの原石だって昨日見つけたのに、なんだってそんなに都合よく原石が見つかるのよ?)


「ええと、これは王家ーーむがっ」


プレシウス王家に伝わる力を説明しようとしたところで、リュシアンに口をふさがれてしまった。

どうやら今は話さないほうがいいようだ。


「俺が換金してこよう。すみません、どこかに換金できる場所はありますか?」


リュシアンはザッとテーブルの上の原石をかき集めると、最年長のベルンに向かって尋ねた。


「あ、ああ。案内するよ。肉屋に行く途中にあるんだ。ちょうどこの鳥を持っていくところだったから」


「助かります。エル、すぐに戻ってくるからここで待っていてくれ」


余計なことは言うなという無言の圧力を感じる視線だ。


「はい……」


私が食堂を出て行く2人の後姿を見送っていると、アンナは怒ったような口ぶりで話しかけてきた。


「なんでっ。なんでアンタは見ず知らずのあたしたちに……っ!」


「えっ?」


何を怒っているんだろう。


「あたしは誰にも頼らず自分の力でやっていける! やって行かなくちゃいけないんだから!」


アンナは、今にも泣き出しそうに目を潤ませながらワナワナと震えている。


(……かわいそうに。今までずいぶん気を張って生きてきたのね。弟や妹たちには自分しかいないんだものね……。助けてくれる人の手を拒もうとするのは、信じて裏切られることが怖いんじゃないかしら)


麗しの薔薇がしんみりと言う。


私とそう変わらない年齢なのに、アンナの肩には幼い兄弟の生活どころか、借金の返済までのしかかっているんだ……。

アンナの自立心や自尊心を傷つけることなく、さりげなく手助けする方法はないだろうか。


(でもね、ただ施しを受けるんじゃないわ。そこは勘違いしないでほしい。屋台を始めるにしたって、結局は自分の力で稼がなければ続かないんだから)


なるほどっ、私もそう思います!


「ゴホン! アンナさん! 私たちはただ施すのではありません。結局は自分の力が、えーと、力で」


麗しの薔薇、なんて言ってたっけ?

最初に声を張ったら話の後半を忘れてしまった。


「施しじゃないって、あたしたちに開店資金を貸すってこと?」


(施されるのが嫌なら、出世払いで返してもらうことになさい。旅の帰りにまた寄ると言えばいいわ)


本当に寄るかどうかは分からないけど、それでアンナの気が済むならそう言っておくことにする。


「はい! 出世払いで返すということでいかがでしょうか。私たちは旅の途中ですので、帰りにまた寄ります」


「帰りっていつ頃なの?」


私たちの旅は最長11ヵ月半だけど、すぐに終わるかもしれない。

とりあえず、長めに言っておく方がいいだろう。


「たぶん1年後くらいかと!」


「1年もの間、見ず知らずのあたしにお金を貸すって言うの? 踏み倒すかもしれないじゃない」


「その時はその時です!」


私はにこりと微笑んだ。






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