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第13話 もめごと


翌朝、私は隣のベッドがきしむ音でパチリと目が覚めた。


「んんっ……。おはよう……、リュシアン」


「おはよう。まだ早いからもう少し寝ててもいいぞ」


「いいの。もう目が覚めたから私も起きるわ」


話しながらベッドを下りてパパッと手早く服を着る。

そして、私たちは1階へ下りて男女別になっている共同浴室に入り、顔を洗ってから食堂へと向かった。


食堂はすでに大勢の宿泊客で賑わっていた。

早起きしたつもりだったけど、そんなに早くもなかったみたい。


他の人のお皿を覗いて見ると、どうやら朝食はパンと目玉焼きと紅茶のみのようだった。

私たちも朝食のトレイを受け取ってテーブルに着き、早速一口パンを頬張ってみる。


「うん、おいしい! 夕べはお湯も使わずに寝てしまったわ」


朝は焼きたてのパンを使っているのか、夕べよりはだいぶ柔らかくておいしく感じた。


「朝食が終わったら浴室を使わせてもらうといい。今のうちにお湯を頼んでおこう」


リュシアンはそういうと通りかかった給仕に、桶に一杯分のお湯をもらえないかと頼んだ。

安い宿ではお風呂の設備がなく、体を拭くだけになるのが辛いところだけど、こうなったのは自分のせいだから文句は言えない。


「リュシアンは入らないの?」


「俺は夕べ、エルが寝た後に入ったよ」


そうだったんだ。

全く気が付かなかった。


朝は慌しいし、私も今度からは夜に済ませるようにしないとな。





そして支度を済ませた私たちは、宿を出て馬を引きながら、通り沿いの店先を眺めながら歩いた。

今日の昼食になりそうなものを物色するためだ。


この先食事の時間になるたびに都合よく町が現れるとは限らないため、買えるときに買っておいたほうがいいらしい。


「パンと果物でも買えるといいけど」


「いや、どうせなら干し肉のほうが保存が利く。今日食べなくても取っておけるしな」


うーん……、干し肉って夕べのパンより硬いよね……。

果物でも、りんごとか日持ちのするものもあると思うな。


ドサッ!


突然何かが倒れるような音が聞こえた私は、思わずそちらに視線を向けた。


すると、女の子が頬を押さえて路上に倒れこんでいるのが目に入った。

女の子のすぐ近くでは、恐ろしげな風貌の男が倒れた女の子を睨みつけている。


「リュシアン! あれは盗賊!? こんな町中に?」


「盗賊ではないだうが……、あっ!」


男が女の子の首元を掴んで無理やり引きずり起こし、さらに顔を殴りつけようとしている!


「ノワールを頼む!」


リュシアンは私の手に手綱を押し付けると、急いで女の子のところへ向かった。


「おい、何をしている! 止めろ!」


「うるせえ! 引っ込んでろ!」


男はリュシアンの顔をみようともせず、大きく手を振り上げる。


「黙ってみてられるか!」


リュシアンは男の手首を掴むと、ギリギリと締め上げた。


「いてッ、てめえは何なんだよ」


やっとリュシアンの方に顔を向けた男は、リュシアンの腰の剣を目にしてひるんだように見えた。


「通りすがりの者だが、こんな暴力は見過ごせない。やるなら力が対等な者とやりあえ」


「……チッ! 明日はちゃんと払えよ!」


分が悪いと悟ったらしい男は、女の子に捨て台詞を吐くとそそくさとその場を立ち去った。


「ーー大丈夫ですか?」


「……あ」


女の子は顔をあげてリュシアンを見ると、思わず声をもらした。


「えっ?」


なぜか自分を知っているかのような反応をした女の子に、心当たりがないらしいリュシアンは戸惑っているようだ。

それもその筈、私たちは2人ともこの町には昨日初めて足を踏み入れたのだ。

顔見知りなど誰もいない。


(あら。あの子じゃない)


「え、知っているんですか?」


(知ってるも何も。アンタ、もう忘れたとでも? その頭に脳は詰まっているの? もしかして空なんじゃないかしら、アタシ心配だわ)


もう、相変わらず口が悪いんだから……。

そこまで言うことないと思います!


「分からないので教えてください。誰なんですか?」


(ハアー、しょーがないわねぇー。昨日食堂で会った子よ。アンタ、あの子にスカーフあげたじゃないの)


ええッ、昨日の女の人なの!?

だいぶ年が違うと思いますけどっ!


昨日の女の人は20代だと思ったけど、目の前にいる子はどう見ても私とそう変わらない年齢に見える。

せいぜい2~3歳年上といったところだ。


「リュ、リュシアン? その子、昨日の……」


「え……?」


リュシアンもやっぱり昨日の女の人と目の前の女の子が結びつかないようだ。


「なによ! スカーフを取り返しに来たの? あれはあたしが貰ったものなんだから返さないからね!」


「ああっ!? 君は昨日の!」


夕べは真っ赤な口紅をつけていたせいか、それとも胸がこぼれてしまいそうなほど襟ぐりが深くあいた服を着ていたせいか、目の前で頬を腫らしている素朴な雰囲気の子と同一人物とはとても思えない。


麗しの薔薇、よく気が付いたな。

観察眼がすごい。


「あの、スカーフは差し上げたものですので、返す必要はありません。それより、頬は大丈夫ですか?」


だいぶ痛そうだけど……。


私が大丈夫かと尋ねると、女の子は驚いたような顔をして私を見つめた。

ど、どうしたのっ!?


「あのー?」


「だっ、だいじょ、大丈夫よっ!」


本当かな?

しゃべり難そうだけど……。


「なぜあの男に殴られていたんだ?」


「……」


「よかったら話してくれませんか?」


私とリュシアンが女の子に事情を尋ねていると、いつの間にか私たちの背後に数人の子ども達が集まっていた。


「ねーちゃん」

「お姉ちゃん!」

「ねーちゃ……、うあー!」


1、2、3、4……、4人もいるけど、全員あの子の兄弟なんだろうか?

なんかみんな泣き出しちゃったけど……、私たちが殴ったわけじゃないからそこは誤解しないでね?





人目のある中でカオスになりかけたところへ、麗しの薔薇が冷静に言った。


(とりあえずここじゃ話も出来ないわ。その子たちの家へ案内してもらいなさい)


「はっ、はい。あのー、みんな、おうちはどこかしら? みんなのおうちでお話をしたいわ」


「ぐすっ……、あっちだよ」


ルシエルと同じ年頃の男の子が、涙を拭きながら私たちに家の方向を指し示した。

少し年上の男の子達は、いいのかと尋ねるような目で殴られた女の子を見ている。


「……付いてきて」


殴られた女の子はすくっと立ち上がり、先頭に立って歩き始めた。

子ども達は馬が珍しいのか、ブランとノワールに並んで歩きながらぺたぺたと触っては嬉しそうにしている。


ほどなく、大通りから数本奥に入った裏通りの外れに、朽ち果てそうな古びた家が見えて来た。


「ここよ。言っておくけど、あんたのようなお嬢様が耐えられるような場所じゃないから。それでもいいなら、入って」


私たちは馬を近くの木に繋ぐと、待っていてくれた子ども達に続いて中へと足を踏み入れた。

宣言どおり、今にも崩れてしまいそうな廃屋のような家で、破れた屋根の隙間から青空が見えるほどの荒れようだった。


まさか窓も開けずに空が見えるとは思ってもみなかったな……。


さすがに屋根が破れたこの部屋は使っていないようで、私たちはそのまま先へ進んで食堂へと通された。

ここは天井も壁もあり、掃除もされて比較的綺麗に保たれている。


「たぶん、この椅子とこの椅子はまだ大丈夫だと思う」


女の子は片手で頬を押さえながら、もう片方の手で椅子を指さした。

あの……、大丈夫じゃない場合は壊れるの?


「ーーそれで、どうして殴られていたんだ?」


勧められた椅子にそっと腰を下ろしたリュシアンが早速口火を切った。






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