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第12話 見知らぬ女の人


結局、その宿に泊まることに決めた私たちは、裏庭に馬を繋いだ後部屋の中へと案内された。


「お兄ちゃんと2人で旅してるのかい? ずいぶん男前のお兄ちゃんだねぇ!」


え、兄妹じゃないですよ、なんでそんな風に思ったの?


「違っーーもが」


私たちの関係を説明しようとしたところで、横から手が伸びて口をふさがれてしまった。


「すみません、妹が空腹なようで。この宿は食事もできますか?」


無言の圧力を感じる……。

どうやら私たちのことは秘密にしておきたいようだ。


「うちは1階の食堂で夕食も出してるよ。朝食は宿泊代に込みだからね、明日の朝は食堂へ来ておくれ」


「わかりました」


チャキチャキした愛想のいい宿のおかみさんは、一通りの説明が終わると扉を閉めて出て行った。


「エル。今まであまり人にどう思われるのか考えたことがなかったかもしれないが、これからは口に出す前に、人に聞かれても大丈夫かどうかをいったん考えるようにしてくれ」


「え? どの話を人に聞かれても大丈夫よ?」


私、誰の悪口も言わないよ?


「はあ……。あのな。独身の男女が1つの部屋になんて、普通は泊まらないんだよ。平民の娘でさえ大変なことなんだ。ましてや、貴族や王族となったら将来に関わる問題になってしまう。自分の王女としての立場を忘れないでくれ」


「ああー、その話ね」


なら問題ないと思うな。

リュシアンが心を決めさえすれば済む話だ。


「本当にわかったのか?」


「わかったわ」


いざとなったら責任を取ってもらうという手も……、いやいや、私は正々堂々と戦う!

姑息な手段で手に入れた勝利に意味はないのだ!


「じゃあ、これから俺達は兄妹だ。忘れないでくれよ?」


「はい……」


本当は違うけど、旅の間は仕方がないと諦めよう……。

お金を忘れてきたことで既に迷惑もかけてしまってるし、せめて言うことくらいは聞かないと本当に愛想を尽かされてしまいそうだ。


「よし。じゃあ飯にするか」


「そうしましょう!」


そして私たちは連れ立って1階に下り、鶏肉が入ったシチューとパンの簡素な夕食を取った。


シチューは具沢山でなかなか美味しいけど、パンが黒パンで硬い……。

口の中を切ってしまいそうな程だ。


「大丈夫か?」


「もご……、はにが?」


「硬くて食べにくいんじゃないかと思ってな。柔らかいパンしか食べたことがなかっただろう?」


もぐもぐもぐ……、ごくん。

確かに食べにくいけど、柔らかいパンしか食べたことがないのはリュシアンも同じじゃないの?


「私は大丈夫よ。でもリュシアンだって柔らかいパンしか食べたことがないでしょ?」


「俺は3日くらい経ったパンを食べたことがあるぞ。騎士団の演習で野営をしたことがあるからな」


へえー、そうだったんだ。


「現地で獲物を狩って捌いて食べたりもしたぞ。その時の経験が今回の旅に役立つかもな」


「え、パンぐらいで大げさね。経験なんてなくたって噛めば何とかなるわ」


私は思い切り力を入れて、硬いパンをバリッと引きちぎりながら言った。


「はは、そうじゃなくてさ。いつか金が足りなくなるかもしれないだろう? そうなったら野宿になるかもしれない。だけど、野宿の仕方も分かってるから安心していいぞ」


「ああ、そういうこと……」


私は自分の駄目さ加減を思い出して肩を落とした。

旅をしながらお金を稼ぐいい方法がないものか……。


「冗談なんだから笑うところだぞ? 落ち込むなよな」


リュシアンは手を伸ばして私の頭をぐりぐりと撫でた。

もう、そんな撫で方したらまた鳥の巣になっちゃうー!


「止めてよ、リュシアン。ちょっと鏡を見てくるわ」


「ははは」


ははは、じゃないよ!

私の髪は絡まりやすいのに酷い!

あーあ、リュシアンみたいにサラサラしたまっすぐな髪だったらよかったのになあ。





「ーーねえ。お兄さん、いい男ねえ。あたしと遊ばない?」


席を立って、少し離れた壁にかけられた鏡を見ていると、突然現れた派手な女の人がリュシアンの隣の席に勝手に腰を下ろすところが目に飛び込んできた。


え、どちら様ですか?


「連れがいる。他をあたってくれ」


「連れって妹でしょ? ねえ、いいじゃない。ちょっとだけ」


女の人はそう言いながら、リュシアンに体をこすり付けるようにしなだれかかった。


「やめてくれ、迷惑だ」


リュシアンは身をよじってなんとか逃れようとするも、女の人はしつこく体を押し付けている。


そ、そんなに近づいたら!

リュシアンの腕に……、腕に……、お胸が!


たたたた、たいへんだ!

こうしちゃいられない!


「あのっ! これをどうぞ!」


私は自分の胸元に結んでいたスカーフを外して女の人に差し出した。

乗馬服はシンプルな形が多いので、少しでも女らしくと思い、リボン代わりに結んでいたものだ。


「は?」


「どうぞ!」


私は一向に受け取ろうとしない女の人に痺れを切らし、胸が隠れるように首元に巻いてあげることにした。

ふうー、これでよしと。


「え、なんなの一体?」


「お胸が出ていましたので!」


危ないところでしたよ!

もう少しでこぼれるかと思いました!


「ぶほっ!」

「がっはっは!」

「ははははは!」


成り行きを見守っていたらしい周りの席の人たちが一斉に吹き出した。

どうしたんだろう?


「ちょっとアンタ、そういう商売はうちは困るって何度も言ってるだろう? 他所へ行っておくれ」


お客さん達の笑い声を聞きつけて食堂へ顔を出したおかみさんは、女の人を見るなり顔をしかめて近づいてきた。


「なっ、なによ! 出て行くわよ、行けばいいんでしょ!」


おかみさんは腰に両腕をあて、女の人が見えなくなるまで仁王立ちで後姿を睨みつける。


「2人とも、ごめんねぇ。うちはああいうのは断ってるんだけど、少し目を離すとああして入り込んじまうんだよ」


「いえ、別に気にしてませんよ」

「ええ、謝らないでください。おかみさんのせいではありませんもの」


そして私たちはもくもくと食事を終え、自分達の部屋へと引き上げた。





(アンタってさ。スゴイわね)


「え、何がですか?」


(ああいう場面であんな対応ってさ。アタシも見習わないといけないって思ったわ)


「エヘ、そうですか?」


どうやら食堂での一件について言っているらしい。

具体的にどこがどうすごかったのかピンとこないけど、麗しの薔薇に褒められるなんて珍しいこともあるものだ。


(アタシだったらあの商売女に酷いこと言って追い返しちゃうところよ。そんなアタシにドン引きして連れの男まで逃げるパターンよね。そう考えると、アンタは一枚上手だったわよ)


「え、商売って、どんな商売を?」


あの女の人、何も持ってなかったと思うけど、急に何を言い出したんだろう?


(は……? え、なにアンタ、知らずにやってたの?)


「知らずにって、何がですか?」


「あの、麗しの薔薇様?」


めずらしくリュシアンが麗しの薔薇に話しかけている。

何の話があるんだろう?


(え、何かしら?)


「何って聞いてるわよ、リュシアン」


「レピエル様に変なことを教えるのはお止めいただけますようお願いいたします。まだ14歳ですので、そういうことはまだ早いかと」


まだ私には早い話?

意味がわからない。


「え、変なことって?」


(……わかったわ。このアホな子にそういうこと教えるのはアタシの役目じゃないわ。馬鹿の相手はめんどくさいもの)


「え、アホだのバカだのって私のことですか?」


さっきまで褒めていたのに、急に手のひらを返すなんて酷いと思う。


「エル、麗しの薔薇様はなんと?」


「分かったって」


「そうか、よかった。さあ、おしゃべりはこれくらいにして、早く寝ろ。明日も早いぞ」


なんだかリュシアンに誤魔化されたような気もしないでもないけど、今日は早起きしてほぼ一日中馬に乗ったのだ。

自覚していたよりも疲れていたようで、私は横になったとたんに眠りに落ちていくのを感じるのだった。






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