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第1話 青い原石


その夜、贅を凝らした部屋の中央に位置する、ひときわ目を引く豪奢なシャンデリアに火が入れられることはなかった。

まるで人目を忍ぶかのように、数少ない燭台のロウソクだけが頼りなく揺らめいている。


その部屋の主である老婦人は、籠の中ですやすやと眠る金色の髪の赤ん坊を覗き込みながら、はらはらと涙を流していた。


「愛しい子……。せめて、このお守りをあなたに……。きっとこのお守りがあなたを守ってくれるでしょう」


老婦人はそう言うと、大事そうに懐から小さな巾着型のお守り袋を取り出した。

上質なこげ茶色のベルベットで作られたそのお守り袋には、首から下げられるように同系色の皮紐が付いている。


老婦人は赤ん坊が包まれている布の中にお守りを入れようとして、ふと思いついたように手を止め、自分の胸元から大きなダイヤモンドのブローチを外すと、袋の中へと滑り込ませた。


「ーー馬車の用意が出来ております。人目につかないうちに、お早く」


傍らに控えていた1人の騎士に促され、老婦人は思いを断ち切るかのように深いため息をついた。


「……そうね」


老婦人は身を屈めて赤ん坊の頬に優しくキスをすると、赤ん坊の首にお守りの紐をかけ、袋が見えないように産着の中へと押し込んだ。


「行ってちょうだい。どうか、この子をお願いね……」


「かしこまりました。後のことは我々にお任せください」


籠を抱えた騎士は一礼すると、足音を忍ばせてそっと扉に手をかける。


パタン……。


「ああ……、どうか、どうか無事でいてちょうだい」


1人残された老婦人は、閉ざされたその扉を見つめたまま、赤ん坊の行く末を思っていつまでも涙を流し続けた。






--


私、レピエル・プレシウスは今、かなり切羽詰った状態にあった。

隣国に住む従姉妹の屋敷からの帰り道、愛馬に跨り小1時間……。


もう……、もう、限界です!


「リュシアン! ねえ、リュシアン! ちょっとだけ休憩したいんだけど、いいかしら?」


私の白馬より一回り大きな逞しい黒馬に跨り、サラサラの金髪をなびかせながら前を走るのはリュシアン・ヴァンクール。

14歳の私より7歳年上の幼馴染兼、専属護衛だ。


「ここでですか? 次の町まであと20分ほどですが、そこで休憩されては?」


リュシアンは振り向くと、紫色の目を細めて怪訝な顔をした。


もうすぐ次の町に着くのは分かっている。

だけど、どうしても私はここで止まらなければならないのだ!


「お願いよ! ちょっとだけっ! さっきの、紅茶が……っ!」


つい先日留学先から戻って来た従姉妹が通っていた学院に、私も来年入学することを予定している。

だから、その国のことや学院のことをいろいろ教えてもらっていたんだけど、話しながらついつい紅茶を飲みすぎてしまったようだ。


「ああ……。だからあれほどトイレは大丈夫ですかと念を押したんです」


リュシアンは呆れた目で私を見た。

従姉妹の屋敷を出る前に、確かに何度も念を押されたのは憶えている。

だけど……。


「あの時は大丈夫だったの! 紅茶の恐ろしさは後からくるのよ!」


紅茶って、どう考えても飲んだ分以上に出る気がする。

あの水分はどこから来るのか本当に謎だ。


「はいはい。それじゃあ、そこの木陰で止まりましょう」


「ちょっと離れていてね!」


「分かってますよ」


私はひらりと馬を下りると、手綱を馬上にいるリュシアンに渡した。


「ごめんね、ブラン。ちょっとだけ待っていてね。ーーリュシアン、離れていてよ?」


私は愛馬の鼻先を一撫でして、ガサガサと繁みに分け入りながらリュシアンに声をかけた。


「はいはい。早く行って来てください」


最近売り出されるようになった、ボタンを掛けかえる事でスカートとズボンの2通りで着られる女性用乗馬服も、こんな時にはものすごく不便だ。

だって、ボタンの数が多すぎるんだもの!


早く早く早く……!




……ふうー……、間に合った……!


「はー、やれやれ。危ないところだったわ」


この辺りで馬を止めたことはなかったけど、どこからかサラサラと川の音が聞こえてくるし、なかなか静かでいい場所だ。


「あらっ? なんだか、あっちに何かがありそうな気がする」


よく分からないけど、呼ばれているような気がするからちょっと行ってみよう。

すぐに戻ってくるから、リュシアン、もうちょっとだけ待っててね!


「あっ、やっぱり!」


草むらの中に、キラリと光る青い石を発見した。


「大きい! これはサファイアの原石かしら? どうしてこんなところにーー、きゃあっ!?」


かがみこんで石を掴んだ途端に、草に足をとられてズルッと滑ってしまう。

盛大に尻餅を付いたところで、今度は地面が沈み込むような嫌な感触が……。


「ま、まさか……! 崩れるっ!?」


慌てて立ち上がるよりも早く、ズズズズズと地面が滑り出してしまった。


「リュシアン! たすけてーっ! きゃーーー!」


ザザザッ!

バシャーン!


草の背が高くてよく見えなかったけど、どうやらこの場所は低い崖になっていて、下が川になっていたようだ。


「もうー、濡れちゃったわ。えっ、上がれない……? きゃあー、流されるー!」


そんなに深くはないけど、結構流れが速くて踏ん張れない!


「レピエル様ッ!」


崖の上から顔を覗かせたリュシアンの姿が、あっという間に小さくなってしまった。


「リュシアーン!」


あんまり叫ぶと口に水が入ってしまう。

リュシアンが迎えに来てくれるまで自力でなんとかしなければ……。

まあ、死ぬことはないと思うけど。


気持ちを切り替えてしばらく流れに身を任せていると、川の上に張り出した枝に掴まることが出来た。

枝を伝ってなんとか河原に這い上がることに成功する。


「はあはあはあ……、危なかったわ。こんなことになるなんて信じられない」


ずぶ濡れになったせいで、蜂蜜色の巻き毛が真っ直ぐに伸びて頭にぺたんと張り付いている。

私は片側に寄せた髪をぎゅっと握り締め、ポタポタと水分を搾り落とした。


ジャリッ……。


後ろから河原の石を踏む音が聞こえてきた。


「リュシアン?」


くるりと振り向く。

すると、どうみてもリュシアンではない、粗野な男がニヤニヤと笑っているのが目に入った。


「これはこれは、金持ちそうな嬢ちゃんが1人でこんなところに。俺達はついてるぜ」


男はそう言ってピューッと指笛を吹いた。


「俺……たち?」


目の前の男1人だけでも十分身の危険を感じるのに、どうやら他にも仲間がいるらしい。

合図を聞きつけた粗野な男の仲間達が次々と河原へやってきた。


「へへへ、こりゃ金持ってそうだな」

「ついてるじゃねえか!」

「身代金を持ってこさせるか?」


やっぱり、この男達は見た目通りの盗賊ということで間違いないようだ。


これはさすがに困った……、どうしよう……。

リュシアンが来るまで待ってていいのかな。



(ーーちょっとアンタ、ボサッと突っ立ってないでさっさと逃げなさいよ! どんくさい子ね、まったく!)





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