変な人
カボチャのつるを誘引し、紐でゆるく柵に括り付けている男の人に、トティは質問してみた。
「そうやってカボチャを空中にぶら下げると、何かいいことがあるんですか?」
「ん? そうだな……畑の土地が狭い人にとっては、いいんじゃない? 他の野菜を作れるスペースが確保できるから。それに地植えだとつるが絡まって、どれがどれだかわからなくなるんだよね。出来たら子づる一本につきカボチャの実は二個ぐらいにしといたほうが株が疲れないんだけど、摘果をするにしてもあっちは一苦労だよ」
男の人が視線を向けた露地栽培のカボチャの方を見ると、確かにそこら中にカボチャのつるが広がっていてワサワサと手が付けられないような状態になっている。
「子づるってなんですか?」
「カボチャの苗に伸びてくる最初のつるを親づるっていうんだ。それを本葉が六枚ぐらいの時に伸びていく先端を摘み取る。すると脇芽の子づるがいくつか伸びてくるんだよ。その子づるをこのカボチャは三本残してる。後ろの畝は六本残してる。さっき言った子づる一本につきカボチャの実は二個ぐらいにするっていうのを覚えてる?」
「ああ、こっちの畝より後ろの畝の方が収穫量が倍になるんですね!」
「フッ、単純計算で行くとね。でも土の中の栄養や水分を吸収する根っこは一つだろ? バランスが崩れると元の株が疲れてしまって病気になったり、実が大きくならなかったりする」
「ふーん、難しいんですね」
「そう、そこがこの研究の面白いところだよ!」
男の人は熱意を込めて、基肥えや追肥の量などの最適を見つけるために株によって量を変えて研究している過程を細かく教えてくれた。トティには難しくてわからない言葉もあったけれど、この人が植物の研究が好きなことだけは、ひしひしと伝わってきた。
目を輝かせて夢中なって話す男の人は、どう見ても完璧な研究バカで、髪のボサボサ具合と相まってなんとも変な人に見えた。
この人、大学の先生なんだろうか?
いや、まだ若そうに見えるから、大学生なのかな?
どちらにせよ、気持ちよく話をしてるなぁと思いながら、トティは長いことほげ~と聞いていた。
たまにトティが相槌を打つのも良かったのだろう。
その変な人は「また散歩においで」と言ってくれた。
うん、散歩には来るけど、もう講義はいいかな……
「トティ~、もうお腹いっぱいだぁ」
花畑を飛び回っていたリベルがフラフラしながら飛んできて、トティの肩にヘロリととまった。
「妖精?!」
「ええ、守護妖精のリベルっていいます」
「へぇ~、初めて見たよ」
妖精は見たことがなかったらしい。
男の人は眼鏡をきちんとかけ直して、マジマジとリベルを見ている。
「もう、そんなに見るなよ! 恥ずかしいじゃないか」
「あ、ごめん」
あれ?
この人、リベルの声が聞こえてるのかな?
「あの……お兄さん、リベルが話したことが聞き取れるの?」
「ああ、なんで?」
「私のルームメイトはリベルが話していることがわからないって言ってたんです。鈴の音のようにだけ聞こえるそうで……」
「ふーん、その鈴の音も聞いてみたいな」
「ハハッ、傑作! こいつ、面白い奴だねー。トティと感性が似てるんじゃない?」
リベルは笑いながら男の人の周りを飛び回っている。薄暗くなってきたからか、リベルがまき散らす光の粉がキラキラと輝きを増してきた。
「こいつじゃないよ、ダグって呼んでくれ」
「お兄さん、ダグっていうんですね。私はトティです」
「ああトティ、よろしくな。学院の新入生なんだろ? そろそろ夕食の鐘が鳴るから、寮に帰った方がいいぞ」
ダグに言われて寮の方を見ると、西の空が静かに茜色に染まろうとしていた。空の色が刻々と光と色を変えていく。
「綺麗……」
「うん、陽が沈むこの時間は俺も好きなんだ。ドラマティックな色合いだよな」
ダグと一緒に見た夕焼けは、トティの心の中にオレンジ色をした温かい安心感を残すことになった。
◇◇◇
暗くなってきた道を急ぎ足で歩いて、明るく光る玄関に入ろうとした時、トティは反対側から歩いてきた人と一緒になった。
「こんばんは」
トティはきちんと挨拶をしたのだが、その女の子は「どーも」と小さくボソッと口の中で言っただけで、サッサと一人で寮の中へ入っていった。
変なの……
あの人、同じクラスの人だよね。
そう言えばドルーたちに紹介してもらってないかも。
隣の国の皇女であるトティに顔を覚えてもらいたいと思っている人は、想像していた以上にたくさんいて、クラスの中では隙あらばという感じで話しかけてくる人が多かったのだが、この人は違う考えらしい。
なんだか気になるな。
素っ気なくされるのも、何が原因なんだろうと勘ぐってしまうみたいだ。
三つ編みにした豊かな茶色の髪を、後ろに一つにまとめてお団子にしているその女の子の後頭部を眺めながら、トティは寮の階段を登っていった。
トティが二階の角部屋に着いた時、前を歩いていた女の子はそのまま階段を登っていってしまった。
あれ? 二年生……じゃないよね?
寮監のポアン先生は、三階には二年生の部屋があると言っていた。
いくつもの疑問が頭の中に渦巻いていたが、もともと呑気なトティは「ま、いっか」と肩をすくめて、部屋に入って行った。