おばあちゃんからの贈り物
三人の共同スペースになっている居間を出て、寝室になる自分の個室に入ると、一気に緊張感がとけたトティは、ぐったりとベッドに横になった。
あ~疲れた。
オディエ国から馬車や船を使って長旅をしてきたのでくたびれた。そのあげくに、初めて会った人たちとの顔合わせだ。身も心も疲れ果てるとはこういう状態のことをいうのだろう。
さすがのトティも身体が眠りを欲していた。
昨日の夜は船に揺られてたから、寝たような気がしなかったのよ…ね……
トティは服を着たまま、いつの間にかぐっすりと寝てしまっていたようだ。
部屋のドアを容赦なく叩く、忙しないノックの音が聞こえてきたので、やっと目を覚ました。
「は……い。……な、に……?」
「トティ、起きたの? 夕食の時間よ!」
ドアの向こうからドルーの声が聞こえてきて、トティはやっと自分がどこにいるのか思い出した。
ヤバっ。すっかり寝ちゃってた。
慌てて飛び起きて、髪の毛やドレスの皺を整える。
学院の寮に入ったら、自分のことはある程度自分でしなければならない。朝の支度や買い物、パーティなどの特別な時のドレスアップなどは、お付きの者が手伝ってもいいようになっている。その他の時は、なるべく学生だけで過ごすようにと寮監さんにも言われた。
トティがドアを開けて居間に入ると、ドルーにクスリと笑われた。
「ちょっとこっちにいらっしゃい。もうトティったら、うちの妹みたい」
ドルーがトティをつかまえて、頭の後ろの髪がハネているのを手櫛でなおしてくれた。
妹と言われてしまったが、確かにそう見えるのかもしれない。そばに立つと、ドルーの方が頭半分ほど背が高そうだ。
ここでもちびっ子か……
トティは六月生まれなので、九月生まれのドルーとは誕生日が一年近く違うから仕方がない。そう自分を慰めていたけれど、皆で食堂に向かっている時にプリシラに誕生日を聞いてみたら、ドルーよりも背が高いプリシラが、四月生まれだということがわかった。
……生まれの早さは関係なくて、遺伝なのね。
三人が食度に入っていくと、そこにいた人たちが一斉に注目するのがわかった。
「あら、プリシラ様とドルー様よ」
「それじゃあ、あの隣にいる子がオディエ国の皇女様なのぉ~?! 黒髪じゃないじゃない」
「まぁあなた、知らないの? あの方のお母様はムーンランドの出身なのよ。それで赤毛なんじゃないかしら?」
「妖精が住んでるって言われてるところでしょ? 背が低いのも妖精の血を引いてるのかしら?」
どうやら、自分のことを噂されている。
ま、生まれた時から王族をやっていると、こういう詮索には慣れてるけどね。
「トティがうちの学院に来てくれたおかげで、私は目立たずにのんびりと過ごせそう」
プリシラに、そんなことを言われてしまった。
学院の食堂のご飯は抜群に美味しかった。
意外なことにオディエ国の料理に似ているものがたくさんあって、トティは驚いた。
醤油やみりんの使い方がこんなに浸透してるなんて思ってなかった。やっぱりシオン大叔母様が第一王妃になったことは、ファジャンシル王国とオディエ国との関係に大きな影響を与えたのね。
ホクホクした栗カボチャの煮物を食べながら、食の面でホームシックにかかることはなさそうだなとトティは思った。
お腹いっぱいになって、満足したトティたちが席を立とうとしていると、給仕の者にメモを渡された。
『トリニティ・セルマさま オディエ国、ムーンランド、メモル・セルマさまより特殊小包が届いています。寮監室まで取りに来てください。 ガーディ女子寮 寮監 フルム・ポアン』
「何? 特殊小包なんて、私はもらったことがないわ。いいなぁ~、金の飛び竜が持って来たのかしら?」
ドルーがトティの手元を覗き込んできて、そんなおかしなことを言う。
「金の飛び竜って何?」
「知らないの? 特殊小包だけを運んでくるのよ。一度見てみたいんだけど、まだ銀の飛び竜しか見たことがないの。うちの父様は小人と飛び竜を雇ってるから、なかなか他の飛び竜に会えないのが難点なのよね」
ファジャンシル王国に郵便配達をする小人と竜がいるという話を聞いたことがあるが、こうやって実際に体験してみると、ここでは日常の出来事なのだということがわかる。オディエ国では郵政局員が赤い馬車で郵便を配っている。所変われば常識も違うようだ。
トティたちは寮監室に寄ると、サインをして、手のひらサイズの特殊小包を受け取った。
「あれ? 小さいな。おばあちゃんのクッキーだと思ったんだけど……」
「それは異空間収納だから中は広いのよ」
「でも、クッキーをそんな高い送付方法で送るかしら?」
プリシラが疑問に思うのももっともだ。トティでも特殊小包にするとお金がかかるということは知っている。
二人が興味津々なので、トティは自分たちの居間で小包を開けてみることにした。
中の異空間収納とやらを傷つけないように注意して、そっと紙包みを開く。
すると中から徐々に光が漏れてきて、星屑のような光の粒々が流れ出てくると、背中の羽を震わせプンプン怒っている緑色の妖精が飛び出してきた。
「もうっ、メモルの嘘つき! ちょっとの間だって言ったのに、長いじゃないか!」
「「「妖精だ!」」」
トティは妖精を初めて見た。
絵本には、ピンクのワンピースを着た小さな女の子の妖精が描かれていることが多い。でも目の前にいる妖精は、緑色の上着を着て、男の子みたいな半ズボンをはいている。
「赤毛の……君が、トティだね。あたし、リベル。君の守護妖精だよ」
妖精は三人の中からトティを見つけると、鈴が鳴るような可愛らしい声でそう宣言した。
守護妖精……?
おばあちゃん、これっていったいどういうこと?