自己紹介をすることになったよ
「トリニティさん、ちょっとこっちに来てくれる?」
寮監が部屋を出ていくと、すぐにドルーから呼び出しがかかった。
トティは怖くてたまらなかったが、さすがに王族の前で、いきなり殴られたり蹴られたりはしないだろうと自分に言い聞かせ、覚悟を決めて二人の方へ歩いて行った。
ドルーは、プリシラとトティを促してソファに座らせると、会議の司会をするように話し始めた。
「それじゃあこの部屋のメンバーが全員揃ったみたいだから、お互いに自己紹介をしましょうか」
この三人のリーダーとなるのは、やはりドルーのようだ。バール男爵が、貴族学院の大親分になるだろうと予言しただけはある。
「まずは言い出しっぺの私から自己紹介をするわね。名前はドルー・ラザフォード。九月生まれだから、もうすぐ十三歳よ。兄弟は四人。この秋から大学二年生の長兄、学院の三年生の次兄がいるわ。もう一人、十歳の妹がいるの。この子だけ、まだ地元に住んでるわ。妹は今年から貴族学院の予備科に通う予定よ。私の好きな教科は数学。趣味は食べること。これから二年間、よろしくね!」
ハキハキしてる。うーん、あんまり怖くない? 暴力をふるう人にありがちな嫌な威圧感は、彼女から感じられないな……
トティは気づかなかったが、プリシラが自分が次に話すべきだろうかと考えて、トティのほうをチラチラ見ていたらしい。
「あの、あの……」
「プリシラ、先に話してあげてちょうだい。皇女様は恥ずかしがり屋みたいだし……」
ん? 生まれてこの方一度も言われたことがない単語を聞いた気がする。
「私は恥ずかしがり屋じゃないですよ」
「そうなの? 言葉も不自由してないみたいね」
「ええ、ファジャンシル語は得意なの」
トティにとっては褒められるものがそうたくさんはないので、ちょっと得意げに自慢してしまう。
お父様とジェイド兄様を感心させた、外国語の習得能力にだけは自信があるのだ。
「へぇ~、それならいいけど……ああごめんなさい、プリシラどうぞ話して」
トティとドルーだけで話をしてしまっていた。ドルーは他人の動向をよく見ているようだ。トティよりも気遣いができる。なんかあの領主が言っていたような、恐ろしいイメージはないな。
「あの……私、プリシラ・サウスって言います。ドルーとは従姉妹になります。ドルーの家は家族が多いから羨ましい。私もドルーみたいに兄弟が欲しかったわ。お勉強はあまり得意じゃないけど、刺繍をするのが好きなの。私は、セリカ刺繍の信奉者なんです!ドルーのお母様に初めてお会いした時には興奮したわ。あの……皇女様は、私とはふた従姉妹になるんでしょ? これから仲良くしてくださると嬉しいです」
プリシラは透き通った落ち着いた声をしている。少しおとなしめだけど、刺繍が本当に好きなんだろう。刺繍の話の時だけは力が入っていた。
「従姉妹」とか「セリカ刺繍」という言葉に引っかかったけど、それは追々聞いていけばいいか。
次はトティの順番のようだ。ドルーを警戒してたけど、この様子だと普通に対応すればいいのかな?
「オディエ国から来たトリニティ・セルマです。周りの人はみんなトティって呼ぶから、二人にもそう呼んで欲しいな。得意なものは外国語。でもここでは国語になるのかしら? 兄弟は多いの。皇后様に二人の姉と一人の兄がいて、第一側妃様と第二側妃様に兄と姉が一人ずついるの。私は第三側妃の一人娘で、八人兄弟の末っ子よ」
「すごい数ね……」
「そうね。プリシラに言っておくけど、兄弟が多すぎると大変よ。できのいい兄や姉の中に埋もれちゃって、お父様に気づいてもらえないもの。今回、姉様たちがファジャンシル語を話すことができなかったから、やっと私がいることを思い出してくれたみたい」
トティが言ったことで、プリシラは何かに気づいたようだ。
「あの……それって、パスカル王子殿下との婚姻の噂が関係してるのかしら? もしかしてトティはあんな年上の人と結婚するつもりなの?」
「え? でもパスカル殿下は、まだ十九歳でしょ? 七つ上ぐらいの旦那様だったらよくある話じゃないの」
ドルーが不思議そうに言うと、プリシラは頭を振って美しい顔をしかめた。
「だって、殿下には奥さんが二人もいて、それに子どもも二人いるのよ~。どう考えても、おじさんじゃない」
「そっか。そういえば、ダレニアン伯爵家のアルマが第二夫人だった。アルマには、この間赤ちゃんができたばかりだし、そこに同い歳のトティが加わるかと思ったら、私も微妙な感じがしてくるかも」
ドルーとプリシラは何か二人だけで暴走してる。
「ちょ、ちょっと待って! 私はパスカル第一王子との婚姻の話なんか出てないよ。うちの母は民間出身の側妃だから、私は王子様との政略結婚の駒にはならないと思う」
「なぁんだ、そうなの。じゃあ誰と婚約してるの? ちなみに私は、ジョシュ・ダレニアン卿と婚約してるの。うちの兄のダグラスと同級生で、この秋から隣の大学の二年生。プリシラは物好きにもうちの次男のマイケルと婚約してるのよ。将来はダルトン公爵になるとはいっても、あの兄はないよねぇ」
ああ、プリシラがドルーのお兄様の婚約者だから、この二人はこんなに親しいのね。なんだか遠慮がない関係に見えるはずだよ。
「私は末っ子でお子様だと思われてるから、まだそんな話は出てないの。うちの姉様たちも上の二人が結婚しただけだし、結婚してない姉がもう二人、私の上にいるからね~」
「ふうん、オディエ国は小さい頃に結婚相手を決めないのね。ま、うちのダグ兄様も父様に似たのかまだ結婚しないって言ってるし、国は関係ないか……」
「フフッ、ダグラス様は特別よ。女の子より研究の方が好きだから」
へぇ、女性に興味がない男の人もいるのか。うちのお父様なんか奥さんが四人もいるのに、美人を見かけるとすぐに声をかけてる。世の中、そんな男ばかりだと思ってたよ。
トティはすぐに、今日話に出て来たパスカル王子殿下、ドルーの婚約者のジョシュ・ダレニアン卿、ドルーの兄弟のダグラス・ラザフォード卿やマイケル・ラザフォードに会うことになるのだった。