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別れ

翌朝トティとプリシラは、ドルーよりも一足先にレイトの街へ帰ることになった。

ドルーは感謝の日の休みの間中家にいて、エクスムア公爵領に引っ越しをするための準備を手伝うことになっている。


「今度、学院で会った時には公爵令嬢ね」


プリシラが笑いながら言うと、ドルーは肩をすくめた。


「本当は叙勲式の時からだったんだけど、私のパーティーの招待状をラザフォード侯爵の名前で出しちゃってたからね。でもまだエクスムアの名前に慣れないな。生まれてからずうっとラザフォードだったから……」


途中でファミリーネームが変わるのは、確かにおかしな感じがするだろう。

パーティーも終わって切りのいい10月から公式に名前を変えることにしてあったようだ。


ダグラスはこれからラザフォード侯爵になるんだ。

前に名前が重たいって言ってたけど、大丈夫だろうか? 昨夜からずっと顔を合わせていないので、元気なのかどうか心配だ。


トティたちがドルーや侯爵夫妻にお別れの挨拶をして、賑やかに魔導車に乗り込もうとしていた時に、ピアノの音が聞こえてきた。

朝の澄んだ空気の中を小さくなったり大きくなったりしながら、もの寂しい音のうねりがトティの心に迫ってきた。


「ダグ兄様ったら、別れ際にこんな悲しい旋律の曲を弾くなんて……」


え、ダグが弾いてるの?!


「蓄音機にレコードがかかってるのかと思ったわ。上手いのねぇ、ダグラス様。侯爵よりもピアニストになったほうがいいんじゃない?」


プリシラがそう言うのも頷ける技術だった。

けれど技術だけではなくて、ダグラスの今の心情が音に現れているような気がした。


ダグも私たちとの別れを寂しく思ってくれてるのかなぁ……




◇◇◇




レイトの街に着くと、トティとナサリーをオディエ国の大使館前に降ろし、プリシラは残りの感謝の日を自分の家で過ごすために、そのまま魔導車で帰って行った。

トティは、大使館で昨夜シェリルに頼まれた用事を済ませると、ナサリーと一緒に学院へ向かって歩き出した。


もう学院の門が見えていた時に、二人乗りの馬車を操って道を走っていたアーロン王子に車上から声をかけられた。

殿下はすぐに道べりに馬車を止めると、トティに話しかけてきた。


「トリニティ皇女様! お会いできて良かった。僕にもまだ運が残っているのかもしれませんね。これから町はずれのトールの丘までドライブに行くところだったんです。お話したいこともありますし、一緒に行ってもらえませんか?」


ラザフォード侯爵領からの長い道中をやっとここまで帰って来たところだったので、トティがナサリーと顔を見合わせてお断りをしようと口を開きかけた時に、肩にとまっていたリベルが喜んで騒ぎだした。


「丘? トティ、行こうよ! この馬車は屋根もないし、気持ちよさそう!」


「妖精さんは行きたそうにしていますね。話が終わったら、すぐに学院までお送りしますよ」


王子殿下にここまで言われたらちょっと断りにくい。ナサリーも行っていらっしゃいと言ってくれたので、トティはしぶしぶ馬車に乗った。


馬車を走らせ始めてすぐに、アーロン殿下はクスクス笑って横目でトティをちらりと見た。


「そんな嫌そうな顔をしないでくださいよ。でもその顔もおばあ様に似ているな」


「そうなんですか? そんなに顔に出てました?」


「ハハハッ、嘘がつけない人だな。そんなところが好ましいんですけどね」


な、なんてことを言うんですか、この王子は……

ちびっ子のトティは今までこんな風に男の人にからかわれたことがなかったので、すぐに顔が赤くなってしまう。



「僕はね、母に隣国の皇女様との縁談をにおわされた時、率直に言うとうんざりしてたんですよ。でも王子として産まれたからには政略結婚は逃れられないものです。うちの両親も同じように政治的な結びつきで結婚したわけですけど、思っていたよりも子宝に恵まれて、そこそこ仲良くやっています。僕としてもその皇女様とやらが、少しでも好きになれる人だといいなと思ってました」


「はぁ」


いやに正直な人だな。アーロン殿下って、こんな人だったんだ。


「でも貴方に会って、おばあ様と一緒にいた時のような、気が楽になる空気を感じた時に、母の思惑に感謝したんです。けれど貴方の歓迎パーティーの日の夜から、父陛下が母と僕に、ちょっと待つようにと横槍を入れてきましてね」


「ああ、私は母親が平民ですからね」


「プッ、そんなことを考えていたんですか? それは、始めからわかっていたことでしょう。平民といってもお母様の実家はムーンランドの名士だと聞いてますよ。尊王陛下が視察に行った時に見初められたとか」


「お父様はどこででも女性を見初める人ですから……」


「確かにうちのおじい様のような方らしいですね。でも子孫繁栄の遺伝子を持っていると言い換えることもできます。貴族にとってそれは逃れられない責務ですから」


「まあ、そうですね」


「ですから平民の血のことを父陛下は心配したわけじゃないんです。知っていらっしゃるかどうかわかりませんが、父陛下の大親友のラザフォード、いやもうエクスムア公爵か、こんな爵位の移行時はややこしいですね。つまりダニエルおじさんは、平民の血をひいています。けれど魔法量は王族を凌ぐ多さですし、数々の歴史的な技術革新をしてファジャンシル王国に多大な貢献をしてこられた。父陛下はそんな友達を持っていた経験もあって、おじい様たちの代よりも身分にこだわっていません。真に力がある者が貴族位を名乗るべしというスタンスです」


「そうなんですね」


昨日シェリルから話を聞いていて良かった。アーロン殿下が言っていることの背景がなんとなく理解できる。



「ダニエルおじさんがセリカさんと結婚する時には『王命』が出たんですよ」


「『王命』?! お二人の魔法量が多かったからですか?」


「いいえ。その時はセリカさんの魔法量は少ないと思われていました。けれどそれでもおじい様はダニエルおじさんを結婚させたかった。ファジャンシル王国全体の魔法量が減っていたし、ダニエルおじさんの遺伝子を未来に繋げたかったからです。実は、ダニエルおじさんは王家の血筋の中でも魔法量が多い血筋をひいているんです」


「そんなことがあったんですか」


「ええ、そんなことがあったから、今回も父陛下は、あなたとダグラス・ラザフォード侯爵の、婚姻の可能性を見極めたいと思っているようです」


「………………ダグ?」



トティがポツリとダグラスの名前を言うと、アーロン殿下はあからさまにがっくりと肩を落とした。けれど、気を取り直してなおもトティに話しかけてきた。


「ダグラスはダニエルおじさん譲りの電気・機械工学だけではなくて、植物学にも魔法科学を応用した論文を書いている秀才です。彼の魔法量も両親と同じく群を抜いている逸材でもある。大学で彼と同期でダグラスのことを一番よく知っている僕としては、父陛下が国のために彼のことを優先しようとするのはよくわかるんです。でも、恋をするとそんな冷静なことはいっていられない。トリニティ、僕は貴方のことを……」


「わーーーっ! トティ、寒いよ~ちょっとだけポケットで温まらせてくれる?」


さっきから馬車が走っている道筋を先に飛んで行ったり、走っている馬をからかったりして遊んでいた守護妖精のリベルが、光をまき散らしながら猛スピードでやって来て、トティのポケットにスポンッと飛び込んだ。

話を途中で遮られたアーロン殿下は、ポカンとしてリベルが飛び込んだトティのポケットを眺めている。


トティが非礼を謝ろうとしたら、リベルが何かを抱えて外に飛び出してきた。

もう、(せわ)しない子ね。


「なんだ、これ? なんかポケットに入ってたよ」


「これ……なんで、貴方が持っていらっしゃるんですか?!」


アーロン殿下はリベルが持っている物を見て、なぜか衝撃を受けているようだ。何かを話そうとして、息をのんでいる。とうとう馬車を止めて、じっくりと手にとって眺め始めた。


「……なんでしょうね? あれ? これって、船の上で拾ったタイピンかも」


そう言えばファジャンシル王国に来る時に、この外出着を着てたかな。


「船というと、シーカの港近くでしょうか?」


「ええ、船が入港しようとしてた時に、甲板の上空でタイピンをくわえていたカラスがカモメとぶつかったみたいで、これを落としたんですよ」


「それをたまたま貴方が拾ったと……あ~参った。これは完全に僕の負けだな」


「は?」


アーロン殿下は空を仰いだ後で、深いため息を一つして、どこか吹っ切れたような顔をしてトティに説明してくれた。


「君たち二人には深い縁があると言うことですよ、トリニティ。このタイピンは僕とジョシュ、それにダグラスの三人がシーカのホテルに泊まっていた時に、ダグラスが部屋で失くしたものです。成人のお祝いに両親に(もら)ったとかで、大切にしていました。なくなった時には酷く落ち込んでたな」


「まぁ、それが本当ならダグに送ってあげなきゃいけませんね」


「貴方が直接これを持って訪ねていったらどうですか? きっと喜びますよ」


「でも……」


ダグラスは侯爵の爵位を引き継いだばかりで、忙しくしている。

それにシュゼットの存在もある。ドルーの友達としてならまだしも、トティが直接訪ねていくというのは世間体も悪いかもしれない。



そんなトティの逡巡を、妖精のリベルはわかっているようだった。

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