裏事情
パーティーの翌日には大勢いた招待客のほとんどが帰ってしまい、ラザフォード侯爵家に残っているのはトティとプリシラ、それにセリカ様のお兄様にあたるダレニアン伯爵夫妻と息子さんのジョシュ・ダレニアン卿だけだった。
夕食の後、ドルーとプリシラがそれぞれの婚約者と話をしていたので、トティはダグを探したのだが、もう部屋へ引きあげたのか談話室にはダグラスの姿が見えなかった。
手持ち無沙汰な思いをしていたトティのところへ、ドルーの妹のシェリルがやってきた。10歳とはいっても身体も大きく、トティとあまり背丈も変わらないように見える。
「トティお姉様、ちょっとお話をしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。昨日、少ししかお話ができなかったわね。パーティーの間中、ずっと黒髪のカッコイイ人と一緒だったけど、シェリルの婚約者の方なの?」
オディエ国人のような容姿の男の人とシェリルがずっと一緒にいたので、トティも気になっていたのだ。
「ええ、そうなるようにアピールをしてる最中なんです。コサインという名前なんですけど、彼は私たちの護衛をしてくれているタンジェントとシータの息子なんです。タンジェントもシータもオディエ国で武士階級だったそうです。だから侯爵家の娘との縁組に抵抗があるみたいで……」
「まぁ……侯爵夫妻が反対されているのではなくて、彼の方のご両親が?」
どちらかというと、立場的に逆ではないだろうか? オディエ国での武士階級というと、せいぜい男爵家か、子爵家でも傍流のあたりまでが婚姻関係を結びやすいところだろう。シェリルが公爵家の直系の娘で、王家とも血が繋がっているということで、彼の両親が畏れ多いと思っているのだろうということは想像できる。
けれどラザフォード侯爵夫妻の方が先に、大切な娘を使用人の息子には嫁にやらんと言いそうなものだ。
「うちの両親は自分たちの出自もあって、身分にはこだわらないんです。あ、トティお姉様はご存知なかったんですね」
そう言ってシェリルが話してくれたことを聞いて、びっくりした。
ラザフォード侯爵は、ファジャンシル15世が平民の妾に産ませた子どもらしい。セリカ様はダレニアン伯爵領の領民で、その町の飯屋の娘だったそうだ。
なるほど……二人とも平民の血を引いていたから、魔法量が多くてあれだけの業績を残しながらも王家に入っていないのね。
ファジャンシル王国の王家はオディエ国よりも平民の血というものに拘るのだろうか? それなら私とアーロン殿下の結婚話が国王の意向で止まっているというのも頷ける。
トティが侯爵家の裏事情を知って色々と考えていると、シェリルがそんなことをお話したかったんではないんですよ……と切り出してきたのが、魔導車の輸出の話だった。ファジャンシル王国全土に魔導車が供給されたので、ようやく王国政府から許可が出て、輸出を考えることが出来るようになったそうだ。
シェリルの彼のコサインは魔導車の販売会社に勤めていて、トティにオディエ国の業者を紹介してもらう際の口利きを頼みたかったらしい。
「それは願ってもないお話だわ。私も魔導車を国に持って帰りたいと思ってたのよ。レイトに帰ったら大使館に連絡して、すぐにも業者を選出して、そちらと連絡を取り合うようにと伝えておきます」
トティが乗り気だったので、シェリルは彼の顔が立つとホッとしたようだった。
「でもご両親が護衛の仕事をされていたのに、息子のコサインさんは後を継がなかったのね」
護衛をしていた方が、彼女と一緒にいる時間が長いのではないだろうか?
「ええ、残念だけどコサインは頭脳派なんです。あそこに立っているのが私の護衛をしてくれているケリーです」
シェリルに言われて、扉の近くに立っている女性を見たトティは驚いた。気配を消していたのでわからなかったが、美の女神かと思うほど美しい凛とした女の人だった。
うちのお父様が見たら、絶対に声をかけるでしょうね。
「ケリーは父様の従者をしているコール叔父さんの奥さんなんです。彼女は女性の護衛で、二人の息子のスサナが男性陣の護衛をしてくれてるんです。うちの兄様たちは強いから、あんまり必要ないんですけどね」
叔父という言葉にトティが不思議な顔をしたので、シェリルは侯爵の義弟だという従者のコール叔父さんの話をしてくれた。コール叔父さんは、先日病に倒れたエクスムア公爵が平民の妾との間につくった息子だそうだ。
そこから始まって、もとは逃亡者であったというケリー・ノーラン子爵令嬢とオディエ国のウィル・ノーラン子爵姉弟の数奇な物語も聞くことが出来た。
そしてその後に話してくれた若かりし頃のラザフォード侯爵夫妻が活躍した事件の話も興味深かった。
ドルーはこんな話を聞かせてくれたことがなかったので、トティはシェリルの話を心ゆくまで楽しんだ。
ラザフォード侯爵家というのは、いくらでも面白い話が飛び出してきそうなお家だな。
ダグラスはこんな変わった人たち囲まれて育ってきたのね。
そのわりには研究者肌の真面目な性格になったようだけど……
「トティ、シェリルと話が弾んでるようね」
ドルーがそろそろお開きにしましょうとやって来た。
今、シェリルにラザフォード侯爵家の昔話を聞いていたのよとトティが言うと、ドルーが困った顔をした。
「もう、シェリルったらお喋りなんだから~。家の内情はあんまり他人様に気軽に話せるような内容ばかりじゃないのよ。でもシェリルは本能で生きてるようなところがあるから、トティに話しておいた方がいいと思ったのかもしれないけど」
そんな不可思議な言い方をして、妹のシェリルの頭を軽く小突いただけで話を終わらせた。
そういえばそうだね。
トティは自分も第三側妃の娘という一歩間違えれば妾の子と言ってもいいような出自なので、シェリルのしてくれた話はあまり気にならなかった。けれどこの話をコールマン公爵の奥様のような鼻の高い、貴族の序列などの考えに凝り固まった人が聞いたら、ギョッとするかもしれない。
トティはこの時にシェリルの話を聞いておいて良かったと思う時がくるのだが、それはもう少し先のお話になる。
※ ファジャンシル王国での10歳は現代の日本でいうと、13.8歳。中一ぐらいです。




