ラザフォード侯爵家の秘密
カレーうどんは、クセになる味だった。これ、オディエ国でも作れないかなぁ。
カレーソースの部分に何か工夫があるような気がする。バール男爵領で食べたカツカレーの時とは違う味がした。うどんのつゆか出汁が混ざり合って、あの味ができてるんじゃないかな?
プリシラが食べていた柳川風うなぎの蒸籠蒸しも、錦糸卵の上にのっている甘辛いタレがついたうなぎがなんとも美味しそうだった。今度はうなぎも食べてみたい。
ここのコックはよほどの腕を持っているものが揃っているようだ。そうでなければ、大人数が次々に注文する異なった料理を、これだけのレベルで調理して出すことはできないだろう。トティがそう言ったら、ドルーが喜んでいた。
「うちの母様がいつも言ってるの。どんな仕事をするにせよ、基本は『人』よ、ってね。大勢いる民衆に力がないと、国は豊かにならない。そんな頑張っている人たちの活力の源になる『食』を正当な価格で美味しく提供することが、この店の目的であり、目標なんだって」
セリカ様がそんなことを……
貴族の奥様とは思えないような広い価値観を持っていらっしゃるのね。
『民衆の力』
これがファジャンシル王国発展の基礎となっているのだろうか?
貴族に魔法量がないことを考え合わせると、どうもその辺りに真実がありそうだ。
ランディの店を後にして、ラザフォード侯爵邸に魔導車が着くと、白髪頭だけれど年寄りとは思えないほど背が高い執事のバトラーという人と、ポッチャリとした体形のしわくちゃの笑顔が可愛い女中頭のランドリーという人が出迎えてくれた。二人ともドルーの顔を見ると、心の底から嬉しそうに笑って迎えている。オディエ国の城にいる雇人たちとは全然違う、心の交流がある感じがした。ここラザフォード侯爵邸では、廊下を歩いている使用人の人たちも気軽にドルーに声をかけていて、まるで屋敷にいる人たちが全員で一つの大きな家族であるかのようだ。
応接室に通されると、ラザフォード侯爵と奥様が立ち上がって私たちを出迎えてくれた。
やっとまともに顔を見ることができたラザフォード侯爵は、背が高くダグラスとよく似ていた。髪の色がダグよりも明るい金髪で、国王陛下と兄弟であるということがよくわかる。
セリカ様は優しい栗色の髪をした、いかにもドルーのお母様という感じの方だ。
ドルーの気遣いができるしっかりした性格は、たぶんお母様譲りなのね。
「遠いところをようこそいらしてくださいました、トリニティ皇女様、プリシラ様。どうぞ我が家と思って、ゆっくりおくつろぎください」
「お招きいただきありがとうございます、ラザフォード侯爵、奥様。いえ、ドルーのお父様、お母様とお呼びしたほうがいいかしら? 私のこともどうぞトティと呼んでください」
「お世話になります、お義父様、お義母様。トティも私もドルーの友達として来ていますので、いつものようにプリシラでお願いいたします」
「あ、それから妖精のリベルも一緒に来ているんですが、ここに着いた途端に湖の方へ行ってくると言ってフラフラと出かけてしまったんです」
「まぁ! ドルーから話を聞きましたが、妖精にもお目にかかれるんですね!」
ドルーのお母様は、目を輝かせてリベルの話を聞いてくれた。ドルーやダグが飛び竜好きなのは、お母様の影響なのかしら?
最初の堅苦しい挨拶が済むと、食後のお茶が出て、先日の歓迎パーティーで話せなかった雑談をすることができた。
「学院の授業でお二人の業績を聞いて、ぜひ商品開発をする時の発想やそれを実現するための技術についてお聞きしたいと思っていたんです」
「そのことはよく聞かれるんですが、発想の方はここにいるセリカに負うところが大きいんですよ」
ラザフォード侯爵が苦笑しながら、隣に座っていた奥様の方を優しく見つめた。セリカ様は、旦那様の方を仕方がないわねと言う顔をして見てから、トティに説明してくれた。
「私はよく言うんですよ『必要は発明の母』だって」
「あ、それはドルーも言ってました」
「仕事で困っていたり、こんなものがあるといいなと言ったら、主人が作ってくれるっていう感じでしょうか。このランデスの街には、ダニエルが考えた無茶な設計の要求に応えられる多くのスタッフや、腕を持った職人がいるんです。そのことが技術の下支えをしてるんでしょうね」
「お前の好きなアダムとかな……」
「あら、焼きもち?」
「……焼きもちなんか焼いてない」
あらあら、侯爵夫妻は歳を取っても仲がよろしいようだ。ちょっと国の両親を思い出してしまった。
結局、この二人のコンビがお互いの能力を高めていってるのね。
そして、ここでもセリカ様は平民たち、一般の民衆の力のことをしっかりと認めていらっしゃることが垣間見えた。施政者側がこうやって民の力を正当に評価していくことで、より大きな協力を得られているのかもしれない。
当たり前のことのようだけれど、このポイントをしっかりと押さえて領地経営をしている領主がいったいどれくらいいるだろう?
その貴族たちの上に立つ王族も、それぞれ違う個性を持った貴族の力が、充分に発揮できやすいように認め、伸ばしていく包容力が必要なのよね。
ほんのちょっとの雑談やこの屋敷に来てから見聞きした人々の様子から、ラザフォード侯爵夫妻の健全な生き方やしっかりとした経営方針を、肌で感じることができた。
民衆が元気だと、国も元気になるのか……
部屋に案内されている時に、プリシラの婚約者のマイケルと、ドルーの婚約者のジョシュ・ダレニアン卿が連れ立って歩いていた所に出くわした。どうやら二人でビリヤード室に行くところだったらしい。
「もう、二人ともまたビリヤードなの? 好きねぇ」
ドルーのぶしつけな言葉にも兄のマイケルは平気な顔だ。ジョシュの方は少し気にして、ドルーの顔色を見ながら機嫌をうかがっている。
これはもうすでにドルーの尻に敷かれてるみたい。
「ここのビリヤード室で遊べるのも、あとわずかだからな。ドルーもパーティーが終わったらあちこち見ておいたほうがいいぞ。父様たちがエクスムア公爵邸に移って、ダグ兄様が結婚してみろ、この家も様変わりするさ」
ダグが結婚?!
トティの頭の中は真っ白になってしまった。
ジョシュ・ダレニアン卿とは初めて会ったので、あちらが挨拶をしてくださっていたようだが、トティの受け答えがおかしかったと、後でプリシラに言われた。
ダグが誰かと結婚して、この屋敷に住む。
もう決まった人がいるんだろうか……?