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お休みは王子と共に

長い最初の週が終わり、週末の休みの日がやってきた。トティは乳母のナサリーと二人で、街へ買い物に出かけることにした。


たぶん忍びの護衛がついて来てくれているとは思うが、基本的に彼らはトティの前に姿を現さない。忍びというのは、よほどの危険がある時だけ姿を見せると聞かされている。

だから厳密には二人だけのお出かけではないのだが、これは気分の問題だ。自国では護衛をぞろぞろ連れて歩くことが多いので、顔を知られていない外国にいると、開放的な気分になってくる。


今朝は、トティも少しホームシックになってしまった。

家からの迎えの馬車が来て、ドルーとプリシラが嬉しそうに帰って行ったのを見ると、やはり母や兄姉のことを思い出す。

けれど寮の部屋で、独りグジグジしているのはトティの性格ではない。

留学することが決まってから新調してもらった茶色のスーツドレスを着込むと、カラ元気を出して外出することにした。



トティとナサリーは貴族学院の校門を出ると、人にぶつかりながら歩くという初めての経験をした。

自国ではトティが歩く方向は事前に人払いがされているので、こうやって人ごみの中を歩くということだけでも、とても新鮮な経験だ。


「トティ嬢ちゃま、綺麗な街並みですねぇ」


ナサリーはすぐに街に慣れたようで、周りを見回す余裕も出てきたようだ。トティはまだ、前から歩いてきた人にぶつかってしまうが、ナサリーに導かれて道の端に寄ると、やっと落ち着いて歩いている人たちを眺めることができた。


「ここの街は人が多いね。オディエ国の首都より道が狭いの?」


「違いますよ。国全体の人口が、うちの国より三倍くらい多いそうです」


「へぇ、そうなんだ」


国の人口は、豊かさにも直結する。

やはりファジャンシル王国は、近隣各国の先を行っている。



道の両端にはレンガを使った異国の建物が並んでいた。石畳の道の先には王宮だろうか、周りの商店よりも高い堂々とした建物が幾棟も連なっているのが見える。


「最初にあそこに見える高い建物の方へ行ってみる? あの辺に買い物ができるような店があるんじゃないかな?」


「そうですね。今日は馬車を頼んでませんから、あまり遠くに行くことも出来ませんし、学院の辺りをグルっと見て回りましょう」



セカセカと速足で歩く人たちの中を、トティとナサリーは二人でゆっくりと歩いて行った。

途中、ショーウインドゥに万年筆が飾ってあるお店があった。どうも文具を売っているお店のようだ。


「これドルーやプリシラが持ってる万年筆だ! ナサリー、これ買ってもいい? 筆だとファジャンシル語の細かい文字が書きにくいの」


「お勉強の道具はいくらでも揃えてくださいな。それもこの国を知るための一つじゃないでしょうか」


ナサリーのいつにない太っ腹な太鼓判をもらって、トティは意気揚々と店のドアをくぐった。店に入ると表の喧騒は何かに吸い込まれるようにスッと落ち着いて、静かな空気が流れていた。


ドアを入ってすぐ目につくところに置いてあったガラスケースの中の万年筆を、トティが熱心に眺めていると、隣で同じように眺めていた年配のご婦人に声をかけられた。


「失礼ですが、お嬢様は学生さんですか? 私は久しぶりに万年筆を買うので流行に(うと)くって……。どれが書きやすいか教えていただけます?」


「ごめんなさい。私も初めて万年筆を買おうと思ってるんです。外国から来たものですから……。でも、友達が持っているのは、これとあれです。このピンクの物と同じシリーズは使いやすい最新の物だと思いますよ。なにせラザフォードさんが持ってましたから」


「まぁ……お嬢様は、ドルーのお友達なんですか?!」


その人よりもトティの方が驚いた。


「ドルー・ラザフォードを知ってらっしゃるんですか?」


その人はゆったりと微笑んで頷いた。


「赤ちゃんの頃から存じ上げてます。失礼しました、私、ブリアン服飾店のアリソン・デクスターと申します。ラザフォード侯爵家の皆さまとはご両親の代から懇意にさせていただいてるんですよ」


「そうなんですか。私はオディエ国から来たトリニティ・セルマといいます」


客と店員の関係だけではなさそうだ。ドルーを呼び捨てだったし……たぶん、実生活でも親しいのだろう。

世の中は狭いね。



「申し訳ない。失礼だがあなた方のお話が聞こえてきたものだから。アリソン、こちらの方を僕に紹介してくれないか?」


奥のカウンターで万年筆のペン先を変えてもらいに来ていた男の人たちのうちの一人が、なぜかトティ達の方へやって来た。金髪で背が高い堂々とした若者だ。


あれ? この人、どっかで見たことがあるかも?


その人の顔を見ると、アリソンはギョッとしたようだった。


「で、殿下。気づきませず申し訳ありません。トリニティ・セルマ様、こちらは我が国の第二王子、アーロン殿下であらせられます。アーロン殿下、こちらはドルー・ラザフォード様のお友達のトリニティ・セルマ様だそうです。オディエ国からいらしたと、先程お聞きしました」


「アーロンです。貴族学院の隣にある大学の二年生なんですよ。もしかして、噂の皇女様ですか?」


「ええ、そうです。オディエ国第五皇女 トリニティ・セルマと申します」


皇女という言葉が聞こえると、アリソンさんはびっくりして、トティの方をマジマジと見ていた。


ごめんなさいね、驚かせて……

でも私もこんな所で王子に会うとは、思わなかったよ。



「ここで会ったのも何かのご縁です。これから宮殿に帰ってお茶にするんですが、トリニティ皇女様も一緒にいかがですか?」


「いえ、私は今日は街歩きの格好ですし……ご遠慮させていただきます」


急に言われてもね。

でもお父様や兄様なら「チャンスだ。行って来い」と言うだろうなぁ。


「今日は僕だけですから服装はその素敵なドレスでかまいませんよ。それにどちらにせよ近々、皇女様に王宮から招待状が届くと思います。歓迎パーティーをしたいと父陛下が仰ってましたから。今日は下見と言うことで、ねっ」


なかなか押しの強い王子様だ。

なんか兄様を思い出す。


トティは誘われるままに、宮殿にお邪魔することになってしまった。

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