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秘密の仕立て屋さん  作者: 江葉


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フランシーヌ・ドゥ・メイ・ジョルジュの再起・3



 クラーラがフランシーヌのために仕立てた喪服は、一風変わったデザインだった。

 あからさまな黒ではなく、黒に近い灰色。ところどころについたリボンは黒で、蝶を模している。


「太股の位置にパニエを重ねて膨らみを出すの」

「まるでチューリップのようですわね」

「そうね。開きかけの黒いチューリップ。思った通り、とってもかわいらしいわぁ」


 クラーラはご機嫌でスカートの膨らみを整えていた。

 上はシンプルだ。インバネス風のケープにゆったりとした袖。スカートだけがかつてのバッスルのように膨らんでいた。ただしバッスルと比べると曲線が全体的に丸い。なにより骨組みがない分やわらかな雰囲気だ。


「これなら下半身に視線が行くから、パッと見でフランシーヌちゃんだとわかる人はいないと思うわ」

「なるほど……」


 これでは余計に目立つのでは、とフランシーヌが不安になったのを先んじて、クラーラが説明した。


 あの革命での王都の死者数は驚くほど少なかったが、国全体をみれば革命と呼ばれるのに納得する死傷者が出ていた。アルベールの略奪の爪痕だ。

 国民議会の設立やシャルロッテの結婚、法整備、新しい公共事業など、景気の良い話に湧いても、それでも自粛ムードは続いている。ここらでそろそろパッとやりたい、と人々が思うのも無理のないことであった。


「喪中じゃない人でもみんな空気読んでなぁんか地味なのよねぇ。お祭り騒ぎに浮かれていても、やっぱり後ろめたいんだわ。どこかで何かに対する罪悪感があるのよ」

「まあ……」


 家からまったく出ていなかったフランシーヌは、王都がそんなことになっているとは知らなかった。


「だから、ってわけじゃぁないけど、黒ずくめでも目立たないわよ」

「はい」


 見ず知らずの他人の不幸に同情できるくらいには、この国の人々はやさしいのだ。

 新しいもの、楽しいもの、お祭り騒ぎが大好きで、人生楽しめればそれでいいと思っている王都民でさえ気を使っている。

 フランシーヌが外に出れば、むしろホッとするだろう。どこにでもいる、普通の人間なのだ。


 王と貴族による政治は国民を流されやすく染まりやすい、事なかれ主義にしてしまった。誰だって言われるがまま働いてそれで生活が保障されるなら、わざわざ権力に喧嘩を売ったりなどしない。生活と引き換えになっているのが自由と権利だとしても、気がつかなければ楽なほうに流されるのは人間の性だろう。


 それが、どれほど恐ろしいことかも知らずに。


 気づいた者は反発し、当然抑圧された。圧力が加われば跳ね除けようとする力が生まれるのはごく自然なことである。抑え込まれれば抑え込まれるだけ、力は溜まっていくのだ。

 貴族制度がはじまってからじわじわと溜まり続けた圧力である。爆発はあちこちに広がって、飛び火したところから延焼が起きる。


 インパクト地点であるこの国が、まず方針を定めなければならなかった。

 今は爆発の余波に呆然としている、脱力状態でもあった。他国が、特に帝国が動き出す前に国内を固める。蒸気機関車はそのための一歩だった。


 内陸のこの国には海こそないが山がある。鉱物資源ならあるのだ。鉱山を持つ領は潤うだろう。革命で職にあぶれた人々を斡旋しているから、失業者が溢れることもない。

 仕事があれば人が集まる。人が動けば物が動く。技術の発展と共にこの国を発展させていかなければならなかった。


 古い時代から新しい時代へ。脱皮するように良いものを残しつつ進んでいく。その空気を、クラーラはフランシーヌに肌で感じて欲しかった。


「帽子はツバを広めにしたわ。顔を見られても印象が違うから、フランシーヌちゃんだとわかっても変に噂することはないでしょう」


 それに、とクラーラがウインクした。


「最強の護衛がついてくれるしね」

「護衛?」


 タイミングを図ったようにドアがノックされ、メイドが入ってきた。


「お嬢様、ご友人がお見えになられました」


 メイドはフランシーヌのドレス姿を見て安心した顔になった。ジョルジュ家の使用人たちはうつくしく気立ての良いフランシーヌを自慢に思っている。彼女の大切なお嬢様がようやく立ち直ろうとしていることが嬉しくてたまらなかった。


 あっ、という顔をしたフランシーヌに代わり、クラーラが「お通しして」と言った。現れたのは予想通り、お嬢様三人組だった。

 三人はフランシーヌを見て息を飲み、目を潤ませ、それから決意を固めてうなずきあった。


「こんにちは、フランシーヌ様。今日はご一緒できて嬉しいですわ」

「案内はお任せ下さい。見事にエスコートしてみせますわ」

「パンフレットも用意しましたの。安心してくださいませ」


 三人はそれぞれ濃紺、藤色、枯れ草色のドレスだった。どれも質は良いが過度な装飾はなく、落ち着いた雰囲気である。


「あなたたち、フランシーヌちゃんをお願いね」


 はい、と返事をした三人は、いつもの騒がしさが嘘のようだ。年下の、楽しいことが好きで甘えが抜けなかった令嬢が、いかにも立派な淑女レディである。

 お姉様、と呼ばなかったのは、自分たちがそう呼ぶ人物が誰か王都に知れ渡っているからだった。良くも悪くもお姉様信奉者は多く、三人がはしゃいでせっかくのお出かけが台無しになりかねない。そうでなくてもフランシーヌは社交の花だ、口さがない連中に余計な真似はさせない、という少女の決意が秘められていた。


「まあ、みなさまと一緒なら心強いですわ」


 三人の成長を見たフランシーヌは感動した。いつまでも自分が守ってやらねばならない子供だと思っていたのに、いつのまにかフランシーヌを守れるほど強くなっている。


「クラーラ様は一緒ではありませんの?」


 三人を指導してくれたのはクラーラだろう。感謝を込めて振り返れば、クラーラは挑戦的な笑みを浮かべた。


「アタシはフランソワ様と行くわ。あの方には現実ってものを直視してもらわなくちゃねぇ」


 くすくす笑うクラーラは、毛先のカールもあいまって蛇を背負っているようだった、とフランシーヌは後に語る。



 ***



 混雑の中を馬車で行くのはかえって危険、という判断により、フランシーヌたちは徒歩で王宮まで行くことにした。


 フランシーヌはしばらく人目を気にしていたが、行き交う人々がチラッとドレスを見てもたいした興味のなさそうな様子にホッと力を抜いた。誰もが楽しそうな顔をして王宮へと向かっている。

 やがて王宮に近づくにつれ、喧騒が大きくなった。


「まあ、すごい人ですこと」

「迷子にならないようにしなくては」

「手を繋いでいましょう」


 言うが早いかフランシーヌの両腕に手が絡まった。左右をがっちり固められた姿はさながら仲の良い姉妹である。老夫婦が微笑ましげに笑って通り過ぎていった。


 買った買ったと威勢の良い声を張り上げている菓子売りや串焼き売り。クラーラがいればぼったくりよと止められそうだが、物珍しさに釣られてついつい近づいたが最後、気づいたら買っていた。


「わたくし、こんなのはじめてですわ」


 フランシーヌが頬を紅潮させた。買い食いという言葉さえ知らない彼女は早くもお祭り気分に呑まれているようだ。


「実はわたくしもです」

「立ったまま食べるなんて、お母様が知ったら卒倒してしまいますわ」

「うふふ。でも、楽しいですわね」


 屋台の側には同じように食べている人もいる。

 フランシーヌたちが買ったのはベリーのコンポートを挟んだサンドイッチだ。ビスケットよりはいくらかやわらかいパンにコンポートの果汁が浸みこんで、口の中でじゅわりと甘酸っぱさが広がった。バターは塗られていないが、屋台にそこまで望むのは贅沢というものだろう。


「お腹も満たしたことですし、そろそろ行きましょう」

「そうですわ。出だしですっかり足止めされてしまいました」

「いざ、蒸気機関車! わくわくしますわ」


 自分から釣られに行ったことをすっかり棚上げし、入場料の銀貨一枚をしっかりと握りしめて入場口に向かった。

 門の周囲には入るだけのお金がない人々がせめて覗けないかと詰めかけている。どさくさに紛れてタダで入り込んでいる人もいそうな混み具合だった。


 王宮の庭は様変わりしていた。貴族が馬車で通る道には精一杯めかしこんできたのだろう老若男女がひしめき、そして、噴水の周囲を囲む石畳にレールが敷かれている。ところどころにあったベンチは邪魔にならない場所に移動していた。


 フランシーヌは目を見開いて立ち竦んだ。三人も息を飲んでいる。


 黒光りする鉄の車が目の前にあった。

 まるで呼吸をしているかのようにシュ、シュ、と音を立てていた。

 新しい物好きな王都民もこれには度肝を抜かれたらしく、遠巻きに眺めている。

 目を輝かせているのは子供、それも男の子だ。すごい、かっこいい、と歓声をあげている。


「あ、あれが本当に動くんですの?」

「お水を温めて出る蒸気で動かすというお話ですわ」

「あんなに大きなものを、湯気でどうやって動かすのでしょう」


 三人がフランシーヌに縋りついた。それでも人の目から隠す立ち位置にいるあたり、自分の役目を忘れてはいないらしい。


「こんなものが本当に動くとしたら、科学技術を進めるのは当然ですわね……」


 フランシーヌが唖然として言った。

 自国で開発したのならともかく、これは輸入品だ。我が国の科学はどれだけ遅れているのか、忸怩たる思いがある。


「危険ですからレールの上に立たないで!」

「走行中の機関車に触れないよう離れてください!」


 ついに動かすのだろう、作業員が声を張り上げて観客に注意しはじめた。

 奥で控えていた近衛騎士が整列し、人が入ってこないように立ちはだかる。どの顔も誇らしげな、自慢そうな表情だ。


 ふいにざわめきがひときわ大きくなった。

 蒸気機関車の研究者らしき神経質そうな中年男性と共に現れたのは、執政マクラウド・アストライア・クラストロ公爵だった。彼を見て声をあげた人々がすぐに口を閉じる。


「えっ……」


 フランシーヌの目が驚きに見開かれた。そんな、と声を出さずに呟く。


「諸君、今日は待ちに待った祝福すべき記念日だ」


 壇上に上がったマクラウドが言った。

 大きな声ではない。しかし誰もが彼の言葉を聞き漏らすまいと耳を澄ましている。


「見たまえ、この勇壮な姿を。この巨大な鉄の車が人を、物資を運び、やがて大陸中を駆け巡る」


 集まった群衆の顔を見回しながらマクラウドが語りかけた。

 フランシーヌは食い入るように彼を見つめた。


 黒々とした長い髪。トレードマークのような黒い服。憂い気な、それでいて自信と決意に満ちた黒い瞳はどこからどう見てもマクラウド本人だった。


「残念ながら、我が国の技術は他国に比べて劣ると言わざるを得ない。しかし、それでもなお諦めず、己が道を歩む偉大な友がいる」


 紹介しよう、と言ってマクラウドが研究者の名を呼んだ。博士と呼ばれた男は群衆を前に誇らしそうに頬を染め、ついに陽の目を見たことへの感激も露わに壇上に立った。


 ふと、視界の隅にフランソワとクラーラがいるのを見つけた。群衆に紛れているがアドリアンも連れているようだ。


 今度こそ、フランシーヌは血の気が引いていくのがわかった。


 よく見ればフランソワの顔色も悪い。クラーラが彼に何か言い、アドリアンを抱き上げた。アドリアンがはしゃいだのかぐらりとフランソワの背が揺れる。そうしていると孫と祖父、それに付き添う母のようだ。


「どうなさいました?」

「ご気分が悪いのですか?」

「人混みに酔ったのかもしれませんわ」


 呆然としてあらぬ方向を見ているフランシーヌに三人が心配そうに囁いた。促されるまま群衆を潜り抜け、人気のないベンチに座らせた。


「飲み物を買ってきますわ。お二人はついていてくださいませ」


 一人が速足で屋台に向かって行った。


「陽気にあったのかもしれませんわ」

「人出が多いからと日傘を持ってこなかったのは失敗でしたわね」


 一人がハンカチを扇いでフランシーヌに風を送り、一人が背中を擦ってくれている。


「申し訳ありません。久しぶりの外出に体が驚いてしまったようです」


 フランシーヌはとっさに言い訳した。半年も家に籠っていれば体が衰弱するだろう。二人は納得したようにうなずいた。

 クラーラに言われて散歩をするようになったが、思っていたより体力が落ちていたのだ。緊張も加わって、貧血に近い状態になってしまった。


「どうぞ、ライムジュースですわ」


 安っぽいガラスのコップに入った水で冷やされていたのか、ひんやりと喉を通っていった。爽やかな柑橘の香りが少しだけ気分をすっきりさせる。


「ありがとうございます……。人心地つきました」


 あのままいたら混乱のあまり倒れていたかもしれない。

 フランシーヌの予想では、クラーラがマクラウドのはずだ。確認したわけではないが、クラーラは言動の端々でそうほのめかしていた。フランシーヌに教えようとしていた。


 考えなければならないのは、あのマクラウドが何者なのかではなく、なぜ今、マクラウドとクラーラが同時にフランシーヌの前に現れたのか、だ。

 何か意味があるはずなのだ。クラーラは大切な友人である。だからこそ、フランシーヌに手を差し伸べても、ただ守ることはしなかった。自分で立ちなさい、と時に冷徹さをみせてきた。当然だ、クラーラはフランシーヌの親ではない。クラーラの友人ならば隣に並び立つだけの強さと意志を持っていなければならなかった。


 ポォーッっと汽笛が鳴り、フランシーヌの思考が遮られた。


「いよいよですわね」

「すごい音ですわ」

「楽しみですわね」


 ガシャン、と機械の音がして、シュ、シュ、と息を吐くような音が続いた。

 蒸気機関車が動き出す。

 デモンストレーションのために走っているのは機関車と連結された一車両だけだった。スピードも思っていたよりゆっくりだ。


 それでも見るからに重たい鉄の車が自立走行していることに、人々は感嘆のため息を吐き、歓声をあげ、どこからともなく拍手が沸き起こった。

 マクラウドが博士と握手を交わしている。

 煙を吐きながら走る機関車は今までの常識では考えられなかったものだ。かつて詐欺師と罵られた錬金術師たちの末裔、科学技術者はそう見られてきた。錬金術などではない、科学であり化学だと叫んでも一歩引かれた学問だった。

 やがて夢物語は現実になる。そう実感させる強さが黒く光る鉄道にはあった。


「すごい……」


 素直な感想がフランシーヌの口から漏れた。

 なんて力強く、頼もしいのだろう。しかもあれは馬のように疲れたりしないのだ。車両を繋げばどんなに重い荷物も、たくさんの人も運んでくれる。

 気がつけばお嬢様三人組も目をキラキラと輝かせていた。


 時代が変わるとはこういうことなのだ。フランシーヌは身の内に湧き上がる期待と不安に肌が粟立つような思いがした。わたくしも何かがしたい。いいえ、行動するべきなのだ! 手足が、心が、動きたがっていた。


 フランシーヌはクラーラの姿を捜した。フランソワに抱っこされたアドリアンと手を打ち合わせている。心がじんわりとあたたかくなり、自然と笑みが浮かんでいた。


 次に彼女はマクラウドを見た。彼は満足そうではあるものの、どこか遠い風景のような瞳で群衆を眺めていた。フランシーヌがいることに気づきもしない。


 別人なのだ。そう思った瞬間答えが閃いた。


 そう、クラーラは友人だが、マクラウドにとってフランシーヌはジョルジュ家の令嬢にすぎないのだ。旧友の娘であり、仇敵の孫であり、そして利用してしまった少女。

 マクラウドは国と家を背負っている。フランシーヌはクラーラを信頼して親しんでいた。だからこそマクラウドに対し、クラーラと同じ信頼を抱くなと警告してくれている。


 王太子の婚約者であった過去は消えてくれない。貴族がどういう生き物なのかくらいフランシーヌも承知していた。マクラウドに近づけば、政争に巻き込まれるだろう。


 フランシーヌは蒸気機関車を見た。予感がする。わたくしはいつかあの蒸気機関車に乗り、旅に出る。

 その時隣に座っているのは、いったい誰なのだろう。




フランシーヌはクラーラとマクラウドを別人で考えないといけないんです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名もなき群衆の描写がとても好きです。 単なるお話の添え物ではなく、物語の世界観の中で生きた背景を持ち、「この小説の登場人物」としての性格付けがされているように感じます。 群衆のようすを見せ…
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