フランシーヌ・ドゥ・メイ・ジョルジュの憂鬱6
対決!
申し訳ありません。タイトルが重複しておりました。
「お待ちください!!」
声を張り上げたのは、アルベール王子だった。
彼はフランシーヌをひたと見つめると、一度頭を下げ、ユージェニーの元に走って行った。
今まさに国王による婚約の宣言がなされようとしたその時だった。ひとり残されたフランシーヌは、人々の注目を集めながら静かに王に一礼すると、父であるジョルジュ伯爵の隣へと下がった。
アルベールは真っ白な顔のユージェニーを引っ張ってくると、膝をついて請うた。
「どうか、国王陛下。わたしにも愛する人を妻にする権利を下さい」
「王子、王子いけません」
ユージェニーが必死になってアルベールを止めるも、感情が爆発した男には無駄であった。
「アルベール、お前の愛で国民を不幸にする気か」
「いいえ。…臣籍降下の覚悟はできております。王太子にはどうか第二王子を」
「ならぬ。王族の結婚は義務だ。臣籍降下など甘いことでは許されぬ」
王妃フローラは今にも気を失いそうなほど震えている。
「お前と結婚してもユージェニーは幸福にはなれまい。お前はユージェニーを不幸にしたいのか」
「なぜですか!?わたしはユージェニーを必ずや幸せにしてみせます!」
「たとえ平民となって結ばれても、オルコット家は取り潰しだ。ユージェニーの家族は離散し、どこにも雇われることはないだろう。お前が、そうするのだ」
「そんな……」
第一王子を平民にまで落とし、国の信頼を失墜させた罪はユージェニーに負わされる。なぜそこまで放っておいたのだとオルコット子爵家が追求されるのは目に見えていた。
だが、それなら目の前のふたりはどうなのだ。アルベールは強い目で王を批判した。
「今の国をこのようにしたのは陛下と王妃ではありませんか。なぜ、わたしだけは認められないのでしょう」
エドゥアールの肩が揺れた。自分と同じ過ちを繰り返す息子が憐れであり、それ以上に憎くもあった。真正面から挑んでくる息子のまなざしには軽蔑と怒りが含まれている。
「…王族の結婚は義務だ。ユージェニー、そなたはアルベールと結婚したいか」
ユージェニーは震える声で答えた。
「わたくしは…、わたくしは、陛下の御心のままにいたします」
「ユージェニー!何を言う!」
「王子。わたくしたちは国に仕えるものなのですわ。国のため、私心は捨てねばなりません」
「ならば国を捨てよう。わたしたちを認めない国などこちらから捨てればいい」
アルベールはユージェニーを抱きしめた。少女の体の震えが激しくなり、嗚咽が漏れる。だらりと下がっていた手が持ち上がり、アルベールの背を掴み締めた。
とうとう王妃が気絶し、侍女が慌てて体を支えた。国王エドゥアールはますます顔を歪ませる。
フランシーヌは、それを醒めた目で見ていた。
茶番。まるっきりの茶番である。今どきこんな愁嘆場など、舞台演劇でもやらないだろう。現に会場は白けた雰囲気が広がっている。外賓はひそひそとアルベールとユージェニーを見て嘲笑し、この国の貴族たちですらまたかと言わんばかりだ。
「…フランシーヌ、よく頑張ったな」
「父様」
「つらい役目を押し付けて済まなかった」
「フランシーヌ、あなたの貴重な三年間を無駄にして本当にごめんなさいね」
「母様」
ジョルジュ伯爵と夫人はそっと娘を抱きしめた。妻にうなずいた伯爵は、強く同意したのを見て、未だ続く愁嘆場に足を踏み入れた。
「国王陛下、発言をお許し願いたい」
「ジョルジュ伯爵……」
エドゥアールは助けが来たとほっとした表情を浮かべた。
「うむ。許す」
「ありがとうございます」
臣下の礼をとったジョルジュ伯爵は言った。
「アルベール第一王子と我が娘フランシーヌとの婚約を白紙に戻していただきたい」
「な……っ!?」
まさか場を鎮めるのではなく、渦中にさらに火を投げ入れる真似をされると思わなかったエドゥアールは絶句した。反対にアルベールは喜色を浮かべる。
「ジョルジュ伯爵、許してくれるのか!」
「その前にひとつお答え願いたい」
「なんだ?」
アルベールはすっかり許されると思っている。彼の腕の中のユージェニーはまだ不安そうだが、それでも離れようとはしなかった。
「お二人は、すでに愛を交わされたのですか?」
アルベールとユージェニーはその質問の意味を悟るとさっと頬を染めた。愛を交わしたというのはつまり、性行為の有無を訊ねているのである。
「う、うむ。それはまあ、なんだ。人並みには…な」
「…アルベール様は何度もわたくしを愛してくださいました」
こういう時は女のほうが度胸がある。まっすぐ目を見て答えたユージェニーに微笑みかけ、ジョルジュ伯爵は一礼すると、国王に向き直った。
「陛下。このような貞操観念の緩い者に、我が娘はやれませんな」
笑みは浮かべたままだった。一瞬何を言われたのかわからず呆けるアルベールとユージェニーにジョルジュ伯爵が続ける。
「結婚前とはいえ婚約者のいる身。不貞に変わりはありません。よってこのふたりにはしかるべき処置をするべきであると進言します」
「ジョルジュ伯爵……」
「娘を持つ父の気持ち、わかっていただけると信じております」
ジョルジュ伯爵は王に向かって綺麗に一礼すると、家族の元に歩き出した。
フランシーヌが一歩、前に出た。
口を開け、しかし言葉が見つからないのかうつむき、やがて顔をあげる。
涙を堪えきれぬ表情で人々を見回すと、優雅に礼をして背を向けた。
去って行くジョルジュ伯爵家に誰も声をかけられなかった。
「フランシーヌ様…っ」
静まり返った会場に、フランシーヌの友人たちの泣き声が響いた。少女たちはひと塊になり、お互いに手を取り合って泣いている。
それを皮切りにざわめきが戻ってきた。誰もがフランシーヌの健気さと、気高さを失わない姿に感動している。
「あれこそレディというものですな。彼女の婚約が白紙になるのなら、我が国の社交界に迎え入れても良いのでは」
「愛を失った人魚姫のように儚くなってしまうのではありませんか」
「フランシーヌ嬢ほどの女性であれば引く手あまたでしょう」
「フランシーヌ嬢は16歳だとか。我が国の第三王子とお似合いですわ」
「フランシーヌ嬢の慰めに、花を贈りましょう」
「夜会にご招待してみては」
「フランシーヌ」
「フランシーヌ」
「フランシーヌ」
もはや誰もアルベールとユージェニーなどに気も留めなかった。エドゥアールはすばやく衛兵を呼び、ふたりを下がらせる。一番頼りになるはずだったジョルジュ伯爵がいない今、場を収めるのは国王しかいない。
杖を振り上げようとして、気づく。誰も彼もが王を横目で見ていた。
ああ、またか。あの王の子なだけある。親が親なら子も子だな。冷たく白け切った視線がエドゥアールに突き刺さった。
あの時。
世界で一番祝福されるべきだった男から、妻を略奪した報いがこれか。
エドゥアールとフローラの告白に白から赤、赤から黒へと顔色を変えた親友を思い出す。絶望と憤怒と憎悪。彼なら許してくれると思い、簡単に裏切った。親友はエドゥアールを許すことなく去って行った。
今、ここに彼がいてくれたなら。
こんなことにはならなかっただろう。
「これにて解散とする。皆の者、残念であるがまた改めてお目にかかることにしよう」
それでもエドゥアールは笑って解散を宣言した。王の言葉に一応の礼は払ったが、惜しむ声はどこからも聞こえず、さっさと帰って行った。
王家の始末は次話で。