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秘密の仕立て屋さん  作者: 江葉


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女の戦い(仮)

ヒス女VSメンヘラ女、ファイ!!



 その日、クラーラの店に一組の男女がやって来た。


「いらっしゃーい」


 笑顔で迎えたクラーラだが、二人の様子を見て眉を顰める。


 男はまだ少年だろう、幼い顔立ちに不安そうにアンバーの瞳が揺れている。隣の女もまだ少女のようだが、彼より年上なのかわずかに背が高かった。二人はどこかおどおどと、ドアベルを鳴らさずに入って来て後ろを振り返り、クラーラを見てホッとした。


「……どうしたの? 誰かに追われてる?」

「い、いえ……。追われていると言えばそうなのですが」

「逃げるのなら裏口に」

「ドレスの、注文に来たんです……」


 か細い声で、それでもきっぱりと少女が言った。


 お客なら、とクラーラは席を薦め、お茶を出した。少年には濃い目の紅茶、少女にはジャスミンティー。飲み慣れない茶なのか、一口飲んだ少女は眉を寄せ、それからは口を付けなかった。


「それじゃあ、こちらに署名してもらえるかしら」


 いつもの説明を終えたクラーラが差し出した顧客名簿に二人がサインする。少年はネージュ・スピール、少女はジュリア・ピティエ。ネージュはスピール子爵家の三男だった。


 スピール子爵家は知っているが、三男がいたとは知らなかった。クラーラは疑問に思い、訊ねる。


「もしかして、まだ成人していないのかしら?」

「はい。来年を予定しています」


 社交界に出ていない彼の噂をクラーラは聞いたことがない。たいていの親はそれとなく流して将来の結婚相手を探すものだが、それもないとは。彼に何かあるのだろうか。


「ふぅん。未成年のくせに恋人にドレスなんて、やるじゃなぁい」


 からかうようにクラーラがウインクすると、ネージュは頬を染めたがジュリアはなぜか涙ぐんだ。


「わ、私が、いけないんです。ネージュ様を責めないでください……っ」

「ジュリア、気にしないでといっているだろう。君のせいじゃない」

「で、でも、でも……っ。ごめんなさい」


 いきなりはじまった愁嘆場にクラーラはぽかんとなった。


 ネージュ・スピールは十三歳。幼い顔立ちと育ちの良さからくるやさしさで、今まで恋人は五人もいた。最初の恋人はなんと十歳の時で、相手はまだ十三歳だったという。かくいうジュリアも十七歳だ。どうやらネージュには、年上の女の心をくすぐる何かがあるらしい。


「で、それがどうしてピティエさんのせいになるわけ?」


 まさか略奪でもしたのだろうか。とてもそんな大それたことができるとは思えないが、人は見かけによらないという格言もある。


「それは、その、僕の別れた恋人が、なかなか納得してくれなくて……」


 ちりちりちりりりん!


 突如として激しいベルが鳴り、クラーラはつい立ち上がった。


 現れたのは燃えるような金髪にオレンジの瞳に怒りを燈した少女だった。


 彼女を見たジュリアが「ひっ」とネージュに身を寄せ、ネージュは守るように肩を抱いた。それを見た少女の目がきりりと吊り上がる。


「薄汚い泥棒猫! あんたなんかにネージュ様は渡さないわ!」


 ビシッとジュリアを指差して叫んだ少女の縦ロールがぶわっと揺れた。


 なんで今時縦ロール? とクラーラはツッコミたくなった。様式美というやつだろうか。


「カノン、いい加減にしてくれ。僕らはもう別れたんだ」

「別れてなんていません! ネージュ様は騙されてるのよ!」


 とりあえず説明されなくてもわかった。カノンと呼ばれた金髪縦ロール少女が別れた恋人なのだろう。


 いかにもプライドが高そうな少女だ。茶髪に茶金色の瞳、いかにも地味でぱっとしないジュリアのせいでネージュにフラれたのが納得できないらしい。


「カノン様……」


 ジュリアは目を潤ませ、悲しそうにカノンを見た。


 ん? とクラーラはジュリアを見る。


 今のは、何だろう。なぜ、彼女はあんなふうにカノンを見たのか。ネージュに肩を抱かれた状態では、その表情は悲哀ではなく憐れみである。


 憎い憎い泥棒猫に憐れまれたことを敏感に察知したカノンがますます激昂した。


「何よ、その顔はっ? あんたっていつもそうよね、か弱い女のフリして人のもの掠め取っていくなんて、恥ずかしくないの!?」

「やめないか、カノン! 君こそ場所もわきまえずにヒステリーを起こすなんて恥ずかしくないのか」


 ネージュに諌められ、カノンはぐっと息を飲んだ。ネージュが申し訳ないとクラーラに頭を下げる。


「ネージュ様は、私を心配してくださっているだけです」

「すまない、カノン。でも君は強いから一人でも大丈夫だろう。ジュリアは守ってやらなくては壊れてしまう、弱い人なんだ」

「そんなっ。そんなの、勝手だわ。ネージュ様、前の恋人と別れる時、わたくしも一緒に戦ったのに。それなのに、わたくしを捨てるの?」


 どうやら前の恋人の時にもひと悶着あったようだ。痛いところを突いたのか、ネージュの瞳に罪悪感が浮かぶ。


「……カノン」

「思い出して、ネージュ様。あの女のつきまとい。屋敷から見える場所にずっと佇んで待つ、あの女の執念から逃げた時のことを。わたくしだって怖かったわ。でも、あなたとだったから耐えられた。身の危険を感じたことも、一度や二度ではなかったのよ」


ひと悶着どころの騒ぎではなかった。


「カノン、たしかに君には感謝している」

「だったら……!」

「だが、今の君はあの女と同じ、いや、それ以上に非道な仕打ちをジュリアにしているだろう?」


 僕が何も知らないとでも思っているのか。そう言って睨むネージュに、肯定するようにジュリアが彼の腕を摑んだ。


「わ、私の顔に熱いお茶を浴びせたり、ネージュ様から頂いた花を踏みつけにしたり、道を歩いていたら馬車に向かって突き飛ばされたり……。昨夜、暴漢に襲われそうになりました。カノン様、ですよね?」

「ジュリア、そんなことがあったのか」

「黙っていてごめんなさい、ネージュ様……」


 ネージュが調べた情報よりずっと酷いことをされたようだ。

 ネージュにカノンの仕打ちを言えば、もっと酷いことをされるのではないかと思い、怖くて言えなかったのだ。そう言いたげにジュリアはうつむき、体を震わせた。


「ち、違うわ! 暴漢なんてわたくし知りません!」


 そりゃあそうだわ。クラーラでもわかることだ。こんな派手なお嬢様が暴漢に依頼したところで、襲われるのは彼女のほうである。そもそもどうやってそんなごろつきと知り合うのだ。設定に無理がありすぎる。


 だが、ネージュはジュリアを信じた。暴漢なんて、と言うことは、他はやったと自白したも同然である。むしろ信憑性が増した。カノンの言葉など信じるはずがない。


「……最低だな。君がそんな女だとは思わなかった」

「ネージュ様……」


 愕然とするカノンに、ジュリアが憐れみとやさしさをミックスした絶妙な眼差しで告げた。


「あの、カノン様。謝っていただければ、私はそれでかまいません」

「誰があんたなんかに謝るものですか! 馬鹿にしないで!」


 無意識だとしたらずいぶんな女だ。クラーラはジュリアにちょっぴり感心した。善意による痛みは悪意のそれよりもずっと苦痛である。相手を批難すればするほど悪者になってしまう。


 カノンは反射的に反発したのかもしれないが、ここで謝れば罪を認めたことになる。プライドと身分にかけても彼女にはできなかった。


「素直に謝ることもできないなんて。ジュリアのやさしさを少しは見習ったらどうなんだ」

「子爵家の子息であるネージュ様に、成金の娘ごときが近づくのが間違っているのよ!」

「恋に身分は関係ありません……!」


 黙っていられなかったのか、ジュリアが反論した。


 正論のようにも聞こえるが、成金であろうと社交界に出ているのならその世界を知っているはずだ。互いに愛し合って結婚するのが望ましいのは当然だが、家と金と事情が複雑に絡み合うのが社交界である。ジュリアの正論は物知らずと鼻で哂われる理想論であった。


「恋に身分は関係ないと言いながら、なぜクラーラの店に来ているのです? クラーラのドレスといえば貴族令嬢の憧れ。結局あなたが一番身分を気にしているのでしょう」

「そんな、ひどいです……」


 はたして図星だったのか、ジュリアがみるみる目に涙を溜めた。ネージュが慌てて彼女を慰め、カノンはフンと鼻を鳴らす。


 何よこれ?


 クラーラは白けた目で三人のやりとりを眺めているしかなかった。


 悪役令嬢断罪がはじまったと思いきや、悲劇のヒロイン劇場が開幕している。いったい何を見せられているのだろうか。


「君みたいな女がジュリアを悪く言って追い詰めるから、ふさわしいドレスを仕立てるんだ」


 作るなんてひと言も言ってないけどねぇ。もはやジュリアのドレスを仕立てるのが当然といったネージュにボソッとツッコんだ。ネージュはもちろん聞いちゃいない。


 ネージュはネージュで愛する彼女を守る俺カッコイイに酔っているようである。何度もやっているのだろうに懲りない男だ。


「僕からの愛の証だ。受け取ってくれるね? ジュリア」

「ネージュ様……。喜んで」


 ジュリアの手を取りやさしく微笑むネージュに、先程までのやりとりを覚えていないのかジュリアは頬を染め、今度は嬉し涙をぽろりと零した。すごいわ、この女。自分の武器を使いこなしてる。クラーラは感心した。


 二人の世界にギリギリとどこからともなく取り出したハンカチを噛みしめていたカノンは、何かを思いついたようにニヤリと笑った。


「――そう。ならばわたくしも、クラーラのドレスを所望しますわ」

「えっ?」


 と、ジュリアの涙が引っ込んだ。


「は?」


 と、怪訝そうにネージュが聞き返した。


「わたくしを愛していると仰ったではありませんか。ですから、そう、愛の記念に。それともあれは、嘘でしたの?」

「嘘ではない。……だが、真実の愛はジュリアだとわかったんだ」

「ええ、それはわかりました。ですがわたくしの愛は永遠にネージュ様のものですわ。わたくしはクラーラのドレスを愛の形見として、ネージュ様を思い続けます」


 いやいやいや。愛の証だとか愛の記念だとか愛の形見だとか。ちょっとなに言ってるのかわからないわぁ。


 金髪縦ロールをふぁさっと揺らして小首をかしげ、微笑むカノンはうつくしい。彼女との思い出が甦ったのか、ネージュが同意しようとした。


「ネージュ様」


 が、それをジュリアが阻んだ。当然だ。同じ時期に同じ男から二人の女がクラーラのドレスを贈られたら、社交界で噂が飛び交うこと請け合いである。そうでなくとも自分の男の、時間と金を他の女に使われるのは癪に障る。縋りつく瞳と少しだけ強められた腕を摑む指先で演出して引き留めたジュリアは大したものだ。


「クラーラのドレスをくださるのなら、わたくし謝罪してもいいし、二度とその女には嫌がらせしません」


 しかしカノンもしたたかだった。カノンが直接攻撃していたのは、ネージュの気を惹くためでもあったのだ。完全に彼の愛を失ったのならもはや遠慮する必要はなくなった。


 いくらなんでも裏の含みに気づくだろうと思ったが、ジュリアとネージュは感激している。気づけよ、と投げやりに思うもクラーラは口を噤んだ。


「本当か、カノン」

「はい。お二人の愛の強さはよくわかりました。もう邪魔などいたしません」

「ありがとうございます、カノン様……!」


 なんでそこでめでたしめでたしな空気になるの? クラーラはなんだかとっても疲れてきた。


 こんな子供のおままごとにアタシのドレスを使うなんて冗談じゃないわ。そう言って断っても真実の愛だのなんだのと食い下がってくるのは目に見えていた。


 クラーラは現実を突きつけることにした。


「アタシのドレス、最低でもこれくらいかかるけど、子爵家の三男に支払えるのかしらぁ?」


 ずばり、金である。


 いかにスピール家が子爵でも、ころころ変わる三男の恋人に、モーニングだろうがイブニングだろうがドレスを二着分払うはずがない。


 案の定、三人は「あっ」という顔をした。気まずそうにチラチラと目配せしあっている。


「ネージュ様……」

「ネージュ様?」


 二人の女に両脇を固められ、ネージュは冷や汗を流すばかりだった。


 クラーラはにっこりと営業スマイルを浮かべた。


「それにね、そういうことは一人前の男になってからいらっしゃい」


 無理だろうけど。微笑みを崩さずにクラーラはネージュを評価していた。


 ネージュのような男は誰にでも良い顔をして女を惹きつけ振り回し、最終的に一番執念深くたちの悪い女に捕まるのだ。そして、捕まったら最後逃げられない。彼から去って行った女は夢から覚めたようにネージュのどこが良かったのかと今までのことを忘れたい記憶にし、そのうち本当に忘れる。あの女のほうが良かったとネージュがぼやいても、見向きもされないだろう。女の質が徐々に下がっていき、どん底を選ぶはめになるのだ。


 そして、今までのことがあるから誰もネージュを助けてくれない。そういう男だ。


 むろん、カノンとジュリアも新しい恋人、まして結婚相手を探すのは困難になる。恋は盲目を地で行き醜聞を晒したとなれば、どんな男だって用心する。


 勝手にやってろ。


 逃げるように店を出て行った三人に、クラーラが言った。


「お幸せに」



縦ロールは様式美。

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