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アルベールの逃亡

やはり書かないと話が進まない……。クラーラの出番はありません。

今回から残酷な描写があります。


 アルベール第一王子が留学名目で人質となった国は、通称『研究国家』と呼ばれている小国である。

 帝国の西の端、国境に面し、その庇護を受けて各研究機関や学校が集められた、学を志すものであれば一度は訪れたいと願う国であった。

 アルベールが籍を置いた学園はその中でも特に貴族や王族など、身分の高い者しか入れない寄宿学校である。これには国王エドゥアールの親心があった。


 アルベールはフランシーヌとの婚約破棄において、身分、礼節、配慮、その他すべてにおいていずれ国家を背負うべき王太子に相応しからぬ醜態を晒した。おそらく初恋であったのだろうユージェニーとの爛れた関係まで暴露し、いかに第一王子とはいえあまりに周囲を省みない身勝手な行動であると、処罰もやむなしという判断が下されたのだ。


 だが、フランシーヌへの謝罪はさておき、王族廃籍や国家追放は酷である。なによりアルベールはまだ若い。もはや王太子になることはできずとも、王家の一員として、国家の軸となるようエドゥアールは願いこの国への留学を決めた。研究国家と言われるだけあって政治についての研究も進んでいる。理想と現実の折り合いをつけ、いずれ国に帰ってもやっていけるように、勉学に励めと喝を入れたつもりであった。


 ユージェニーの手紙を読んだアルベールは、まずここから逃亡することを侍従と護衛に伝えた。こうした学園では下級生が上級生の身の回りに就くのだが、アルベールは王子という身分、なにより実質的な人質ということもあって免除されていた。彼の世話は侍従2人が行い、護衛2人はアルベールが誰かに騙されたり害されたりしないよう警戒する。当然のことながら、護衛の役割にはアルベールの監視も入っていた。


「ここから脱出し、国に帰る。祖国に帰り、覇を唱えるのだ」


 侍従2人はかつてと違い身分の低い貴族の子弟だった。ひとりは彼の乳母の息子、つまりアルベールにとって乳兄弟にあたる。彼はアルベールがここを出て国に帰ると言った時、喜色を浮かべて賛成した。


「そのお言葉を待っていました。アルベール様、あなたこそ王にふさわしいお方であり、正統な王となるお方。どこまでもお供いたします」


 乳兄弟のリョート・メイフィールドが涙さえ浮かべて言うのを満足そうに眺めたアルベールは、もうひとりに目をやった。彼は真っ青な顔で立ち尽くし、救いを求めるように護衛を見た。彼はリョートとは違い、留学の話に飛びついてきただけの、男爵の子であった。


「王子、乱心なされたか。勉学に励み道を正して欲しいという王の御心に反しますぞ!」

「左様。覇を唱えるなど反逆と同じ。あなたは国を破滅させるおつもりか!」


 護衛の2人が声を張り上げた。剣は抜いていないが、アルベールより大きな体躯と声で圧倒しようと周りこむ。

 覇を唱えるとはすなわち現王に対し武力でもって敵対するということだ。婚約破棄とはわけが違う。あきらかな反逆行為であった。


「国王陛下、王妃陛下のお気持ちを考えなされっ!」

「陛下のご慈悲をなんと心得られるのか!!」


 先に動いたのはリョートだった。護衛はひとりがアルベールに、もうひとりは部屋を出て注進に行こうとじりじり距離を詰めていた。残るひとり、侍従の男にリョートが斬りかかった。


「お覚悟!!」

「ぎゃああああっ!?」


 短剣が侍従の腹に刺さった。護衛と違い嗜み程度の腕しかないリョートは、はじめて人を斬る恐怖のあまり力が入り、突き刺した短剣に更に力を込めた。肉が更に抉られ侍従が崩れ落ちる。


「な……っ!?」

「リョート殿っ!?」


 護衛が怯んだ隙にアルベールが剣を抜いた。ひとりの右腕に斬りつけて使い物にならなくした彼は、もうひとりが体勢を立て直す前に右足に剣を刺した。


「……悪く思うな。これも我が覇道のためっ!」


 そうして無力化した彼らの首を斬った。返り血でアルベールが濡れる。


「ぐっ、が、あ、ぁ……っ」


 リョートは凄惨な有り様だった。恐怖で恐慌状態に陥った彼は侍従から剣を抜くと、何度も斬りつけていた。剣を抜くたびに血が飛び散り、侍従が呻き声を上げた。ただ首を斬るだけで終わらせたアルベールとは、リョート自身が言ったとおり覚悟が違った。


「リョート、もういい」

「王子っ、王子のためっ、これはっっ」

「リョート」


 手も顔も血まみれにしたリョートが血走った目でアルベールを見上げた。震えて噛みあわない歯が鳴っている。白い唇からは涎が垂れていた。


「よくやった」


 アルベールの短い褒め言葉にリョートは顔を歪ませ、涙を流した。侍従に手をかけた瞬間から彼は国にとって反逆者であり、それでもアルベールが王位に就くことは彼の悲願であった。以前ならあたりまえに信じられた未来は婚約破棄により潰え、乳母であったリョートの母は王子に道を誤らせたひとりとして教育係や側近達と連座して処罰された。リョート自身も今までの地位から追われ、王都で肩身の狭い思いをしていたのだ。


 アルベールが返り咲く他に一発逆転の道はない。覇道だろうがなんだろうが、王位に就いてしまえば国民も彼が正しかったことを理解するだろう。リョートには幼い頃のアルベールが未だ息づいている。凛々しく賢く真っ直ぐなアルベール王子。あれこそ理想の王になると誰もが彼に期待した。こんなところで身を落としたままくすぶっているような男ではない。


 アルベールは侍従を落ち着かせるとまずは血まみれの体を清め、静かに寮を脱出した。


「夕飯に出席しなければ寮監が呼びにくるだろう。それまでに街から出る」

「陸路ではすぐに封鎖されます。アーリア河を使って一気に国まで向かいましょう」


 不自然にならないように帽子を深く被り、2人は足早に運河に向かった。


 アーリア河は大陸を横切る大河だ。研究都市は運河の中継地点として、小国ながらも様々なものが流通している。本はもちろんのこと研究に必要な道具や素材などが手に入りやすいよう、わざと通行税を下げて優先していた。


「旅行船では足が遅い、商船に乗せてもらいましょう」


 リョートの表情は硬いままだった。人を殺した罪悪感を、思考し続けることで避けている。アルベールは何も言わず、黙って船着き場を目指した。


 船着き場は雑多な人々が忙しく立ち働いていた。リョートは船着き場の元締めを探し、アルベールの素性は言わずに交渉する。


「学園に留学していた貴族なのですが、御母堂が危篤だと電報が届きまして、大至急帰りたいのです。一番足の速い船に乗せていただけないでしょうか」


 リョートの焦った様子とアルベールの緊張を見た元締めは疑わなかった。彼はたいそう同情し、それならと国を通過する商船を紹介した。船乗りはひとたび事故になれば一蓮托生、情に篤いものが多い。鞄ひとつ持って取るものもとりあえず学園を出た親孝行な若者に協力的だった。


「そんならあの船に乗りな。積み荷が魚だから多少臭ぇが、そんぐれえ我慢してくれや」

「はい。ありがとうございます」

「感謝いたします」


 リョートが深々と腰を折り、アルベールも頭を下げる。話を聞いた船長もそれならと許可を出した。


「おう、任しといてくれ。うちは新鮮さが売りでな、明日には着くよ」

「よろしく頼みます」

「どうかよろしくお願いいたします」


 商船には客室などなく、アルベールとリョートは特別に船員の一室を借りることになった。アルベールもリョートもいかにも人品卑しからずといった風貌の貴族である。身分に配慮した形だった。


 とはいえ2人で一室だし、ベッドは固く毛布は冷たく重たかった。おまけに積み荷の魚の臭いが鼻につき、とても休める状態ではない。アルベールは不快を示したが文句を言えるはずもなく、リョートが自分の毛布を差し出し寝ずの番をすることになった。


「国に着いたら馬を買って、一気に王都を目指す」

「はい」

「途中の街では同志を募る。王家に不満を持つ者は多いはずだ」

「アルベール様が正統を掲げればすぐに集まりましょう」

「国民を省みず、国を破滅させる暗君はその座を降りるべきだ。私が道を正す」

「はい。我が君」


 船は順調に運河を下り、国境を超えた。アルベールとリョートは寝たふりをして国境の審査を逃れ、やがて船が目的地に着く。


 アルベール逃亡の報が王都に届いたほぼ同時刻、動乱が祖国に降り立った。




アルベールとエドゥアールは、こうしてみると親子だなぁとしみじみ思います。

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