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フランシーヌ・ドゥ・メイ・ジョルジュの憂鬱1

伯爵令嬢フランシーヌ・ドゥ・メイ・ジョルジュちゃんの婚約破棄を仕立て屋クラーラが応援します。


 フランシーヌ・ドゥ・メイ・ジョルジュはこの国では知らぬ者のない、ジョルジュ家の華だ。

 ジョルジュ伯爵家の長女にして第一王子の婚約者。現在16歳の花の盛りである。

 彼女についての噂は様々だが、面白いことに男と女では評判が真っ二つに分かれる。

 男――主に彼女と同年代の男の間では、冷淡で常にこちらを見下し、王子の婚約者という身分を鼻にかけた可愛げのない女である、というもの。

 女――こちらも彼女と同年代の女の間では、しっかり者で気配りのできる、やさしいお姉さま、というもの。

 この差がどこから来ているかは、彼女の生まれにあった。

 ジョルジュ家前当主であった彼女の祖父譲りの、やや吊り目がちの瞳に、シルバーブロンドの髪。将軍家の出身らしく舌鋒鋭く、相手が男であろうと非があると思えば譲らない。その姿は良くいえば凛々しく、悪くいえば傲慢、となる。少女に人気があることも男からの批判の種になるだろう。

 そんなフランシーヌ・ドゥ・メイ・ジョルジュに関するもっぱらの噂は、婚約者である王子は別の令嬢に夢中で、婚約破棄されるのではないか、という実に下世話なものであった。貴族というのは多かれ少なかれ下世話な生き物だが、年頃の少女に対して聞こえよがしにするものではない。あきらかに、何者かの思惑が絡んでいた。


 仕立て屋クラーラと名乗る見た目怪しすぎる男がジョルジュ家を訪れたのは、フランシーヌが憂鬱の最中のことであった。


 『仕立て屋 クラーラ』

 紹介状と、たったそれだけが書かれた名刺を差し出したクラーラと名乗る仕立て屋を見たフランシーヌは、上流階級の令嬢らしくふらりと倒れそうになるのをなんとか堪えることに成功した。


「ふぅん。あなたがフランシーヌ?」


 男だ。声は間違いなく男だ。

 だが、外見がいけない。長い黒髪を右側だけ頬にかかるように垂らし、左側から綺麗に撫でつけて後ろでまとめている。黒とは言ったが毛先だけグラデーションがかかったように黒から橙、赤に染めていた。整った顔には女性のような化粧を施し、唇にはなぜか青いルージュをひいている。着ている物はさすがにドレスではなかったが華やかさを演出する裾長のコート。靴もこれまたヒールの高い編み上げブーツだった。

 ひと言で言い表すなら、オネエである。

 こういった意匠を好む男性がいることは、話のひとつとして知っていたが、実際に見ると迫力がすごい。


「ようこそおいでくださいました、クラーラ様」


 礼に則って頭を下げるフランシーヌにクラーラは目を細めた。男性にしてはやや高めの、ハスキーな声が好意を含んでやわらかくフランシーヌに言う。


「そういうしっかりしたトコ、おじいさまに似ているわね」


 すごい。言葉使いまで徹底しているのか。フランシーヌはちょっぴり感心した。


「おじいさまをご存知ですの?」

「ええ。昔お世話になったのよ。あなたが生まれる前にね」


 ぱちっとウインクをされて少しだけ笑うことができた。


 椅子を勧め、メイドが持って来たお茶を飲んだところでクラーラは話を切り出した。


「今回の訪問は、頼まれてのことよ。いろんなお貴族様から依頼は来ていたんだけどね、エリスちゃんがどうしてもって言うものだから。そこまで言われるお姫様はどんなお方なのかしらぁ?って興味が湧いたの」


 仕立て屋クラーラは王都に店を持ち、その腕前はもちろんのこと、どこから仕入れてくるのか一級品の素材を惜しみなく使い、しかも庶民が頑張れば手の届く価格のリボンから貴族令嬢向けのドレスまで幅広く取り揃えている、国一番の仕立て屋と名高い人物だ。

 しかしなぜか貴族を嫌い、専属になることを頑なに拒否し、貴族からの依頼を引き受けないことでも有名だった。


「クラーラ様は、貴族のドレスを作らないという噂ですけど…」


 だからこそ、フランシーヌはクラーラを見たことがなかった。伯爵令嬢のドレスとなれば、仕立て屋が屋敷に呼ばれて採寸から仮縫い、仕上げまでかかりきりになるからだ。


「事実よ。アタシはね、女の子がお小遣い持って幸せそうに店にやってくるのが好きなの。悪いけどジョルジュ家に来たのもフランシーヌちゃんを見極めるため。本当にエリスちゃんの言う通り、お優しくて芯のしっかりした、けど気配りも忘れないようなお姫様なのか、この目で確かめてからと思ってね」


 エリス・ドッドはフランシーヌ付きのメイドであった女性だ。数か月前にめでたく縁談がまとまり、屋敷を辞して嫁いでいる。貴族とはほとんど名ばかりの下級の出であったが大変真面目な性格で、しっかりとメイドを務めあげ、フランシーヌへも時に姉のような親愛を見せていた。弟しかいないフランシーヌにとって、メイドとわきまえつつも甘やかしてくれるエリスは安心できる相手だった。彼女が結婚する時も幸福を願う気持ちと寂しさが交錯した、複雑な気分を味わったものである。

 屋敷を辞す前、泣きながらお嬢様もお幸せにと言って抱きしめてくれたエリスをフランシーヌは忘れない。


「エリスはなんと言いまして?ご存知とは思いますが、殿方からの評判はわたくしたいそう悪いのです」

「それよ。男はなんにもわかってない!ってすっごい剣幕。アタシまでとばっちり食うトコだったわぁ」


 ころころと楽しそうに笑うクラーラの仕草は上品な女性のそれである。緊張していたフランシーヌも、対応を男ではなく女性にするものに変えた。


「さっきも言ったお貴族様達も、そう。フランシーヌちゃんは素敵な女性なのに、どうして男たちにはわからないのかしら?って憤っててね。こういっちゃあなんだけど、ここまで女の評判が良い女って、そうそういないわよ」


 お友達に恵まれてるわね。フランシーヌは友人たちの顔を思い浮かべ、恥ずかしいような、照れくさいような気分になった。

 クラーラの腕前は王都、いや国一番といって差し支えない。メイドのエリスが夫を捕まえたのも、クラーラが仕立てたドレスによるところが大きかった。その女性をもっとも美しく引き立て、ひと目で人柄すらわかるように仕上げる。それが、クラーラの評判だ。だからこそ庶民から貴族まで、女性たちは足繁く通ってクラーラにドレスを作って貰おうとする。


「わたくしがそのような評価をいただいているのは、みなさまが本当に良くしてくださるからですわ」


 ぽっと頬を染めたフランシーヌがごまかすようにカップを手に取った。指先まで優雅なその所作にクラーラの目が行く。


「…女が女に好かれるって大変なことよ。媚びず、見下さず、比べない。これができる女性はめったにいないわ。誇っていいのよ」

「まあ……」

「それにね」


 クラーラは手を差し出した。首を傾げながらもその手に――意外な事にがっちりとした男の手であった――手を重ねたフランシーヌの指先をじっくりと見て、クラーラがうなずく。


「メイド…使用人というのは多少なりとも手を抜くものよ。自分の技術に自信のある者だって、嫌いな相手には心を込めて仕えたりはしない。いくらお嬢様付きのメイドだって同じこと。あなたが好かれていなければ、ここまで綺麗にお世話されなかったでしょうね」


 伯爵令嬢付きのメイドとなれば、お嬢様に引けを取らないだけの美貌もさることながら、行儀作法や言葉使いはもちろんのこと、衣装の手入れから化粧、マッサージなどの美容に関することまでこなさなければならない。仕事は多いのに勉強することが山ほどあるというブラック企業さながらの激務なのだ。当然、彼女たちは仕事をさぼりたがる。執事やメイド長に怒られる部分はきっちりこなしても、見えないところでは手を抜いてしまうものなのだ。伯爵家で雇うからには当然それなりの家柄で、メイドであってもプライドが高いのも拍車をかける一因だ。

 それがどうだ。フランシーヌの手は、爪の先まで磨き抜かれた綺麗な令嬢の手だった。彼女がお嬢様にありがちな我儘娘であったなら、どこかで恥をかけとばかりにメイドたちは雑に扱っていただろう。


「手、特に指はね、その人の品格が見えるとアタシは思ってるの。フランシーヌちゃんはたしかに伯爵家令嬢として貴族の生活をしているのでしょう、たいした苦労もしていない。でも、人を大切にすることができる指だわ」

「クラーラ様の手は、とてもしっかりしていますわね。たくましくて、すべてを掴めてしまいそう。この手で魔法を紡ぎだし、多くの女性に幸福をもたらしてきたのですね」


 クラーラの魔法の手。物語に出てくる魔法使いのように、女の子に魔法をかけてくれる。そう呼ばれている。

 くすくすと笑い、クラーラはフランシーヌの手を握った。軽く振って握手を交わす。


「明日から生地を持ってお邪魔するわ。スケジュールを教えてくれる?」

「クラーラ様…!では、引き受けてくださいますの?」


 クラーラに魔法をかけてほしい少女は貴族だけではなく多くいる。フランシーヌのドレスを仕立てるのにかかる時間を考えれば、他の少女に作るドレスはなくなるだろう。


「ええ。お友達になりましょう?フランシーヌちゃん」

「ありがとうございます…!」


 感激のあまり、フランシーヌはらしくなく椅子から立ち上がってしまった。少女の魅力を最大限に引き出すドレス。それを着て王子の前にでれば、彼の心を取り戻せるかもしれない。

 涙さえ浮かべて華奢な体を震わせるフランシーヌに、クラーラはしかし、微かに憐れみを込めたまなざしで見ていた。


一話で終わらなかった…。

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