第06話『出撃』
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銃撃戦を覚悟してきていた警官達だったが、現実は彼等の予想を超えた。さほど有名でもないテロリストが高価なWGを複数所持できるほど資金潤沢だったなんて、誰が想像できただろう。
「あいつら、俺達より年収上なんじゃないか?」誰かが叫んだ。
WGは吸血人が日光の下でも動き回り、戦車や戦闘機を相手取るために造られた兵器だ。たった3機だけでも、防弾紫外線防護服に身を包んだだけの警官隊では相手にならない。
「テロ野郎が粋がって犯行予告なんかしやがって、と思ってたが……ありゃ軍隊じゃねーか」
警官達が大量に用意してきた麻酔弾は無用の長物となった。万が一に備えてライフル弾も持ってきていたが、吸血人の強靭な皮膚や筋肉を引き裂く力を持つ銃弾も、鋼鉄の装甲を貫くだけの威力はなかった。
加えて、今は昼間だ。警官隊の大半は吸血人である。防護服が破れでもすればそこから黒焦げになってしまう。それが勇敢な警官達に二の足を踏ませていた。
「お利口さんの署長が『雑食人なんて荒事には何の役にも立たん』とか言って、採用人数減らしまくったのが裏目に出ましたね」
「いや、いたからってどうにもならんだろう、これは」
WGの姿が確認された時点で軍隊に応援を要請していた。だが騎兵隊はまだこない。
テロリスト達は悠々と病院の門に仕掛けられたバリケードを解体していった。
警官達にできることは、顔を見せた敵WGに向かってパトカーや駐車してある車を投擲することくらいだった。だがそれにしたところで何台もあるわけではない。
――まさかあの署長、応援要請を握り潰しやしてないだろうな。
警部が歯ぎしりしたとき、敵のWGが右手の杭打銃を発砲した。パトカーを投げつけるべく持ち上げていた巡査の下半身が吹き飛ぶ。絶叫して転がった拍子に、傷口を太陽光が照らした。残った上半身が炎に包まれ、あっという間に炭化する。
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警官隊が為す術もなくやられていくのを、【僕 / 私】はキャリアの望遠カメラが送ってくる映像を通して観ていた。
「スマートじゃないなあ」ロルフが呟く。「警官隊なんて無視してさっさと病院を攻撃するべきだよ。軍が到着したらおしまいなのに。あいつら、病院の破壊が目的じゃないのか?」
声に含まれる呑気さが癇に触るが、ロルフの言うことはもっともだった。全能感に酔って本来の目的を疎かにするほど、テロリスト達が間抜けとは思えない。
「ラマイカさんが、荷台のWGに乗って助けてくれるんですよね?」
「そうだよ。現地で落ち合おうって言ったのにな、あの人……」
ロルフはさっきから何度もスマホを操作している。けれど通話でもメールでも応答はなかった。
テロリストは何故圧倒的な戦力を持ちながらグズグズしているのか。そしてWGまで用意しておいてラマイカさんは何故来ないのか。
いや、そもそも――軍人でも警察官でもないラマイカさんが、なんでWGなんか用意できるんだ?
「……八百長……」
「なんだって、スヴァル?」
ロルフがスマホの画面からこちらに視線を移す。
「テロリストはあの人の――ラマイカさんの到着を待ってるんじゃないですか?」
「はあ!?」
ロルフは驚いたような声をあげてこっちを見た。サングラスよりも濃いバイザーのおかげで実際の表情は見えない。
「えっと……つまり、君はこう考えてるわけか? この騒動はヴァンデリョス嬢が仕組んだマッチポンプで、【彼 / 彼女】に華々しくテロリストを退治させることで君への好感度を上げるのが目的だった、とか?」
「【僕 / 私】の好感度はともかく、あの人の売名とか、荷台にある機体の宣伝とかが目的じゃないんですか」
「冗談じゃない!」
ロルフは怒りを表明するために両手の拳を突き上げた。だが顔が見えないと逆に芝居臭い。
「あの人はそんな人じゃないよ! 【彼 / 彼女】は無理をしてぼくに機体を運ばせたんだぜ! 本当なら後ろの機体はまだ誰にも見せちゃいけない代物だってのに! それも全て君のためなんだぞ!?」
「頼んじゃいないよ!」
まだ助かっていないどころか本人の姿も見えない現状では、感謝よりもお仕着せがましさが勝った。
「そもそも、警察だって相手がWGを持ってくるなんて想定してなかったのに、ラマイカさんがWGを事前に運ばせてたなんておかしいじゃないか!」
「……それは……そうだけど……」
ロルフは身を引いた。けれど、そのまま引き下がりはしなかった。
「それでも違うよ、絶対に違う! あの人はおっかなくてキツくておっかないけど、そういう卑怯な真似をする人ではないよ!」
「どうだか!」
「だったら……!」ロルフの声には鼻声が混じっている。「自分が名探偵だと思うのなら、君があれに乗って戦ったらどうかな!」
「【僕 / 私】が……?」
今度は【僕 / 私】が身を引く番だった。誰にも見せてはいけない機体に部外者を乗せるなんて、何を考えているんだ、この男は?
「君が言う通りならこれは壮大なお芝居で、【ロード / レディ】・ラマイカがあいつらをやっつけて終わりの筋書きなんだろ!? じゃあ君が乗って出ていけばいいじゃないか! どうせ乗り手が誰かなんて相手には見えやしないよ! 君が今すぐ行けばすぐ終わるんだろ!? 君の下種な考えが正しければの話だけどね!」
「わかりました」
「……え?」
「【僕 / 私】が乗りますよ」
だって――、姉がそうしろと言っているのだ。
あちこちに金属片のついたラバースーツと囚人めいた首輪、そしてバイク乗りが被るようなヘルメットを身につける。ラバースーツは伸縮性の高い生地でできていて、本来想定されていないであろう【僕 / 私】の背丈にもぴったりフィットしてくれた。
「最後に訊くけど、本気なんだねスヴァル?」
「ロルフこそ、お偉いさんに怒られる覚悟はできた?」
「罵声で済んだら万々歳だぜい」
ロルフと一緒に、機体に被せられた幌をずり降ろす。荷台にしゃがみ込んでいたWGの姿が明らかになった。
雑誌やネットではこれまで見たことのない機体だった。
スリムだが逆三角形の均整の取れたボディ。頭部の大半を覆う淡いブルーの透過バイザーの奥からメインカメラの単眼がこちらを見下ろしている。大きめの肩装甲に積まれている、ミキサー車のような槽には何が入っているのだろう。その後ろから突き出している箱状のパーツはミサイルポッドだろうか?
装甲の隙間からは赤紫色のグロテスクな生体型人工筋肉が真っ赤な血管を脈打たせ熱を発している。これから始まる戦いに胸を躍らせているかのように。
……いや、各部の詳細などどうでもいい。最も特徴的で目を引くのはカラーリングだ。
装甲はラマイカさんのサンライト・ヘアーを連想させる、輝くばかりの山吹色で塗られていた。狙ってくださいとでも言わんばかりの派手派手しさだ。これが【彼 / 彼女】自身の趣味なら、自己顕示欲の高さはたいしたものだ。ゲンナリさせられる。
「……すごいね」
「そうだろう、わかるかい? 第5世代駆動騎棺『ヴルフォード』1番機、コードネームは『陽光の誉れ』。我がエネルギー開発省が軍と提携して開発した最新鋭機だ。頭頂高4.8メートル、重量――」
【僕 / 私】がすごいと言ったのは機体色に対してで、かつ皮肉だったのだが、ロルフは機体そのものを褒められたと思ったらしい。聞いてもいないのに得意げに語り始めた。機密じゃなかったのか?
「そもそもなんでエネルギー開発省がWGなんか」
「大きな声じゃ言えないが、こいつにはなんと、新型発電機関が搭載されているんだ! その名も『REDジェネレーター』!」
「……うん、とても小さな声だね」
「おいおい、もっと驚いてくれよ! 通常、WGの動力はなんだ? はいそこ、カリヴァ生徒!」
ロルフは見えない教鞭をふるって【僕 / 私】をさす。
もしかしたら、彼は【僕 / 私】以上に死を覚悟してしまっているのかもしれない。ヤケクソになったとしか思えないテンションの高さだ。
「……先生、手短に。お客さんがそこまで来てるものですから」
「そうだった。じゃあ後ろに回ってくれ」
【僕 / 私】は指示に従った。
ロルフは運転席に戻り、ノートパソコンを取って戻ってきた。てきぱきとWGの足首にあったパネルを開き、パソコンと接続。その間も熱に浮かされたように喋り続ける。
「――知っての通りWGの動力は主に着用した吸血人自身の腕力、つまりは人力だ。雑食人の場合は人工筋肉によるパワーアシストを使う」
「知ってるよ」
棺桶じみたコクピットハッチが車のボンネットのように跳ね上がった。ビニール生地で覆われた内部が現れる。生地中央を縦に走るジッパーを引き下げると赤黒い人工筋肉が覗き、そのわずかな隙間に【僕 / 私】は己の身体を突っ込ませた。
「――だがこいつは独自の発電機関を内蔵している。バッテリーじゃないぞ、ジェネレーターだ。つまりはだ、要するにパワーが段違いだってことだ!」
ロルフの解説を聞き流しながら、湿気を帯びた内部をかき分ける。人工筋肉自体が発する熱でひどく蒸し暑い。
やがて手足を突っ込ませるための穴が見つかった。足、腕の順に通していく。足の下にはスキー板を短くしたようなペダルがあり、強く押し込むとカチリという響きと共に靴底とペダルがロックされた。手を突っ込んだ穴の先は指先が入るように枝分かれしていて、奥に内蔵されたセンサーとスーツの指先についた金属片が磁力で密着するようになっていた。
「――もちろんフレームだって改良してあるんだ。従来品みたいに、吸血人が雑食人の使うレベルで人工筋肉を稼働させたらすぐにポッキリ折れちまうようなヤワなフレームとはモノが違うんだよ、モノが! 稼働限界時間だって――」
最終的に、【僕 / 私】は大の字の体勢で機体と接続された。
手足のセンサーが正常に作動していることが、顔の前にあるメインモニターに表示される。
「閉じるよ、いいかい?」とロルフ。
背面装甲が閉じるのと同時に、巻き上げ機がジッパーを締める。ビニール生地内の空気が抜かれた。引き締められた人工筋肉が救命胴衣のように【僕 / 私】の胸部をしっかりと挟み込む。
『全ロック完了。全数値の安全値を確認。スヴァル、手を動かしてみてくれ』
ロルフの声がヘルメット内の通信機越しに聞こえた。
【僕 / 私】は掌が顔の前に来るように自分の腕を動かす。水の中で藻掻くような抵抗があった。WGの腕が【僕 / 私】の腕の動きをトレース。指を適当に動かせば、カメラに映るマニピュレーターもそれに追従する。
と、いきなり手首が勝手に360度回転し、サムズアップを作って止まった。
『……驚いた?』
ニヤニヤ笑いをたたえたようなロルフの声。おまえの仕業か。
そんな子供じみたいたずらをするから彼女いない暦82年なんだよ、と心の中で毒づく。
『ちゃんと動いてるかい? OK、じゃあオートで立ち上がらせるよ。でも外部から操作できるのはそこまでだ。そこからは君だけにかかっている。チープWGとは全然違うから、気をつけて』
「違うの?」
『多いよね、チープや作業用WGの操作が上手けりゃ、軍用WGの操作まで上手いと考える人』
ロルフは鼻で笑った。
『素人考えにも程があるよ。業界じゃWGとAGとして別物扱いになってるのにさ』
「…………」
『やっぱりやめとく?』
「……いや、大丈夫。姉さんが教えてくれる」
『……お姉さん……? まあいいか』
機体が勝手に立ち上がる。足元に視線をやれば、パソコンのコードを引き抜いたロルフが大急ぎで離れていくのが見えた。
『ユーハブコントロール。グッドラック』
「アイハブコントロール。サンクス」
無様に転倒しても問題ない距離までロルフが離れたのを確認し、【僕 / 私】はおそるおそる、一歩目を踏み出した。
ほぼ同時に『陽光の誉れ』の足が前に出る。まるでよく気のあった相手と二人三脚をしているような一体感。 【僕 / 私】は竹馬に乗った時を思い出した。あの時も姉さんは【僕 / 私】が乗れるようになるまで、ずっとついていてくれたっけ。そして声だけになってしまった今も、【僕 / 私】を導いてくれている。おかげで【僕 / 私】は記念すべき初歩行を成功させることができた。
ロルフが口笛を鳴らすのが聞こえた。
『スヴァル、君どこかでAGに乗ったことある? 初めての操縦で転ばない奴を見るのは初めてだ!』
「……念のために訊くけどロルフ。声、聞こえない?」
『は? 聞こえないけど……。【ロード / レディ】・ラマイカが来たのかな?』
やはり、姉の声は【僕 / 私】以外には聞こえていないらしい。つまりは幽霊のようなものか。やはり、【僕 / 私】が憎くてさまよい出てきたのだろうか。
いや、そもそも本当に声の主は姉なのか? 姉が生前WGの動かし方に精通していたとはとても思えない。なのに姉の指示はこれ以上ないくらい的確だった。
……よそう。考えても仕方ない。今はやることが山積みだ。
『おい、スヴァル?』
「……いやごめん、気のせいだった。それより敵の位置を教えて」
『わかった。敵は3機、【僕 / 私】は別にWGに詳しいわけじゃないから断定はしかねるけど、レオノーラMk-2の改造機だと思う。武装はアームピックにパイルガンとメイス、機体も装備もごく標準的な、特徴がないのが特徴の機体だよ。位置は病院の表側の――』
ロルフが言い終わるよりも先に姉が、ある方向を示す。ロルフの指示とは正反対の方向だった。
つまり姉は『WGに乗って逃げろ』と【僕 / 私】に言っているのだ。それが1番、【僕 / 私】の生き残りやすい選択だから。だけどそこに、【僕 / 私】以外の命に対するフォローは含まれていない。
「それじゃ駄目だ、姉さん」
【僕 / 私】は敵のいる場所へ向かって機体を進める。5メートル弱の鉄巨人が林から現れたことで、病院の建物からどよめきが上がった。
カメラの映像をズーム。駆動音を聞いて駆けつけてきたのであろう警官隊がこちらに銃を向けていた。
【僕 / 私】はWGの腕を突き出して親指を立てる。
シスターや宿舎の生き残り達がいる部屋を探す。窓がないので彼女達の姿は見えない。いってくる、と心の中で挨拶をした。
病棟を大きく迂回。表玄関に回れば敵はすぐそこだ。姉はずっと転進を訴えかけてきたけれど、メインカメラが敵の姿を捉えた段階になって、遂に観念した。
「それでいいんだよ、姉さん」
まだこちらに気づいていない敵に向かって、【僕 / 私】は走り出す。