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第05話『襲撃』

『――本日19時頃、バーキング区イルフォード・レーン××番地の児童養護施設にタンクローリーが突っ込むという大事故が発生しました。幸いにして火災は起きませんでしたが、これにより同施設に保護されていた移民児童と職員合わせ18名が死亡、11人が重軽傷を負いました。なおタンクローリーの運転手は見つかっておらず、警察は――』


 自分達のことがニュースで報道されるというのは、なんだか不思議な感じがした。まるで他人の身の上に起こったことのように聞こえる。


 バーキング病院の廊下、目の前にある手術室の扉の向こうでは伊久那が生死の境をさ迷っている。

それでも彼女はまだ幸運な方だ。トリーリョもチャシュマもフメリニツキーも、そして沢山の子供達が、ここに辿り着くことさえなく、死んだ。


 神様というものが実在するなら、祈りを捧げるよりも襟首つかんでブン殴り、死んだ者達の復活を要求したい気分だった。


「……なんで、【僕 / 私】だけ無事だったんだろう」


 思わず、言葉が口をついて出る。

 姉が死んだときからずっと思っていた。【僕 / 私】ではなく姉が生き残るべきだったのに、と。

 あんなに頑張っていた姉こそ、ここでの生活を享受すべきだったのだ。なのに姉は死に、【僕 / 私】は何の対価も払わずに彼女の得るべき報酬をかすめ取った。


 今回もそうじゃないのか。【僕 / 私】はまた、生き残るべき誰かを差し置いて助かったのではないのか。

 本当は別の誰かがここにいるはずなのに、何かの間違いでその座を横取りしてしまったんじゃないだろうか。


 怪我の1つでもしていれば、まだ巡り合わせだと思っていられたかもしれない。だけど現実には無傷だ。仲間達と痛みを分かち合うことすらできない。作為的な何かを感じる。姉の時といいパーティの時といい、【僕 / 私】には周囲の人間の幸福を略取する性質を生まれ持ってしまったのではないだろうか。


『――番組の予定を変更して、ニュースをお知らせします。イルフォード・レーンの養護施設の事故は吸血人至上主義組織【偉大なる血液】(グレート・ブラッド)団によるテロであったことが判明しました。先程、犯行声明が――』


 自分の存在に対する懐疑など、一瞬で吹っ飛んだ。ホールにある大型テレビの前に移動する。素人が撮ったような粗い映像の中、覆面を被った男が大仰に手を振り回しながら喋っていた。


『――かつてこの国において雑食人は奴隷であり家畜だった。しかし軟弱な政府が諸外国の圧力に屈した事に端を発し、家畜は自分が吸血人と対等の存在であると思い上がり、分際をわきまえない生活を営むようになってしまった。そのために吸血人の生活は圧迫され続けている。このままでは遠からずこの国は滅ぶだろう。そうならないよう正しい秩序を取り戻すことが必要だ。そのために、家畜を増長させる根源である援助機関に鉄槌を下した。そして裁きはこれで終わらない。彼等をかばう吸血人も我々の粛清対象となる――』


「怖いねえ」


 テレビを見ていた吸血人の老婆が言った。こちらに気づいて振り返る。


「あんた、雑食人でしょう? 大変だね」


 老婆は気づいていない。テロリストは雑食人をかばう吸血人も攻撃対象だと言っていたのだ。それはつまり、【僕 / 私】達を収容したこの病院もテロに襲われる可能性があるということじゃないのか。


 ホールにたむろしている人々がそれに気づかないうちに、【僕 / 私】はそっとその場を離れた。手術室のランプが消え、疲れた顔の医師が出て来たところに鉢合わせる。けれど伊久那の生死を尋ねることはできなかった。


 看護師が息を切らしながら駆け寄ってきたからだ。


「先生」彼女は言った。「ここに、テロリストが攻めてきます!」


 【僕 / 私】のよくない想像は当たってしまった。






 警官隊が到着してもまだ、入院患者の避難は進んでいなかった。

 吸血人の患者は【僕 / 私】達を含めた雑食人の患者との、雑食人の患者は【僕 / 私】達との同行を拒否して騒いだこと、そして避難先の病院があれこれと理屈をつけて受け入れを拒否したからだ。


「いや、ですからみなさん」


 防弾ベストとヘルメットをつけ、ショットガンを肩から提げた中年の警官はなだめるように居並ぶ皆の前で手を挙げた。


「分散すれば、こちらもみなさんの護衛がやりづらくなるんです。なにぶんこちらも人手不足なもので……。まあ、昨日まで仲良く一緒に入院していた仲じゃないですか。大丈夫です、警察を信じてください。テロリストなんてのさばらせやしません」


「でも、こいつらがいるからあいつらが襲ってくるんでしょう?」


 吸血人の患者が1人を指差したが、残念ながらそれは【僕 / 私】達とは何の所縁もない雑食人だ。指差されたほうは当然抗議の声をあげる。


「雑食人だからって何でもひとまとめにするんじゃない! やっぱりあんたも我々をただの家畜と思ってるんだろう!?」

「そ、そうまでは言いませんが……」


「でも実際、養護施設の人達がここに残っていれば私達が狙われることはない。彼等の分のバスを我々に回してくれれば護衛が足りなくても安全に――」

「おばさん、子供を盾にするの?」

「綺麗事言ってんじゃないわよガキ!」


 あちこちで口論が起こり、警官は苛々して頭を振った。警官は吸血人で、今は午後3時――彼からすれば寝入り端を叩き起こされたといったところだ。しかもこれからテロリストとの戦闘を控えている。彼自身の忍耐力も限界に近づきつつあるのが容易に見てとれた。


「警部」


 若い巡査が駆け寄って耳打ちする。警部の顔色が変わった。


「すぐに本部に連絡しろ」


 患者達は口論をやめ、警部の次の発言を聞き漏らすまいと耳をそばだてる。


「あの……どうしたんですか?」


 看護師がおそるおそる尋ねた。よくない話であることは誰の目にも明らかだった。だが聞いておく必要があることだと、誰もが理解していた。


「何でもありませんよ」【僕 / 私】が今まで聞いた中で一番白々しい嘘だった。「みなさん御不満があるようですので、避難は一時延期にします。このホールで待機していてください。トイレに立つときは最寄りの警官に報告をお願いします」


 言外に敵がすぐそこまで迫っていると告げて、警部は慌ただしく出て行った。


「シスター、僕達どうなるの?」


 宿舎の生き残りの子供達がシスター・ラティーナを取り囲む。この前8歳の誕生日を迎えたローエルは幼児に戻ったかのようにシスターにしがみついて離れない。子供達もシスターも全身包帯だらけで見ていてひどく痛々しかった。それでもホールまで降りてこられるだけマシだ。ほとんどはベッドに縛り付けになっている。


 【僕 / 私】は周囲に目を走らせた。患者同士の口論を必死で仲裁している医師達の中に、見た顔を発見。近づく。


「あの、伊久那里奈の……養護施設の女の子の手術を担当された方ですよね?」

「そうだが……ああ、施設の子だね」

「こんな時にすみません。手術の結果をお訊きしても?」

「いや、気になって当然だ。こちらこそ報告が遅れて申し訳なかった。彼女は一命を取り留めたよ」

「本当ですか?」

「ただ、予断を許さない状況だ。あとは彼女の生きる意志次第といったところで……。避難が始まっても、残念ながら彼女を動かすことはできない」

「…………」


 皆のところに戻ると、シスターが不安げに見上げてきた。


「何を訊いてきたの?」

「……と、トイレの場所」

「そう……。スヴァル、わたしはしばらく動けないから頼ることになりますけど、お願いできますか?」

「もちろんです、任せてください」


 この世で最も白々しい嘘を更新したと思った。【僕 / 私】に何ができるというのだ、他人の幸福を横取りすること以外に。


 その時――また、姉の声が聞こえた。


「!!」

「どうしました?」シスターが眉をひそめた。「具合がよくないのですか?」


 いえ、と首を振る。


「すみません、トイレに行ってきます」


 さっきから【僕 / 私】は嘘をついてばかりだ。




 姉の声の導きによって、【僕 / 私】は護衛の警官達に気付かれることなくホールの外に出ることができた。

 廊下には【僕 / 私】以外誰もいない。姉さえも。だが風に乗って彼女の声が聞こえてくる。


――すーちゃん、こっちよ。


「姉さんは、【僕 / 私】を助けてくれてるの?」


――すーちゃん、こっち。


 姉はイエスともノーとも言わず、ただ【僕 / 私】を呼ぶだけだった。


「皆も助けてよ。嫌なんだ、【僕 / 私】だけ無傷で生き残るとか」


――こっち。


 階段に辿り着く。姉の声は下からするが、覗き込んでも影すら見えない。


――すーちゃん、おりていらっしゃい。


「それとも姉さんは【僕 / 私】が憎いの? 自分だけVKでやっていってるから? だから【僕 / 私】を苦しめるために生き長らえさせてるの?」


――すーちゃん、こっちよ。


 姉はただ【僕 / 私】の名を呼ぶだけだ。呼ばれるままに、【僕 / 私】は裏口から外に出る。


「【僕 / 私】が憎いならとり殺してくれてかまわないから、関係ない人達は助けてよ!」

「……スヴァル?」

「!」


 振り向く。そこに立っていたのは姉ではなかった。宇宙服を着た何者かがそこにいた。背丈からして姉ではありえない。


「なんでこんなところをウロウロしてるのさ、スヴァル」

「あなた、【僕 / 私】の名前を知ってるんですか? 誰です?」


 宇宙服のヘルメット、そのバイザーの向こうは全く見通せない。


「ぼくだよ。ロルフトン・マドラス」

「ロルフ? なんでそんな格好……」

「紫外線防護服を見るのは初めてかい? それより【ロード / レディ】・ラマイカを見なかった?」

「ラマイカさんが来てるんですか? どうして?」

「ぼくがここに来たのは、【彼 / 彼女】に呼ばれたからだ。あれを持って来いってね」


 ロルフが指差した方向、病院裏手の林の中、背の高い木々に隠れるようにして1台のトレーラーが停まっていた。

 幌で包まれて隠されているが、荷台に載っているのはどう見てもWGだ。等身大実物模型なんて造る暇人がいるのでもなければ、おそらく本物の。


「WGキャリア……なんでこんな」

「ほら、テロリストが攻めてきてるじゃないか」

「テロリスト相手にWG……? 大袈裟すぎない?」


 子供の喧嘩に鉈や斧を持ち出すようなものだ。オーバーキルにも程がある。


「あれ、知らないの?」とロルフは言った。「そのテロリストがWGを持ち出してきたんだよ」




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