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第02話『演武』


 吸血鬼が伝承上の不確かな事物から歴史上に厳然として存在する生物となったのは14世紀の話だ。

 当時欧州全土で猛威を振るっていた黒死病(ペスト)。その対策として、イングランド王国は伝説における吸血鬼の不死性に着目、国民総吸血鬼化計画を立案。吸血鬼を求めて各地に使者を派遣した。


 発案者の正気が疑われるような馬鹿馬鹿しい話だったはずだが、黒死病という切迫した死の恐怖に後押しされてか、その狂気的計画は大真面目に実行された。古代中国には不老不死の霊薬を求め各地に特使をばらまいた王もいたというし、あるいは当時的にそこまでおかしな試みではなかったのかもしれない。

 最終的に使者の1人がモラヴィアで吸血鬼を発見する。計画は直ちに実行され、イングランドは吸血鬼達の国となった。


 なお正確にいうと、吸血鬼とは国民総吸血鬼化計画以前から吸血鬼であるモノを指す。計画によって吸血鬼になった者とその子孫は吸血人(きゅうけつびと)と呼称される。



 吸血鬼達は計画完了後、表舞台から姿を消した。騒々しい人間社会に疲れて自分達の住処に帰ったとも、その存在を恐れた政府によって暗殺されたとも聞く。


 吸血人となった人々は、紫外線に対する致命的な過敏症及びニンニクに対するアレルギー体質と引き替えに、非吸血人――雑食人(ざっしょくびと)――を超える身体機能、自然治癒力を手に入れた。


 それは原種である吸血鬼には遠く及ばないものだったけれど、ただの人間と比べれば圧倒的で、世界最強の兵隊を得たイングランドは泥沼化していたフランスとの戦争に勝利。数年後にはグレートブリテン島を統一。領地と血液を求めて海外に植民地を広げつつ産業革命を成し遂げ、後に大英吸血帝国――VKヴァンパイア・キングダムと呼ばれる一大王国を築いた。


 しかしだからといって、吸血人達が雑食人を一方的に支配する、という体制にはならなかった。そうするには人類全体における吸血人の割合は多くなかったし、また強くもなかったのだ。


 肉弾戦においては雑食人を圧倒した吸血人達だったが、その慢心によって近代兵器開発に後れをとる結果となる。銃器の発展、更に戦車や戦闘機の出現によりVKの軍事的アドバンテージは失われていった。


 更に吸血鬼に対抗するかのように現れた妖怪達と、西洋帝国主義に抵抗する東洋社会が手を結んだ『東亜人妖共栄圏』が立ちふさがる。最終的にVKはその勢力を縮小、雑食人類と対等な立場での共存を余儀なくされた。




 だが、少なくともVK国内において吸血人と雑食人は対等なんかじゃないのではないかと【僕 / 私】は思う。

 多くの吸血人が雑食人を一段低く見ていることは言動の端々にみてとれた。宿舎にやってくるスポンサーはみんな吸血人だ。吸血人特有の青ざめた肌をしていても、社会の成功者としての自信に満ちたオーラが溢れ出ている。このエネルギッシュさをもつ雑食人を、【僕 / 私】はVKで見たことがない。


 特にパーティーの余興として銀髪金眼の吸血人達の前で演目を披露していると、まるで自分が動物園の檻の中にいる気さえしてくる。


「では、最初の出し物を御覧ください。チープWG(ダヴリュー・ジー)を使っての演武です!」


 『駆動騎棺(WG)』――。

 戦車や戦闘機の技術が遅れていたVKは、自分達の肉体を延長強化する形で近代兵器に対抗しようとした。そうしてできたのが甲冑の進化形――5メートルを越す大型パワードスーツ『WG』だった。


 WGの動力源は内部に乗り込んだ吸血人自身だ。外観こそアニメに登場するロボットや洗練された重機に見えなくもないが、そんな洒落たものではない。ただのバカでかく重い鎧である。人工筋肉による若干の補助こそあれ、戦車に匹敵する重量を持つ鋼鉄の鎧を軽々と振り回す吸血人を見ると、生物として彼等が圧倒的上位種であると認めざるをえない。


 だが今、壇上に運び込まれたそれはWGであってWGではない。『安物(チープ)』の名が示すとおり、鋼鉄の骨を木材で、人工筋肉をバネとモーターで代用した模造品だ。大きさは3メートル弱、一般的なWGの半分程度しかない。小型化のために足はがに股で短く、胴も寸詰まり。クレーンめいたひょろ長い腕が不格好さに拍車をかけている。装甲らしい装甲はコクピット正面にしかなく、全体的には歪な人型をした木製のジャングルジムに見えた。


「赤コーナー、チャシュマ・カオルーソ!」


 勇ましい行進曲をBGMにシスター・ラティーナがマイクで叫ぶ。

 赤い飾りのついたチープWGが舞台袖からのしのしと歩み出て、壇上に敷かれたクッションカーペットの上で停止した。観客達から拍手が上がる。それに対してパイロットのチャシュマはうやうやしく頭を垂れて返礼、年齢相応に筋肉質な褐色の肉体を誇示する。吸血人にとって雑食人の筋肉など張り子の虎同然なのだが、鍛えた身体はチャシュマの自慢だ。


「青コーナー、スヴァル・カリヴァ!」


 そしてチャシュマの対戦相手が【僕 / 私】だった。【僕 / 私】は青く飾り付けられたチープWGに乗り込む。

 WG――WalkingGrave=『歩く墓』という名称の由来になった、棺桶型のパイロット保護装置はない。背中から見れば操縦者が丸見えだ。


「……大丈夫?」


 背後から伊久那の不安げな声がした。


「何が?」


 【僕 / 私】の声は刺々しく聞こえたかもしれない。たとえ気遣いから出た言葉であっても、これから戦う瀬戸際になって水を差されるようなことを言われるのは不愉快だった。大丈夫じゃないと言えば、代わってくれるのか。


「昴、全然練習してないし……」

「こんなのただの余興でしょ。負けたって死ぬわけじゃなし」


 伊久那の繰り言に付き合って客を待たせるわけにはいかない。【僕 / 私】は機体を前に進めた。拍手が鳴り響く。


「頑張ってね! チャシュマなんかやっつけちゃって!」


 伊久那も気持ちを切り替えたのか、有難くも声援を投げつけてくれた。逆に気が滅入る。伊久那とチャシュマは昔からそりが合わないのだが、だからといって【僕 / 私】を鬱憤晴らしの道具にしないでもらいたかった。


 それに――今回は最初から負けるつもりでいた。


 チャシュマは軍への就職を希望している。そしてこのパーティには軍関係の高官も何人か出席している。チープWGの操縦が上手いということは雑食人用WGの操縦適性があるということで、この試合は彼等にアピールする絶好の機会になるはずだ。その邪魔をする気は【僕 / 私】にはなかった。

 【僕 / 私】にとってもチャシュマはいけ好かない先輩だったが、人生設計の邪魔をしてやりたいほどではない。むしろ就職に失敗して宿舎に居座られる方が困るというものだ。いずれ出ていくのならさっさと出ていってもらおう。


 舞台上に敷かれたクッションカーペットのリング中央で【僕 / 私】とチャシュマは向かい合う。


 チープWGのアームには先端を丸く潰された騎兵槍(ランス)円形盾(ラウンドシールド)が保持されていた。槍は銀色の輝きを放っているが、それはテープで貼り付けられた銀紙によるもので、中身は木製だ。


 この安っぽい得物で相手の機体各部に備え付けられたセンサーをタッチすれば加点となる。先に10点先取すれば勝ち。心臓部分のセンサーが5点、そこから肩、腕、足と心臓から離れていくごとに点数は下がっていく。ただし額のセンサーは10点で、つまりWGの頭――人体に比して小さめだ――を攻撃すれば一発勝利できる。だが首元から顔を覗かせている操縦者を攻撃してしまうと逆に失格負けとなってしまう。


 【僕 / 私】とチャシュマは乾杯をするように互いの武器を接触させる。騎士道精神に則り正々堂々戦います、という宣誓代わりの儀式だ。


「それでは両者、離れて――、はじめ!」


 チャシュマが機体を突進させる。突き出された槍先を【僕 / 私】は盾でいなし、踊るように敵の背後に回り込む。チャシュマは振り向きざまに第2撃。槍と槍がぶつかり合い、コーン、と拍子抜けな音を立てる。

 続く3撃目以降も、【僕 / 私】は防ぎきった。だがこちらからは攻撃しない。今はまだ。


「そうやって、おまえは柳だか暖簾だかカーテンだか!」


 お互いの顔がハッキリ見えるほど近づいた刹那、チャシュマが毒づいた。就職がかかっているせいか、向こうは一撃の下にこちらを切り捨ててしまいたいらしい。だがそれは困る。この試合はショーでもあるのだ。だらだら続くのもよくないが、あっという間に終わっても興醒めである。


「そうやっていつもいつも」客席には届かない程度の声でチャシュマが叫ぶ。「ヘラヘラと逃げ回って、恥ずかしくないのか!」


 敵の好みで動く奴がいますかよ、と【僕 / 私】は心の中で毒づく。


 機体性能が同じなら、乗り手の筋力がチープWGのパワーの差だ。鍔迫り合いはこちらが不利である。【僕 / 私】がさっさと離れようとするのを見越して、チャシュマは盾で殴りつけてきた。予想通りだった。回避。


 実のところチャシュマよりも【僕 / 私】の方が操縦技術は高い。ただし【僕 / 私】は1度も彼に勝ったことがない。勝利に貪欲なチャシュマとは正反対に、【僕 / 私】はそこまでして勝ちたいと思えないからだ。

 勝っても勝利したという事実だけしか残らない。負けても何かを失うわけじゃない。相手があんなに勝ちたがっているなら勝たせてやればいいじゃないか。そう考えてしまうともう集中力が続かなくて、毎度試合放棄に近い形で負けてしまっていた。


 【僕 / 私】がチャシュマを憎みきれないのは、彼の勝利に対するひたむきさが眩しかったからだ。そしてチャシュマが【僕 / 私】を嫌いなのは、この勝利に価値の重きを持たない投げやりさだろう。


 根っこのところで合わないのだ。だからなんとしてもチャシュマには軍に入隊してもらって、宿舎から出て行ってもらいたい。


 そうやっているうちに、チャシュマが【僕 / 私】の機体の右肩と右膝に攻撃をヒットさせ、計5ポイント先取した。


 【僕 / 私】はフレームに貼り付けたデジタル時計に目をやった。見世物として短すぎない程度の時間は稼いだ。そろそろ適当にやられてやろう。


 チャシュマの3連突き。【僕 / 私】は盾で防ぐ――いや、防ぎきれなかったことにした。


 突きの衝撃に耐えきれず、シールドを保持するフレームが折れた。正確には、折れるように【僕 / 私】がそう動いた。負けやすくするために。

 左腕からシールドが脱落。狙い通り。


 ここまでは。


「!!」


 チャシュマが槍を横薙ぎに振り払う。機体に数センチの差で届かなかった槍の先端は、あろう事か床に落ちる寸前の盾を勢いよく弾き飛ばした――スポンサー達のいる方向へ。


 その瞬間、2人とも――いや宿舎の人間全員、血の気が引いていた。死人が出たら、いや怪我だけでも大問題だ。援助が打ち切られる。

 だが1人のご婦人に直撃する寸前、若い紳士が横から伸ばした手によって盾はぴたりと受け止められた。木製とはいえ相当の重量があるはずの盾を軽々とホールの隅に転がすと、紳士は何事もなかったかのように婦人を口説きはじめた。こちらを見もしない。


 【僕 / 私】もチャシュマも、安堵の息をついた。


「どうした、随分短い余興じゃないか」


 テンポのいいBGMだけが空虚に流れる中、軍服を着たスポンサーの1人が拍手してそう言った。


「悪くない試合だ、最後までやってはどうかね」


 他のスポンサー達が拍手で支持。


 そういうわけで試合は続行された。だがチャシュマの動きはやや鈍い。【僕 / 私】にしてもそうだ。またミスをしたら、という不安が頭から離れない。しかし気の抜けた勝負をしては観客の不興を買うし、チャシュマの就職活動にもよくない。


 もう予定していた時間は過ぎてしまっている。あまりパーティが長引くと明日が辛い。


 そろそろ終わらせなくては。


 【僕 / 私】は機体を前進させた。防戦一方だった【僕 / 私】が攻勢に出たことにチャシュマが目を見開くのが見えた。慌てて防御態勢を取るが、遅い、遅すぎる。左肩に【僕 / 私】の槍がヒット。3ポイント取得する。


――さあ、しっかりしろよチャシュマ。いい加減気を取り直せ。でないと勝っちまうぞ。


 その思いが通じたのかはわからないが、チャシュマが自分の頬を叩くのが見えた。

 よし、次で終わらせよう。チャシュマは5ポイント取っているのだから、胴体を狙わせればそれでおしまいだ。難しいのは【僕 / 私】がわざと胸部を打たせたことを観客に悟らせないことだが、そもそも盾が脱落するように仕向けたのはこんな時のためである。


 数回の打ち合いの後、【僕 / 私】は勝負を焦ったふりをして突進した。チャシュマの技量ならカウンターで胸のセンサーを打つくらい、難なくできるはずだった。


 だがしかし、彼はそうしなかった。


 盾の件を、彼は自分の失態だと感じていたのだろう。挽回するにはただ勝つだけでは足りない、自分にWGの操縦センスがあると誰の目にもわかるような、テクニカルプレイを見せつける必要がある。そんなことを考えていたに違いない。


 なんとチャシュマは槍と盾を捨てた。機体を180度ターン、わずかにしゃがませる。【僕 / 私】の槍はチャシュマ機頭部右側をかすめて止まる。それをチャシュマは両アームでつかんだ。そして背中を支点に、脚部を屈伸させて、【僕 / 私】の機体を持ち上げる。


 わかりやすくいってしまえば、チャシュマはWGで1本背負いをしようとしたのだ。チャシュマ自身に柔道の心得があるとはいえ、WGで再現するのは確かに並のパイロットにできることではない。実際、背負い投げというよりはむしろブレーンバスターになってしまっていた。


 観客席からは大きなどよめきが起こった。つかみは上々。


 ただし、問題が幾つか。


 衝撃を吸収するカーペットが敷かれているとはいえ、この高さで効果はあまり期待できない。所詮は木造の機体、バラバラに砕けるだろう。レンタル会社に弁償金を支払わねばならない。

 その前に今夜のパーティだ。次の出し物の前に片付け作業が必要になるが、どれくらいかかるだろう。スポンサーだって暇じゃない。時間が来れば切り上げて帰る。できるならアクシデントを起こさずつつがなく進行させて終わらせたい。そうすることが管理者であるシスター・ラティーナの評価にも繋がるのだし。


 そして何よりも大きな問題は、【僕 / 私】の命が危ないということだった。

 試合で起こりうるアクシデントへの対策は施されているだろうが、投げ飛ばされるなんてのは想定されていまい。まず、【僕 / 私】は死ぬ。


 チープWGもろともに頭から床に叩きつけられ、首の骨が容易くへし折れる。

 頭蓋が弾けるように割れた。

 最期に見えたのは、自分を完全に押し潰そうと迫る、砕けた機体の黒い影――そんな幻が脳裏を駆け抜ける。


 ああ。これが【僕 / 私】の最期か。


――あきらめないで、すーちゃん!


「!」


 何かに操られるように、【僕 / 私】の身体は勝手に動いた。床に叩きつけられる寸前、機体の足底が地面に正対する。着地と同時に膝の伸縮機能を最大まで利用し、衝撃を中和。機体の股関節がベキン、と大きな音を立てたが、大破には至らなかった。


 ピピーッ!


 センサーが一際高く鳴り響く。

 見れば、何かの拍子に動かしてしまった左のアームがチャシュマ機の頭部センサーにヒットしてしまっていた。


「勝者、スヴァル・カリヴァ!」


 ただの偶然、ラッキーヒットである。しかし観客はこれを『相手の意表を突いた攻撃に瞬時に対応し、逆にアクロバティックなカウンターを決めた』テクニカルプレイとして受け取ったらしい。

 盛大な拍手と歓声が送られた。チャシュマではなく、【僕 / 私】に。


 引き立て役になるはずが、逆に相手を引き立て役にしてしまった。激しい後悔が身を焼く。また【僕 / 私】は、誰かの幸福を横取りしたのか――いや、今はそんなことよりも。


「やったね、昴!」

「伊久那!」


 挨拶もそこそこに舞台袖に引っ込んだ【僕 / 私】は、迎えに来た伊久那に飛びかかった。向こうもハイタッチするつもりでこっちに駆け寄ってきていたため、危うく額をぶつけそうになる。肩を掴んで辛うじて回避。


「姉さんは? 姉さんがいたよね?」

「……は?」


 伊久那が眉をひそめる。打ち所が悪かったのか、といわんばかりだ。


「さっき【僕 / 私】が投げられそうになったときさ、『あきらめないで』って言った人がいるよね?」

「そうなの? あたしも、アレはまずいって思ったら頭が真っ白になって……、おぼえてない」


 人間が他人のことを忘却するとき、まず声から忘れていくという。だが2年やそこらで忘れられるものか。少なくとも【僕 / 私】はまだ覚えている。聞き間違えるはずがない。


 あの声は、死んだ姉の声だった。


 しかし舞台袖を見回し、会場を見渡し、背後を見返しても、姉の姿を見つけることはできなかった。


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