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第01話『あるいはまだプロローグ』

※【 / 】内の記述は好きな方をお選びください。

選択次第で主人公とヒロインの組み合わせを「男×女」「男×男」「女×女」の

3パターンでお楽しみいただけます。


「――私と、“血婚”していただきたい」



 ノートルダムのガーゴイルよろしく校門に鎮座ましましていたその人物は、藍色の遮光ローブを翼の如くに(ひるがえ)し、なんと10メートルの大ジャンプ。【僕 / 私】の正面3歩先に音も立てずに着地した。


 魔法使いを思わせるローブ、そのフードの隙間から顔が覗く。眉間に垂れる山吹色の髪、金色に輝く三白眼、引き結ばれた唇――。顔つきこそ険しいが、美しいと評して差し障りのない【男性 / 女性】だった。


「あれ、ヴァンデリョス先生じゃないか?」

「本当だ、夜間部のラマイカ・ヴァンデリョス――」


 周囲からざわめきがあがる。昼間部の生徒である【僕 / 私】にとって夜間部の教師は馴染みが薄い。見知らぬ相手と言い切ってもいいくらいだ。状況を見守る同輩達にとってもそれは御同様のはずだが、そんな彼等が知っているのだからかなりの有名人なのだろう。

 問題は、いい意味で有名なのか、悪い意味で有名なのかだ。


「スヴァル・カリヴァ君だね? 私はラマイカ・ヴァンデリョス」


 そして【彼 / 彼女】はこう言った。お姫様をエスコートする王子様のように、うやうやしく手を差し出しながら。


――私と、“血婚”していただきたい。


 校門の上に陣取ったのも、派手な大ジャンプも、教師として、いや大人としてどうかと思うが、その気取ったポーズこそが【彼 / 彼女】にとって最大の失策だった。

 ローブの袖がずり落ち白い肌が覗いた刹那、オレンジ色の輝きがそこに生まれた。白い煙がシュッと立ち上る。肉の焦げる匂いが【僕 / 私】の鼻をくすぐった。

 小さく悲鳴をあげ、ラマイカ先生がうずくまる。

 早朝であっても、初夏の太陽の光はラマイカ先生――いやラマイカ先生“達”吸血人(きゅうけつびと)にとって、致命的なものとして存在した。



  ◆ ◆ ◆



 【僕 / 私】こと刈羽(かりば)(すばる)大英吸血帝国(VK)にやってきて、もう8年になる。


 姉の言っていたことは本当だった。血の提供を続ける限り、【僕 / 私】のような家出少年にも政府は居場所を用意してくれた。

 もちろん大使館の役人からは何度か帰国の意志を問われた。けれど姉が生前、こういう時に渡すようにとまとめてくれていた書類を渡すと、訪問はぱったりやんだ。

 書類を渡した後は職員の【僕 / 私】を見る目が同情的になったように感じられたので、今考えれば、父からの虐待の証拠か何かだったのではないだろうか。

 その後「私は自分の意志でここに来て、自分の意志でここに留まることを選択します。この国の法律を守り義務を果たし社会に貢献することを誓います」という内容の書類に何度もサインして、晴れて【僕 / 私】は大英吸血帝国の国民として認められた。住まいと学生の身分を与えられ、そしてそれは毎週行われる“血税”――血液の献上――を欠かさず遅れず行うことで今も維持されている。




「――こんばんわ。いますか、スヴァル?」


 深夜、ノックの音で目が覚めた。

 親を持たず、行くあてのない未成年の移民が押し込められる児童保護センターの宿舎、その一室。ドアの向こうで【僕 / 私】を呼んでいるのはその管理人であるシスター・ラティーナだ。


 シスターには悪いが、熟睡して気づかなかったことにしてしまおう、と思った。【僕 / 私】が早寝早起きなのはいつものことだしバレないだろう。それに、シスターに寝起きのだらしない格好を見せるのは気恥ずかしい。

 【僕 / 私】は瞼を閉じ――、


「シスター、気にすることないからドアを開けちゃおうよ! 合い鍵持ってきたし!」


 ――跳ね起きる羽目になった。


 声から察するにシスターと一緒にいるのは伊久那(いぐな)里奈(りな)、【僕 / 私】と同じ日本からの移民であり、この宿舎の住人だ。子供の頃に両親と一緒にこの国にやってきたが、その両親が死んでしまったのでここにいる。人見知りのくせに活動的な性格――【僕 / 私】とは正反対に――で、特に【僕 / 私】に対しては同郷・同年代ということもあってか遠慮がない。そしてやると決めたら人の話を聞かない一面がある。つまり、彼女が鍵を開けると言ったなら入ってくるのは確定された未来なのだ。


 鍵が開く音と同時に「プライバシー? 何それ?」といった勢いでズカズカと乗り込んできたのは、予想通り伊久那だった。ショートカットにした黒髪、まな板のように薄い胸、ボーイッシュな服装のおかげで普段は男か女か見分けのつかないその生き物は、今日は珍しく短いスカートを履いていた。


「なんだ、起きてんじゃーん? あと、なんかあたしに対して失礼なこと考えなかった?」

「うるさい、人の部屋に勝手に入ってくんな」


 無駄だとはわかっていたが、何度目になるかわからない抗議を【僕 / 私】は繰り返す。言わなければ許されたと勘違いするのがこの手の手合いだ。


「……おはようございます、スヴァル」


 伊久那の背後から、彼女とは対照的に豊満な肢体を僧衣に包んだ妙齢の吸血人女性が顔を見せた。


「おはようございます、シスター・ラティーナ」

「もしかして体調が悪かったのですか、スヴァル?」


 頭からシーツをすっぽりと被った【僕 / 私】の姿を見て、シスター・ラティーナは眉をひそめる。


「大丈夫ですよシスター。昴はママに似てるシスターに寝癖付きのボサボサ頭見せるのが恥ずかしいだけですから」


 伊久那はこともあろうに【僕 / 私】からシーツを剥ぎ取った。なんて奴だ。


「残念だったねぇ、シスターと結婚するのはあたしなのだよ!」

「あらあらどうしましょう」

「シスターも満更じゃないようだし、あきらめるんだね寝癖マザコン」


 ちなみに伊久那の言っていることは冗談だが、VKは数年前に同性婚が合法化されたので不可能ではない。


「マザコンじゃない、シスコンだッ!」

「たいして違わねーよ!」

「――まあ、スヴァルの疲れが取れたようでよかったです」


 シスターが微笑んだが、目は笑っていない。

 彼女に限らず吸血人、いやVK人は全般的に皮肉屋だ。だからさっきの言葉を額面通りに受け取ってはいけない。意訳すると『この忙しいときに寝ているとはいい御身分ですね』となる。


 ちなみに彼女が【僕 / 私】を「スバル」ではなく「スヴァル」と呼ぶのは、彼女が吸血人だからだ。吸血人の特徴の1つとして、バ行やワ行をヴァ行、BをVで発音するというものがある。口を閉じていても奥ゆかしく先端を覗かせる犬歯のせいかもしれないし、そうではないかもしれない。


「すみませんでしたシスター、でも何があったんですかこんな時間に? まだGのつく黒い虫が出たとか……?」


 吸血人でありながら、彼女は【僕 / 私】達非吸血人の人間――“雑食人(ざっしょくびと)”――の住む宿舎の管理を行政から任されている。故に日光を遮断する素材で編まれた僧衣を頭まで被り、遮光バイザーまでつけて吸血人としては昼夜逆転の生活を送っていた。その彼女が、夜中まで起きているのは珍しい。


「素晴らしい記憶力をお持ちですね、スヴァル? 今日は視察の日ですよ?」

「……そうだった。忘れてました、申し訳ありませんシスター」


 【僕 / 私】は頭を垂れる。

 この国において雑食人は吸血人に対して血を差し出し、その代価として吸血人達の税金でまかなわれる社会補助を受けている。加えて【僕 / 私】のいるような施設は国からの予算の他、上流階級からの寄付を得ていた。

 収入の割合としては寄付の方が大きい。そこでスポンサー達に感謝の意を示し、かつ新たな出資者を獲得する目的で半年に1度、彼等を宿舎に招き【僕 / 私】達の生活を見学してもらっている。

 見学の後は近くの市民ホールに移動し、子供達によるちょっとした出し物付きの立食パーティが開かれる流れだ。


 それが今夜だった、らしい。

 道理で、いつもシンプルでボーイッシュな衣装を好む伊久那が小洒落た格好をしているわけだ。


「ほら、わかったらさっさと着替えた着替えた!」


 勝手知ったる他人の家、という感じで伊久那が部屋主に無断でクローゼットを開け、服を選び始める。


「学校の制服でいいよ。いつもそれだし」

「余所行きの服くらい買っときなよ!」


 【僕 / 私】の私服とにらめっこしていた伊久那だったが、あきらめたように制服を投げて寄越した。


「あのゴムはやめなさいよ? いつもつけてるチョウチョの奴!」

「もう着けちゃった」


 伊久那は大袈裟にため息をついてみせる。


「それ、似合ってないよ……主に年齢的な意味で。だいたい欠けてるじゃん。なんなら、あたしがもっと昴の年齢に合ったやつ買ってこようか?」

「いらない」

「あ、シスター、昴の面倒はあたしに任せてください。シスターは他にも仕事あるんでしょう?」

「助かります、里奈。スヴァル、あと1時間で始まりますが|焦らなくていいですから《早くしてください》ね?」


 シスター・ラティーナはホールに戻っていった。結局寝癖も見られてしまったわけだし、どうせならシスターが残って伊久那が帰ればいいのに、と思った。皮肉は言うが方言みたいなもので、性格が悪いわけではない。むしろ彼女は博愛的で思慮深い人だ。やかましくてがさつで優しくない伊久那とは大違いなのだ。


「すーばーるー、またあたしに失礼なこと考えなかったー?」

「なんであんたは人の頭の中に対して確信的なの」


 【僕 / 私】が着替える間、伊久那は鏡に向かって髪を弄っていた。生来の茶色がかった髪を彼女は黒く染めている。その方がエキゾチックでスポンサー達の受けがいいからだ。


「よくやるよね」


 念入りに染まり具合をチェックする伊久那に【僕 / 私】は呆れて言った。


「当たり前でしょ? スポンサーのコネで就職先斡旋してもらえるかもしれないんだし。昴こそそんなんでいいの? 18歳を過ぎたらここは出なくちゃいけないし、補助金の額もぐっと下がるんだからね?」

「……知ってるよ。まあ、まだ時間はあるし、なんとかなるよ」


 就職、という単語に一気に滅入る。

 この国に来たのは姉の遺志を継いだからだ。けれど実際に辿り着いた後の具体的なプランを、姉は教えてくれなかった。

 だから、どういう進路が1番安牌で、そのために何をすればいいかはわかっても、それが正しいという実感を得られない。

 どう生きれば天国の姉は喜んでくれるだろう? そもそも姉自身、ただ現状から逃げたいだけでそこから先は考えていなかった気もする。


「昴って、何に対してもなんか投げやりだよね」


 そうかもしれない。あれだけ必死に頑張っていた姉が志半ばで呆気なく死んで以来、頑張ったところで無駄だという感覚が離れない。人間はいつか死ぬ。それも明日にだって。頑張っても辛い思いをするだけ。生きた意味も価値も救いもなく醜い屍が残るのみ。


 【僕 / 私】は姉の夢の一部を叶えた。姉のおかげで【僕 / 私】は救われた。

 だからなんだ? 姉自身にとって何のメリットがある? 誰かに手柄を横取りされたのとどこが違う? だとすれば、【僕 / 私】はただの薄汚いハイエナじゃないか。


 一言でいえば、【僕 / 私】はニヒリズムに陥っていたのだった。それは現実と向き合うことから逃げる言い訳でしかないのかもしれないが、だからといって逃げずに向き合うための心の燃料を、【僕 / 私】は見いだすことができないでいた。


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