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第23話『DATE~朴念仁 彼の家にて、斯く準備せり~』


 ロルフとの親交は長いが、彼の家を訪ねるのは初めてだ。

 長い坂の中腹に、彼の住むアパートメントはあった。壁に窓のない吸血人仕様の建物で、入居者数を確保するため地下だけでなく地上部分も複数階存在していた。そのために広くなった壁には無機質さと見分けのつかなさを嫌って、コリウスの花の絵がモザイク状に彫り込まれていた。


 ロルフが住んでいたのは一般的に賃料の安い地上階部分だった。

 チャイムを鳴らすと、だいぶ待たされてから寝癖がついたままの彼が顔を見せた。


「なんだい、こんな夕方近く」

「もう深夜1時過ぎてるよ」

「土曜日と日曜日は深夜3時までは夕方なんだよ。知らなかったかい?」

「うん、初耳だね」


 ロルフは髪をかき上げながら部屋に通してくれた。


「――電球つけるよ、ゴーグル外して」

「いいよ、わざわざ」

「そんなのつけてたら肩が凝るだろ? ぼく達だって蛍光灯じゃ火傷しないよ」


 真っ暗な部屋に灯りが点けられる。日本製のアニメに出てくるロボットや美少女のフィギュアがショーケース上に衛兵の如く整然と並び、【僕 / 私】を歓迎してくれていた。


「すごいね」

「だろう?」途端、ロルフの目が輝く。「そういやスヴァルは日本出身だったね? これ知ってるかな、超電磁百獣神ライガー(ファイヴ)!」

「いや、知らない」

「……そうか。まあ君が生まれる40年くらい前の作品だしね……」


 ロルフは肩を落とした。比較的年齢が近いと感じるロルフとでさえ、それくらいの時間間隔があるのかと【僕 / 私】も少し悲しくなる。


「じゃあこの子はどうかな。『明日のガネーシャ』っていう象皮病の魔法ヴォ()クシング少女のアニメに出てくる、ガンマンヴォ()クサーのピンクローズ・マックスターって――」

「ロルフ」


 別に【僕 / 私】はロルフから自分の出身国のアニメ談義を聞かされに来たんじゃないのだ。


「……そうだった。で、何の用かな?」

「単刀直入に言うけど、デートって、何を着ていけばいいの? というかデートって何をすればいいの?」

「…………」


 ロルフはしばらく硬直していたが、やがて深く息を絞り出すように低い声を出す。


「スヴァル……。君の人を見る目は素晴らしいね。この部屋を見てもなお、ぼくにそんなノウハウがあると思うのかい……?」

「頼むよ。ワカバとモミジの間でさえ色々食い違う始末でさ。消去法でもう君しか残っていないんだ」

「なんで恵まれた境遇だ、同情するよ。でも力になれそうにない。ぼくは青い猫型ロボットじゃないんだ。そうだ、それこそお姉さんの声に訊けばいいじゃないか」

「……姉さんは」


 言葉に詰まる。


「姉さんの声は、信用していいのかわからない。妖声は、嘘だってつくんだ」

「意外だな。今まで君の話を聞いてると、君ってお姉さんが言うことなら馬も鹿、黒も白って言い張りそうな気がしたのに」

「ああそうだよ。でもそれは、姉さんが嘘をつかないって信頼が前提としてあったからだ」

「ふうん」


 ロルフは愉快そうな、寂しそうな、何とも言えない顔をした。


「なんだよ」

「いや、スヴァルも成長していくんだなってさ。大人を無条件に信用してた子供時代から、自分自身の理想を持つ大人にね。いや、よきかなよきかな」

「なにさ、こういう時だけ大人ぶって」

「怒るなよ。こっちだって複雑な気分なんだぜスヴァル。同年代くらいに思っていても、ある拍子にああそういやこいつ20年も生きてないんだなって気づかされるのは、ぼくだけ馬鹿みたいに先に行ってるみたいで寂しいもんだよ。仲良く話してたはずなのに、振り返ったら誰もいない――」


 ヤカンが音を立てた。おっと、と言いつつロルフが立ち上がる。手伝おうかと言ったがやんわりと辞退される。


「……それにしても」


 ロルフは紅茶の準備をしながらしみじみと言った。


「ついにレディ・ラマイカと君がデートか。やっぱりそっち方面の意味を含めた血婚だったんだね」

「いや、ラマイカさんとじゃない。ティアンジュ・パクシュとなんだ」


 盛大に何かが落ちる音と共に、あっちい!とロルフが絶叫するのが聞こえた。


「……どうしたの、手伝おうか」

「いやお構いなく……。それより1つ訊いてもいいかなスヴァル」

「なに?」

「なんで君がティアンジュ・パクシュとデートすることになるんだ? 正直彼女は若さ以外はレディ・ラマイカの下位互換じゃないか。君、あんなのが好みだったのか」


 本人に聞かれたら八つ裂きにされそうなことをロルフは言った。






 話は3日前にさかのぼる。

 ガリリアーノから一連の事件の真実を知り、タラプール男爵への憎しみが誤解だったと知った次の日だった。

 どうやれば自分の心に極力ストレスを与えずに男爵に謝れるか悩んでいると、ティアンジュさんとラマイカさんがやってきた。


 ラマイカさんの手には一冊の週刊誌があった。あまり評判のよくないゴシップ誌だ。【御曹司 / お嬢様】もこういうのを読むのだなと冷ややかな視線を送ると、ラマイカさんは顔を赤らめて、違うぞこれは仕方なくだとかなんとか、なにやら早口で呟き始めた。


「ここを見なさい」


 ティアンジュさんが雑誌をひったくり、付箋の入ったページを開いて【僕 / 私】に突き出す。

 そこには、【僕 / 私】とタラプール男爵が決闘に至った経緯が面白おかしく誇張され歪曲され捏造され扇情的に書かれていた。その記事によると、【僕 / 私】は人の心を弄ぶ悪の【御曹司 / 伯爵令嬢】ラマイカにたぶらかされて退廃貴族の典型例たるタラプール男爵に孤立無援の戦いを挑んだ善良で純朴な【少年 / 少女】ということになっていた。


「ひどいですねコレ」

「ええ、真実1割虚偽7割筆者の願望2割といったところですわね」


 褒めそやされているのにもかかわらず、貶される以上の不快感を抱くことがあるのだと【僕 / 私】は知った。


「【僕 / 私】がラマイカさんに真実の愛を抱いてるとか、ひどいデタラメだ!」

「えっ、そこは真実だろう?」

「【お義兄様 / お義姉様】はちょっと黙っててください」


 ワカバとモミジが興味深そうに顔を覗かせていたので追い払う。実年齢はともかく子供の姿をしている2人に見せたい種類の雑誌ではない。


「決闘の際に来ていたマスコミは、ガリリアーノのいた組織から献金を受けて、こういう貴族と平民の仲を裂くような記事を書いています」

「はあ」

「金のやりとりから敵組織の尻尾をつかむのはプロに任せるとして、わたくし達にはわたくし達にできる方法で彼等の陰謀に立ち向かわなくてはなりません」

「はあ……?」

「残念ながら我が国には言論の自由がありますので記事を書くこと自体は止められません。そこで我々は権威のあるメディアにこのゴシップ雑誌の記事を全否定する記事を書いていただくことにしました。不幸な行き違いはあったけれど、拳を交えた結果、我々は仲間となった――と」

「なるほど、偽情報には偽情報ですか」

「真実ですわ」


 ティアンジュさんは胸を張った。


「ですからカシワザキ、来週の水曜日、わたくしとデートなさい」

「……すみません、何言ってるのかサッパリわかりません」

「つまりだ」


 ラマイカさんは心底嫌そうに説明してくれた。


「決闘の経緯を我々自身の口から明らかにし、更に君とパクシュ家が円満和解したことを知らしめたいのだ」

「……にしたって、【僕 / 私】とティアンジュさんがデートって……」

「本当はお兄様にやっていただきたかったのですが、拒否されました」

「ああ」


 そりゃ、いきなりやってきてワケのわからないことを並べ立てた挙句決闘を申し込んでくるイカレた人間なんて、差別感情がなくたってお近づきにはなりたくないだろう。


「じゃあ【僕 / 私】も拒否していいですかね」

「ではあなたの代理になる人物に心当たりはいまして? もちろん【お義兄様 / お義姉様】以外で」

「…………」


 そういうわけで、【僕 / 私】はティアンジュ・パクシュとデートすることになったのだった。






「……説明を聞いてもなんだか腑に落ちないな」


 紅茶をすすりながらロルフが言った。


「腑に落ちる落ちない関係なく【僕 / 私】に拒否権はなかったよ」

「それは同情するけどさ。そもそも君とパクシュ家の衝突なんて、権威あるメディアがとりあうかなあ。そんなのを報道したがるのはそれこそ三流ゴシップ誌だけだと思うけど……。VK転覆を狙う組織の件の方が食いつくと思うな」

「そっちは証拠が少なすぎて記事にならないよ。警察からも迂闊な情報漏洩は止められてる」

「警察からすれば身内にスパイがいたのに気づかなかったんだから、スキャンダルだしね」

「とりあえず、ティアンジュさんのアイデアの是非はともかく、付き合うだけ付き合ってやらないと逆に面倒だと思う」

「君は女心がわかってるね。全くうらやましくない方向で」


 それで、と【僕 / 私】は紅茶のおかわりを継ぎ足しながら言った。


「とりあえず、服は普段着でいいかな?」


 ロルフは【僕 / 私】の格好をじっと見た。その格好で行くのか、と呻く。


「……君の洗練されたファッションセンスは時代を先取りしすぎていて、一緒に歩くのは相手が可哀想だと思うんだ」


 二重三重にオブラートに包まれた表現をされなきゃいけないほどひどいらしい。


「向こうは曲がりなりにも貴族だ、それなりにおめかししてくると思うよ。下手すると君がパクシュ家の家来になったように見えるかもしれない」

「家来って……」

「すごくゴージャスな衣装の奴の隣に、襤褸(ぼろ)を着た奴が並んでる。赤の他人じゃないとしたらどういう関係だと思う?」

「……主人と奴隷、金持ちと物乞い……」

「そういうことだよ」

「……じゃあ、ロルフが誰かとデートするとしたら、どんなの着ていく?」

「ぼ、ぼくがナローラさんと!?」

「誰も執事さんとなんて言ってないよ」

「あー、うん……。そうだな……。いや駄目だ、まずデートを申し込めるだけの関係を構築するところから、ぼくの想像力の限界を超えている」


 再び、無言。


 待てよ、とロルフは床に積まれたディスクケースの山を漁りはじめた。やがてその中の1つを取り上げる。


「これだ! 『お兄ちゃんの様子がおかしいわけがない件についてですか?』のアニメ第7話! 似たような状況の話があった!」

「すごーい!」


 【僕 / 私】とロルフは些細なヒントさえ見逃すまいと画面を凝視する。

 だが結局得られたものは、「主人公の『お兄ちゃん』は死ねばいい」という共通認識だけだった。


「……はぁ~あ……」


 床に寝転がって、【僕 / 私】は大袈裟にため息をついた。そんな【僕 / 私】にロルフは僻みっぽい視線を向けた。


「なんだよ、そんなにデートが嫌? 流石、血婚相手のいるリア充は違うね」

「……あのね、【僕 / 私】は家族同然の人達と、帰る家を失って、オマケに信じていた人は裏切られて散々なわけですよ。ティアンジュさんも少しはその辺理解してくれればいいのに」

「家族と家はともかく、裏切られたのはレディ・ティアンジュも同じだろ」

「え……?」

「スモレンスクは、彼女にとって馴染みの深い使用人だったそうだよ」


 スモレンスクって誰だっけ――としばらく考えて、ようやく思い出す。ティアンジュさんの使用人にして、ガリリアーノに指示を出していた人物だ。


「レディ・ティアンジュは幼いスモレンスクが住み込みで働き出した頃から彼を知っているんだ。そんな相手が影で裏切ってたなんて、ショックに決まってるだろ」

「…………」

「それでも彼女は自分にできる範囲で次にするべきことを模索している。的外れに見えて案外適切なんじゃないかな? 明るい馬鹿騒ぎって奴が必要だよ、彼女にも、君にも」


 事件のことは忘れて楽しんでおいで、と言ったロルフは、珍しく年長者としての貫禄に満ちていた。

 その後で、「できればぼくにも誰か紹介してくれ」と高い理想を並べ始めなければもっとよかったのだが。

 


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