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第22話『真相』



 ロンドン警察の取調室で、【僕 / 私】とガリリアーノ元刑事は向かい合っていた。

 【僕 / 私】と彼がこういう状態になるのは久しぶりだ。【僕 / 私】が『陽光の誉れ』でテロリストと戦って一週間は毎日のようにこうして顔をつきあわせていた。


 だが、あの頃とは決定的に違うことがある。

 取り調べられる側は彼で、質問するのは【僕 / 私】だ。


「どうしても君に直接話したいといって聞かないらしい。……私も同席させてもらうが、かまわんな?」


 【僕 / 私】の後ろで目を光らせるラマイカさんが言った。台詞こそ質問形式だが選択の余地は与えない、険のある強い口調だ。ガリリアーノは力ない愛想笑いをもって了承の意を示す。


「まずは、礼だ。助けてくれてありがとうよ」

「……それはどうも」


 別にあんたを助けたわけじゃない、自分と付近の住民を助けたかっただけだと言いたかったが、今の【僕 / 私】は彼と長々お喋りする気分になかったので、手短に返した。


「……嫌われたな」

「当たり前でしょう」

「だが俺はおまえのことは嫌いじゃない。命の恩人でもあるしな。だからおまえには話しておきたいんだ。一連の事件の真相って奴を」

「…………?」

「まずはどこから話したもんか……、そうだな、おまえの住んでたところがテロに遭ったところからだ」

「!」

「あれも、実はうちの組織のしたことだ」


 病院のロビーで観た犯行声明を思い出す。あれは吸血人ではなく雑食人の権利剥奪を唱えていたが――。


「あの犯行声明は、VKの雑食人に吸血人への反感を抱かせるのが本来の目的か」とラマイカさん。

「化物どもの中に潜在的にある、人間への優越感を煽る効果も狙っている」

「私は優越感など……」

「感じていない、か? 嘘だな。でなきゃ自分の都合に赤の他人だった昴を巻き込んだりするかよ」

「…………」


「そう、あのテロは全部組織の仕組んだことだ。あの時WGに乗ってた連中も人間だったんだ」


 道理で【僕 / 私】が渡り合えたわけだ。吸血人が乗っていたのなら『陽光の誉れ』でも勝てなかったかもしれない。


「そしてシスターを殺したあいつらも、うちの仕業なんだ」

「……はあ!?」


 そんなはずはない。あいつらは間違いなく吸血人だった。吸血人が、吸血人を絶滅させようとする組織に協力するわけがない。あいつらはタラプールの手先のはずだ。タラプール――ガリリアーノの憎む吸血人像の典型のようなあの男が、心の中では吸血人を絶滅させたがっている?


「別に俺達の理念を馬鹿正直に話したわけじゃない」元刑事は口の端を吊り上げた。「人間にも吸血野郎どもにも、金をちらつかせれば深く考えず飛びついてくる馬鹿がいるものさ。連中になんと言って聞かせたかはおまえも聞いたとおりだよ。おまえを殺せば男爵様が報酬をくれて、なんなら仕事も紹介してくれるってな」

「…………」


 【僕 / 私】は姉がいないかと周囲を見回した。刑事の言うことが真実なら、あの時姉さんが教えてくれたことは、なんだったんだ?


「本当はあれでおまえは死んで、『貴族のエゴで死んだ可哀想な子供』として祭り上げられるはずだった。いや、そもそも宿舎にタンクローリーを突っ込ませた時点でそうなってたはずだったんだが。おまえはまた生き延びた」


「タラプール邸からの帰り道で我々を襲ったWGは?」ラマイカさんが問う。

「それも俺達の組織だ。おまえらをあそこで殺せたら最初の計画通り、タラプールを犯人にできると思ってな。まあ必要なかったわけだが」

「何故タラプールなんだ」

「さあな。くじ引きじゃねえのか? あんたの婚約者候補なら――いや、うまく濡れ衣を着せられるなら誰でもよかったんだ。別にあんた自身でもな」

「…………」


 ガリリアーノは視線をラマイカさんから【僕 / 私】に戻す。


「おまえの悪運の強さには閉口してたが、タラプールに決闘を挑んでくれたのには助かった」

「あの時、あんたは止めようとしたはずだ」

「その方がかえってやる気になると思ってな。なあ昴、おぼえておくといいぜ。おまえに賛成してる奴が全員味方とは限らないし、反対するから敵だ、こっちを憎んでる、ってワケじゃない。大人としての忠告だ」

「何を今更、人生の先輩ぶってる!」


 人生の先輩には違いねえだろ、とガリリアーノは笑った。


「……決闘でおまえが負ければ、タラプールを暗殺する。死人に口なしで奴の悪逆非道を世に知らしめる。だがおまえは勝ちやがった。だから」


 『正々堂々貴族に抗うも、卑劣な手段で殺された悲劇の英雄』として祭り上げられるというわけだ。結果的にこれで最初の目論み通り。

 だが彼の、あるいは彼の組織の誤算は、【僕 / 私】が妖声憑きだということだった。


「仕留めたと思ったんだがなぁ……」

「でも、【僕 / 私】を撃ち殺したとして、それをどうやってタラプールの仕業にするんですか」

「それについては調べがついてるよ」


 ラマイカさんがタブレットを見せた。


「ティアの付き人にスモレンスクという男がいただろう。あいつが自首するはずだったんだ。旦那様に命令されてやりました――とね」

「あの人も――敵のスパイだったのか」


 今は行方を眩ませているよ、とラマイカさんは苦い顔をした。


「あの野郎、何食わぬ顔をして俺の機体に爆弾を積んでやがったんだ」


 だから売ってやったのよ、とガリリアーノは笑った。そして眉をしかめる。


「けどおまえ、どうやって俺の機体に爆弾が取り付けてあるってわかったんだ? 乗ってる俺は全く気がつかなかったのに」

「そんなことはどうでもいい」


 ラマイカさんが話をさえぎった。もちろん【彼 / 彼女】が気を利かさなくたって、【僕 / 私】だってこの男に手の内を喋るつもりは毛頭ない。


「以上が、俺の知ってる真相だ。他に何か聞きたいことはあるか、昴?」

「……ヴァンデリョス邸を襲った黒いWGは?」

「知らん。本当だ」

「おまえ達の組織の名は?」とラマイカさん。

「なにせ速攻で切られるトカゲの尻尾なんでな。『組織』としか聞かされてない。……いや、1度だけスモレンスクが上の奴等と話しているのを盗み聞きしたことがある。その中に『USW』っていう単語が入ってたな。暗号かと思ったが、もしかしたらそれが名前かも知れん」

「USW……何かの略語か……?」


 考え込んだラマイカさんに替わって、再び【僕 / 私】が質問する。

 本当は一番最初に聞いておきたかったことだ。


「……あんたが本当に、心の底から【僕 / 私】らの味方だったとしたら」【僕 / 私】は深く息を吐いた。「シスター・ラティーナは、助けられたと思う?」


 少し考えて、男は言った。


「……ああ」


 殴りつけたかったけれど、【僕 / 私】の拳なんてこの大柄な男には痛くも痒くもないだろう。だから武器になるものをさっきから探していたのだが、それを見越したかのように部屋には何もなかった。机は床に接着してあるし、椅子は重すぎる。コーヒーの一杯も出ていない。


 ラマイカさんが1歩前に出たが、【僕 / 私】はそれを制した。【彼 / 彼女】に代理をしてもらったからって【僕 / 私】の気が晴れるとは思えない。


「……死ねよ、クソ野郎」


 そんなありきたりな呪いの言葉を吐いて睨みつけるくらいしか【僕 / 私】にはできなかった。






 昼間のヴァンデリョス家は静かなものだ。使用人はほぼ全員が寝ているし、ワカバとモミジも学校に行っている。

 自室のベッドに横たわったまま、【僕 / 私】は呟く。


「……姉さん、いるんだろ」


 返事はないが、呻くような気配があった。


「……なんで、嘘をついたの?」


 タラプールと、シスターを殺したあの3人には本当に接点がなかったということが警察の調べで判明した。そもそもあの3人がタラプールの名を使って警察を屈服させたこと自体、ガリリアーノの嘘だった。したがって姉があの時教えてくれた内容も全て嘘ということになる。

 男爵があの時目を丸くし激昂していたのは、図星をつかれて焦っていたからではなかった。初対面の人間にいきなり身に覚えのないことで罵倒されれば誰だって混乱するし、怒りもする。


 やはり、近いうちに謝りに行かなければならないだろう。そうしなければ自己嫌悪に陥るだろうが、奴に頭を下げるのはそれはそれで憂鬱だ。ラマイカさんや貴族平民の問題がなくとも元々気が合いそうにない相手なのだから。


 【僕 / 私】は上半身だけを起こしてもう一度問いかけた。


「どうして嘘をついたんだよ。ガリリアーノが犯人だって、最初からそう言ってくれればよかったのに!」


 だしぬけに、姉は言葉ではなく圧縮された情報を送ってきた。




 【僕 / 私】の脳裏に映像が広がる。今ではもう見慣れたWGのコクピット。ただし『陽光の誉れ』か『蒼穹の頂』か、あるいは別の機体かどうかは判別がつかない。


 【僕 / 私】は何かと戦っていた。とてつもなく巨大で、輪郭も定かではない黒い何か。夜空を相手にしているようだった。

 姉の導きにしたがって【僕 / 私】は戦う。だが敵が攻撃するたびに右手が、左足が、肩が、ボディの何処かが吹き飛んでいく。姉が間違ったわけでも【僕 / 私】が遅いからでもない。取れる最適解を最速で選んでもなお、無傷ではすまないのだ。それほどまでに圧倒的な相手だった。


 遂に四肢を失い、【僕 / 私】には寝転ぶ以外の選択肢がとれなくなった。もう姉は何も言ってくれない。

 視界いっぱいに圧力を持った巨大な物体が迫り、【僕 / 私】は




「――――ッ!?」


 【僕 / 私】は我に返った。息苦しい。いつの間にか呼吸を止めていたことに【僕 / 私】は気づいた。息を継いだ途端、心臓が壊れそうな勢いで動き始める。汗で張り付いた衣服が窮屈でたまらなく、【僕 / 私】は上半身を覆う衣類を脱ぎ捨てた。呼吸が落ち着くまで、動くことも考えることもできなかった。


「……あれが、【僕 / 私】の末路だっていうの」


 自分の声はひどくしわがれて聞こえた。水が欲しい。


「ガリリアーノの組織と戦えば、どう足掻いても死ぬしかないから、タラプールを相手に復讐した気でいろってことなのか……?」


 姉はうんともすんとも言わない。もう、側にいる気配すらしなかった。


 【僕 / 私】はベッドに身を預ける。ひどく疲れた気分だった。


「――カリヴァ君」

「はひっ!?」


 ノックの音に文字通り飛び上がる。さっきの幻影で見た黒い何かが現実にやってきたのではないかと思ったからだ。

 ドアの隙間から顔を見せたのはラマイカさんだった。


「話がしたいんだが、いいか?」


 【僕 / 私】は急いで雨戸を閉めた。汗で濡れた上着をまた着る気にはなれないのでシーツを羽織る。


「はい、どうぞ。……珍しいですね、こんな時間に」

「考え事をしていると眠れなくなってしまってな」

「考え事……?」

「なあカリヴァ君、今回の事件にタラプールや他の婚約者候補は関係なかったわけだが」

「そうでしたね」


 伯爵令嬢と雑食人の血婚は確かに花婿達の不興を買っていた。だがだからといって本気で殺しにかかる奴などいなかったのだ。


「すみません。当てずっぽう言って混乱させて」

「いや。実際のところ、私もタラプールを疑っていたんだ」

「……そうなんですか?」

「私の婚約者候補が1人、不審死を遂げたのは聞かなかったか? 私はそれで他の婚約者候補に猜疑心を抱いてしまっていた」


 だがそれも結局はただの心不全だと調べがついてしまっていたらしい。


「君が決闘を申し込まなくとも、どのみち私はタラプールに対し何らかの強攻策をとっていただろう。だから君が男爵に対し何らかの謝罪をするときは私も頭を下げないとな」

「ラマイカさんはそれでも、公正であろうとしたんでしょう。あなたが謝る必要ないですよ」

「君があんまりストレートに犯人扱いしてくれたおかげだよ」


 そこで数秒、会話が途切れた。

 ラマイカさんはわざとらしく咳払いした。


「ところで、君にとっては、私が君に血婚を申し込んだことが諸悪の根源なのだろうか?」

「…………」


 どうしてもはっきりさせておきたいのだ、と【彼 / 彼女】はすがるような瞳を【僕 / 私】に向けた。

 【僕 / 私】は――返答に困る。


 確かにラマイカさんが【僕 / 私】を血婚相手に選ばなければ、【僕 / 私】がガリリアーノの組織に狙われることはなかった。その場合、他の誰かがターゲットになるだけで悲劇が未然に防がれるわけではない。どのみちその巻き添えで死んでいたかもしれない。

 そもそも――以前ロルフが言ったように――タラプールが犯人だったとしても、ラマイカさん自身が法に反することをしたわけではない。ノコギリを使った殺人事件が起きたとして、金物屋が責任を負えるだろうか?


「……そうですね」


 【僕 / 私】は言った。


「ラマイカさんは、悪くないです。悪かったとしても、【僕 / 私】は許しますし、むしろ【僕 / 私】の方こそ、負い目につけいって、すみませんでした」


 ラマイカさんの顔が緩んだ。その頬を涙が伝う。


「……そうか」


 顔を伏せた【彼 / 彼女】の頭をそっと抱きしめるとか、ハンカチを差し出すとか咄嗟に思いつくほど、【僕 / 私】は大人ではなかった。なので【僕 / 私】は阿呆のように【彼 / 彼女】が泣き止むのをじっと待っていた。待ちながら、いつか姉の声が【僕 / 私】を赦す言葉を発したのなら、それで【僕 / 私】自身は【僕 / 私】を赦せるのだろうか、なんてことをぼんやり考える。


「……勘違いしないでくれ」


 ラマイカさんは昂然と顔を上げた。うん。ラマイカ・ヴァンデリョスはこうでなければ。


「君の復讐にはこれまで通り手を貸す。これはVK自体の危機でもあるのだしな」

「お願いします」

「……ティアから聞いたよ。タラプールを犯人と思い込んでいたときにあっても、君は足元の市民を気づかいながら戦った。タラプール個人への憎しみを吸血人全体への憎しみに転化しなかった。君がティアに勝った以上に、私はそれが嬉しい。そんな君だから、私は――」


 ラマイカさんは【僕 / 私】の手を取った。


「スヴァル。私と、()婚していただきたい」

「……いいですよ。今更、()婚くらい」


 イントネーションが違っていたことに【僕 / 私】が気づくのは、もっとずっと後のことだ。




次回以降、不定期更新になります。

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