第21話『裏切りの……』
◆ ◆ ◆
その時何が起こったのか、一連の出来事を離れた位置から見守っていたラマイカ・ヴァンデリョスには見えていた。
『蒼穹の頂』がへティーケリーにとどめを刺そうとした直前、スタジアムの屋根で何かが身を起こしたのだ。
『ウィリアムテル』という名のWGだった。濃紺に塗られた狙撃手仕様のWGだ。右腕は丸ごと大型スナイパーキャノンに、左腕は観測手が乗り込むコクピットブロックになっている。
いつの間にかスタジアムの屋根の上にいたそいつは、あろうことか空中で身動きの取れない『蒼穹の頂』に対して凶弾を放った。
『蒼穹の頂』が仰け反るのが見えた。WGの背中は丸々コクピットブロックで、頑丈には作ってあるが狙撃『砲』の直撃に耐えうるかどうか。
「――スヴァル!」
思わず呼び捨てで呼んでしまったことを自覚する余裕はなかった。
着地どころか受け身も取らず、『蒼穹の頂』がグラウンドに落下する。衝撃で土煙が上がり、全てを覆い隠した。
「どういうことですか? あれは何なんです?」
いつの間にか近くにいた報道陣が、タラプールに詰め寄ってマイクを向ける。困惑した表情のタラプールに向けてカメラがまばゆいフラッシュを焚く。
「な、何故私に訊くのだ!? あん――」
「あの狙撃用WGはヘティーケリーを守ったように見えましたが?」
「だから私に訊かれてもこ」
「ウィリアムテルはパクシュ重工の開発したWGですよね?」
「売りはしたが……」
「売ったんですね!?」
「そりゃ我が社の製――」
満足に回答もさせてもらえず矢継ぎ早に質問をぶつけられるタラプールにラマイカは同情する。
だが、それにしても妙だ。記者達の気持ちの切り替えは早すぎないか。いついなくなるかもわからない狙撃手よりもタラプールをカメラに収めることを優先しているように見えるのは気のせいか。
いや、そんなことよりも。
「カリヴァ君、聞こえているか? カリヴァ君!」
立会人席の端末から『蒼穹の頂』に呼びかける。返事はない。
「――カリヴァ君!」
『……聞こえてますよ』
土煙が風に流れる。地面に膝をついたスカイブルーの機体が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。
◆ ◆ ◆
「いてて……」
【僕 / 私】は背中をさすろうとしたけれど、人工筋肉に阻まれてそれは叶わなかった。
『無事なのか、カリヴァ君?』
ラマイカさんの緊迫した声が鼓膜を破りそうな勢いで流れる。
「……【僕 / 私】、これでも妖声憑きなので」
狙撃弾が来ると知った瞬間、【僕 / 私】はへティーケリーに切断されかけて使い物にならなくなっていた『蒼穹の頂』の左腕を盾代わりにしたのだ。
それでも狙撃砲直撃の威力は凄まじく、一瞬意識を失ってしまったのだが、その間土煙が【僕 / 私】を守っていてくれたようだった。
――すーちゃん!
獲物を仕留め損なったと知ったウィリアムテルが次弾を放つ。
【僕 / 私】はヘティーケリーをつかんでダッシュ。爆音と共に、さっきまでいた場所にまた土煙が起こった。
「どうしてわたくしを……?」
「あそこにいたらやられちゃうじゃないですか?」
「わたくしは敵なのでしょう?」
「もう離しますよ、自分で逃げてくださいね!」
「ちょ――」
急に手を離されてへティーケリーが転倒する。それでもすぐさま転がって跳ね起きたのは流石というべきだった。
ウィリアムテルはこちらに背を向ける。スナイパーキャノンは連射に向かない。【僕 / 私】とティアンジュさん、2人を敵に回すのは不利と悟って逃げるつもりだ。
「逃がすか!」
スタジアムの屋根は遙か遠く高い。だがロケットブースターの残りを全て使えば、追いつくことは可能だ。
「カリヴァ! ライフルを忘れるなんて!」
ティアンジュさんが落ちていたG・ヴァヨネットを投げて寄越す。そういえば、撃たれたときに落としたのだった。危うく丸腰で追いかけるところであった。
「ありがとう、ティアンジュさん」
「さっさと追いかけなさい! わたくしも追います!」
「お願いします!」
ロケットブースター点火。一気に屋根を飛び越え、スタジアムの外に出る。夜の街並みが眼下に広がる。光を必要としない吸血人達の作る夜景はほぼ黒一色だったが、センサーは離れていく濃紺の機体を抽出した。最後の燃料を使い、その前へと踊り出る。
「ここから逃がすわけにはいかない!」
アスファルトを削り路上駐車車両をひっくり返しながら着地。人間でいう目の部分にあるサーチライトが、立ちすくむウィリアムテルを照らす。
「――やれやれ」
ウィリアムテルが肩をすくめた。
「見逃しちゃくれねえか、昴?」
「…………?」
その声には聞き覚えがあった。
「あなた、刑事さん……? ガリリアーノ刑事!?」
「そうだよ、よくわかってくれたな」
【僕 / 私】の思考は数秒のフリーズを余儀なくされた。
「なんで刑事さんがWGに乗ってるんだ!? なんで【僕 / 私】を殺そうとした!?」
「おまえを英雄にしてやろうってんだよ、昴」
「英雄……?」
「貴族に挑み、勝利の寸前で汚い罠にはまって死んだ悲劇の英雄、刈羽昴――なんてな」
「……なに、それ」
意味がわからない。いや、理解することを心が放棄している。
【僕 / 私】の動揺を悟って、刑事の声で喋るWGが動いた。スナイパーキャノンと観測手用コクピットが肩のレールを伝って背面に移動、同時に胸部に折り畳まれていた第2の腕が展開される。近接格闘戦用の右手が腰にぶら下がっていたメイスをつかむのを、【僕 / 私】はぼんやり見ていた。
――すーちゃん!
姉に叱咤されてようやく【僕 / 私】は我に返る。そうだ、相手は刑事さんだけど、敵なんじゃないか。なに相手が戦闘準備に入るのをじっと見ていたんだ、【僕 / 私】は?
メイスを握りしめたウィリアムテルはもう目の前だ。咄嗟にG・ヴァヨネットのブレードを盾にして受け止める。その上から、刑事さんは何度もメイスを叩きつけてきた。
「刑事さん、なんで……?」
「おまえだって変えたいと思っただろう、この社会を! 貴族が平民を――いや、吸血人どもが人間を虐げる世界を!」
「虐げる……?」
「そもそも人間様を食う化物がのさばってること自体が間違ってるんだよぉ!」
上からのメイスの殴打に気を取られていたところを、下から蹴り上げられた。腹に爪先がめり込み、『蒼穹の頂』が尻餅をつく。更に振り下ろされるメイスを転がって避ける。
「決闘に負けるのが嫌で、スナイパーを雇って卑劣にもおまえを暗殺した――そういうことにして、あの男爵をしょっ引く。後はおまえにも話したとおりだ。貴族の権威を否定し、全VK国民に奴等への不審の目を根付かせる。そして」
くっく、と刑事は笑ったようだった。
「――上と下でいがみ合っているところを『俺達』がまとめて叩き潰すって寸法よ」
「まさか、VKそのものを潰すつもりなの……!?」
「そうよ! 人食いの化物の国なんざ、潰しちまうのが当然だろ! いつまた餌を求めて世界を侵略し始めるかわからないんだぞ!」
「吸血人だって、人間でしょう!?」
「あんな奴等が人間なものか!」
メイスの殴打が『蒼穹の頂』を襲う。だだっ子のように滅茶苦茶に振り回されるそれを避けるのに【僕 / 私】は精一杯だ。
「あいつらは命欲しさに悪魔に魂を売り、人間の誇りを失った連中だ!」
「生きているものが生きようとして何が悪いんですか! それに、今生きてる吸血人は自分の意志でそうなったわけじゃないでしょう!?」
「だったら生まれた時から化物だってことだ! 人類の敵だ!」
「それでも殺すことはない! 吸血人と雑食人は共存できている!」
「家畜と飼い主としてな!」
「なんでそんな卑屈な物の見方をするんです!」
【僕 / 私】はG・ヴァヨネットを横一文字になぎ払った。ウィリアムテルの右手首を叩き割る。メイスを握ったままのマニピュレーターが公園の植え込みとベンチを押し潰す。それで【僕 / 私】はようやく、ここが住宅街だということに気がついた。
それも最悪なことに、1階建ての平屋ばかり――住居のメインが地下にある、吸血人が多く暮らす場所だ。よく目を凝らせば、【僕 / 私】達を見ている住人達の姿があちこちにあった。無秩序でも逃げ回ってくれればいいのだが、恐怖に竦んだのか動けない者もいる。呑気にカメラを向けている連中はもう放っておいてもいいだろうか。
まだ学校にも通っていないような小さな子供の姿を見つけて、【僕 / 私】は戦慄する。
彼等が巻き込まれることをガリリアーノ刑事が忌避するとは思えない。場所を変えるという提案は無駄だろう。むしろ嬉々として巻き込みだすに違いなかった。
せめてあと1回、1キロ分でもロケットブースターが使えれば、ウィリアムテルごとこの場を離れることが可能なのに。
「何故、あの化物をかばう!?」
刑事はなおも攻撃の手を緩めない。残った左腕のアームピックを突き出してくる。運悪くG・ヴァヨネットの基部で受けてしまった。マガジンカバーが砕け、ヴァヨネットはバラバラになる。破片の1つがガレージに停まっていた車の屋根を押し潰すのを見て、背筋の毛が逆立った。
もし今のが、屋根や通行人の上にでも落ちていたなら。パーティで木製の盾が飛んでいった時とはわけが違う。吸血人だろうとあえなくぺしゃんこだ。
――すーちゃん!
「!」
ウィリアムテルがショルダータックルをかけてきた。姉の警告も虚しく、余所見をしていた【僕 / 私】はまともにくらってしまった。無様に転倒する。
起き上がろうとした【僕 / 私】に対して、ウィリアムテルはいち早く馬乗りになってそれを封じた。メインカメラの鼻先にアームピックが突きつけられる。
「どうした、こんなもんじゃないだろう? それとも、周りが気になって集中できないか?」
ここが住宅地であるなど、刑事はとっくに気づいていた。知っていて、わざと逃走経路に選んだのだ。追ってくるのが【僕 / 私】にせよティアンジュさんにせよ、本気を出せないと見越して。
「なあ、殺そうとしたのは謝るよ」
優位に立ったせいか、刑事は馴れ馴れしく話しかけてきた。
「おまえ、俺達の仲間にならないか?」
「えっ……?」
「どう言いつくろったって吸血人は人間にとって捕食者、つまり敵にしかなりえない。20世紀まで、実際に奴等は『正統な人類』の脅威だった。奴等がまた力をつけ人類に牙を剥く前に駆逐しなくちゃならない。俺は、そういう組織の末端として動いている」
「…………」
「おまえも人間ならこっちで働こうぜ。決闘を見てて思ったが、おまえ結構強いじゃねえか。まともにやりあったら俺もヤバかったかもな」
「……まさか、わざわざ正体を明かしたのは、【僕 / 私】が顔見知りを本気で攻撃できないと思って……?」
ご想像にお任せするよ、と刑事は言った。
「それよりさっきの話の続きだ。俺達の側につけよ。その機体もあればこっちでヒーローになれるぜ。生きたヒーローにな」
「血を吸うだけの人を皆殺しにするのが、ヒーローのやることですか……!」
「血を吸うだけ、か。随分手懐けられちまってるな。残念だ」
ウィリアムテルが左腕を引く。アームピックが冷たい光を放つ。
「これでおしまいだぜ、昴」
「――あなたがね!」
ウィリアムテルの左腕が肘から吹き飛んだ。肘先は放物線を描いて民家の上に落下しそうになったが、しかしその直前、鎖を引いて飛ぶ何かに弾かれて別の方向に飛んでいく。
「ティアンジュさん?」
「わたくしも追う、と言ったでしょう?」
アイアンヨーヨーだ。アイアンヨーヨーがお手玉やバドミントンをするかのようにウィリアムテルの左腕を何度も弾き上げる。最終的にもがれた左腕はへティーケリーの左手の上に落ちた。
片手にそれを掲げたまま、ヘティーケリーは挨拶をするかのようにステップを踏んだ。
「ここまでですわよ。――よくも決闘に水を差してくれたわね。あそこからわたくしの華麗な大逆転のはずだったのに」
「…………」
「投降なさい。命まで奪おうとは言いません」
ウィリアムテルのサブアームはこれで左右とも破壊された。スナイパーキャノンを再装着する時間をティアンジュさんが与えるわけがない。もはやガリリアーノ刑事に抵抗する力はなかった。
「わかった、投降する――」
「では、そのままゆっくりカリヴァの上からどきなさい」
刑事さんがそれに従おうとしたときだった。
――すーちゃん!
ウィリアムテルが『蒼穹の頂』の上から完全に移動しきる前に、【僕 / 私】は機体を引き抜いた。
「カリヴァ……」
そこまで焦らなくとも、と呆れたような声音でティアンジュさんが呟くが、かまってはいられない。姉の声が伝えてくれた内容は一刻を争う。
「オーダー、アームピック!」
【僕 / 私】はウィリアムテルの左肩にアームピックを突き刺し、ひねった。観測手用コクピットブロックがそのジョイントを破壊され、脱落する。
その拍子にハッチが開いた。中に人は乗っていない。代わりに詰まっていたのは、赤い点滅を繰り返すデジタル時計と、それにコードで繋がれた重そうな布袋だった。
「爆弾……!?」ティアンジュさんが息を呑む。
「な、なんだ、これ……」
刑事は呆然と呟く。
「あなたにその機体を与えた連中は」【僕 / 私】は言う。「あなたを英雄にしようとしたんですよ」
嫌味を言っている場合ではなかった。タイマーのカウントは60を切っている。
『蒼穹の頂』の走行スピードで、爆弾を抱えたまま1分以内に街を抜け、爆弾を捨てることができるだろうか?
やるしかない。
「カリヴァ君!」
ラマイカさんの声がした。
「こっちだ!」
上を見上げる。蝙蝠の翼と呼ぶにはあまりにも奇怪で冒涜的な翼を背中に生やした『陽光の誉れ』がそこにいた。テロリストとの戦闘では奇怪な腕となったあの虫たちは翼にもなれるらしい。
『陽光の誉れ』が手を伸ばす。それで【僕 / 私】は察した。
「頼みます、ラマイカさん!」
入れ物ごと時限爆弾を高く放り投げる。ラマイカさんはそれを空中でキャッチ。ロケットのように更なる高空へと舞い上がった。地上から離れていたにもかかわらず、上昇の反動による衝撃波が街路樹を激しく揺さぶる。ゴミが舞った。犬や猫が狂ったように吠え叫ぶ。
数秒後――夜空に太陽が昇った。
ウィリアムテルを木っ端微塵にし、付近を焼くのに充分なほどの火球が空で瞬き、消えた。雷鳴に似た轟きが夜空をかき乱し、火薬臭い風が通り過ぎていく。
だが、それだけだった。それだけで、済んだ。
フレアの欠片は近くを流れる川や河川敷に落下、しばらくくすぶって消えた。民家に被害はない。
【僕 / 私】は大きく息をついた。心臓が今更になって激しく脈動し始める。
「【お義兄様 / お義姉様】は……!?」
「大丈夫ですよ」
身を守るように翼をその身に巻き付けた『陽光の誉れ』が流星のように落下してくる。地表近くで翼を広げると、慣性や重力を冒涜するような軌道を描いて【僕 / 私】達のところへ舞い降りてきた。奇怪な翼が砂のように崩れ、背面のポッドに回収されていく。
「――はい。時限式でしたから、今頃仕掛け人は大慌てで現場から離れようとしているところでしょう。交通監視システムで不審な車がないかチェックを――うおっ!?」
スマホで何処かに指示を出していたらしいラマイカさんは、ヘティーケリーの体当たりにも似た抱擁を受けた。『陽光の誉れ』が転倒する。
「【お義兄様 / お義姉様】、【お義兄様 / お義姉様】――――!」
「馬鹿、落ち着けティア! さっさと機体を起こせ!」
そんな微笑ましいと思うべきなのであろう光景を横目に、【僕 / 私】はウィリアムテルに近づく。それに気づいた刑事が力なく呟いた。
「俺は、吸血人は人間を奴隷か何かだと思っていると、ずっと信じていたが――。人間も人間を奴隷だと思っていたらしい」
笑えない冗談だ。
今頃になってサイレンの音が近づいてきた。




