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第16話『黒いWG』


 気がついたときには大地に転がっていた。

 薙ぎ倒された木々の向こうに、1体のWGが立っていた。『蒼穹の頂』のカメラがオートで色調補正を行い、夜の闇に紛れたその姿をモニターに強調表示する。それは三角錐の巨大な槍を構えた黒い機体で、下半身は馬のようになっていた。まるでギリシャ神話のケンタウロスのようなシルエットだ。


 槍の先端に何かが引っかかっていた。人の腕のようなそれが、無惨に肩口からもぎ取られた『蒼穹の頂』の左腕だと気づくのに時間は要しなかった。

 黒いWGはそれをじっと見つめていたが、やがて興味を失ったかのように、ねじり取った左腕をふるい落とした。

 その間に【僕 / 私】は機体状況をチェック。幸いにも左腕を失った以上に致命的な損傷はない。組織液の流出も止まっている。


「こちらスヴァルです、ラマイカさ――ラマイカ教官、これはなんですか? 黒い、下半身が馬みたいなWGに――」


 そこまで喋って、【僕 / 私】は通信機が機能していないことを察した。


「なんなんだよ、まったく……!」


 黒いWGがこっちを見た。下半身を動かし、こちらを真正面にとらえる。黒い機体に触発されて、『殺し屋』という単語が脳裏に浮かんだ。まさかタラプールは、決闘前に【僕 / 私】を潰すつもりなのか。だとしたら、なんて奴だ!


 【僕 / 私】は機体を起き上がらせる。死んだふりをすれば見逃してくれる――とは思えなかった。姉の声もその直感を肯定する。


「オーダー、アームピック」


 右腕のアームピックを起動。前回に続いて、これしか武器はない。強いて言うなら――パンチとキックはある。

 大丈夫だ、姉さんがついてくれれば。ラマイカさんだってすぐに来る。異変には気づいているはずだ。いくら森が邪魔したって、5メートルの巨人同士が戦えば音も出れば煙も立つのだから。


――そう上手くはいかない。


 え?


――敵も同じだから。


 同じとは、どういうことだ? 聞き返そうとしたとき、黒いWAが突然動き出した。槍をこちらに向けての突進。


――敵は足を狙っている。


 完全に動きを封じる算段らしかった。【僕 / 私】は迫るケンタウロスを、熟練のマタドールになったような気持ちで見つめる。

 『蒼穹の頂』の跳躍力なら、敵の頭上を飛び越すことも可能だ。相手はそんなこと予想もしていまい。必ず隙ができる。そこを背中から攻撃すれば――。


 敵を充分に引きつけたとみて、【僕 / 私】は機体をジャンプさせた。しかし。


「なっ――」


 敵は待っていたとばかりに槍を持っていない方の腕を突き上げた。『蒼穹の頂』の足をつかみ、そして振り下ろす。

 【僕 / 私】は地面に叩きつけられた。

 美しく整えられた庭土が豪快に跳ね上がる。なんとかWGに受け身を取らせた【僕 / 私】は息を呑む。見上げた視界の中心と、槍の先端が向かい合っていた。敵はWGの頭部ごと、その向こうにある【僕 / 私】の頭を貫いて終わらせるつもりだ。


「やられる!?」


 だが、ケンタウロスはパッとその場から離れた。わずかに遅れて、【僕 / 私】の視界を何かが横切っていく。次いで黒いWGと入れ替わるように【僕 / 私】の視界を塞いだのは、『陽光の誉れ』だった。


「カリヴァ君、無事か!?」


 故障したと思っていた通信機からラマイカさんの声が響く。安心のあまり涙があふれそうだった。


「はい、左腕以外は……」

「右腕は動くな?」


 『陽光の誉れ』の両手には武器が握られていた。(ジャイアント)・ヴァヨネット――パイルガンのマガジンカバーに大剣のような大きさのコンバットナイフが装着された、WGの標準的な武器だ。先ほど空をかすめていったのは、こいつの弾丸だったのだろう。

 ラマイカさんは左右に一挺ずつ携えたG・ヴァヨネットの一方を【僕 / 私】に渡し、黒いWGに向き直る。


「何者だ! 物騒なもので塀を飛び越えて入ってくるような不作法な人間を招いた覚えはないが?」


 外部マイクを通してラマイカさんの声が夜の森に凜と響く。それに対する敵の返答は、槍をかまえての突撃だった。


「後悔するぞ!」


 ラマイカさんはパイルガンを敵の足元に向け放つ。敵は左右ジグザグに動いて回避するが、それで突進の勢いが削がれてしまった。騎兵槍の一撃は銃剣に受け止められる。受け止めた槍を上へといなし、ラマイカさんはがら空きになった敵の頭部へG・ヴァヨネットの刃を振り下ろした。


 仕留めた――と思った、のだが。


 槍突撃(ランス・チャージ)が防がれることなど最初からわかっていたとでもいうように、奴は前脚を蹴り上げてきた。ラマイカさんはとっさに銃剣を盾にして直撃を避けたものの、間髪入れず敵は後ろ脚での回し蹴りを繰り出してきた。銃剣が砕け、『陽光の誉れ』が吹き飛ぶ。


 けれどラマイカさんも負けてはいなかった。蹴り飛ばされた勢いを利用、回転して起き上がり、パイルガンを撃つ。黒いWGはそれを回避。そのまま両者は睨み合った。


「……すごい」


 その呻き声が自身の声だと、口にして数秒後に【僕 / 私】は気づく。

 一連の戦闘は、【僕 / 私】にとってまばたきをしているわずかな間の出来事だった。2人とも【僕 / 私】などとは比べものにならないほどの腕前だ。遠くから見ていたからまだ何が起きたのかくらいはわかったが、当事者として立場を交替していたら、きっと何もわからない間にやられていただろう。

 ティアンジュさんがラマイカさんに熱を上げる理由がわかったような気がした。


「気を抜くなよカリヴァ君。隙を見せれば、奴はいつでも君に狙いを変えるぞ」

「わかっています」


 【僕 / 私】はG・ヴァヨネットの銃口を敵に定める。


「それにしても嫌な敵だ。私が3度撃って1発も当てられなかったなんてな……まるで私がどこを撃つか、わかっているみたいだよ」

「…………!」


 戦闘に入る直前、姉が『敵も同じだ』と言っていたのを、【僕 / 私】は思いだした。

 つまりあの黒いWGのトゥームライダーにも、【僕 / 私】にとっての姉の声のような存在がいるということなのか。


 その可能性の有無を考えている間に、ラマイカさんが突進した。小刻みにステップを取りつつG・ヴァヨネットを連射。威嚇射撃だとわかっているのか、敵は微動だにせず『陽光の誉れ』の接近を待ち受ける。 

 ラマイカさんは敵の目の前まで接近すると、すぐさま流れるような動きでターンして背後に回った。4本足の敵はそれに対応できない。


――そーちゃん、【彼 / 彼女】を止めて!


「ラマイカさん!」【僕 / 私】は叫んだ。「尻尾に気をつけて! 武器です!」

「!?」


 黒いWGの下半身は御丁寧にも馬の尻尾を模したパーツがついていた。それが展開し、機械の腕となる。長く伸びたアームの先端には鋭い刃がついていた。

 サソリの尾を思わせる隠し腕が、夜の闇を裂く。


「くっ――」


 ラマイカさんはバックステップ。隠し腕は『陽光の誉れ』の胸にヒビを入れたが、それだけだ。

 会心の一撃のつもりだったのだろう、黒いWGはとどめを与えられなかったことに驚いているようだった。


「今のは助かった、カリヴァ君。君が止めてくれなかったらやられていたよ」

「そこまで……?」

「ああ。まるで私の手の内を読んでいたかのようなタイミングだった」

「…………」


 ラマイカさんとは反対に、【僕 / 私】の気分は晴れない。これでまた、敵も【僕 / 私】と同じなのだという疑惑が強くなってしまった。


 だしぬけに黒いWGが動く。【僕 / 私】達の方にではなく、塀の外へ。


「逃がすか!」

「待ってください!」


 【僕 / 私】は咄嗟にラマイカさんを制止する。そうしなければならないという強迫観念めいたものがあった。


「敵は未来予知というか、ええと、そういった能力を持っているかもしれないんです。迂闊に追いかけるのは、危険です!」

「……何を言ってるんだ、君は」


 ラマイカさんは困惑したような声で言った。


「まあ、追いつける見込みはほとんどなかったが……」

『【お義兄様 / お義姉様】!』


 通信機にティアンジュさんの声が混ざる。


「どうした、ティア」

『どうしたじゃありませんわ! 【お義兄様 / お義姉様】のお声まで聞こえなくなって、もう心配で心配で……』

「敵は通信妨害装置を持っていたらしい。だがもう撤退した」

『【お義兄様 / お義姉様】が敵を逃がした……?』ティアンジュさんは心底驚いたように言った。

「私の腕がなまったとは思いたくないな」

『被害状況は?』とロルフ。

「『陽光の誉れ』の胸に傷をつけられた。カリヴァ機は左腕大破。G・ヴァヨネットが1本損傷。パイロットは両名無傷だ。詳しいことは帰還してから話す」

『お早いお帰りを、【坊ちゃま / お嬢様】』


 ナローラさんの言葉を最後に通信は遮断された。

 さて、とラマイカさんが【僕 / 私】に近づく。


「動けるか? 怪我は?」

「大丈夫です」

「なら、ランニングコースを消化しつつ戻ってこい。取れた腕も持ち帰るように」

「え……」


 あんなハプニングがあっても、訓練は継続らしかった。



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