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第15話『訓練』


 伝承上の吸血鬼と違い、吸血人は死んでも自動的に灰になったりしない。だから当然、雑食人と同じように死体を処理する必要がある。


 吸血人の死体処理の方法として主流なのは太陽葬だ。やり方は簡単、天井が虫眼鏡のレンズのようになっている堂の中に死体を安置するだけ。朝が来れば骨まで燃え尽きる仕組みだ。次の夕方に残った灰を墓に撒けば、それで葬式は完了する。


 もちろん、この灰に生き血を垂らしても死んだ吸血人が復活することはない。吸血人とは伝承上の吸血鬼に比べあらゆる部分で劣っているのだ。もっとも現実に存在する吸血鬼だって、実際のところはたいしたことはないのかもしれない。


 訪問の成果があったのか、シスターの葬儀はつつがなく終了した。

 葬儀に宿舎の仲間達は呼ばなかった。呼び寄せるには遠い場所にいるし、なによりシスターの無惨な遺体を見せたくない。後日墓の場所を連絡するだけでいいだろう。

 そうとも、こんなのはただの行事だ。葬儀に出ようが墓に参ろうが、死んだ者にできることなんて何もない。長年患ってきたニヒリズムのおかげか、姉が死んだときと違って【僕 / 私】は正気のまま、葬儀を淡々とこなすことができた。


「カリヴァ君」


 参列者が帰っていく中、ラマイカさんが躊躇いがちに声をかけてきた。


「こんな時で悪いが、決闘のことで打ち合わせがある」

「わかりました」


 いつまでも悲しみに浸っていても仕方ない。勝手な都合で【僕 / 私】やみんなを殺そうとした犯人に裁きを下すことこそが、死んだシスターや仲間達への最大の手向けだ。


「知っているだろうが、決闘は申し込みが済んでから一週間以内に行われるのが定例だ。もっとも現代では決闘自体が廃止されているんだが」


 公にはな、とラマイカさんは付け加えた。法律上はどうあれ、決闘の精神や概念は貴族社会の中ではまだ生きている。


 ラマイカさんは一通の封筒を取り出した。中には書類が1枚。【僕 / 私】達の決闘の内容を記したものだった。


「君がタラプールに負ければ、君は国外退去だ。勝ってもタラプールが爵位を失い、君がカリヴァ男爵になるだけ。なったところで君には意味があるまい」


 貴族としての教養、家柄、そして相応の財産、それらが全て揃ってこその貴族だ。爵位だけあっても仕方がない。


「タラプール自身も言っていたが、決闘に負けたって奴が罪を認めたりはするまい。君にメリットはあるのか?」

「…………」

「私には君が刹那的な激情でもって、とりあえず目についた獲物に飛びついているだけに見える。本当に喰らうべき獲物を探そうともせずに、だ」

「じゃあその喰らうべき獲物を連れてきてください」


 ラマイカさんは肩をすくめた。悲しそうに。

 胸がちくりと痛んだ。


 睡眠とは偉大なものだ。昼間のうちにぐっすり眠ってしまえば、ガリリアーノ刑事が言っていたように、確かに自分にも我を失っていた点はあると省みる余裕が生まれた。その上でラマイカさんに、【彼 / 彼女】の罪悪感につけ込んでひどいことをしてしまったのだと申し訳なく思う気持ちも出てきたのだった。


 でも、この人が全ての元凶なのだと恨む気持ちも無くなってはいない。どうせ見合いを断るなら、もっとストレートに断ってくれればよかったのだ。むしろ【彼 / 彼女】は何故そうしなかったのだろう。知り合ってからそう経っていないが、誰に対しても言いたいことはハッキリ言うタイプだと思っていたのに。


「――ところでカリヴァ君。これからの予定はあるか?」

「ないですけど」

「それはよかった。君に渡すものがある」

「なんですか?」

「『陽光の誉れ』を貸して欲しいと言っていただろう。流石にアレは貸せないが――ああ安心してくれ、同型機を手配した。さっき屋敷に運ばれたと連絡があったよ」


 【僕 / 私】達はヴァンデリョス邸に帰還する。着替えもそこそこに敷地内のテニスコートに移動。1台のWGキャリア、そしてロルフが【僕 / 私】達を待っていた。


「お待ちしておりました、【ロード / レディ】・ラマイカ。それにナローラさん。ついでにスヴァル」


 どうもどうも、とナローラさんが営業スマイルを浮かべる。仕方ないとはいえ、ロルフは彼女の胸にばかり視線をやるのをもう少し隠すべきだと思う。


「それで、約束の品は?」


 ジャージに着替えたラマイカさんが問う。


 じゃーん! とばかりにロルフは荷台の幌を外した。そこには『陽光の誉れ』が2台搭載されていた。2台の形状はそっくり同じだが、カラーリングが違っている。一方は前回見たときのままの山吹色と赤だが、もう一方は白と薄い青に塗られている。


「青い方が駆動騎棺(WG)『ヴルフォード』2番機、コードネームは『蒼穹の頂』トップ・オヴ・スカイヴルー。『陽光の誉れ』の予備機だが、基本性能は同じだから安心してくれ。『あれ』は搭載されていないが」


 『あれ』とは、テロリストの隊長機を倒したあの虫の群れのことだろう。

 正直、使えと言われても使いたくなかった。生理的嫌悪感を感じるのだ。


「決闘が終わるまで、君が『蒼穹の頂』のトゥームライダーだ」

「トゥ……?」

「トゥームライダー、だよ」とロルフ。「パイロットのことさ」

「時間がない。機体調整と、慣熟訓練に移ろう」

「訓練……?」

「初陣を勝ち抜いただけですっかりエース気取りか? 決闘までに可能な限り私が鍛え直してやる」

「はあ……」

「わかったら、さっさと向こうでシュラウドスーツに着替えてこい」


 歩く墓(ウォーキンググレイヴ)だの墓所に乗り込む者(トゥームライダー)だの死体袋(シュラウド)スーツだの、いくら民族的に皮肉屋だからってセンスが悪趣味すぎると思った。


 シュラウドスーツを着るのもこれで2度目となれば、1人でも上手く着替えることができた。前回と違って、敵が目の前まで迫ってきているわけではないので気が楽だ。


「【ロード / レディ】・ラマイカには感謝しなよ。スヴァル」


 更衣室のドアの向こうからロルフが声をかけてきた。


「前回も今回も、ヴルフォードを持ち出すのに【彼 / 彼女】はひどく無理をしたんだ。それに加えて今回の決闘の手続きだろ? 【彼 / 彼女】が蒔いた種とはいえ、ちゃんとお礼は言っておきなよ。あと、その1割でいいから、ぼくにも恩義を感じて欲しい」

「……わかってるよ」


 わかっているのだ。ミスをしない人間はいない。人生は思うように行かないことだってある――むしろそっちの方が多い。その上で、ラマイカさんは問題解決のため真摯かつ迅速に対応してくれている。昨日の今日で決闘の書類やWGを揃えるなんて、普通にやったって難しい。


「恨みは消えない、か?」


 ロルフは苦笑交じりに言った。


「【彼 / 彼女】が君に血婚を申し込んだのは、倫理的にも法的にも問題ないことだよ。むしろそれを妨害したいがあまり殺人に訴える奴等こそが悪いんであって――」

「知ってるよ!」

「す、すまない」


 着替えから戻ってきた【僕 / 私】をラマイカさんはじろりと睨んだ。


「いつまで着替えに時間をかけてるんだ。陽が昇ってしまうだろうが」

「そうですわ。東洋人は猿みたいな顔をしているといわれますけど、あなたは亀でしたの?」


 ラマイカさんの後ろから毒を吐いてきたのは、なんとティアンジュさんだった。そういえばさっき車の音が聞こえてきた気がする。


「なんであなたがここにいるんですか? あなたは敵側の人間でしょう?」

「公正であるべき立会人が一方に稽古をつけるなんて不公平ですわ。レフェリーが一方のセコンドも兼ねているようなものでしょう? 故に、こちらにも相応の権利があってしかるべきです」

「ティアンジュ様は、ラマイカ【坊ちゃま / お嬢様】と一緒にいたいだけでございましょう?」

「なッ……」


 ナローラさんの指摘にティアンジュさんの顔がパッと赤くなった。


「カリヴァ様が猿ならティアンジュ様は犬ですから。これでキジがいれば『モモタロウ』ですね。マドラスさん、ちょっと羽を生やして東の空まで飛んでいって見せていただけます?」

「残念ながらぼくの手には余るご注文ですね。というか婉曲的に死ねとおっしゃってます?」


「……い・い・か・ら!」


 ティアンジュさんが【僕 / 私】の襟首をつかんだ。ラマイカさんに聞こえないよう、肩を寄せて囁く。


「あなたが早く一人前にならなければ、わたくしと【お義兄様 / お義姉様】のロンドン観光の約束が延び延びになってしまいますの! わたくしの次の出張までにオシメが取れなかったら許しませんわよ!」

「【僕 / 私】が一人前になったらお兄さん(タラプール)が困るんじゃ?」

「……なんとかするでしょう。ああ、それに、未熟者に勝っても名誉になりませんわ、きっと」


 とってつけたような言い回しからして、実の兄のことはどうでもいいらしい。


「いつまでじゃれ合ってるつもりだ!」


 ラマイカさんが不機嫌そうに怒鳴った。


「す――、すみません、ラマイカさん」

「訓練中は教官と呼べ!」

「は、はい!」


 気迫に圧されて【僕 / 私】は直立不動の体勢を取る。ラマイカさんに対するわだかまりなどは頭の外に吹っ飛んでいた。それを見て、ティアンジュさんは【僕 / 私】を嘲笑うような、それでいて哀れむような複雑な笑みを浮かべる。


「まあなんというか、頑張ってねカリヴァ。教官モードの【お義兄様 / お義姉様】は鬼教官――いえ、魔王教官ですから決して逆らわないように」


 【僕 / 私】を怯えさせるための嘘ではないだろう。激情に任せて決闘を挑んだことを、【僕 / 私】は後悔した。もっと穏便な方法で決着をつければよかった。じゃんけんとか。






『――次は持久力のテストだ。敷地内を塀に沿ってぐるっと走り続けてもらう。当然だが、自動操縦は使うな』


 2周目の中程で【僕 / 私】は音を上げることになった。REDジェネレーターなる機関や人工筋肉のサポートがあるとはいえ、手足を動かすのは【僕 / 私】なのだ。


「1周、何百メートルあるんですかこの屋敷……?」

『何キロ、と訊いていただきたいものですね』自慢げに答えたのはナローラさんだ。

『どうした、もう音を上げたのか!』とラマイカさん。『そんなでは前線に辿り着いた時点でグロッキーになるぞ! 相手に星をやるために出ていくのか!』

「いや別に【僕 / 私】は兵士になる為に乗ってるわけでは……」

『口答えするな。あと1周追加だ』


 藪蛇だった。だから言ったのに、というティアンジュさんの呟きが通信機の向こうから聞こえてくる。【僕 / 私】はほとんど歩いているような速度で無理矢理足を前に進めた。

 その時だった。


――すーちゃん、避けて!


 出し抜けに姉の声が危険の到来を告げる。でも、【僕 / 私】の痺れかけた足はその指示を実行することができなかった。

 一拍遅れて、何かがヴァンデリョス邸の塀を跳び越えてくる。なんだ、と思ったときには、それが突き出した槍のようなものが『蒼穹の頂』の左肩を貫いていた。


 機体が持ち上げられ、大きく振り回される。WGの肩の骨格が軋みをあげ、やがてそれは決定的な破砕音となって大気に響いた。ぶちぶちと筋繊維が引き裂かれていく。


 ついに左腕が肩からもがれた。【僕 / 私】は――『蒼穹の頂』は、駒のように回転し、木々を薙ぎ倒しながら大地に叩きつけられた。



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