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第12話『反撃宣言』


 町外れの工場地帯にタラプール男爵の屋敷はあった。

 屋敷というのは語弊があるかもしれない。大きな建物の半分以上はWG製造工場として使われていて、外観も完全にビルのそれだった。


 権力を振りかざす者にはより大きな権力を振りかざすべし。ラマイカさんが介入したことで、【僕 / 私】の命を狙ってきた3人組は面白いくらい簡単に主人の名を吐いた。

 

 それがタラプール・パクシュだった。ラマイカさんの花婿候補の1人である。工場地帯の一部を治める地主で、自宅兼工場でWGを製造しているとなれば、あの3人が知らなかっただけで『テロリスト』も彼の差し金だったのかもしれない。


「気分はどうかな、カリヴァ君?」


 山吹色のスポーツカーを駐車場に停めながら、ラマイカさんが言った。

 【僕 / 私】は頷きを返す。シスター、そして姉を想って泣き続けたせいか、今はもう頭の中はスッキリしていた。いつもより落ち着いていると感じるほどに。


「いいかい、くれぐれも早まった真似をするんじゃないぞ。まだタラプールが黒幕だと決まったわけじゃないからな」


 確かにあの3人の証言だけではタラプール男爵を首謀者と決定づける証拠として弱すぎる。3人が嘘をついている可能性だってあるのだから。

 だけど何もしないことで、明日行われるシスター・ラティーナの葬儀をぶち壊されるのだけは避けたかった。そこでラマイカさんに男爵を――犯人だと仮定して――牽制してもらうことにしたのだ。

 ラマイカさん1人で済む話だったが、無理を言って【僕 / 私】も同行させてもらった。


「ちょっと君、男爵に会いたいんだが」


 ラマイカさんはちょうど表で一服していた工員を呼び止めた。


「男爵……ああ、社長ですか? 上2階が社長と社長の家族が住むフロアになっとります。そこの階段を上がって、ドアを抜けたらすぐですので。たぶん今ならいると思いますよ、じゃあ俺はこれで」


 工員は忙しそうに仕事に戻った。案内はしてくれないらしい。仕方ないので勝手に入る。工員達は【僕 / 私】達をちらりと見たが、すぐ興味なさそうに各々の手元に視線を戻した。


 鉄錆の浮いた狭い階段。ヨーロッパ貴族のパブリックイメージそのままだったヴァンデリョス家とは大違いだ。貴族屋敷の訪問というより工場見学かバイトの面接に来たような感覚に囚われた。


「赤絨毯の上で使用人が列をなしてお出迎え、でも想像していたのかな?」


 【僕 / 私】のガッカリしたような顔を見て、隣を歩いていたラマイカさんが苦笑する。


「貴族といっても男爵くらいならこんなものだ。まあ父上が私の結婚相手に選ぶくらいだから、これでもマシな方だが」

「そんな人が、特権階級面して好き放題暴れてたわけですか」

「殊更に貴族であることを振りかざさねば、自分が平民と違うことを示せないのだ。半端に持ったプライドを捨てられないから、尚のことそうする。そしてタチの悪いことに、そんな紙切れ同然の肩書きに価値を見いだす者は大勢いる。貴族の中にも、そして平民の中にもだ」


 だが、とラマイカさんは続けた。


「大衆が伝統的権威に盲従する、そんな時代も終わりが見えている。シスターや、あの刑事がそうだ。彼等がいつか主流派になる。たとえ100年200年を生きる命でも、生きている限り人は変われると私は信じている」


 それはあまりに楽観的な物の見方だ、と思ったが、別にラマイカさんと討論がしたいわけではなかったので、黙る。


 工場フロアと住居フロアを隔てるドアにはインターフォンがついていた。ラマイカさんの細い指がボタンを押す。はあい、と間の抜けた声が返ってきた。自分が本当に男爵の根城にやってきているのか、心配になってきた。


「ラマイカ・ヴァンデリョスです。タラプール・パクシュ男爵に会いにまいりました。お取り次ぎいただきたい」


 【僕 / 私】達は応接間に通された。ラマイカさんが片眉を上げる。床に敷かれた絨毯、壁に飾られた芸術品、アンティーク感の漂う家具――何故かその一室だけ、貴族の屋敷らしさを醸し出していた。


 かえって気持ち悪い。


「お待たせいたしました。ようこそマイ・【ロード / レディ】・ラマイカ――ん」


 執事を連れて愛想よく入ってきたタラプール男爵は、【僕 / 私】を見て一気に不快げな表情になった。ふん、と鼻を鳴らして視線を外し、おまえの存在など認知しない、という態度を取る。


「まあ男爵、おかけください」


 まるで自分こそがここの主のように、ラマイカさんが着席を促す。【僕 / 私】達と男爵はテーブルを挟んで向かい合った。


「電話をいただいた時は驚きましたよ。まさかラマイカ殿から私に会いに来てくださるとは」


 タラプール男爵は雑食人でいうところの20代前半の男性に見えた。ひどく痩せた男だ。平均より高い身長がその印象を更に強めている。髪の毛はぴっちりと7:3(シチサン)に整えられていて、荒事どころか力仕事にも無縁に見えた。

 だが人を殺すのに本人の腕力は別に必要ない。金と権力、そのどれかがあればよく、その両方をこの男は持っている。見た目の貧弱さはこの男を容疑者リストの最上段から外す理由にはならなかった。


「それで、訊きたいこととは?」


 ラマイカさんは鞄からファイルを出した。ガリリアーノ刑事から特別にコピーしてもらった、3人の刺客の調書だ。捜査資料を回してもらえるとは、全く貴族様々である。


「この3人を知っていますか?」

「……はて」

「彼等はここの従業員で、あなたに指示されてこのスヴァル・カリヴァ君を殺害しようとしたと言っている。幸いにも未然に防がれましたが、そのために死者まで出ている」

「それは痛ましいことですが……。おい爺や、こいつらを知っているか?」


 後ろに控えていた執事がファイルを覗き込み、首を振った。


「とんと存じ上げませんな。このような従業員はいなかったと記憶しております」

「彼は父の代からパクシュ家に仕えてくれており、恥ずかしながら私以上に歴代の従業員の顔を記憶しております。彼が知らないのでは当然私も知りません。なんでしたら従業員名簿をごらんになりますか?」

「……いいえ、結構」


 あらかじめ予想されていたことだ。鉄砲玉にされた時点で、彼等の記録は抹消されているだろうということくらいは。


「彼等はあなたの名前と家紋が入った名刺を持っていましたが」

「名刺などあちこちに配っているものですし、偽造という手もあるのではないでしょうか」

「つまりこの3人が言っていることは全くのデタラメで、あなたは何も関与していない。この【少年 / 少女】に何の遺恨もない――と?」

「その通りです」


 男爵はきっぱりと言った。当事者でなければ言い分を鵜呑みにしてしまいそうだ。


「では何か心当たりは? 彼等があなたに罪をなすりつけようとした理由について」

「商売敵は多いですし、WGの製造などしていれば平和団体などからもよく槍玉に挙げられます。彼等の大好きな平和を維持しているのは私どもの造った製品だと自負しているのですがね。そうそう、テメリン男爵など怪しいのでは」


 テメリン男爵はラマイカさんの花婿候補の1人だ。なるほど、確かにその線はある。


「しかしこのようなことを調べて何になるのです、ラマイカ様? 警察に任せるべきでしょう」

「カリヴァ君は私の血婚相手でもある。私には【彼 / 彼女】を守る義務がある」


 念のために補足しておくと、まだ正式に血婚したわけではない。いわゆる「籍は入れていない」というやつだ。


 正直なところ、【僕 / 私】としてはラマイカさんとの血婚は遠慮願いたい。タラプール男爵の件が片付いても他の婚約者から攻撃される可能性は大だからだ。しかし昨夜【彼 / 彼女】をかばった格好になってしまったのがあだになったのか、【御曹司 / 伯爵令嬢】は血婚関係継続に非常に乗り気である。


 そして【僕 / 私】にとってもヴァンデリョス家の後ろ盾は必要だ。少なくとも男爵に『落とし前』をつけるまでは。だから今は【お坊ちゃま / お嬢様】のお戯れにお黙ってお付き合っておさしあげている、というわけだ。


「御用件はそれだけですか? 未来のパートナーとはもっと触れ合っていたいものですが、なにぶん仕事が立て込んでおりまして――」


 男爵が自分の罪を認め、謝罪し、洗いざらい告白し自首する――そんな未来が起こりうるとは全く思っていなかったが、もし仮に実現していたら、全てを司法に任せてもいいと思っていた。


 だが当然そうはならなかった。男爵は一切罪を認めることはなかったし、それどころか表情を変えることさえなかった。自分のやったことは当然の権利だとでも言うように。


 わかった、もういい――だったらもう、こっちだって遠慮するものか。


 腰を浮かしかけた男爵に、【僕 / 私】はぽつりと言った。


「――ロマネ・サンヴィヴァン1995」

「……は?」


 男爵は動きを止めてこちらを見る。


「なんのことかな、ええと、カリヴァ君」

「あなたがあいつらを送り出すときに振舞ったワインですよ。2つ向こうの部屋ですか、あるのは?」

「…………!」


 今まで【僕 / 私】をさりげなく無視していた男爵は、今はもう【僕 / 私】だけを凝視している。


「あの3人にはワインの銘柄なんて教えなかったし、また銘柄当てなんかできる奴等でもない。ですよね?」

「……き、君は何を言ってるんだ、いきなり!」

「あなたは最低の人間だ。あいつらが上手くやりおおせても、殺してから下手人として突き出してラマイカさんに自分をアピールするつもりだったんでしょう」

「…………」


 男爵があの男達を送り出す前日、彼等に振舞った酒の名前。その保管場所。そして男爵が3人を最初から捨て駒にするつもりだと執事に話していたこと――。姉の声が、たった今、教えてくれたことだ。


 当然、ラマイカさんにしてみれば寝耳に水だ。だが流石というべきか、【彼 / 彼女】はすました顔で紅茶をすすっている。ただ横目で「いきなり何を言ってるんだカリヴァ君」と強く訴えかけてきていたが。


 【僕 / 私】は立ち上がる。そして男爵が何か言おうとするのを待たず、ポケットから手袋を引き抜いて、奴の顔に叩きつけた。


「貴様、なにを――!?」

「カリヴァ君、君は――」


 流石のラマイカさんも今度こそは驚きを隠せない。何をやってるかわかっているのか、と男爵が呻く。もちろんだ。


「とっくに時代遅れの風習だけど、頭の中が2世紀前で止まってるあんたにわかりやすくしてやったんだ! 人が死んでるんだ、言い逃れが利くと思うなよ! 大人しく法に裁かれる気がないというなら、【僕 / 私】が裁いてやる!」


 【僕 / 私】は高らかに宣言する。


「【僕 / 私】、刈羽昴は、タラプール・パクシュにWGでの決闘を申し込む!」


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