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第10話『突撃ヴァンデリョス邸』

 3人の刺客は護送車で警察へ運ばれていった。連行していったのはガリリアーノ刑事の応援要請でやってきた吸血人の警官だから、心配は要らないだろう。

 【僕 / 私】はといえば、シスターの遺体と共に救急車で最寄りの医院に運ばれていた。


 先日WG戦を繰り広げた場所とは比べものにならないくらい小さな診療所だった。診てくれたのは吸血人ではなく、叩き起こされた雑食人の医師だ。


「君は運がいい」


 医者は【僕 / 私】を元気づけようとしたのか、ことさら大袈裟に明るく振舞った。


「制限速度無視のオートバイから落下して、せいぜい骨にヒビが入っただけなんて奇跡だ。信じている神様に感謝するといい」


 彼の明るさはかえって不快だった。感謝するべきは神様ではなく受け止めてくれたシスターに他ならない。【僕 / 私】自身がどれだけ幸運に見舞われたって、それが親しい人の幸せを吸い上げてのものであるなら意味がないではないか。


 けれどこの頃には【僕 / 私】はなんとか、医師に癇癪をぶつけない程度には理性と落ち着きを取り戻していた。


「シスターの遺体はこちらで預かるよ。だが、此処は生きている患者用のベッドがなくてね」


 その時、【僕 / 私】の腹が鳴った。医師は情けない顔で付け加える。


「……食事も出せない」


「ご心配なく。【彼 / 彼女】の身柄は私が引き取ります」


 ラマイカさんが言った。【彼 / 彼女】はずっと【僕 / 私】に付き添ってくれていたのだった。


「それじゃあ行こうか、カリヴァ君」

「行くって、何処へ……?」

「私の家だよ。今日から君の家でもある」

「えっ……」

「君が警察の厄介になってる間に、シスターには話を通していたんだ。もちろん、君が嫌だというなら無理強いはできないが、野宿よりはマシだろう」


 診療費の支払いとその他諸々の手続きを済ませて診療所を出る。まだ外は暗かった。

 刑事さんにもらった安物の暗視ゴーグルを装着する。

 建物を見上げ、ラマイカさんは不安げな表情を浮かべた。


「あの医師を信用しないわけじゃないが、もっと設備の整った病院で診てもらった方がよかったんじゃないか?」

「また『テロリスト』に攻めてこられたら嫌ですから」


 2台しか入らない駐車場に、ラマイカさんの車が停まっていた。

 【伯爵家の子息 / 伯爵令嬢】としては運転手付きのリムジンで移動するものと思っていたが、【彼 / 彼女】は屋根のないスポーツカーを自分で運転してきていた。診療所の窓から漏れる光に照らされた車体の色は『陽光の誉れ』と同じく山吹色だ。自身の髪と同じ色を【彼 / 彼女】はトレードマークにしているらしい。


「派手な色だろう? まあこれと同じやつでもっと地味な色のも持ってるんだが、今回はスピード勝負だったから」

「昼間とかどうするんですかこれ」

「吸血人が昼間に外出しなきゃならない事態なんてそうそうないよ。用事が朝までかかるとわかってる時はちゃんと屋根付きの車で出てくるから大丈夫」


 つまりこのスポーツカー、地味な色のスポーツカー、そして屋根付の乗用車、最低でも3台所有しているらしい。


「ラマイカさんって本当に伯爵家の人だったんですね」

「……どういう意味かな? まあいい急ごう、早くしないと本当に朝になってしまう」


 ラマイカさんが慣れた手つきでハンドルを捌くと、スポーツカーは唸りを上げて道路に飛び出した。

 雑食人達の集まる深夜の住宅街に獰猛なエンジン音が轟き渡る。少々の申し訳なさを感じずにはいられない。まあ、夜に生きる者と昼に生きる者が混在するVKは夜間も昼間もある程度やかましいものだけれど。


 車はどんどん山奥へ向かっていく。


 事前に想定していたとおり、会話は弾まなかった。【僕 / 私】と同じでラマイカさんも饒舌な方ではないらしい。いやそうでなかったとしても、ほんの数時間前に身内を亡くしたばかりの人間相手ではかける言葉に迷って当然だろう。

 ラマイカさんはラジオや音楽をかけないタイプのようで、通り過ぎる風とエンジン音だけが喚き続けている。




 陰気なドライブが1時間ほど続いた後、【僕 / 私】達はヴァンデリョス邸に辿り着いた。

 乗ってくる車の予想は外れたが、レンガ塀越しに見える屋敷の威容は【僕 / 私】のステレオタイプな想像とほぼ一致するものだった。

 ザ・名家の屋敷。

 3階建てのゴシック建築で、三角屋根の上からロケットのような尖塔が1本建っている。正面玄関はWGが通れそうなほどだ。

 窓が幾つもあったが、おそらく全て外側だけの飾り窓だろう。まだ吸血人が非吸血人であった頃の感性を忘れられなかった時代に建築された建物に多く見られる装飾だが、この屋敷がその時代に建てられたものなのか、あるいはデザインを踏襲しただけなのかはわからない。


 何世紀も前に作られたような古めかしい鉄門がひとりでに音もなく開き、【僕 / 私】らを迎え入れた。車が敷地内に進入すると、背後でロック音が小さく鳴った。もう戻れないぞと言われたような気がして、悪寒に震える。


 森の中にあった門の内側は、また森だった。

 屋敷を隠すように重なり合う木々のトンネルを5分ほど走っただろうか。ようやく建物が眼前に現れた。ラマイカさんは正面玄関の前で車を停め降車。こんなところに停めたら邪魔じゃないだろうか。気が咎めたけれど、結局何も言えずに【僕 / 私】は従者よろしく付き従う。


 鉄門と同様、ドアはひとりでに開いて【御曹司 / 令嬢】とそのオマケを迎え入れた。

 自動ドアの存在はもちろん知っている。だが屋敷の古めかしさにあてられたのか、まるで屋敷自身が意志を持っているかのような錯覚に囚われた。実際ゴシックな幽霊が出そうな佇まいだ。そういえば吸血人や吸血鬼にとって、幽霊とは恐怖の対象なのだろうか?


「おかえりなさいませ、【坊ちゃま / お嬢様】」


 ホールの中央で、執事服の吸血人がうやうやしく頭を垂れていた。

 執事が顔を上げるのと連動して2つの巨大な球体が跳ねた。一瞬頭が3つあるのかと思ったが、それは執事の第2第3の頭部などではなく、胸の膨らみだった。


「カリヴァ君、こいつは執事のナローラだ。ナローラ、こっちは――」

「存じ上げております、カリヴァ様。思っていたよりも凜々しいお顔でいらっしゃる」


 ナローラさんの皮肉に、【僕 / 私】は口をぽかんと開けていたのに気づき慌てて表情筋を締めた。


「いやその……執事って男がなるものだと思っていたので」

「確かに男性が8割以上を占める業界ですが、女性執事もいないわけではありません。男子禁制の場所というのも、世の中には多くございます故」


 使用人が1人、音もなく近づいてきてラマイカさんから車の鍵を受け取り、出ていった。


「ナローラ、私はもう寝るよ。カリヴァ君を客室に案内してくれ。ああそうそう、【彼 / 彼女】に軽い食事を――」

「お待ちください【坊ちゃま / お嬢様】。旦那様がお待ちです」

「父が?」

「カリヴァ様、伯爵はあなたとの面会も希望しております。疲れておいででしたら明日以降でもかまいません。【坊ちゃま / お嬢様】は『お喋り』ですから、ドライヴはさぞ楽しかったでしょう?」


 ナローラさんの皮肉は、主人の【息子 / 娘】相手であろうと遠慮がなかった。


「いえ、大丈夫です」

「カリヴァ様はお優しくていらっしゃる。ではこちらに」


 扉が開く。地下に続く階段が【僕 / 私】達を迎えた。


「地下ですか……」

「雑食人には馴染みがないかもしれませんが、大抵の吸血人は主に地下で生活しています。足元、お気をつけくださいませ」

「この屋敷、地面から上も3階くらいありましたけど」

「我々の先祖がまだ雑食人だった頃のものを残しております。今でもパーティなどに使用しておりますよ」


 地下3階まで降りたところで階段から廊下に出る。床は板張りになっていて、歩く度に靴音が響いた。


「気にするな。父は足音がするのが好きなんだ」


 なるべく静かに歩こうと奮闘する【僕 / 私】に気づいて、ラマイカさんが苦笑する。


「付け加えるなら、規則正しい足音が、な。足音の乱れは姿勢の乱れであり精神の乱れと五月蠅く言われたものだったよ」

「確かによく言われておられましたね、【坊ちゃま / お嬢様】は。鍛えられたのは旦那様の忍耐力ばかりでございましたが」

「私は天邪鬼だからな」


 胸を張るラマイカさんに、ナローラさんは大袈裟にため息をつく。


 壁に肖像画が飾られていた。白いカイゼル髭を生やした禿頭隻眼の吸血人が遠くを見つめている。


「気になるか? カラチ・ヴァンデリョス。私の曾祖父だ。軍功をあげヴァンデリョス家を伯爵家にした男でな、あのジャンヌ・ダルクともやりあったそうだ」

「ジャンヌ・ダルクと……?」


 ジャンヌ・ダルク。イングランドが吸血人の国となったばかりの時代、イングランド軍の侵攻で滅亡寸前のフランスに現れ幾度もフランス軍に勝利をもたらしたとされる少女だ。

 聖処女と呼ばれヨーロッパ全土――今やかつての敵国であったVK内ですら絶大な人気を誇る偉人で、小学校プライマリー・スクール時代の歴史学教師は彼女の熱烈なファンだった。


 彼女はコンピエーニュでの戦いで敗北し、血を吸い尽くされて殺されたとも影武者を盾に逃げ延びたとも語り継がれている。彼女の死後間もなくフランスは滅亡したが、その立場上、たとえフランスが奇跡的に勝利を収めたとしても彼女にロクな結末は待っていなかっただろうねと教師は言っていた。


「……カリヴァ様?」


 気がつくと、2人は先へと進んでいた。【僕 / 私】は急いでその後を追う。

 肖像画の視線を背中に感じたような気がするが、きっと気のせいに違いない。





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