第5話『魔導士(エクソシスト)』~後篇~
その日の夜、ボクは屋根裏の自室で弾薬の分解に励んでいた。
ロウソクの置かれた机に腰を下ろす。心もとない光源を頼りに、弾薬を手の内に創り出して、よく観察しながら分解していく。
自分で創造したものなら創造後も、直接触れていれば魔力で分解したり、構造を変化させたりできる。そんな事実に気付いたのはごく最近のことだ。
弾薬に触れて中身をバラし、慎重に机へ並べていった。
弾頭、火薬、薬莢、雷管。
何度挑戦しても銃が暴発を起こす原因は、間違いなくこの中に存在する。
「……やっぱり、火薬の量か」
やけどした右頬に触れながら昼間の出来事を思い返す。
ボクはアシュリンに促され、自動小銃でゴーラムへトドメを刺そうとした。
しかしその瞬間、銃弾が発射される前に砲腔が風船のように破裂し、衝撃で銃の創造は解けてしまった。創造が解けたの銃の破片による礫傷は負わなかったものの、銃身に近かった頬にはやけどを負ってしまった。
その後は短剣でゴーラムを倒すことができ、やけどもすぐに治る程度で済んだが、問題なしとは言い難い。
いざという時にまた今回のような失態を犯せば、ボクだけでなくアシュリンや他のみんなまで被害を受けることになる。それだけは何としても避けたいのだ。
「たぶん、火薬の種類が間違っているんだ」
机の上で小さな山を作る火薬に触れた。
自分の創造した物なら、触れれば直感的に構造を把握できる。
小銃用を意識して創造した火薬の粒がどの程度の大きさか頭に入れ、先端に火をつけた木の棒を火薬へ近づけてみた。
当然、あっという間に燃焼。
燃えカスとなった火薬から魔力が切れ、跡形もなく消失する。
次は火薬の粒を先ほどより大きくし、再び着火してみた。
「さっきと同じ燃焼スピードか……いや、」
目に魔力を集中して強化する。
粒の大きさが異なる二種類の火薬を用意し、同時に燃やしてみると、粒が大きい方がゆっくり燃焼することがわかった。よく考えれば当然だろう。薪だって、木を丸ごと使うのでは都合が悪いから、斧で叩き割って細かくする。何かを燃やす時には、細かくて小さな方が燃えやすいのだ。
昔、祖父にどやされた記憶が思い出される。
祖父の趣味の一つに、専用の機器で弾薬を自作する『ハンドロード』というものがあった。
簡潔に説明すると、使用済みで形の歪んだ薬莢を整形し、新たに弾丸、火薬、雷管を入れて再利用することだ。多少手間がかかる反面、射撃場でゴミとして扱われる薬莢を譲ってもらえば割安で弾丸が手に入る上、市販品では不可能な火薬量の微調整も可能なので、祖父以外にもやっている日本人は少なくないらしい。
しかし、当時まだ子どもだったボクがそんなことを知っているわけもなく、机の前で火薬を調整する祖父に、ついちょっかいを出そうとしてしまった。
「このアホ坊主が!」
そして頭蓋骨が陥没しかねない勢いで殴られた。
「次に集中を乱したら承知せんぞ。この火薬どもは一見同じように見えるが、使用する種類を間違えると大惨事になるんじゃ。弾噛みのコバーンも……散弾にライフル用の火薬を入れやがってな……」
そう言って祖父はボクに弾薬の奥深さを教えてくれた。
銃身の長さや口径の大きさ、ライフリングの有無や弾の重さなど……様々な要因によって、銃の種類ごとに火薬の適した燃焼速度は決められているそうだ。
燃焼速度が遅すぎると、弾の発射までに火薬が燃え切らず、勢いは生まれない。
逆に燃焼速度が早すぎると、弾の発射までに火薬が燃え切り、発砲に使われるはずのエネルギーは銃身の中から出られず、昼間のカービンのように暴発を招く。
この燃焼速度とパワーの関係性はパンチに例えられるだろう。
パンチが最も威力を発揮するのは、腕が伸び切るほんの一瞬に過ぎない。腕が伸び切った状態で拳が当たってもパワーは乗らず、逆に腕が伸び切る前に拳が当たれば、過剰なパワーで自分の拳を痛めてしまう。
パワーは余っても足りなくてもいけない、というわけだ。
「つまり……カービンに適した弾薬とするには、現状よりも粒を大きくすべきってことだね。まだ他にも、改良の余地はいくらでもあるはずだ」
たとえば薬莢。
現状では真鍮を素材に創られているが、これを鉄に変えれば創造しなければならない素材の種類が一つ減る。鉄は真鍮に比べて加工が難しく錆びやすいが、ゼロから創造してすぐに使い切るボクにとっては、わざわざ真鍮製にするメリットなどない。
雷管に使う金属も、鉛玉を包む銅と同じものを使えば無駄がないだろう。
必要な素材を減らした分だけ、創造にかかる手間も魔力も少なくなる。
これまでは銃器を創造することに精一杯で気付けなかったが、ボクの魔術で生み出すモノはどれも使い捨てなので、実際の銃器で重要な面を全て再現しなくても構わないのだ。
創造の基礎を完全に覚えた今、ボクが次に挑戦すべきは創造の応用。
どうすればもっと良いものを創造できるか。
もっとたくさん創造できるか。
もっと早く創造できるか。
色んな可能性を考え、覚えた技術を更に洗練できるよう、努めなければならない。
リトリート村へ派遣されるまでの三日間、これまで以上に銃の創造の鍛錬に励もうと、ボクは屋根裏で一人奮起するのだった。
◆
がたがたと揺れながら砂利道の上を馬車が進む。
窓際に座るボクの隣ではアシュリンが、ボクにもたれかかって寝息を立てている。
初めて他の村に行くとあって、馬車の出発直後はかなりはしゃいでいたが、数時間が経った今ではすっかり大人しくなっていた。大人ぶってはいても、こうした所はまだ子どもということだろう。ツインテールが手に当たって少しくすぐったい。
一方、ボクとは逆の窓際に座るアーティスさんは、流石に慣れた様子で読書にふけっていた。
「ピルグリムくん、窓の外を見てごらん」
アーティスさんに促され、窓の外を見やる。
平野の向こうに茜色の森が待ち構えていて、ほどなく馬車が中に突入した。
まだ昼前だが、太陽が木に隠れて周囲が薄暗くなる。
馬の蹄が大地を踏み鳴らすたびに、人の頭ほどもありそうな大きな紅葉が、雪のようにひらひらと落ちていく。
この辺りの森はディナンス村付近の森とは異なり、樹齢千年を超えていそうなほど太くたくましい木が群れを成していて、通称『巨人族の庭』と呼ばれているらしい。この森に囲まれていることが、ボクたちの目指すリトリート村の最大の特徴なのだとか。
「周囲を森に囲まれていて、村が悪魔に襲われる危険性はないのでしょうか?」
「リトリート村は規模が大きく、魔術師の数も多い。低級の悪魔では手出しなんかできないさ。まぁV級の悪魔なら話は別だけどね」
「U級の上、ですか」
悪魔はその特徴によって三つの階級に分けられている。
知能が低く普通の魔術師でも対処可能なU級。
ある程度の言語能力を有していて、並みの魔術師では対抗できないV級。
人間と同等の知能を誇り、一体で都市一つを滅ぼしかねないほど凶悪なW級。
適当な悪魔の例を挙げると、ディナンス村付近に出現するゴブリンがU級だ。
まだ民間人でも対処可能な悪魔だとされている。
U、V、Wの順で悪魔の危険度は高まり、V級以上となると平民では到底太刀打ちできなくなる。
人間の住む領域にV級が現れることは非常に珍しいが、一度出現すれば大惨事は必至。ボクとラモーナさんの故郷が失われたのも、突如V級に村が襲撃され、国家の対応が間に合わなかったからだ。
「それではますます、ボクらに助けを求める理由がわかりませんね」
「うーん……それがね、年貢を乗せて領主様の元へ向かっていた荷馬車が、何故か消息を絶ったらしいんだ」
「悪魔に襲われた、とかでしょうか?」
「いや、この辺りの低級の悪魔が馬車を襲うなんて器用な真似はできないと思う。年貢を運ぶ役職に任じられるほどの魔術師が相手となると尚更だ。もしかしたらこの森の中に、貴族崩れの盗賊が住みこんでいるのかもしれないね」
「盗賊……」
国内では最近、魔術師の地位が上昇するに従って、貴族の地位が低下していると聞く。領地を平和に治めるためには優秀な魔術師を雇わなければならず、魔術師の雇用にかかる費用のせいで領主としての旨みは薄まり、下野したり犯罪に走ったりする領主が増加中なのだとか。
「リトリート村の人々は真相の究明に躍起となっている。優秀な魔術師を総動員による、森の調査まで敢行するそうだ。しかしそうなると、調査の間に悪魔が村へ襲来した場合、守り手が一人もいなくなるだろう? だから私たち三人が、調査中の番人として来訪することになったのさ」
「森の調査に同行するわけではないんですね、安心しました」
「はは、私たちは単なる留守番役さ。他の村から呼んだ助っ人にまかせるには、今回の調査は少々危険過ぎるからね。まだ不明瞭な点が多くて、慎重に動かざるを得ないんだよ。あちらの村長の話によれば、万が一のために魔導士も派遣してもらうとか――」
「エクホヒフト!?」
勢い良くアシュリンが起き上がった。
きょろきょろと視線を世話しなく動かし、寝ぼけまなこで問う。
「あれ……? エ、魔導士様は? どこか行っちゃったの……?」
不思議そうに呆けたアシュリンを見て、ボクとアーティスさんは吹き出した。
貴族が没落していく原因の一つ、魔導士。
それは近年、上級の悪魔に対抗するための手段として国家が迅速に整備を進める防衛組織『聖樹十字団』に在籍する魔術師の呼称だ。
悪魔退治を専門とする魔導士たちは、一般の魔術師とは一線を画し、V級の悪魔とさえ互角以上にやり合える実力者ばかりだという。
民衆の憧れであり、絶対的な強者。
尊敬すべき国の護り手たち。
魔術に携わった者ならみんな憧れる英雄的職業なのだ――と今までにアシュリンから何度も説明されてきた。
ボク自身はあまり詳しくない。
「アシュリンは本当に魔導士に憧れてるんだね」
「あ、当たり前でしょ? 私たちくらいの年齢の魔術師で憧れない奴なんていないわ」
「むしろ、ピルグリムくんは魔導士を目指しているわけじゃなかったのかい? 昔から魔術の修行に励んでいたんで、てっきり魔導士志望かとばかり思っていたよ」
「え、ボクはディナンス村に永住するつもりですけど」
でも確かに、事情を知らない者からしたら、そう勘違いしても仕方ないか。
魔導士になれば富も名声も同時に手に入る。
故に、アシュリンのように魔導士になることを純粋に己の目標とする者から、金銭面や生活面の改善など生々しい理由で目指す者まで、実に様々な人が魔導士になろうと必死になっているのだ。
創造魔術を会得することが主目的のボクには、無関係な話だけど。
「せっかく、あんなに修行してるのに……」
アシュリンが不服そうな表情でボクを睨む。
そんな自分の娘の頭を撫で、アーティスさんは諭すように語る。
「自分と同じ生き方を他人に強いてはいけないよ、アシュリン。まぁしかし、これほど首都から離れた辺境の地で魔導士に会えるなど本当に幸運なことだ。良い機会だから、ピルグリムくんも楽しみにしておくと良いだろう」
ふと自分のこれからについて考える。
ようやく、銃の創造を会得できそうな段階まで来た。
創りたい銃は山のようにあるし、目的を失うのはまだ当分先の話だろうが、一つ大きな節目を迎えることは確かだ。
これまでは当然のように、自分はずっと村で平穏に暮らしていくとばかり思っていたが、もっと大きな目標について一考してみるべきなのかもしれない。
「魔導士、か」
《6I244444444444》
ドクンッ。
森の奥から突如、遠吠えが聞こえてきて、胸が高鳴った。
「オオカミ、かな。人里に出てこないと良いのだが」
ラモーナさんが怪訝そうに森の奥を見つめる。
きっと野犬かオオカミの類だろう。
森のそばではよくあることだ、驚くことではない。
ドクッ、ドクッ、ドクッ……。
はずなのに、ボクの鼓動はなかなか鳴りやむ気配がなかった。
まるで、警鐘でも打ち鳴らすかのように。




