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第5話『魔導士(エクソシスト)』~前篇~

 深い森の中を走る。

 口から漏れる白い息が、ボクの走った跡を残していく。


 その軌跡をたどるように、緑色の巨人が猛然と迫ってきていた。


 巨人はブヨブヨとした肉体で、まるで全身がバネみたいに、軽やかに飛び跳ねる。


「アシュリン、あと少しで射程距離に入る! 準備しておいてくれ!」


 木々の中へ呼び掛けた。

 それと同時に、目の前の地面に暗い影が落ちた。


 背後を一瞥すると、巨人がボクへ飛びかかってきている。


魔力強化(エンチャント)――(フィート)!」


 マナを足に集中させて横に跳んだ。

 次の瞬間、緑の拳が足をかすめ、土煙が舞い上がった。


 土煙の中に、赤い糸のようなものが見える。

 糸は巨人を囲むように伸びていて、終着地点はボクの指。


 その正体は、ボクが指で描き残したマナの軌跡だ。


長鎖環(ロングリングチェーン)――創造(ディコード)!」


 詠唱すると、軌跡は鎖に変化した。

 自分の放出したマナは肉体も同然。

 事前にマナを敷いておけば、魔術使用の際に有利となる。


魔力強化(エンチャント)――(アーム)


 マナを腕にも集中させ、筋力を強めた。

 創り出した鎖を握りしめ、強化済みの足で地面を蹴る。

 鎖が巨人の肉体に巻きつき、深々と肉へ喰い込んで、その巨体を引きずる。


 約束の場所はもう目の前だ。


火の理(ルート・ファイア)――開放(オープン)――」


 前方に、杖を構える赤い髪の少女が見えた。

 その前には大きな魔法陣が描かれ、真っ赤に発光している。


操作を以て(マテリアイラズ)我が力と為す(・コントロール)――」


 詠唱すると共に、真っ赤なツインテールが揺れた。

 少女は右手の杖を、魔法陣へ叩きつけるように振り抜く。


火弾(ファイアボール)!」

 魔法陣から勢い良く火球が吹き出す。


 それは火弾(ファイアボール)――火の力を球形に操作(コントロール)し、威力を強めて撃ち出す火属性の初級魔術だ。


 一年間魔術を習えば習得は難しくない。

 しかし少女の火弾(ファイアボール)は、その数が異常だった。


 一発目の火球が緑の巨人の胸元に当たり、巨体を揺るがす。

 そこから更に二発目、三発目、四発目……全部で十にも及ぶ火の塊が次々と巨人に命中。


 流石の巨人もこらえきれず、膝を折って地に倒れた。


「十個分の魔法陣の同時形成(ルーティング)……あんな芸当は大人だって真似できないな」


 巨人に巻きつく鎖から手を離し、ボクは一人つぶやいた。


 赤髪の少女――アシュリンが杖を片手にこちらへ近づいてくる。

 もう十二才になるはずだが、背丈はあまり伸びていない。


「あー、疲れた……しぶといわね、そのゴーラム」


 緑の巨人は全身黒焦げながら、まだ立ち上がろうともがいている。


「トドメはピッグにまかせるわ」

「おいおい、アシュリンだってまだ魔力には余裕あるだろ?」

「そんなの当たり前じゃない。でも、周囲に大人のいない今なら、アンタのアレを試す絶好の機会でしょ?」


 アシュリンが近くの木に寄りかかり、ぷらぷら手を振った。

 本当にボクのためを思っているのか、それとも単に面倒なだけか……。


「まぁ、良い機会なのは確かだね」


 巨人の前に立ち、頭の中のイメージを固める。


「M1カービン――弾倉(マガジン)――創造(ディコード)!」


 そして左手に自動小銃を、右手にその弾薬をそれぞれ創造した。

 魔術を習い始めてから二年間――更に鍛錬を続けたことにより、遂にボクは銃と弾の二種類を、同時に創造できるようになったのだ。


 箱型のマガジンをカービンにセットし、ボルトを引いて弾を装填する。


 弾がきっちり薬室へ入ったことを確認し、銃床を肩に当てることで銃口がブレないように構え、引き金の上に位置する照門(リアサイト)でゴーラムの頭部を狙い定めた。


「グリム……」

 アシュリンがそんなボクの様子を、少し不安げに見つめている。


 ――今日こそはイケる。絶対に成功させるぞ!


 そう自分に言い聞かせ、ボクはカービンの引き金を引いた。

 森の中に耳をつんざく爆音が轟いた。


 

 ただしそれは銃弾の発砲音ではなく、銃自体が破裂する音だった。

 


        ◆



 村に戻ると、入り口で多くの大人たちがボクらを出迎えてくれた。


 木製の狭い門をくぐり、ボクとアシュリンはゴーラムの残骸をかかげる。


「おお、アシュリン、ピルグリムくん! ゴーラムを倒してきたか!」

「当然じゃない、私はお父様の娘なんだから」


 アシュリンは平らな胸を張って言った。


「首を斬り落としたら、こんな状態になったんですけど」


 ボクはアーティスさんに、ゴーラムの残骸を手渡した。

 ゴーラムは倒されると肉体がしおしおとなり、傍目にはもはや、枯れた木の根っこにしか見えない。


「ゴーラムは媒体となる木に魔力を注ぐことで操り人形にしたものだ。術式(ルート)が刻み込まれた頭部を失えば、元の状態に戻るのは当然だよ」


「ゴーラムは便利なんだけどね……。常に指示を与え続けないと暴走するから、制御が難しいんだよ。いくら収穫作業中で人手不足だからって、無理に量産しようとすれば暴走して当然だよ」


 ボクの母、ラモーナさんは隣に立つ男性を戒めるように言った。


 男性は酷く申し訳なさそうに俯いている。

 どうやら、今回ゴーラム五体が暴れ出した騒動の犯人らしい。

 ボクたち子どもまで巻き込まれたせいか、珍しくラモーナさんが怒っている。


「ゴーラムを追ってグリムちゃんとアシュリンお嬢様が森へ向かった時は、寿命が縮む思いだったわ……二人が怪我をしなくて本当によかったよ。まさか、子どもに悪魔退治をまかせる羽目になるなんて……」


「他の人たちは残りの四体を取り押さえるので手いっぱいだったんだ、仕方ないさ。それに、この二人はもう立派な魔術師だよ、大人と肩を並べるほどのね」


 アーティスさんはラモーナさんとは対照的な様子だった。

 誰よりもボクとアシュリンの魔術を見てきた人なのだから、当然の反応かもしれない。


「まぁ無事に全部倒せたんだから良いじゃないですか」


 ボクの言葉にアシュリンも続いた。


「そうそう。あんな雑草の一本や二本、私たちだけで十分よ」


 村人たちの間に笑いが起こった。


 酷い事故が発生したのを悲しんだところで仕方がない。

 無事に解決されたのだから、幸運な結果をみんなで喜ぶべきだろう。


「はは、子どもたちにこう言われてはかなわないね。まぁ処罰は収穫祭の初日に、自宅で謹慎してもらう程度に留めておこう」


 ありがとうございます、と犯人の男性は頭を下げた。

 それから村人たちはアーティスさんの指示に従い、それぞれ元の仕事へ戻っていった。今は収穫作業中。たった数時間程度とは言え、今回の騒動で遅れた分余計に頑張らないといけない。


 ボクもみんなに続いて畑へ向かおうとした。

 しかし、そこでアーティスさんに呼び止められた。


「ピルグリムくん、実は君に一つ提案があるんだけど、どうかな?」


「何ですか? 提案って」


「実は隣のリトリート村から要請があってね、優秀な魔術師を三人ほど派遣して欲しいそうなんだ」


「へえ、珍しいですね」

 リトリート村はボクらの住むディナンス村より大きく、町に近い規模の村だ。


 優秀な魔術師の数だってディナンス村より多いのだから、わざわざこちらから魔術師を派遣するなんて、そうあることではない。


「それで、ウチの村からは私とアシュリンと君を派遣したいと考えている。もし君が良ければ、三日後に隣村へ出発できるよう準備をしておいてくれ」


「えっ? ボクがですか?」


 思わず耳を疑った。

 からかわれているのではないか、と勘繰ってしまう。


「無属性のボクより、もっとふさわしい人はいるでしょう? ラモーナさんの方が魔術師としてずっと優秀だと思いますが」


「無属性だからこそ君に頼むんだよ。火、水、風、土それぞれの魔術は収穫作業の際に有用だからね、上位の魔術師には村に残って作業を続けてもらいたいんだ。かと言って、半端な魔術師を送り出せば信用問題に関わる。ピルグリムくんが最適の人材というわけさ」


 なるほど、納得した。

 確かに農作業中に有能な魔術師に抜けられるのは厳しい。

 それも、事故が起きて普段以上に切羽詰まった現状では尚更だ。


 村の代表としてアーティスさんが同行するのは当然だとして、アシュリンも同行させるのは、アーティスさんの娘である彼女なら農作業への影響が少ないからだろう。


「子どもを二人も混ぜて平気なのですか?」


「まぁ、実力を示せば問題ないだろう。この繁忙期に魔術師を派遣してもらおうというんだ、あちらだって無理は承知の上さ。若き天才二人の経験も兼ねて、とでも理由付けするよ」


 短い赤髪をかきながらアーティスさんは笑う。

 ボクたちの経験も兼ねて、というのはあながち方便ではないのかもしれない。


「実力不足かもしれませんが、同行させて頂きます」

「ははっ、晶壁(シールド)強化(エンチャント)を使いこなせる魔術師に不足などあるものか。君がいればアシュリンも喜ぶだろうし、こちらとしては願ったり叶ったりだよ……ん?」


 アーティスさんがボクの右頬を凝視する。


「頬をやけどしてるじゃないか、どうしたんだい?」


 ぎくりとして頬を隠し、咄嗟に言い訳を口にする。


「い、いや……ちょっと……アシュリンの魔術の余波で……」

「そうだったのか。あの子は調子に乗って力を出し過ぎてしまう所があるからね、私から注意して直させなければ」


 ――アシュリン、ごめん。

 心の中で謝りつつ、小麦畑に囲まれた道を、アーティスさんと並んで歩く。


 収穫時期だけあって、畑一面が美しく黄金色に輝いている。


 毎年見ている光景だが決して飽きない。

 このままぼんやりと村で農作業を続けながら暮らすのも悪くないと、この時のボクは呑気に思っていた。

 

 本当に人間が戦うべき強大な悪魔『ヴァリアント級』と出会う、その日までは――。


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