第3話『聖樹十字団(ユグドラシル・クルセイダーズ)』~後篇~
ボクが銃を取り出すと同時に、閃光がまたたいた。
仮面の女が十字型の魔導具を取り出し、銃身を斬り裂いたのだ。
「どうして、魔導士の魔導具を……」
「私は貴様の魔術について知っている。知っていれば、対処は難しくない」
一瞬の出来事のため、ボクは反応できず、女に魔導具を向けられた。
「目に見える情報にのみ頼れば、すぐに死をまねくぞ。このようにな」
「ぐっ……」
女は諭すように語ると、何故か魔導具を鞘におさめた。
それから降参を示すように、両手を上げる。
「一人ではなく仲間と戦うことをもっと学べ、ピルグリム」
見れば、ムラサキとエレアノールが女を挟む込むように、魔導具を向けていた。
魔導具の先端がマナで淡く光り輝いている。
今にも魔術が発動可能であることを示すように。
「仲間が戦う隙を突いた挟撃……まぁ及第点といったところか。足元への注意が甘いのはいただけないがね」
ふと床を見て気付いた。
ムラサキとエレアノールの足元に、いつの間にか複雑な魔法陣が描かれている。
不意打ちを試みていたのは、仮面の女も同じだったのだ。
これで状況は五分と五分。
いや、ボクが追い詰められている分、分が悪いか……。
「マイナス20点……潮時、か」
仮面の女は語りつつ、おもむろに仮面を外した。
「新入りにしては素晴らしい動きだった。しかし相手の戦力が掴めず、完全に無力化できたかもわからないうちから、気を抜くのは頂けない。よくよく己の未熟さを噛みしめることだ」
その下から出てきた顔に、ホール内の空気が凍りつく。
いるはずのない人物がそこにはいた。
「じゃないとお姉さん、次は本気で叱っちゃうからねえ、にゃはははは」
女の正体はボクたちのよく知る人物。
S級魔導士、ウィアード・キャロル・ヤンコビックさんだった。
「えええええええ!?」
みんなが驚く様子を見て、キャロルさんは満足げに破顔する。
「それじゃあこれにて、聖樹十字団入団試験の最終課程を終了しまーす」
◆
それからキャロルさんは、ボクたちに真実を話してくれた。
実は今回の飛行船による旅路は、緊急時の際にそれぞれがどう動くかを見極めるための、最終試験だったようだ。
魔導士は予期せぬ事態に、即席のチームで対処することも少なくない。
それ故、単純な実力だけではなく、行動や言動、態度から、勇気と冷静さ、チームワークを兼ね備えた人物かどうか見極める必要がある。
そして考案されたのが、魔導士がハイジャック犯を演じる今回のような形式の試験なのだそうだった。
「まぁ返り討ちにしようと考える子なんて、滅多にいないけどねえ。人質にされても状況をよく観察していたり、何かしらの行動をとれれば十分に合格の範囲内だよ。もちろん、見事に人質を解放してみせた君らの連携は、かなり評価が高いけどね」
「ちぇっ、見事にしてやられましたよ」
倒れていた仮面の男たちが起き上がり、キャロルさんの周りに集まる。
どうやら気絶は演技に過ぎなかったらしい。
こちらは全員本気で攻撃したというのに、流石は魔導士だ。
「特に煙幕のあとに飛んできたアレ、見えないわ晶壁を通り抜けるわ、スゲー厄介でしたよ。仮面をしていなかったら本当に気絶していたかもなぁ」
「オレなんて仮面の外を狙われたぞ、一瞬意識トんじまったぜ」
「にゃはは、それが以前に話したグリムちんの『魔弾』さ。アレでも威力落としてんだから、彼の優しさに感謝すべきだねえ」
「なるほど、アレが噂の『魔弾のグリム』ですか……」
先輩たち全員に見つめられ、ボクは後ずさった。
何だか、事実以上の実力者だと思われた気がする。
「話は聞いているよ、独自の魔道具でマナの弾丸を撃ち出す魔術師なんだって?」
「今度は正々堂々、本気で戦わせてくれよな」
「……きょ、恐縮です、ありがとうございます」
キャロルさんが吹聴した『魔弾』の構造は真実と異なっている。
それはあらかじめ、ボクの力について架空のイメージを定着させておき、銃器を使っても不審に思われなくするための作戦だった。
今ならば創造する瞬間を見られない限り、銃器が異世界のものだとは気付かれにくいだろう。わざわざこんな工夫を提案し、実行してくれたキャロルさんには、いくら感謝してもし切れない。
「キャロル隊長、寝室にいた受験生たちを全員解放し、ホールへ誘導しました」
「ん、ごくろうさまぁ。そいじゃあ心苦しいけど、合格発表といきましょかね」
ボクたちはホールの中央に集まり、キャロルさんの前に全員整列した。
キャロルさんが指を一つ鳴らすと、一階から大きな木箱がいくつも運ばれてきて、キャロルさんの横へ全て山積みにされていった。
取り出されたのは純白のマント。
背中に大樹と十字のシンボルが刻まれた、魔導士であることの証だ。
「今から名前を呼んだ子にはこのマントを与えるから、前に出てきてちょうだい。呼ばれなかった子は残念ながら失格。次の街で地上へ降りて、故郷へ帰ってもらうよ」
――名前が呼ばれなかったら強制送還。
緊張を強いられる一言だった。
「だ、だいじょうぶよ……私は天才なんだから……だいじょうぶ、絶対だいじょうぶ」
ボクの右隣でアシュリンが涙目になっている。
「おバアさま……どうかムラサキをお守りください」
更にその隣ではムラサキが目をつぶって祈りを捧げている。
「遂にここからが始まるのだな、私の戦いが」
そのまた隣には、自信満々に腕を組むビスティエンヌ。
「…………」
そんな彼女の隣で、エレアノールは何か考え事をしているようだ。
そしてボクの左隣では――
「なぁ、グリム、キャロルさんのバストは何と形容するのが正解だと思う? ウィアード・メロン・ヤンコビックってのはどうだ? イカさないか?」
「知らねえよ」
ジョニーが世界一くだらない問題に悪戦苦闘していた。
そんなそれぞれの思いをよそに、キャロルさんは合格者の名前を告げていく。
「受験番号〇〇〇八、エドワード・エッドエディ」
「は、はい!」
小さな男がガチガチの動きでキャロルさんの元へ向かい、マントを受け取った。
「マントを受け取ったら、私の後ろに並んでねえ」
「わ、わ、わかりました!」
「はい次、受験番号〇〇七七、ビクトリア・ルビーグルーム」
次々にキャロルさんは名前をあげていき、キャロルさんの後ろに並ぶ人が一人、また一人と増え、遂にその数は二十を超えた。
「受験番号一二〇九、ビスティエンヌ・ブロックンベルク」
「はい」
ビスティエンヌは淀みなく応え、真っ直ぐにキャロルさんの元へ向かった。
既にその姿には、プロの貫録さえ感じられる。
「受験番号一三七四、エレアノール・ド・フジュロル」
「……はい」
エレアは静かに返事をして、ボクたちへ「あちらでお待ちしています」と言い残し、マントを受け取りに行った。
「受験番号一五一一、ジョバンニ・ブラ―ヴォ」
「ウィーッ! オレの時代だぜ、マンマミーア!」
ジョニーは軽やかな足取りでキャロルさんの元へ向かい、マントを受け取って指を天に突き立てた。
「受験番号一九六九、ムラサキ・サザーランド」
「はい!」
ムラサキが力強い返事をして、しっかりした足取りで進み、マントを受け取った。
相変わらず、ここぞという時の度胸は大したものだ。
少しうらやましい。
「受験番号一九九九、アシュリン・マクラッケン」
「ふぁ、ふぁい!」
アシュリンは鼻声で返事をした。
もう緊張し過ぎて顔が涙でしわくちゃになっている。
思わず、ホールが笑いに包まれた。
「わ、笑わないでよ! バカー!」
アシュリンは慌ててマントを受け取ると、まるで逃げ出すようにキャロルさんの後ろの列へ駆け込んだ。
そしてとうとう、仲間の中で残ったのはボクだけ。
キャロルさんの後ろの列から、みんなが祈るようにボクを見つめている。
「……合格者はあと一人だよ」
キャロルさんがつぶやくように告げた。
騒がしかったホールが、強い緊張に包まれ、静まり返る。
心臓が高鳴り過ぎて、周囲に音が漏れ聞こえてしまいそうだ。
「受験番号二〇〇〇、ピルグリム・クレイグ」
一瞬、心臓が止まりかけた。
――今確かに、ボクの名前が告げられたよな……?
確認するように、ボクはキャロルさんを見る。
キャロルさんは何も言わず、ただ笑顔でうなずいた。
そしてホールから、ボクに向けて盛大な拍手が送られた。
「やったぜーーーっ!」
ジョニーがボクよりもハイテンションで飛び跳ねている。
他のみんなも一様に、笑顔でボクに拍手を送ってくれていた。
「ほら、何やってんのよ。ぼーっとしてないでマントを受け取りなさい」
「……自分は泣いていたくせに」
「う、うるさいわね! さっさとこっちに来なさいよ、このバカ豚!」
アシュリンに苦笑を返して、キャロルさんからマントを授かり、すぐにそれをまとった。
薄手のマントだというのに、凄く重く感じられる。
それは魔術を防ぐための特殊な素材が使われているからだけでなく、魔導士になれなかった二〇〇〇人以上の者たちの想いを、背負っているからかもしれない。
「全員を合格させてあげられなくて、本当にごめんね」
不合格だった者たちに対し、キャロルさんは頭を下げて謝罪した。
「でも、それだけ魔導士は危険な仕事なわけよ。ハッキリ言って、人間相手にひるみっぱなしでいるようじゃ、三カ月も経たずに命を落とす。今合格したことを笑顔で喜んでいる人たちだって、その半分は近い将来後悔することになるんだ。普通に生きていれば良かった、ってね」
キャロルさんは腰の鞘から双剣を抜き、合格者であるボクたちへ向ける。
「ここからはもう引き返せないよ。覚悟は、決まってるんだね?」
「はい」
大勢の中から、ぽつぽつと返事が返ってきた。
「おやおや、ぜーんぜん覚悟決まってないねえ。君らは自殺志願者なのかい? 本当に、魔導士として戦う勇気があるんだろうねえ? 君たちは死にに来たのでなく、戦いに来たのだろ?」
「はい!」
今度は先ほどよりも返事が大きかった。
ボクも頑張って声を出したが、キャロルさんはまだ満足していない。
「もっと大声で応えてあげてよ。不合格だった子たちが安心して故郷に帰れるよう、自分たちの覚悟を示してやんなさい。君たちは全員もう魔導士なんだ。一般の民を守り、希望を与えるのが、君たちの仕事なんだよ!」
「はいッッ!!!!」
ホールにボクたちの雄叫びが反響した。
衝撃で部屋全体が震動し、テーブルがカタカタと揺れる。
それを見てようやく、キャロルさんは満足げに微笑み、十字剣を天井へ突き上げた。
「これで君たち四十二人は――今日から聖樹十字団の一員だ! 我々の手で悪魔から世界を取り戻そう! 我らは大樹と共にあり!」
「大樹は我らと共にあり!」
「もう一回いこう! 我らは大樹と共にあり!」
「大樹は我らと共にあり!」
ボクらの決意の雄叫びは、長く長く、飛行船内に響き渡り続けた。
こうして入団の儀式は終わり、ボクらは正式に聖樹十字団の一員、C級の魔導士となった。
それからというもの、当初の気楽な空の旅の雰囲気は消え失せ、十字団の制約や都市における一般教養に関しての、ヤサシイ先輩たちによる講義が始まった。
元々好きな分野以外の勉強が得意でないボクは四苦八苦したが、ムラサキやアシュリンに教えられつつ、地獄のような三日間を何とか耐え切った。
そして遂に、乗船から四日目の朝――。
寝室の窓の外に、これまで見たことないほど優美で、広大な街が見えてきた。
街の周囲は城壁と運河に囲まれ、街の中心には豪華絢爛な城と、大きな時計塔が建っている。農村のように質素な作りの家はなく、強固な石造りの家々が立ち並び、まるで街全体が一つの要塞のようだ。路地は溢れんばかりの人で満ちていて、遥か上空からでも、そのエネルギッシュな活気が伝わってきた。
この街こそエンブリテン皇国の首都、『ローレンディウム』。
救国の英雄ラタ・ユグドラシルの子孫が住まう、人類の希望の街である。




