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第3話『聖樹十字団(ユグドラシル・クルセイダーズ)』~前篇~

「寝室の制圧に行った奴ら、やけに帰りが遅いな……さっき変な音が聞こえたし、返り討ちにでもあっていたりして……ははっ、そんなことありえないさ……部屋を一つ一つ回っているんだ、時間がかかって当然さ……それもそうだな、もう少しだけ待つとしよう」


 ホールへの扉へ聞き耳を立てるジョニーが、中の会話を正確に聞き取り、周囲のボクらに小声で伝える。

 不必要な声真似まで逐一行う徹底ぶりだ。


 『肉体操作フィジカル・ビルディング』。

それがジョニーの得意とする、水の魔術の応用だった。


 水の魔術の特性は本来、傷の回復や魔術の強化を得意とした『活性』。しかしジョニーは、他者でなく自分へ干渉することにこだわった結果、自分の肉体の強化、変化に特化した魔術師となったらしい。


「少しでも女の子の好みに合わせた姿になってあげたいだろ?」


 そう語るジョニーにみんなして呆れた。

 だがその度を超えたナルシズムのおかげで、ホール内の犯人たちの会話を盗聴できるのだから、今だけは感謝しておきたい。


「よし、それじゃあ先ほど説明した通り、アシュリンとジョニー以外はそれぞれ他の部屋に待機しておいてくれ。ボクの魔術で人質を解放する」


 指示を受けた二人以外の仲間が、部屋へ戻っていく。

 手の甲に十字の描かれたグローブ型の魔道具(ルーター)をはめるアシュリンに、そっと謝罪する。


「アシュリン……危険な役割をまかせてごめんね」


「ど、どうってことないわよ、これくらい」

 アシュリンは真っ赤な顔で、「フン」と鼻を鳴らした。


「ジョニー。犯人がこちらへ来そうなら、アシュリンとすぐに部屋の中へ隠れてくれ」

「了解だぜ、カラミーア。ところで、オレの身は案じてくれないのかい?」


「君は殺しても死なないさ」

「マンマミーア」


 ジョニーと笑い合い、ボクは扉の近く離れて、通路の一番奥へ向かった。

 ホールの扉までは一直線、距離は三〇メートル強。

 この距離ならば十分対応できるはずだ。


「よし、始めてくれ」

 事前に決めておいたハンドシグナルで、作戦の実行を指示する。


 アシュリンが手で魔法陣を描き、拳を大きく振りかぶった。

 それを見てジョニーが部屋の中へ退散する。


爆発を以て(マテリアライズ)――我が力と為す(エクスプロージョン)!」


 アシュリンが扉を殴りつけた瞬間、凄まじい爆発が発生。

 あまりの威力で扉どころか周囲の壁まで大破し、爆風と砂煙が通路の奥まで吹き抜け、ボクの姿を覆い隠した。


 扉を破壊しつつ、爆風と砂煙により視界を封じる一撃。

 いくら火の魔術の特性が『破壊』だと言っても、この威力を出せる魔術師はそうそういないだろう。


 おかげで、今なら創造の力を使っても、敵にも味方にも見られることはない。


豊和M300(ホーワ・カービン)――創造(ディコード)


 煙幕の満ちている間にボクは自動小銃を創造した。

 ボクの初めて創造した銃であり、祖父が愛用していたのがこの豊和カービンだ。


 重要な場面において、この銃ほど信頼の置けるモデルはない。


照準器(スコープ)――創造(ディコード)


 続いて、ライフルのサイドへスコープを創造する。

 本来ライフルにスコープを装着(マウント)するには、銃身にマウントベースを、スコープにマウントリングを取りつけなければならない。しかしボクは緊急事態のために、以前からスコープを素早く正確に装着(マウント)するための練習を続けてきた。


 そのおかげでマウントベース、マウントリングの取りつけを『創造』の過程に圧縮し、一分とかからずに装着(マウント)することが可能となっていた。

 もちろん、狙撃の精度にも問題はない。


「何だ今の爆発は!」

「襲撃に決まってる、杖を構えろ!」

「ちっ、出てこい魔導士(エクソシスト)ども! さもなきゃ人質を殺してやる!」


 煙幕の向こう側から激しい怒号が飛んでくる。

 しかし、出てこいと言われて出ていくバカなどいない。


 混乱に乗じてボクが小銃(ライフル)狙撃スナイプすることこそ、この作戦の肝なのだ。


「こんな奇襲が成功するとでも思ってるのか? 煙幕が晴れたら全員で狙い撃ちにしてやる!」


「……それならこっちは、煙幕が晴れる前に狙い撃ちにしてやるさ」


 アシュリンが壁を壊してくれたおかげで、ホールの中もスナイプしやすい

 立ったままカービンを構え、スコープを覗いた。


 煙幕にはうっすらと人の影が映り込んでいる。

 その数は三。

 恐らく、人質を取り囲んでいる男たちだ。


 三人のうちの一人に狙いを定め、照準を頭部へ合わせた。


 煙幕が薄れ、照準内に仮面が現れると同時に、引き金を引く。


「ぎゃっ!」

 額にゴム弾を受け、男は卒倒。


 発砲音とその反響音で耳鳴りがするものの、この三年間の特訓の成果で、反動に身体が負けることはなかった。


「まず一人」

 息つく間もなく次のターゲットへ。

 人質を取り囲む残りの二人は、大慌てで魔術を撃ちまくっている。

 だが狙いは自分自身の間近ばかりで、ボクには届きもしていない。


 まさか三〇m先から狙われているとは思いもしていないだろう。

 もっとも気付かれたところで、この距離から攻撃を加えられる魔術師などそうそういないと思うが。


「存分に勘違いしててくれ」


 二人のうちの一人を狙撃。

 仮面の男は側頭部を狙い撃ちされ、悲鳴もあげずに倒れ込んだ。


 残された男が金切り声をあげ、盛大に慌てふためく。


「さ、さっきから聞こえる爆音は何だ!? 一体どこから狙われている!?」


 きょろきょろ辺りを見回しまくるが、ボクの存在にはまるで気付かない。


 それも当たり前だ。

 実は先ほどの砂煙に合わせ、ムラサキが薄い霧の煙幕を通路に満たしている。


 ただでさえ距離が離れている上に、霧で視界が不鮮明では、敵対者の姿を捉えるなど不可能に決まっていた。


 スコープを使用している、ボク以外には。



「落ち着け。こちらには人質がいるんだ、自分から出てきてもらえば良い」


 仮面の男が人質に杖を向けて、下品な笑い声をあげる。


「ぎゃははは、よく聞け魔導士(エクソシスト)! 姿を見せなければ人質の一人を殺してや――ぎゃぃぉん!」


 脅しの途中で脳天を撃ち抜いてやった。


 これでホールを占拠する犯人は残り三人。


 手はず通りならば、これで人質の身の安全は確保されたはずだ。



「これで人質はもう安全だ、とでも思ったか? 甘いぞ、魔導士(エクソシスト)

 犯人のうちの一人、一階への階段を見張っていた仮面の男が人質に杖を向ける。


 照準を向ける隙も許さず、男は挑発気味に告げた。


「確かに普通ならば、襲撃者への対応に追われて人質を気にする余裕もなくなるかもしれない。しかし、犯人が自棄を起こす可能性も考慮すべきだ。大して得もないが、報復として人質を殺させてもらう!」


 言い回しが何か妙だが、考えている暇はない。

 何とかして、魔術の使用を妨害しなくては。


「間に合え……!」

 だがボクが引き金を引くよりも早く――


「――開放(オープン)!」


 男は人質に魔術を放った。

 杖先から勢い良く熱線が発射され、ジジジジと、焼きつくような音が響き渡る。


「……間に合ったか」

 ボクは胸を撫で下ろした。


 人質たちに怪我人はいない。

 熱線に焼かれたのは人質ではなく――大きな土の壁。


 熱線が発射される寸前で、誰かが人質の前に盾として創り上げたのだ。


「な、何だと!? 誰がこんな壁を!」


「私だ」

 壁が崩れ去り、軍服の少女ビスティエンヌが姿を現す。

 その隣には白髪をショートボブにした少女、エレアノールもいた。


 先ほどの険悪なムードはなく、二人は互いの背中を預けるように並んでいる。


「――よし!」

 思わずガッツポーズをした。

 怖いくらい、完璧に手はず通りだった。


「そもそも貴様らのこの犯行自体、半ば魔導士(エクソシスト)への八つ当たりだ。そんな貴様らが仲間をやられた場合、報復として人質の殺害を図ることは目に見えていた」


「だからピルグリムさんは、人質の周囲の男たちを無力化する隙に、わたくしたちを人質の盾役として潜入させたのです。あなたたちは完全に、彼の手のひらの上にいた、というわけですね」


「な、舐めるなァァァ! 三対二で勝てるとでも思っているのかァ!?」


 エレアノールとビスティエンヌを、三人の男が取り囲んだ。

 しかし二人の少女は、三方から杖を向けられて尚、余裕を崩さない。


「もう間もなく二対二になるがな」


「何だ――とぉァァ!?」

 犯人の一人のこめかみを狙撃した。


 意識が別の相手に向いている者ほど、狙いやすい者はない。

 当然、犯人は床へと沈み、とうとう残り二人となる。


「エレアノール、そちらはまかせたぞ」


「わかりました、ご武運を祈ります」


 ビスティエンヌは機長室側、エレアノールが寝室側に向き直り、それぞれ仮面の男と相対した。


 こうなってしまえばもう純粋に実力の勝負となる。

 そして実力ならば、彼女たちが負けるわけはない。


「ぶっ飛びやがれ、魔導士(エクソシスト)! 開放(オープン)!」


土の理(ルート・アース)――開放(オープン)


 ビスティエンヌは身を屈め、放たれた熱線を紙一重で回避。

 更に同時に、義手で素早く地面に魔法陣を描く。


形成を以て(マテリアライズ)――我が力と為す(フォーメイション)! 大地の反撃(ゾーン・デ・エッダ)!」


 義手が床に叩いた瞬間、男の足元から巨大な拳がそそり立った。

 拳は男の身体を天井へ磔にし、一撃で活動を停止させた。


 拳の正体は土の塊――土の魔術の特性『構築』を有効活用した見事な魔術だ。


 様々な物を土で模倣でき、攻撃も防御も思いのまま。

 硬派な性格とは裏腹に、ビスティエンヌの魔術は汎用性に長け、幅広い状況に対応可能である。



加速を以て(マテリアライズ)――我が力と為す(アクセラレイション)


「ま、また早くなりやがった!」


 一方で、エレアノールも仮面の男を圧倒していた。


 男の周囲に、おぼろげなエレアノールの像がいくつも見えている。

 だがそれは高速で動き回るエレアノールの残像に過ぎず、動きの素早さも相まって容易には本体を捉えられない。


 風の魔術の特性『付加』で加速しながら、幻術で残像を残していく高等戦術。

魔術の才に長けた、エルフ族の面目躍如と言ったところだろう。


 仮面の男がひたすら魔術を放ちまくるが、エレアノールにはかすりもしなかった。

 そして詠唱(ルーティング)を動作と連動させる魔導士(エクソシスト)に移動の時間を許すことは、詠唱の時間を与えているのと同じ。


接続(ルート)――水と風の連奏(ウォーター&エアー)


 エレアノールの持つ十字剣(クロス)が、雄大な魔法陣を描いていく。

 水と風、二種類の属性の魔法陣を組み合わせた、見たこともない詠唱(ルーティング)だ。


加速に因りて支えユーティライズ・アクセラレイション――操作を以て(マテリアライズ)我が力と為す(・コントロール)――」


 エレアノールの周囲に大きな水の塊が出現。


高速水弾(ガイザー・ボール)――発現(ディコード)


 水の弾丸は仮面の男に向けて、驚異的な速さで撃ち出された。


 男はぴくりとも反応できない。

 水の勢いで激しく壁に叩きつけられ、衝撃によって意識を刈り取られる。


 そしてそのまま床へ崩れ落ち、動かなくなった。



 ホールを占拠していた男たちは、既に一人も立っていない。


 ボクらの勝利だ。

 人質から怪我人を出すことなく、まだ魔導士(エクソシスト)になったばかりの新入りの力だけで、ボクたちはハイジャック犯を撃退したのだ。


「マンマミーア、やったぜ!」


「エレア、ビスチィ、お疲れ様!」


「お二人とも、凄くカッコ良かったです!」

 部屋から戦いを見守っていた皆がホールへ駆け込んでいく。


 ボクも小銃(ライフル)の創造を解除し、みんあのあとに続いた。


「ビスチィ、エレアノール、二人とも本当にありがとう。君たちのおかげで、人質を全員無事に解放することができたよ」


「ビスティエンヌだと言っているだろうに……まぁ良い。私は指示に従ったに過ぎないのだ、今回の作戦は全てお前の功績だろう」


「わたくしも同感です、本当に見事な作戦でした。ピルグリムさんがいなければ、怪我人を一人も出さずに勝利することは難しかったと思います」


「それも全ては、君たちが作戦を成し遂げられる実力者だったからこそさ」


 お互いに謙遜し合うボクたちの様子を見て、周りの人たちが笑う。


 笑顔の中には、人質の一部も混じっていた。

 それまで緊張感に包まれていたホールが、穏やかな空気に包まれていく。


 この平和な時間を取り戻せたことが何よりも嬉しい。


「取り敢えず、人質にされていた人たちの縄を解こう。みんなで協力して、機長室と一階の人々も解放するんだ」


 そうボクが指示を出した、その時――


「油断し過ぎである、マイナス10点」

 機長室の扉から、長身でかすれ声の女が入ってきた。

 女はこれまでの男たちと異なり、笑顔を象った金色の仮面をはめている。


 視界に入った途端、全身の血管が一気に収縮し、体温が跳ね上がった。


 一目でわかった――この女は別格だ。


「これはこれは美しいカラミーア……もうあなた方に勝ち目はない、大人しく降参しちゃいなよ」


 ジョニーがいつもの調子で、仮面の女に気安く近づいた。


「バ、バカ! 近づくな、ジョニー!」


「相手を侮って勝ち誇っている、マイナス20点」


「へ?」

 ジョニーの身体がぐるんと宙を舞う。


 女に触れられただけで、片手で軽々と投げ飛ばされた。


「貴様、何者だ!」

「もう悪あがきはやめなさいよ!」

 武闘派の二人、ビスチィとアシュリンが飛びかかる。


 だが女は跳躍によって二人の突撃を回避し、空中で回し蹴りを放った。


「無闇な特攻は死を招く、マイナス30点」


 ビスチィとアシュリンがまとめて蹴り飛ばされた。


 触れることすらかなわない。


 実力がケタ違い過ぎる。


「この女は……一体」


「ピルグリム・クレイグ、貴様も評価してやる」


「偉く、余裕だね」

 ボクは女にバレぬように、マントの中で銃器を創造する。

 現在、女との距離は二メートル強。

 近づけばやられる。


勝機があるとすれば、この距離からの不意打ちしかない。


「ふふ、マントの下で何を握っているのやら」


 女が拳を構えたまま、擦り足でにじり寄ってくる。

 ――飛びかかってきた瞬間が勝負だ。


「来いよ。アンタの野望は、このボクが〝撃″ち砕いてやる!」」


「その無謀……減点対象だな」


 女の足が床を蹴ると同時に、ボクは女へ銃口を向けた――。

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