第2話『四国同舟』~後篇~
誇り高き技術大国『ゲルマニア公国』。
自由を愛する資源の要『ローマ共和国』。
エルフの統治する魔術国家『ガリアーラム連邦』
そして、英雄が築きし人類の最終防衛線『エンブリテン皇国』。
主義も文化も歴史も異なる四大国家の魔導士たちが、狭い一部屋に集まっていた。
その窮屈な中で、ゲルマニア国民のビスティエンヌが敵意を隠そうともせず、エルフであるエレアノールを糾弾する。
「その女は人質たちを見捨てて逃げ出したのだろう? 信用できんな」
「……見捨てたわけではありません。相手は五人、それも全員が強力な魔道具を装備していました。わたくしの魔術は攻撃力に欠けます、一人で戦うのは無謀だったのです」
「エルフ族はいつも似た言い訳を口にするのだな。私の祖国が悪魔の侵攻を受けた際も、そう言って救援を出さなかったそうだぞ?」
「それ、は……」
エレアノールが苦虫を噛み潰したような表情となる。
決して人質を見捨てたわけではなく、考えあっての行動だったのだろう。
しかし、一人だけ抜け出したことに対して、後ろめたさを感じていたのは事実なのかもしれない。
「それでは、寝室の制圧にかかった魔術師どもを今まで傍観したのは何故だ? 貴公がもっと早く動いていれば、この部屋に集まる人数も、ケタが一つ違ったかもしれんぞ」
「わたくしがやられてしまえば状況は最悪……こちらへやってきた三人を確実に倒す機会が訪れるまで、動くわけにはいかなかったのです」
「貴行ほどの幻術使いなら、あの程度の奴らの打倒は難しくなかったと思うがね。戦う意思がなかっただけではないのか? 非戦の民、エルフよ」
「……っ!」
きゅっ、とエレアノールの両拳が握りしめられる。
もう見ていられず、ビスティエンヌを止めに入ろうとした。
「放っときな、グリム」
だがそれをジョニーが制止する。
ボクにだけ聞こえるよう、ジョニーは耳打ちする。
「同期の可愛い子ちゃんについて、オレは経歴をあらかた入手済みでね。ビスティエンヌは、悪魔の侵攻で故郷と家族を同時に失っているらしい……エルフからの助力を得られなかったせいでな」
「え……? エルフが、どうして……?」
エルフの治めるガリアーラム連邦が戦いに非協力的だとは聞いていた。
けれどまさか、人間を見殺しにするなんて、信じられない。
「理由は不明さ。ただその事件以来、エルフへの不信は確実に強まっている。生粋のゲルマニア人であるビスッチがエルフと肩を並べて戦うなんて、土台無理な話なのさ」
「そん、な……」
「繊細な問題だ、関わらねえのが賢い選択だぜ」
理解はできた。
しかし、納得などできない。
本当に、このまま傍観に徹するのが、正解なのか?
それは面倒事から、ただ目を背けているだけじゃないのか?
「わたくしは平和の実現のために魔導士となりました、戦う覚悟ならできています」
「戦う相手が、悪魔だけならば良いのだがな。エルフなんぞと共闘して背中から刺されては末代までの恥だ、やはり私は一人で戦わせてもらおう」
ビスティエンヌがエレアノールを押し退けて部屋から出ようとした。
エレアオールは反論せず、沈痛な面持ちで道を開ける。
アシュリンもムラサキも何か言いたげながら、介入を躊躇う様子だった。
エルフだって、人間の種族の一つに過ぎない。
同じ人間同士で疑り合い、罵り合い、傷つけ合う。
こんな行為に、一体どんな意味があるというのか。
何だか、目の前で続く口論が、酷くバカらしく思えた。
「言い逃げなんて情けないんじゃないか、ビスティエンヌ」
ビスティエンヌの義手を掴み、退室を止めた。
部屋中の視線がボクに集まる。
「何だ、エンブリテンの男。エルフの肩を持つつもりか?」
「国名で人を呼ぶな。ボクの名前は、ピルグリム・クレイグだ」
「ああ……それは失礼したよ、ピルグリム」
ビスティエンヌがボクへ向き直り、義手でボクと握手した。
そして骨が軋むくらい、強く握り込む。
ぎし。ぎし。
手に焼かれるような激痛が走った。
「だが個人の思想に関しては、同じ魔導士でも介入しないでもらえるかな。私は魔導士である前に、一人のゲルマニア人なのでね」
反論を続ければ手を握り潰す。
ビスティエンヌの険しい表情は、言葉よりも雄弁に警告していた。
「な、なるほどね……今義手でオレを威嚇するように、無神経に人を傷つけて、責任をゲルマニアに押しつける。それが、君の言う誇りなのかよ!」
――魔力強化。
手のひらにマナを集め、義手を思い切り握り返した。
「ぐっ、きさ、ま――」
ぎぃぎぃと鉄の骨組みが痛々しげに鳴る。
握力はこちらの方が上らしい。
「ふざけたことを言うな! エルフが私の祖国を見捨てたのは事実なんだぞ! それを忘れて、仲良く肩を並べろというのか!」
「要は、エレアノールを信じられないだけだろ? それをごちゃごちゃ国や民族のせいにして……ふざけてるのはどっちだよ。これ以上、個人の感情を国に置き換えて語るな!」
「うる、さい……! もう黙れ!」
手を振りほどこうとするビスティエンヌ。
しかしボクは、決してその手を離しはしない。
「ボクらは魔導士として、一緒に戦うために集まったんだ。どんな事情があろうとも、どんな悲しみを抱えていようとも、共に悪魔と闘う。それが仲間として、最も大切なことなんだ!」
それは以前キャロルさんから教わった魔導士の信念。
今この場で、様々な国の仲間たちと出会って初めて、その意味を理解した。
「本当は、裏切られるのが怖いんだろ? ヒトと手を取り合うには、相手を受け入れる必要があるからね。君は怖いだけなんだ。エルフを信じる勇気がないだけなんだよ!」
「ち、ちがう! ちがう、ちがう、ちがう! 私は、ただ――」
ビスティエンヌの言葉が途切れ、握力が弱まる。
――好機。
一気に手の魔力を高めて、義手にありったけの握力をくわえた。
「世界樹の名の元に全ての仲間と手を取り合う。それが魔導士の使命なんだ!」
ビスティエンヌがボクの手を力づくで振り払い、後ずさった。
更に、ボクから目を逸らして、弱々しい声を漏らす。
「き、貴様に私の、一体何がわかる……知った風な口を聞くな」
「ああ、わからないさ。君のことも、エレアノールさんのことも、ボクはまだ知らない。だからこそボクは、自分から君たちの手を、掴みに行くんだ」
ボクは微笑んで、再びビスティエンヌに手を差し出す。
先ほどのような威嚇ではない、友好の握手を求めて。
「勇気を出して、まずはボク自身が君を受け入れるよ。仲間として、これから君のことを知っていきたいからさ」
「仲、間……」
ビスティエンヌは自らの義手と、エレアノールとを、何度も何度も見比べた。
「それともやっぱり、君には勇気がないのかな?」
「……フン、やかましい。勇気なら捨てるほどあるわ」
ビスティエンヌの義手がボクの手を掴む。
その力は鉄の義手とは思えないほど繊細で、敵意は感じれない。
「確かに、私はこの中のだれよりも、臆病者だったのかもしれんな。しかし、戦いの中で証明しよう。私のこの鉄腕に、魔導士としての勇気の炎が燃え盛っていることをな」
「わたくしも、共に戦わせてください」
エレアノールがビスティエンヌに続き、口を開いた。
それから深々と頭を下げ、申し訳なさそうに語り出す。
「不信を招いてしまい、申し訳ありません。ビスティエンヌさんの言葉に反論しきれなかったのは……事実でもあるからです。わたくしは傷つくことを恐れ過ぎるあまり、ずっと反撃に出られずにいました」
エレアノールが自分の手を、ボクとビスティエンヌの手に重ね、そっと微笑む。
「今度こそ勇気を振り絞ってみせます。皆さんに真の仲間として、受け入れてもらうためにも、共に戦わせてください」
「エル……いや、エレアノール・ド・フジュロル。先ほどの言動、心より謝罪する」
ビスティエンヌは軍帽を外して、エレアノールの前に肩膝を着き、厳かに謝罪する。
「許してくれ、とは言わない。だが、我が誇りに誓って、二度と貴公を愚弄しないと誓う。こちらこそ、同じ作戦を共にすることを認めて欲しい」
エレアノールとビスティエンヌは、互いに目を合わせ、頷き合った。
それは何より雄弁に、二人の和解を物語っていた。
「ああもう面倒臭い! 私たち皆仲間ってことで良いでしょ!? はい決定決定! 暗い話は終了!」
辛抱ならなかったらしいアシュリンがぴょんぴょんと跳ねた。
そのコミカルな様子に、部屋を包んでいた重苦しさが緩和される。
「アシュリンといったか。貴公のことは簡単に受け入れられそうだな」
「ハァ? どういう意味? 意味わかんないこと言ってるとぶっ飛ばすわよ?」
頬を膨らませるアシュリンと相対し、ビスティエンヌが笑みをこぼす。
冷静なエレアノールも笑いをこらえていた。
「とにかく! 今大切なのはどう犯人どもをブッ潰すかでしょ? 早く作戦を決めて、パパッと殲滅して、キャロル様を迎えに行かなきゃ!」
「そうだったね」
肝心な作戦のことを完全に忘れていた。
せっかく良い雰囲気なのだ。
皆で協力して、一気にハイジャック犯を蹴散らしたい。
「なぁグリム、早く作戦を考えてくれよ」
「え、どういうだよ。どうしてボクが作戦なんか……」
ジョニーが呆れたように溜め息をつく。
「マンマミーア。君は既に、リーダーとして認められたってことさ」
「え……?」
びっくりしてみんなの顔を見渡す。
するとジョニーの言う通り、親友のムラサキとアシュリンだけでなく、エレアノールやビスティエンヌまで、ボクに指示を仰ぐ様子だった。
「私にアレだけ啖呵を切ったのだ。無事に人質を救い出す作戦くらい思いついて当然であろう?」
「現状において、わたくしたち六人で最も信頼を得ているのはあなたです。わたくしはあなたの指示に従います」
「ちょ、ちょっとちょっと……そんな急に言われたって」
「何を慌ててんのよ、バカブタ」
アシュリンに思い切り背中をはたかれた。
「昔からアンタは私やムラサキを引っ張ってきたじゃない。三人増えたくらい、どうってことないでしょ? 同期の奴らとあの犯罪者どもに見せつけてやりなさい、ピルグリム・クレイグの力をね」
「……ハァ」
アシュリンに叱咤され、溜め息を吐く。
――他人事だと思って簡単に言ってくれるよ。
しかし少し勇気が出てきた。
どうせボクは魔導士として成り上がるつもりなんだ。
こうなったら、もう覚悟を決めるしかない。
「よし、みんな聞いてくれ」
仲間たちはみな黙して、耳を傾けてくれた。
「エレアノールさん、ホール内の占拠者の数と、人質の数を教えてくれ」
「仮面の男は六人、人質は二十二人です。人質は部屋の中央に固められ、常に仮面の男たち三人から杖を向けられています」
「残りの三名の位置は?」
「犯人は寝室前の廊下へ続く扉、機長室への扉、そして一階へ続く階段の近くに、侵入者を見張るように一名ずつです」
「なるほど……現状でホールへの扉を開けば、中の犯人たちに必ず気付かれてしまうね。姿を消せるエレアノールさん一人なら侵入可能かもしれないけど、一人じゃ危険過ぎる。幻術で君以外の人を透明にすることはできないかな?」
「わたくしの身体に密着して頂ければ、一人までなら可能です。ただ、他の魔術を行使するとマナが乱れて、幻術は解けてしまいます」
「二人が限度、か」
同じ六対六でも、こちらは全員魔導士。
全員で正面からぶつかれば負けはしないだろう。
しかし人質を盾にされれば、それも難しい。
人質に杖を向けられる前に、せめて人質の周囲の三人だけでも無力化しなければ……。
「マンマミーア……こちら側からホール内を攻撃する術がありゃ楽なんだけどねえ」
「それができれば苦労せん、貴様は黙っていろバカ者」
「ビスチィってばきっびしい~」
「ビスティエンヌだ!」
――通路からホール内への攻撃?
ジョニーの言葉をきっかけとして、脳内で渦巻いていた考えが一つに繋がる。
ボクの創造の力と、みんなの力を合わせれば、現状を打破できるかもしれない。
「イケる……この作戦なら怪我人を一人も出さずに、奴らを撃退できるぞ」
「ピルグリムさん。一体どんな作戦を思いついたのですか?」
みんなに注目される中、作戦の内容を告げた。
「狙撃&殲滅だ」




