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第1話『四大国家』~後篇~

 飛行船の寝室は二段ベッドと(デスク)以外に家具のない質素な物だった。


 気絶したままのジョバンニを、ベッドの下の段へそっと横たわらせる。

 ジョバンニは幸せそうに笑っていて、「カラミーア、オレの身体は一つしかないんだぜ」と寝言を口にしていた。


「……のっけから変な奴と関わっちゃったなぁ」


 ベッドへ腰を下ろして一つ溜め息をつく。

 偶然にも、ジョバンニはボクと同じ部屋を割り当てられていた。


 まだ食事は続いているだろうが、縄梯子を登った疲れが残っているし、せっかくだからベッドで一休みしていこう。


 それからしばらく経ち、


「生えていても可愛ければ!」

 恐ろしい言葉と共にジョバンニが跳ね起きた。


 状況が掴めないのか、呆けた顔で自分のリーゼントをがしがしと掻く。


 かわいそうに思ってつい先ほどの顛末を教えてあげると、ジョバンニは照れ臭そうに微苦笑し、マントから櫛を取り出してリーゼントを整え始めた。


「面倒をかけたな。ごめんよ、えっと、名前は」


「ピルグリム・クレイグ。グリムで良いよ」


「助かったよ、グリム。オレのことは気軽にジョニーと呼んでくれ」


 そう言ってリーゼントをパチンと指で弾くジョニー。

 バカなのは確定的だが、悪い奴でないのは伝わってくる。バカなのは確定的だが。


「ところでカラミーア……君はS級魔導士(エクソシスト)であるキャロル様と親しげだったが、一体どういう関係なんだい?」


「昔ちょっとした事件で知り合ったんだよ。師弟関係みたいなものかな」


「へえ、なるほどな」


 マントから手帳を取り出して、ジョニーは何かをメモりだす。


「君たちは気付いてなかったかもしれないが、君たちがホールに現れた瞬間、ちょっと空気変わったんだぜ? 新入りでS級と堂々と話せるアイツらは何者なんだ――ってな」


「……そうか。ちょっと無思慮な振る舞いだったね」


 事情を知らなければ当然の反応だろう。

 新入りの魔導士(エクソシスト)がS級に話しかけるなんて、本来なら身の程知らずな行いだ。


 以前キャロルさんから、目立ち過ぎて創造の力について知られないよう注意を受けていたのに、浮かれて気が抜けていた。

 これから彼女と話をする時は、人目のことを考えた方が良いかもしれない。


「……グリム、オレは既に気付いてるんだよ、君の特異性にな」


 ジョニーが低い笑い声を漏らした。


 ――特異性? まさか、創造の力のことに気付かれたのか?

 思わずぞっとして、ボクはベッドから立ち上がり、ジョニーと距離を取った。


 リーゼントの下の表情が怜悧なものに変化し、ここまでの印象を払拭する。


 その顔におふざけの雰囲気はまるで感じられない。


「オレにはわかるぞ。グリム、君は恐らく、特別な存在なんだろう?」


「な、何を言ってるんだよ。キャロルさんと知り合ったのはただの偶然さ。別にボクは特別な存在でも何でもない、ただの新入り魔導士(エクソシスト)だって」


「それ以上の言葉は結構だ」


 ジョニーがボクを押し黙らせる。


 ――油断していた。


 まさかこうも容易く、ボクの力について見破られるとは。


 このジョバンニ・ブラ―ヴォという男、ただのバカでなく、相当なキレ者――。


「ジョニー、実はボクは……」


「君はキャロル様の恋人なんだろグリムーーーッ! オレには全部お見通しだぞ!」


「……は?」

 前言撤回――やっぱりコイツはただのバカだ。


 話を聞くと、ジョニーは一目会った瞬間にキャロルさんへ告白して振られたらしい。出会ってから振られまで、僅か二秒。同期の間では早くも、『S級に瞬殺された男』として名が知れ渡っているのだとか。


 振られた理由を探究している時に現れたのが、ボクだったという。

 そして「既に恋人がいたから振られたんだ」と結論づけ、ボクに接近したそうだ。


 聞けば聞くほどくだらない話だった。


「そこまで言うなら、お前とキャロル様はただの友人であると信じよう。ふふ、同期の魔導士(エクソシスト)で初めてできた友人と、女性を巡って争わずに済んでホッとしているぜ」


「ジョニー、君は女の子のことしか考えてないのか?」


「当たり前さ、オレは女にモテたくて魔導士(エクソシスト)になった男だからな」


 いさぎ良すぎて逆に清々しい。

 お金や地位が目的で入団する人は多いと聞くが、まさか女の子が目的とは……。


 向こうの世界の住人だったら多分、軽音部に入ったことだろう。


「ハァ……緊張して損した」

「おいおい、どうした、カラミーア。楽しいおしゃべりはこれからだぜ? ぜひともキャロル様の情報を教えてくれよ。胸の大きさは? 好きな男性の好みは? 何を贈れば喜んでくれるだろうか? オレの生写真で良いよな?」


 ――コツ、コツ。

 その時、誰かに扉をノックされた。


 アシュリンたちが遊びに来たのかもしれない。


 ボクはノックの主に「開いてますよ」と呼びかけた。


「……へ?」

 扉が開かれると同時に思考がフリーズする。


 姿を現したのは、不気味な一つ目の仮面をかぶった男。

 その手には巨大で武骨な杖が握られ、術の射出口である先端がボクとジョニーへ向けられていた。


「おいおい、カラミーア。そんな物騒な物を持ち出して何のつもりだい?」


「動くな。一歩でも動いたら殺す」


 仮面の男は短く、ハッキリと言い切った。


「ははは、殺すって、新入り歓迎の催し物か何かかい?」


 ジョニーが笑顔で男へと近づこうとする。

 チッと、仮面の奥で舌打ちが鳴った。


「ま、待つんだ、ジョニー! その男は本気で――」


「――開放(オープン)


 杖の先端から強烈な熱線がほとばしる。

 熱線はジョニーの胸に直撃し、爆風めいて吹き飛ばす。


「うあああああッ!」


「ジョニー!?」


 飛んできたジョニーの身体を咄嗟に受け止めた。


 見れば、ジョニーは胸を熱線に焼かれ、軽いやけどを負っている。

 相当な衝撃を受けたのか、意識は混濁し、目の焦点が定まっていない。


「お前……! 一体どういうつもりだ!」


「オレではない、オレたちさ。乗っ取ったのだよ、この飛行船をな。機長室とホール、動力室は既に制圧した……あとはお前たち新入りの残りを縛りあげれば完全に掌握完了となる」


「な、に……?」


 仮面の男はゲラゲラ笑い、杖の先端をボクたちへ構え直す。


魔導士(エクソシスト)どもに扱き使われるのはもう限界でね。この船を奪って金にして、一生楽な暮らしを続けてやるのさ! がははは!」


「アンタまさか……動力室の魔術師か?」


 言いつつ事態を推察していく。

 恐らく、労働者階級の魔術師たちが一斉に反旗を翻したのだ。

 向こうの世界で言うところのストライキに近い行動かもしれないが、男の様子を観る限り、労働条件の改善程度では引き下がってくれそうにない。


「貴様に身の上を語る筋合いはない。黙ってオレに縛られろ、一分で済む」

「こんな計画、上手く行くがわけないよ」


「悪魔退治の専門家でも人の悪意には勝てんさ。厄介なキャロルの野郎は地上へ置き去りにした、ホールにいた魔導士(エクソシスト)も全員縛りあげた。もう足掻いたところでどうにもならんぞ」


 ごくりと唾を飲み込んだ。

 その小さな音さえ、今は耳障りに感じられる。


 仮面の男の態度から察するに、ウソではないのだろう。


「両手を挙げろ。マントの中には絶対手を伸ばすんじゃない。魔道具(ルーター)には絶対に触れさせんからな」


「くっ……従うしかないのか」

 ボクは大人しく男の言葉に従う素振りを見せた。

 なるべく自然に、悔しそうな表情を浮かべ、舌打ちしてみせる。


「がはは、良い恰好だな、若き天才くん。格下に命令される気分はどうだよ」


「無駄口なんか叩いてないで、早くボクを縛ったらどうだ? もう両腕が疲れて下げてしまいそうなんだけどね」


 仮面の男が杖を構えたまま近づいてくる。

 油断こそしていないが、完全にボクを無力化したつもりでいるのだろう。


 良いぞ、とボクは内心ほくそ笑んだ。

 そうだ。そのまま近づいてこい。

 この三年間で習得した、とっておきを喰らわせてやる。


 男がボクの目の前に立ち、片手で杖を手にしたまま、懐から縄を取り出す。

 その瞬間を狙って、脳裏にとある銃器をイメージし、右手に全神経を集中させる――。


「――創造(ディコード)


 そしてとある銃器を創造。


「なっ――貴様ァァァァ!」

 次の瞬間、狭い寝室に一つの轟音が響き渡った。

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