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第1話『四大国家』~前篇~


 飛行船のゴンドラは2階建てだ。

 ロープを登り終えてボクらのたどり着いた1階は、丸ごとエンジン室になっており、船員が慌ただしく働いていた。


 キャロルさんの話によれば、巨大な魔道具(ルーター)に多数の魔術師が交代でマナを注ぎ込むことによって、気嚢への送風やエンジンの稼働を実現しているようだ。


 このようにマナを動力源とした装置は他にも存在し、魔導機(アーキファクト)と呼ばれている。

 当たり前だが、マナは戦闘のためだけに使用されるわけではない。飛行船を始めとした大型魔導機(アーキファクト)での仕事は、能力に乏しい魔術師の重要な収入源の一つで、都会には魔導士(エクソシスト)以外にも魔術師の様々な仕事があるのだとか。


 科学の発達していないアルバスニゲルに飛行船が存在していることは甚だ不思議だったが、仕組みを聞いて目から鱗だった。


 転生してから15年が経つけれど、この世界についても、魔術についても、まだまだ知らないことがたくさんある。


「まぁ教会の奴らは魔導機(アーキファクト)に良い顔はしないけどねえ」


 パイプだらけの鉄臭い通路を進みながら、キャロルさんはぼそっとつぶやいた。


「教会って……ラタ教のですか?」

「そうそう。悪魔は人類の罪の象徴だなんだっていう、胡散臭いアレ」

「きゃ、キャロル様、声が大き過ぎるよ……」


 アシュリンがキャロルさんの袖を握った。

『ラタ教』はボクたちの住むエンブリテン皇国で最も影響力の強い宗派だ。


 魔術師の中には熱狂的なラタ教徒もいて、不用意な発言を聞かれれば、冗談抜きで殺されかねない。


「だってさぁ、『魔術とは悪魔と戦うための聖なる力だ』とか文句言って、魔導機(アーキファクト)の開発を大幅に遅らせてんのよ? めんどいことこの上ないじゃん、アイツら。ラタ教さえなければ、マナを利用した画期的な武器も誕生するかもしれないのに」


「悪魔と戦うための武器にも、ラタ教は否定的なんですか?」


「奴らにとって悪魔との戦闘は『殺し』じゃなくて、あくまで『浄化』扱いなのよ。もし『殺し』の道具と見なされたら、全力で批判されるね。だから私たちの武器(ルーター)剣型(ソード)とは呼ばず、十字型(クロス)と呼ぶわけ。まぁ聖樹十字団(ユグドラシル・クルセイダーズ)の雇用主の一つだから、文句言っても仕方ないんだけど、ムシャクシャしちゃうなぁ」


「そんな事情が……」

 ボクやアシュリンの住む村にもラタ教の教会は存在した。


 村人たちはほとんどが洗礼を受けていて、毎朝教会で祈りを捧げる人も多かった。


 しかしどの村人も、あくまで生活の糧として宗教を利用している印象があり、自分の人生を宗教に捧げようだなんて殊勝な心構えの人はいなかった。


 宗教に傾倒するほどの余裕はなく、一方で宗教に望みを託すしかないほど貧困でもなかったことが理由かもしれない。

 精神的に不安的か、逆に満たされ過ぎているか――宗教に依存しやすい人の傾向は、たとえ異世界であっても変わらないはずだ。


「特殊な武器を大っぴらに使いにくいからこそ、お姉さんはこの三年間、君に例の戦い方を教えてきたわけよ。せいぜい気をつけなさい、魔弾のグリムちん?」


「はは……肝に銘じておきます」

 狭苦しい通路を抜け、キャロルさんの後に付いて、二階への階段を上がった。


 階段の先に待っていたのは広いホール。

 室内にいくつも置かれた大テーブルの上に、豪華な食事が用意されている。

 テーブルの周りではボクと同い年くらいから、二十代後半と思しき人まで、多彩な年齢層の人が談笑を交わしていて、何だかパーティ会場に足を踏み入れたみたいだ。


「見ての通り、この飛行船は一週間ほどかけて、エンブリテン皇国を巡りながら新入りを回収してきたわけさ。ここで食事している坊やたちは全員グリちんたちの同期だ。これから長い付き合いになる、皇都へ着くまでに交流を深めておくと良いよ」


「ここにいる人たちが全員……」

「ボクたちの同期」


 注意深く見ていると、服装や振る舞いから、この辺りの出身でない者がほとんどであることに気付く。


 壁際にたたずむショートボブの少女は、雪のような白髪で、瞳が赤く、耳が尖っているので、海を越えた先のガリアーラム連邦の出身に間違いない。


 ガリアーラムはエルフ族の統治する国だ。

 エルフは身体能力で劣る反面、マナの扱いに優れ、潜在的なマナの量も普通の人間を凌駕していると聞く。


 ただ、悪魔との戦いには非協力的で、隣国『ゲルマニア公国』とは一触即発の関係にあるらしい。


「…………」


「あっ」

 エルフの少女と一瞬目が合った。

 少女は無言で目を逸らし、切り揃えられた自分の前髪を手で梳いた。


「良いか、我らは必ず世界を人類の手に取り戻さなければならない! 我らこそが英雄となり、邪悪な悪魔どもに聖樹の意志を知らしめるのだ! 我らは世界樹と共にあり! 世界樹は我らと共にあり!」


 ホールの中心で食事もせずに熱弁を振るう少女は、軍服のような服装や右手が義手なことから、先述のゲルマニア人であることが窺える。


 ゲルマニア人はドワーフという亜人の末裔で、魔道具(ルーター)魔導機(アーキファクト)の製造に長けており、悪魔との戦いの中枢部を担う重要な存在だ。

 しかしその自負が時に高圧的な言動、態度に繋がり、他の国との軋轢を招くこともあった。


 特にガリアーラム連邦との不仲は有名で、一緒の船に乗り合わせたエルフとゲルマニア人が事故に際して協力し合ったという逸話が、故事として古くから言い伝えられているほどである。


「今の状況ってまさしく、船上のガリアとゲルマンよね」

「ははっ……笑えないよ」


 この世界では有名なことわざを口にするアシュリンに、ボクは苦笑を返した。


「あなたのジョーク全然笑えないわ!」

「マンマミーア!?」


 近くでバッチーンと痛そうな音が鳴った。

 見ると金髪の青年が床に引っくり返り、頬に真っ赤な手形を残していた。


 どうやらウェイターの女の子に叩かれたらしい。それほど目立った特徴はないが、何となくガリアとゲルマニアの更に向こうの国、ローマ共和国の出身な気がした。


 世界で最も資源が潤沢で生活の水準が高く、性に関して開放的な人が多いという評判は聞いていたが、これほど典型的な例も珍しいだろう。


 直感でわかる。たぶんこのローマ人の男はバカだ。


「三大国家大集合って感じだね」


「三大国家って……私たちもいるんだから四大でしょ? バカグリム」


 エルフの国『ガリアーラム連邦』、魔道具(ルーター)製造の要『ゲルマニア公国』、資源に優れた『ローマ共和国』――三国それぞれの出身者が一同に集うなんて、本当に珍しいことだった。


 こんな光景が見られるのも『エンブリテン皇国』だからこそだ。

 ボクらの国は四方が海に囲まれており、悪魔による侵略が最も進んでおらず、世界最高の治安の良さを誇っている。『人類の最終防衛線』との呼び声も高い。


 エンブリテン皇国は他の三カ国を統括するリーダー的存在で、各国からの亡命者を積極的に受け入れていた。人口が多い分、才能豊かな魔術師も集まりやすく、魔導士(エクソシスト)の質は他の国の比ではない。


 そして何よりも、遡ること二〇〇〇年年前、悪魔打倒のための結束を促して人間同士の争いを終結させた英雄『ラタ・ユグドラシル』の興した国であることから、他国とは比肩し得ないほどの影響力を誇っている。


 世界で唯一の『皇国』を自称しているのは、伊達ではないのだ。


「グリムくん、アシュリンちゃん!」


 ロングヘアの少女がこちらへ駆けてきた。

 紫がかった黒髪と、和風の着物に似たドレスの胸元がふわふわ揺れる。


 ボクとアシュリンの親友、ムラサキ・サザーランドだ。


「ムラサキ、久しぶり。入団試験の日、以来だね」


「お久しぶりです、お二人なら試験に受かると信じていました」


「当たり前じゃない。私たちならあんな試験、楽勝よ」


「まぁ私の特訓を受けた君らには少し楽勝過ぎたかもねえ。筆記試験とか実技試験とか面接とか、私が小説家なら描写を省いちゃいそうなくらい平凡な内容だったし」


 言いつつキャロルさんは、近くのテーブルの料理を素手でつまみ食いしていく。

 ボクが小説家なら描写を省きたいほど行儀が悪い。


「グリムくん、少し頬に擦りキズができていますが、何かあったのですか?」

「ああ、縄梯子におてんばなネコがいてね」

「ネコ?」


 ――アシュリンのパンツを見て蹴られたなんて言えるわけがない。


「……ふん!」

 怪我させた張本人はそっぽを向いて知らんぷりだった。

 テーブルの上のミルクをコップに注ぎ、がぶがぶ飲んでいる。


「私に見せてください、魔術で治します」


「え、良いよ別に。食事の席で杖なんか取り出したら、雰囲気悪くなるだろ?」


「大丈夫です、必要ありません」

 そう言うとムラサキは、キスをするのではないかと思うほど、ボクの頬に唇を近づけた。


 それからなんと――

《イタイノ、イタイノ、トンデケ》と片言の日本語を囁きかけた。


 不意に懐かしい言語を耳にして戸惑ってしまう。

 だが真に驚くべきは、自分の頬に起こった事態。


「あれ……? 怪我が治ってる?」

 杖を向けられたわけでもないのに、頬の擦り傷が完治していた。


 ムラサキはウインクして得意げに語る。


「ジパング秘伝の《オマジナイ》です。口にするだけで効力を発揮する呪文を祖母から習いました」


「杖もなしに使える魔術か、驚いたよ」


 ――詠唱破棄(ルート・スキップ)の一種かもしれない。

 それはアーティスさんのような優秀な魔術師のみが使える高等技術。


 ムラサキは元々高い治癒能力を有していたが、この三年間で更に高度な技術を習得したようだ。


「でも成長したのは魔術だけじゃないよねえ。ムラちんってば、しばらく見ない間にぐっと女性らしくなりましたにゃあ」


 口を料理でいっぱいにしたキャロルさんが、ムラサキの身体を舐めるように見つめ、両手をいかがわしくワキワキさせた。

 ムラサキはカァっと赤面して胸を手で隠した。


「主におっぱいと! お尻と! おっぱい! こりゃ良い母親になれますぞ、お姉さんの子を産んでくれんかのう! くれんかのう!」


「キャロルさん、ムラサキが恥ずかしがってます、おじさん臭い発言はやめてください」


 キャロルさんとムラサキの間に割って入り、セクハラを遮断する。


「わ、私なんて背も胸も成長してないのに……」

 そんな横ではこっそり、アシュリンが自分の胸に触れつつ落ち込んでいた。


 ムラサキとアシュリン。

 魔術の才は同等で、育った環境も同等、何が二人(の胸囲)を分けたのか……。


「……さーてと、そろそろ次の新入りを地上へ迎えに行く準備をしなきゃね」


 ボクたちとの談笑を終え、キャロルさんが一つあくびをした。


「もう次のお仕事ですか? 大変ですね」


「まぁ私は一応君らの保護者だし、あまり休んでもいられないのよ。向こうの扉の先に君らの寝室が用意されているから、疲れたらいつでも休んでくれていいよん。二人で一部屋だけどもねえ」


 キャロルさんはそれだけ言い残すと、ホールの奥の扉へ消えていった。


 扉の上のプレートには「機長室」という文字。

 恐らく、この飛行船を制御する部屋へと続いているのだろう。


「やあ、カラミーア。君たちはウィアード・キャロル・ヤンコビックと知り合いなのかい?」


 金髪をリーゼントにした青年がボクに話しかけてきた。

 頬に赤い手形が残っている。

 さっきウェイターに振られていたアホのローマ人か。


「マンマミーア。オレとしたことが、自己紹介が遅れたよ。オレの名前はローマで最も美しい伊達男、ジョバンニ・ブラ―ヴォだ」


「ハァ? 何よアンタ、ローマデモットモウツクシイオトコが姓で良いわけ?」


 軽薄な態度が気に入らないのか、アシュリンが不機嫌そうに尋ねた。

 ジョバンニと名乗った青年はその場でくるんと一回転し、純白のマントから一本の赤いバラを取り出して、そっとアシュリンに手渡した。


「ごめんよ、カラミーア……コイツで許してくれ」


「バ、バラァ? しかもこれ作り物じゃない。一体何なのよ、ナンパのつもり?」


 アシュリンが頬を紅潮させ、隣のボクの顔とバラとをキョロキョロ見比べる。

 何でそんなに焦って、ボクの反応を気にしているのか。


「オレの魅力にイチコロになったのはわかるよ、未熟なチェリーちゃん。でもオレが愛せるのは……そう、君の隣にいる少女のような熟した果実だけなんだ。あと十年経ったら一夜を共に過ごそう……その造花はオレの永久に変わらぬ愛の証だよ、カラミーア」


 そう言ってジョバンニはムラサキにバチッとウインクした。

 ボクたち三人は揃って、呆気に取られてぽかんとする。

 ……コイツは何を言ってるんだ?


「ああ笑ってくれ。どうやらオレは……君のせいで禁断の迷宮に迷い込んでしまったらしい。そう、恋という名の迷宮にね」


 ジョバンニがムラサキと向き合い、鷹揚に両手を開いて、抱きつこうとする。

 ムラサキは珍しくドン引きした様子で悲鳴をあげた。


「カラミーア、オレと一緒に迷宮の出口を探す旅へ飛び出そう」


「絶対いやですっ!」


「マンマミーアァァァ!?」


 ムラサキのビンタでジョバンニが吹っ飛ぶ。

 ジョバンニの落下点にはいたのは――ぷるぷると拳を震わせるアシュリン。


 その頭からは煮え繰り返ったマグマのように煙が昇っている上、しっかりと重心を落とし、拳を思い切り振りかぶって、一撃必殺の構えをとっていた――。


「誰がチェリーちゃんだァ――――――ッ!」


「マァァァンマミィアァァァアアアア!?」


 アシュリンのアッパーがジョバンニの腹を打ち抜いた。三年間ボクと一緒に鍛錬してきた必殺の拳が、全く無駄な場面で発揮されてしまった。


 ジョバンニは天井へ届かんばかりに浮かび上がり、背中から床へ叩きつけられ、そのまま意識を失った。


 小さな身体に見合わないアシュリンの拳の威力に、周囲から拍手が起こる。

 完全に食事の席の余興扱いだ。


「バカ、アシュリン。流石にやり過ぎだよ」


「だ、だってぇ……」


「大丈夫です、怪我はありません。このジョバンニという人、相当打たれ強いみたいですね」


 ボクたちは周りの人たちに頭を下げつつ、意識のないジョバンニを担いで、奥の寝室まで運ぶことにした。


「…………」

 ホールから立ち去る間際、壁際に立つエルフの少女と目が合った。

 ホールから退出するまでの間、少女はエルフ族特有の真紅の瞳で、訝しむようにボクを見つめ続けていた。

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