第8話『豊和M300』~後篇~
暗闇に包まれた森の中で一筋の光が見えた。
その光はキャロルさんの身体を包み込んでいて、彼女の人間離れした動きの軌跡を闇夜に刻み込んでいく。その軌跡を追いかけるように、複数の巨大な影が蠢き、木々に勢い良く自分の肉体をぶつける。
影の数は全部で三体だった。
ここまで来る途中、大きな蛇の死骸を二体見つけたので、数的にもちょうど良い。
《6I24444 4444444!》
ヒドラの頭の一つがキャロルさんへ突進する。
剣を一本しか持っていないキャロルさんは、ヒドラに対して素手を構える。
ヒドラがキャロルさんの手のひらに当たった途端――
「魔力強化・改――発勁!」
突進するヒドラの方が吹き飛ばされた。
更に、浮き上がった瞬間キャロルさんは剣を振るい、ヒドラの首を斬り落とす。
蛇の頭は鮮血を散らしながら地面に落下した。
「これで残りの頭は二つ……今度は逃がさないぞ、っと」
キャロルさんが挑発気味に笑い、剣を構える。
ヒドラの血には毒があるのか、その剣の刃は既に溶けかかっていた。
大きな衝撃を与えられれば、簡単に折れてしまいそうだ。
「……ん?」
今さっき首を斬り落とされた蛇が動き出し、キャロルさんを囲うように這った。
無事な二つの頭は、キャロルさんから距離を取る。
キャロルさんの限界を見越しての時間稼ぎだろう。
「へえ、上等じゃん……動けなくなるくらい徹底的に斬り刻んでやるぜい!」
キャロルさんが溶けかけの刃を振るおうとしたその時――
ボクとアシュリンとムラサキは全員で飛び出した。
「魔力強化――両腕!」
首のない蛇の肉体をボクが無理やり引きずり倒した。
首の断面がアシュリンたちの方へ向く。
「加護の輪」
アシュリンと断面の間に、ムラサキが水の輪を五つ生み出した。
それは潜ったもののマナを強める後援魔術。
「集中を以て我が力と為す――」
詠唱を終えたアシュリンが、輪の中へ向けて杖の先を構える。
「穿炎!」
一点集中された炎がまるでレーザーのごとく発射された。
レーザーは五つの加護の輪をくぐることで六倍の威力に強化され、断面からヒドラの体内へと侵入する。ヒドラの肉体はまるで風船のように膨らんだかと思うと、一気に爆散した。
「フン、私を傷つけた罰よ」
「手負いの状態で、しかも三人がかりではありますけど……」
「V級に痛手を与えたのは確かさ、喜ぼう」
突然現れたボクら三人を見て、キャロルさんは唖然とする。
「少年たち、どうして……」
「やりたいようにやれと言ったのはあなたじゃないですか、キャロルさん。あなたを救いたいから、ボクらはここへ来たんですよ」
「ど、どっひゃあ、失言だったかしらねぇ」
キャロルさんは呆れたように溜め息をつく。
面倒臭げに頭をかきながら、ボクらの前へと歩み出た。
「君ら、何だか面構えが変わったね。君らみたいな子を死なせるのは忍びないから、お姉さんもうちょっとだけ頑張っちゃおうかなぁ」
十字型の剣を構えるキャロルさん。
その目に正義と殺意が宿っているのは変わらないが、今ではそこに、生への渇望も見てとれた。
「相打ち狙いなんて……ほんと、どうかしてたよ」
そして四人で、残り二つとなったヒドラの頭と戦い始める。
戦いは互いに決め手に欠け、なかなか決着しなかった。強化したボクがヒドラの攻撃を誘導し、隙を見てアシュリンとキャロルさんが攻撃するものの、決定打にはならない。ムラサキの魔術との連携もヒドラに警戒され、すぐに防がれてしまう。その均衡が崩れたのは――戦い始めて三十分ほど過ぎた頃だった。
「キャ、キャロル様、後ろからもう一体来てるわ!」
「何――」
キャロルさんの背後から三個目の頭が出現。
反射的に刃を振るい、首を斬り落とすことには成功したが、キャロルさんの剣はとうとう折れてしまった。
「ちっ、なーんか怪しいと思ったら、首が再生する時間稼ぎをしてたわけね」
無防備となったキャロルさんに、首を失ったヒドラの身体が巻きつく。
そのまま空中へ高く持ち上げられ、万力のように絞めつけられた。
「ぐぅぅぅ……!」
流石のキャロルさんも苦悶の声を漏らした。
すぐさま助けに入ろうとしたボクたちの前に、残り二つの頭が立ち塞がる。
睨みつけてくるだけで、ヒドラはボクらに攻撃してこない。最も厄介なキャロルさんを絞め殺してから、ゆっくり料理するつもりなのだ。舐められていることに腹が立つ。
けれど同時に――
「感謝するよ、覚悟する時間を与えてくれて」
目の前の化物へ感謝した。
キャロルさんを助けるにはヒドラの頭二つを一気に潰すしかない。
現状のボクの力でそれを成し遂げられるとしたら、方法は一つだけだった。
ボクは頭の中にあるものをイメージし、
「――創造」
一つ詠唱した。
手の中に生まれたのは覚悟の証。
これまでボクが創造に失敗してきたM1カービンに、日本独自の改造を加えた豊和M300――生前の祖父がずっと愛用し続け、ボクが銃に憧れるきっかけとなった自動小銃、通称『ホーワカービン』だ。
素早く箱型のマガジンを嵌め、ボルトを引いて弾を装填する。
昔見た祖父のように、銃床を肩にしっかり当てて、照門で照準を合わせる。
狙いはヒドラの脳天。
失敗の不安と、銃器を創造した興奮を鎮めるように、ボクは引き金を引いた。
――発砲音が耳をつんざく。
使用済みの薬莢が後方へ弾け飛び、アシュリンのでこに当たる。
肩に凄まじい衝撃がかかり、たまらず膝を着いてしまった。
手がシビれ、耳が痛み、頭がぼーっと白む。
しかし銃身は無事だった。
銃弾は見事ヒドラの首筋をえぐり、滝のように出血させていた。
「やった……」
大蛇の口から爆発めいて発せられる悲鳴。
そのけたたましい絶叫を耳にしながら、ボクは震える拳を握りしめた。
ボクは遂にやった……やったんだ。
とうとう、12年かかってボクは、銃の創造に成功したんだ!
「グリム、ヒドラが来るわ!」
感傷に浸っている暇はない。
事態の変化に気付いたヒドラの頭が、二つともこちらへ向かってくる。
ボクは膝をついたまま銃を構え直し、もう一度照準を定めた。
「魔力強化――全身」
今度は衝撃に負けてしまわないよう、マナで身体を強化する。
そしてヒドラへ発砲した。
銃弾はヒドラの下あごに命中する。
照準がブレてしまったものの、今度は衝撃に負けず、姿勢を維持できた。
「……倒れろ」
更に引き金を引く。
「倒れろ!」
続けて引く。
「倒れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
無我夢中で引く。引く。引く。引く。
銃弾が二つの頭を穴だらけとし、地面に引っ繰り返した。
首なしの身体も一緒に倒れ伏し、キャロルさんが解放される。
ボクは力が一気に抜けてその場へ崩れ落ちた。
「……終わった、のか」
そしてゆっくり息を吐き出す。
その瞬間、ヒドラの頭の一つが持ち上がった。
右目を失いながらも、大きくあごを開き、ヒドラがボクに喰らいつく。
完全に不意を突かれたボクに、銃を構える暇などない。
「加護の輪!」
「穿炎!」
しかし突進は止められた。
アシュリンとムラサキが、連携攻撃で妨害してくれたのだ。
決定打にはならないものの、ボクが銃を構え直すのに十分な時間が生まれた。
「ありがとう、みんな」
ホーワカービンのマガジンを替え、即座にリロード。
すぐ前方まで迫っていたヒドラに銃口を向け、引き金を引く。
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン――。
五つの発砲音が森に響き渡り、ヒドラは今度こそ完全に息絶えた。
◆
「あの、キャロルさん、本当、自分で歩けるので降ろしてください」
「やーだね」
森から村への帰路。
アシュリンの火の魔術を頼りに、ボクたちは木々の狭間を進む。
ただ、マナを使い切ったボクは一歩も動けず、キャロルさんにおんぶされていた。
真っ赤な顔で恥ずかしがるボクの姿を見て、アシュリンはいつまでも笑い続け、ムラサキも笑いをこらえている。今までおんぶする側で苦しんできたが、まさかされる側でも苦しむことになるとは思わなかった。絶望しかない。
「しっかし少年の魔術、アレ面白いねえ。私も初めて見たよ」
「あ、あの……他言は避けて頂けると助かります」
「わかってるわかってる。面倒だもんねえ、注目されるのって」
キャロルさんはからからと声を出して笑った。
「少年のあの力はぜひ聖樹十字団で使うべきなんだけど、魔導士にはならない感じなの?」
「まだ決めかねていますけど……どうして魔導士になるべきだと?」
「およよ、まさか自覚はない感じ? 多分、ヒドラに魔術が効かなかった子たちならわかるよね?」
キャロルさんが両隣のアシュリンとムラサキを見る。
「グリムくんの創造したジュウは、ヒドラの晶壁を簡単に貫いていました」
「魔術でもない攻撃方法でV級の悪魔を倒せるなんて、革命的だわ」
「そゆこと。ふふん、少年が魔導士になったら面白いことになるぞう。まぁそういう点も含めて、当分は内緒にしておくべきだろうけどもね」
確かによく考えれば、悪魔の晶壁はマナを反射するためのものなので、ボクが創造した剣や鎖と同様に、銃弾も晶壁を貫通できる。しかも銃なら近接武器と違って、相手の魔術を掻い潜って接近する必要もない。悪魔との戦いで非常に有利だ。
魔術によって創造されたものが何で晶壁に反応しないのか、少し不思議だけど。
「今日の実績を上に報告すれば、君ら三人に入団試験を優先的に受けさせられるからさ、十五才になったら都に来ない? 後輩を失ってお姉さん寂しいのよ」
「なんて個人的な理由……」
キャロルさんの提案に、アシュリンが目を輝かせている。
それから何故か、ボクの顔をじっと見つめた。
――アンタはどうすんのよ、とでも言いたげだ。
「キャロルさんは都からいらっしゃったのですか?」
「まぁ魔導士の本部は皇都『ローレンディウム』にあるからね。最近は後輩の教育も兼ねて地方巡りをしていたけど、今回の報告も兼ねてまた都へ戻ることになるかな」
「魔導士は各地を巡ることができるのですね?」
「そりゃそうさ、私らの仕事は国内全ての民を守ることだからね。下っ端はともかく、私みたいなA級魔導士なら移動に制限なんてほとんどないよ」
「グリムくん、今の聞きましたか?」
ムラサキが嬉しそうにボクを見る。
その言葉を聞いて、肝心な事実に気付いた。
「そうか、その手があったか」
魔導士になれば、各地に存在するかもしれない異世界の兵器を、仕事という名目で捜索できる。
都にいれば、情報も手に入りやすいはずだ。
銃器の創造ができるようになった今――魔導士を目指さない理由がない。
「キャロルさん、魔導士になるために必要なことを、ボクらに教えて頂けますか?」
「おおっ、やる気になったのかい?」
キャロルさんが目を丸くした。
両隣のアシュリンとムラサキは、大喜びでボクに抱きつく。
「最高の魔導士を目指してみるのも、良いかもしれません」
こうしてボクの二度目の人生に、新たな目的が生まれた。
銃の次は戦車や戦闘機。目指すは戦艦や空母。
最終的には自分オリジナルの兵器を創造してみせる。
自分の好きなものを創り続けること。
それが生まれて初めて手に入れた、ボクの覚悟だからだ。
魔導士について、三人でキャロルさんに質問を続けているうちに、空が白み始め、木々の隙間から朝日が差し込んできた。
長かった夜が、ようやく終わる。
そして最高の魔導士を目指すための、新たな日々が始まる――。
次からは、番外編を挟んで、
第2章『皇都ローレンディウム編』が始まります。
ここまでお読みいただいた方、ありがとうございます。
引き続き、成長したグリムたちの冒険にお付き合いいただけますと幸いです。




