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第7話『覚悟』~後篇~

 魔導士(エクソシスト)


 悪魔退治専門の魔術師。


 ボクは話に聞いた時、鎧を身につけた騎士のような姿を想像していた。

 しかし今実際に目の前に現れた彼女、キャロルさんは特殊な防具など一切身に着けておらず、背に十字のエンブレムが描かれた純白のマントをまとっている程度だった。肉体を鍛え上げているでもなく、相手を射殺すような鋭い眼つきをしているわけでもなく、飄々として掴みどころがない。


 一目で彼女が戦闘のプロだと見抜ける人は、そういないだろう。


「えーと、ルート・ファイ……めんどい、省略スキップ


 そんな印象は戦いが始まると払拭された。

 巨大な蛇を三匹まとめて相手にしながら、余裕を崩さないキャロルさん。


 戦闘スタイルは至ってシンプルで、魔術で牽制をしながら隙を見て斬りかかる、ただそれだけ。

 あまりに気楽そうに戦うので、見ていると本当は弱い悪魔なのではないかと、思えてしまう。しかし、それこそ彼女が強者である何よりの証だろう。洗練された動きを簡単にできてしまうほど、キャロルさんは技術を物にしているのだ。


 そして何より、詠唱(ルーティング)の隙が一切ない。

 十字型の双剣が魔道具(ルーター)であり、攻撃の回避やフェイント、牽制の一撃など、剣を使った動作一つ一つが魔法陣の形成に繋がっている。行動の中に詠唱(ルーティング)が組み込まれていて、斬撃の軌跡が次第に複雑な魔法陣を創り上げていく様子は、まるで踊りながら絵画でも描いているかのようだ。


「あらら、囲まれちゃったか」

 キャロルさんが巨木を背にして、足を止める。

 三匹の蛇たちが協力し、自らの身体で彼女を囲い込み、逃げ場を封じたのだ。


 残念ながら、まだ魔法陣は中途半端で完成していない。

 このままじゃ回避は不可能だろう。


 ボクは長剣(ロングソード)を創造し、蛇に斬りかかろうと立ち上がった。

 しかしそんなボクに対して、キャロルさんは大人しくしているよう手で促した。そんな彼女の細い指が、足元の地面を指し示す。


 地面に残っているのはキャロルさんの足跡。

 よく見ればそれはただの足跡でなく、巨大な魔法陣を形成していた。


「手だけじゃ満足してくれないなら、足技でイカせちゃうまでよん」


 キャロルさんが地面に双剣を突き立てる。

 魔法陣が輝きを放ったかと思うと、内部にいた蛇たちが炎の渦に飲み込まれ、更に強烈な爆発まで引き起こした。


 そして三匹の蛇たちは全員黒焦げになり、地面へと崩れ落ちた。


「名付けて、ウィアード・バーニングハイパーハリケーンバーニング! うーん……適当な術式(ルート)にしては上手く決まったかね」


「適当だったのか……」

 しかもバーニングが被ってるし。

 ツッコミたいのを押さえ、ボクはキャロルさんの元へ駆け寄ろうとした。


「あの、ボクたち実は、」

「ああ、だいじょぶだいじょぶ。理由なんて聞かないよ」


 状況を説明しようとしたら、鼻先をちょんとつつかれた。


「どんな理由であれ、民を見かけたら助ける、守る、守り切る。それが魔導士(エクソシスト)なわけさ。そんじゃ、倒れている二人を起こして村へ帰ろう帰ろう、今日はやけにお腹が空いたからねえ、しゅっぱーつ」


 そう言って、キャロルさんは歩き出そうとした。


 ――どてっ。

 そして前のめりに倒れ込んだ。

 唐突な事態に、ボクとムラサキは唖然としてしまう。


「きゃ、キャロルさん?」

「今更、さっきの毒が効いてきちゃったかぁ……こりゃあ死ぬかもなぁ」


 キャロルさんのマントをめくると、へその近くに大きな傷があった。

 傷口の周囲が青く変色していて痛々しい。


「きゃあ、こらー、おねえさんのからだ、かってにみるのきんしー」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 今すぐ村まで運ばないと、命に関わりますよ!」

「グリムくん、私に診せてください」


 ボクと交代し、ムラサキが傷口に治癒の魔術をかける。

 しかし傷口はある程度塞がったものの、肌の色は依然として治っていない。


「ダメです……毒が回り過ぎていて、応急処置ではどうにもなりません。完全に治すには、私一人の力では数時間かかるかもしれません。どうして、ここまで放っておいたのですか? 噛まれてすぐに治療すれば、ここまで酷くならなかったのに」


「……ははは、ちょっと事情があってねえ」


 白い顔でキャロルさんが苦笑した。

 強がってはいるものの、やはり限界は近いんだ。


 しかも、森の中にいたせいで気付かなかったが、既に空が暗くなり始めている。


 村までキャロルさんを運び切る前に日が沈んで、身動きがとれなくなってしまう。


 何か、何か策を考えなければ――。


「そうだ。確か、このすぐ近くに川と洞窟があったはずです。今日はそこで夜を明かすことにしましょう!」


「……わかった! ムラサキはアシュリンを頼む、ボクはキャロルさんを運ぶよ!」


 まだ気絶中のアシュリンをムラサキにまかせ、キャロルさんの身体をおんぶしようと試みた。

 しかし、ボクの身体はまだ十二歳の子どもだ。

 ただでさえボクよりかなりの長身な上に、装備品の重さもあって、キャロルさんの身体はなかなか持ち上がらない。


 このままでは洞窟まで運ぶ前に、日が沈むどころか夜が明ける。


「おいおい、お姉さんの身体、結構重たいぞう? 大丈夫かい?」

「大、丈夫、です……! 子どもの頃から、おんぶには慣れてますから」


 アシュリンを何度もおんぶさせられた、幼少期の記憶がフラッシュバックする。

 気合を入れ、陽の呼吸(ブレス・オブ・サン)で体内の魔力を最大限まで高めた。


魔力強化(エンチャント)――全身(バースト)!」

 ありったけのマナを全身にまとい、キャロルさんをおんぶして前へ駆け出す。

 そしてムラサキの後に従い、森の中を走り続けた。


 ムラサキの背中では、アシュリンが頭から血を流し、気絶している。

 先ほどから反応が見られない。

 大丈夫だろうか。頼む、大丈夫であってくれ。


 ――ボクの、せいだ。


 胸を刺すような痛み。襲いかかる後悔の念。

 アシュリンが襲われる刹那、ボクはまた迷ってしまった。

 誰かを助ける時にはもう迷わないと決めたのに、また失敗を繰り返した。


 せっかく転生したっていうのに。

 ボクは、ボクは――

 

「落ち着きなよ、少年」

 耳元でキャロルさんがそっと囁いた。


「あの子なら大丈夫さ。それより、君がクヨクヨしていたら、この森から生きて帰れないかもしれない。覚悟を決めとくんだね」


「ど、どういう意味ですか……?」


 その時、背後から恐ろしい唸り声が聞こえてきた。

 あまりの声量で、森全体が振動したように、木々がざわめく。


「あのバケモノは……まだ生きているってことさ」


 何かを守りたいと思ったなら絶対に迷うな。

 それが覚悟ってもんだ。


 遥か昔に聞いた祖父の言葉が、ボクの脳裏にこだました。

 

 ⇒第8話『豊和M300』

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