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第1話『スミス&ウェッソンM29』

「お前なんかもう息子じゃない! 二度と家に帰ってくるな!」


 絶縁宣言と共に通話を切られた。

 ボクは携帯電話を手にしたまま、川岸で立ち尽くした。


 へなへなと川辺の端に座り込み、ぼんやりと空を見上げる。

 雲一つない青空が、ボクの気分までブルーにした。


 すぐ下の川を覗き込むと、昨晩の大雨の影響で濁った水流がざあざあ音を立てていて、飛び込んでしまいたい欲求に駆られた。


 濁流の荒れぶりはまるで、現在のボクの心情を具現するようだ。

 ――ああ、またやらかしてしまった……。


 今日の失敗が思い出されて、また泣きたくなる。

 ボクは今日、四年間の引きこもり生活から卒業しようと、勇気を出してアルバイトの面接を受けてみた。久しぶりに親以外の人と会話し、緊張で口が回らずに苦労したものの、途中までは順調に受け答えができた。店長の反応も上々で、この調子なら採用されるかもしれない――と、心の中で期待していた。


 しかし、最後の最後で悲劇が起きた。

 店長がモデルガン好きで、ボクに銃器の話題を振ってきて――


「好きな銃器と言えば『スミス&ウェッソンM29』ですね。ハンドガンとは思えないほどの威力、武骨でたくましい外見、どれをとっても素晴らしいです……え? M29の威力がどれくらい強いか、ですか? 店長さん知らないんですか!? 元々M29は大型動物を狩猟するために開発されたものです! M29に採用された44マグナム弾ならホッキョクグマだって無力化できます! 人間のドタマなんか一発で吹っ飛ばせますよ……! 当初は一般人が持つには過剰な大きさと威力から敬遠されていましたが映画『ダーティハリー』での活躍から人気が爆発っっ! 最強の銃の代名詞として一時は法外な価格がつくほどの品不足となり――」


 気付いた時には手遅れ。

 銃の魅力について十分以上語り続けた後で、店長から白い目を向けられていた。


 これこそがボクの最大の欠点……ボクには昔から、銃器の話題の時になると我を忘れてしゃべりまくってしまう癖があった。

 この悪癖が原因でこれまで友達などできた試しはないし、アルバイトも満足にこなせなかった。幼少期に祖父から様々なミリタリーの知識を教え込まれた影響で、骨の髄までガンマニアとなってしまっている。


 その結果が、引きこもり歴四年の現状である。

 一念発起してバイトの面接を受けてみたものの、ごらんのありさま。

 自分がどれだけ社会不適合者なのかを、再認識させられただけだった。


「親からも見放されて……これからどうしたらいいんだ」


 むしゃくしゃして足元の石を川に放り投げる。

 水面を二度跳ね、石は水底に沈んだ。


 すると、水面にできた波紋の上を小さな影が通り過ぎ、そのままボクに向かって飛んできた。


「ひぇっ――!?」

 影はボクの目前で軌道を九〇度変え、上空に高々と飛び上がった。

 そこでようやく正体に気付く。


 それは美しい灰色の戦闘機。

 第二次世界大戦の初期に活躍し、後に神話とまで称される日本の進撃を支えた名機『ゼロ式艦上戦闘機二一型』――を忠実に再現したラジコンだ。機体の側面と翼に日の丸が描かれている点は、後に開発された機体と同じだが、一般的なゼロ戦のイメージである深緑色ではない。その明るい灰色で塗装された機体は祖父曰く、天空の雲みたいに美しかったそうだ。


 前方を見やると、川岸で十才くらいの男の子がラジコンを操作していた。

 近くに友達や両親の姿は見られないが、男の子はとても楽しそうに笑っている。その姿を見ていると、何だか自分の幼少期を想起させられた。両親が共働きだったボクは幼い頃、よく祖父と一緒にラジコンを飛ばして遊んでいたんだ。


 真偽は定かでないが、祖父は戦時中にゼロ戦の整備師として活躍したそうで、ラジコンの改造や操作が誰よりも上手かった。山の中の倉庫に銃器や戦闘機の部品など様々な物を隠し持っていて、ゼロ戦の設計図を自慢げに見せながら、「ゼロ戦はワシが育てた」と語るのが生前の祖父の癖だった。


 祖父は本当に色んなことを教えてくれた。

「友達をたくさん作り、人生を楽しめ」とよくボクに言っていた。


 でも今のところ、その言いつけはまるで守れていない。


「ごめんね……ボク、じいちゃんみたいな男にはなれなかったよ」


 今更反省したところでどうすることもできない。

 人生にリセットなんて、効かないのだから。


「あ、れ……?」

 再び石を拾って投げようとしたところ、ふと気付いた。

 元気に飛び回っていた飛行機が、地面へ真っ逆さまに落下していることに。


 飛行機は川原に激突してバラバラに砕け散った。


「男の子も……いない?」


 川の中からばしゃばしゃという音が聞こえた。

 水しぶきが上がり、男の子の苦しそうな顔が見えた。

 きっとラジコンの操作に夢中で、あやまって川に転落したんだ。


「ど、どうしよう! だ、だ、誰か――」

 きょろきょろと周囲を見渡すが誰もいない。

 この川辺は住宅地から離れていて、人通りが極めて少ないのだ。


 しかも昨日大雨が降っていたせいで、川の流れはかなり早い。

 助けを呼びに行っていたら、男の子は溺死してしまう。


 どうすれば良い。ボクはまずどうするべきだ。

 こんな時はどうするのが正解なんだ――。


「たす、っけ……」

 男の子の助けを求める声が聞こえた。

 その瞬間、頬がカっと熱くなり、自然と身体が動いた。


「待ってて! 今助けるから!」


 着衣のまま川へ飛び込んだ。

 凍えるような水の冷たさも気にせず、力いっぱい泳ぐ。

 だが水を吸った服は鉛のように重く、まともに泳ぐことができない。


「はぁ……はぁ……く、そ……」

 無我夢中で両手両足を動かして、男の子の元へ。

 男の子まではたった数mの距離だが、25mプールみたいに長く感じられた。


 そして苦労の末に、ボクは何とか男の子にたどりつく。


「おまた――あぶっ!?」

 手を伸ばすと同時に、男の子にアッパーカットを決められた。


 パニックでこちらの声に気付いていないのだろう。

このままではボクまで一緒に溺れかねない。今すぐ男の子から離れて、川岸に戻らないと危険だ。しかし、それは男の子を見捨てることを意味する。


 一体どうすれば――

 その時、祖父の言葉が脳裏に甦った。

「何かを守りたいと思ったなら絶対に迷うな……それが覚悟ってもんだ」


 ボクは無我夢中で男の子の身体を抱き寄せた。

 そして悪戦苦闘の後、男の子を川辺まで押し上げることに成功した。


「もう……だいじょう、ぶ……」

 しかしそこで力尽き、ボクは水流に飲み込まれてしまう。

 男の子がボクへ手を伸ばし、泣きながら何かを叫んでいたが、まったく聞き取れなかった。


 手足を動かす元気もなくなり、身体が水中に沈んでいく。

 呼吸しようとしても川の水を飲み込むばかりで、苦しくなる一方だ。

 自分が死ぬだろうことを何となく悟ったが、不思議と悲しくはなく、むしろ穏やかな心持ちとなっていた。


 祖父は山の中でクマと相打ちとなって死んだ。医者の話によれば、クマから致命傷を受けながらも、人里へ向かわせないために執念で撃ち殺したらしい。自分の言葉を体現するように、祖父は死の間際まで迷うことなく、誰かを守り続けたんだ。


 そしてボクも、最後の最後に迷いを吹っ切って、命を一つ救えた。


 祖父のように生きられなかったけど、祖父のように死ぬことはできた。


 ボクにはそれで十分だった。

 十分、幸せだった。


「銃が……撃ってみたかったな……」


 唯一の心残りは死ぬまで銃に触れられなかったことだ。

 一度で良いから心ゆくまで銃を撃ってみたかった。死んであの世に行ったら、祖父に撃たせてもらえないだろうか。あの世には銃刀法が敷かれていないだろうか。そもそも、銃器は存在しているのだろうか。


 地獄でも天国でも良いから、どうせなら銃を撃てる世界に行きたい。

 まぁ両親にさんざん迷惑をかけてきたボクは、地獄行き確定だろうけど……。


 考え事をするのも辛くなり、そっと目を閉じた。

 死ぬほど辛かった水の冷たさも既に感じない。

 荒れ狂う濁流の轟音も聞こえない。


 ただ感じるのは、身体が水底へ沈んでいく感覚ばかりだ。

 どこまでも、どこまでも、深く深く、ボクは沈んでいく。

 

 こうして誰にも看取られることなく、ボクの人生は終わった。




        ◆




 意識を失ってからどれだけの時間が過ぎただろう。


 ボクが水底に到達することはなかった。

 ボクのたどりついたのは、水中とは思えないほど温かい光に包まれた空間だった。


 ――ここはどこだ? 天国、って奴なのか……?

 こうべを上げると、太陽のような輝きの中で、女性らしき影がボクを見下ろしていた。


光がまぶしくて顔はよく見えない。

 女性はゆっくり唇を動かして、何か言葉を発している。


「……勇者…………」

 ――勇者? 何を、言っているんだろう。

 身体がぴくりとも動かないので、黙って少女を観察し続けていると、不意に光の中から真っ白い腕が伸びてきて、ボクの胸元に触れた。


 すると、血液が沸騰したみたいに体温が跳ね上がった。


「えっ――」


 そしてボクの肉体は光の粒子となって拡散した。

 意識だけが宙ぶらりんとなったように、ボクは目の前の少女を見つめ続ける。

 口元からだけでも、少女が悲しんでいるのは伝わってきた。


 一体この子は、何をそんなに悲しんでいるんだ――。


「……を救ってください……万物を創り出す……その力で」


 ――救うって、何を……? 言う通りにしたら、君は笑ってくれるのか?


 問いかけようとしても声は出ない。

 夜の闇が訪れるように、辛うじて保っていた意識が沈んでいく。

 それがボク死ぬ前に見た、最後の記憶(ユメ)だった。



        ◆



 すぐ近くで、誰かが何かを話している。

 ボクは確かに死んだはずなのに、どういうことだろう……。


《見なよ、ラモーナ。元気な男の子だよ》

《ありがとう……キム。こんな状況で出産に立ち会ってもらってごめんなさい》

《おめでたいことじゃないか。こんな日に襲ってきた奴らが悪いんだよ、あの憎たらしい悪魔どもめ。おかげで洗礼も何もかも後回しだ》


 それは恐らく、英語に近い言語だった。

 何を言っているのか全然わからないが、会話する二人が凄く嬉しそうなのは感じられた。地獄の鬼の会話とは思えない。まさか、ボクを天国に送り届ける天使たちの会話だろうか? こんなニートでヒッキーなボクでも迎え入れてくれるとは、楽園は案外懐が深いのかもしれない。


 天使の姿を一目見ようとまぶたを上げてみたが、視界がぼやけている。また、声を出そうとしても言葉にならず、「あ〝っ、あ〝っ」と、アヒルの鳴き声みたいな音しか出せなかった。身体もろくに動かせやしない。一体どうしたのだろう。

 混乱していると、誰かにぎゅっと抱きしめられ、耳元で優しく囁かれた。


坊や(マイリトルベイビー)、怖いかもしれないけど大人しくしててね》


 今度は一単語だけ聞き取れた。

 ベ、ベイビー? 赤ん坊……って?


 恐る恐る自分の手を見てみると、その手は紅葉みたいに小さかった。

 手だけじゃない。足も、身体も、認識可能な自分の肉体全てが赤ん坊サイズだ。

 本当に正真正銘、ボクは赤ん坊となってしまっている。


 ――ど、どうしてボク、赤ん坊になっちゃってるの!?


 混乱は増していく一方だった。

 前世の記憶を引き継いだまま、転生したというのだろうか。

 そんな奇跡体験の番組みたいなことが、現実に起こり得るのだろうか。


《ラモーナ! キム! 早く馬車に乗れ! 悪魔が近くまで迫っている、早くこの村から脱出するぞ!》


 男性の怒声が聞こえたかと思うと、激しい揺れが襲ってきた。

 どうやらボクを抱いている女性が歩き出したようだ。

 声の慌てぶりからすると、何か一大事が起きているのかもしれない。


《ラモーナ、急げ! 早くしないと悪魔に殺され――ぐぁぁぁっ!》

 近くで男性の悲鳴らしきものが上がった。

 それと同時に、ぐるるるっ、と獣の唸り声が聞こえてきた。


I][]^/'7(ディォナァ)……35[4(l*3(エスクァ)……#?^^[L^/(フゥマァァァ)……》


 また知らない言葉が聞こえてきた。

 しかし先ほどまでの言語とは全く異なり、言葉の意味など一切伝わらず、声色も酷くおぞましかった。

ゾワッと全身が総毛立つ。

 視認することはかなわないが、その存在は容易に感じ取れる。


 すぐ前方に、ソイツはいる。

 確かな殺意を孕ませて、ボクの前に立ち塞がっている。


 ――た、助けて、じいちゃん……。

 思わず心の中で祖父に助けを求めた。

 昔ならここで、祖父が猟銃を持って現れ、ボクを助けてくれた。

 そんな祖父の姿に憧れて、ボクをどんどん銃にのめり込んでいった。


 けれど、もうこの世界に、祖父はいない。

 ボクを助けてくれる人なんて、誰もいないんだ。


《ラモーナ、あの化物はあたしが引きつける。アンタは赤ん坊を連れて馬車へ乗りな……身体がろくに動かないだろうけど、頑張るんだよ》

《キ、キム、何を言ってるの!? 二人の魔術を合わせればきっと――》

《バカだね。あのワン公は明らかに(バリアント)級の悪魔さ。魔導士(エクソシスト)でないあたしらの魔術じゃ、かすり傷だって負わせられないよ》

《そん、な……》


 女性たちの隙を突き、前方の獣が飛びかかってきた。


6I2444444(グルァァアァァ)44444(ァァアァァ)……!》


 獣が咆哮を上げる。

 あまりの恐怖で全身が震えた。

 だが同時に、ボクは無意識に右手を前へ突き出していた。


「う〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝ッ!」


 自分でも意味不明な雄叫びをあげた。

 こんなことをしても意味がないことはわかっている。


 しかし――もう迷わない。今度こそ迷うわけにいかない。


 生前のボクは、悩み続けて大切な物をいくつも失ってきた。

 せっかく転生したかもしれないんだ。


 やりたいことを全力でやってやろうじゃないか!

 

 ――守りたい――守らなきゃ――守ってみせる!

 ボクの思考を支配するのは、ただその一念のみ。

 何とかして迫りくる獣に抵抗しようと、懸命に右手に力を込めた。


《み、見て、ラモーナ! アンタの赤ん坊の手が!》

《えっ……?》


 すると突然、右手がまばゆい光に包まれ――


 耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。


 おぼろげな視界の中で、何かが倒れてゆく。

 それは外見がオオカミと酷似した大きな獣。

 そしてその頭には、巨大な風穴ができていた。


 ――何が起きたというんだろう。 


 全身から力が抜け、猛烈な睡魔が襲ってくる。

 かすんでいく意識の中で一瞬、右手から何か、巨大なものが滑り落ちるのを見た気がした。

 それはなんと、ボクの一番好きな拳銃『スミス&ウェッソンM29』。

 ボクが面接で力説し、子どもを助けて溺死する遠因にもなった銃だ。


 見間違いというにはでき過ぎた、ジョークのような話だった。


 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


 諸事情により、新たなアカウントを取得しました。

 よろしくお願いいたします。

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