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街からロッジへと戻ってから数週間。断続的に聞こえる噂話では集落の襲撃は起きてはいないということだった。多少の肩透かしを食らいながらも薬師としての技能を最大限使っていざというときのための準備は進めている。
ユイはあれから街には行っていない―――というより行かせていない。理由はいくつかあるが、大きな理由としては街が殺気立っているためというのがある。クロウの話では集落の襲撃といった焼き払いは起きていないがボヤ騒ぎや近隣の森が一部山火事になるなどの事件は起きており、それが『俺やユイが犯人ではないか?』という噂が持ち上がっているためだという。
ただ、この噂に関しては自分から動く必要は無いとのこと。なんでも街の領主が自ら戒めの御触れを出してくれたらしい。考えてみれば当たり前で、この問題に対処せずに住民が俺やユイを問い詰めるか殺すために森まで来たり街で騒動を起こせば、エルフの王都が出張ってくる事態に発展しかねない。
そうなると領主は自己の預かる領地の管理責任を追及を受けるのは確実で下手をすれば領主としての立場も危なくなる。それは今までの生活ができなくなるのと同義だ。それだけは避けたいというのが見え隠れしている。
(まぁ、クロウさんに至っては―――)
『お前さんの薬が無くなるのは痛手でしかない。それにここで見捨てるならあん時に手出ししてねー!』
―――と言った言葉をもらえて密かに嬉しかったのは秘密だ。ともあれ、街では解決の糸口の見えない焼き討ち事件にかなり鬱憤や不安が溜まってきている。このままではいずれ暴発してもおかしくないのだが…
(正直な話、情報が少なすぎて何が起きているのか全容がつかめないんだよなぁ…)
関わっているのはどの種族でどれだけの人数なのか。何かの結社みたいな組織的なものが関わっているのか。対処を誤れば俺たちの命は無いかもしれないというのに―――
「お兄様、夕食の用意ができましたよ」
「ん。今行く」
何も思い浮かばないのでとりあえず飯でも食って一息入れてから改めて考えることにしよう。
食事をとり、ロッジの備え付けのイスに座って普段は薬の採集に使うナイフの手入れを行う。ナイフを対人で使うような状況は避けたいが万が一にも向こうから来てしまわないともかぎらない。
「そんなことなければいいんだが…」
「お兄様、お隣いいですか?」
「うん?あぁ、どうぞ」
「では」
静かに隣のイスに腰かけたユイの手にはユイに頼んで用意させた食糧の入ったリュックが抱えられていた。
「どうしたんだ?」
「…不安なんです。何も起きていない、今のこの状況が…」
「そうか…」
ユイが不安になるのも仕方のないことだろう。正直、ここまで長期にわたってこの問題が続くとは俺自身思っていなかった。身構える側としてはこの時間が一番疲弊するというのに―――
(まさか街のやつら、これが目的じゃないだろうな…?)
「……えっ?」
「どうした、ユイ?」
ユイの視線は街のあるだろう方角の空を見上げている。何か見えるのだろうかと自分も視線をそちらへと向けると―――巨大な黒煙と赤々とした炎が森の木々越しに上がる。
「なんだぁ!?」
「お兄様、あれはいったい…?!」
「わからん。わからんが―――」
街で何かが起きた。それもとてつもなくまずい何かが―――
「ユイ!例の準備をしたら街へ行く!!」
「わかりました!すぐに準備いたします!」
ナイフを腰の鞘に納めて襲撃されたときにと用意していた旅装束とリュックを背負ってロッジを出る。やや遅れてユイが出てくるとロッジに鍵をかけて走り出す。
―――この問題の渦中となっただろう街へと向かって…