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ひとしきり笑いあうとお馴染みとなった薬の交渉が始まる。先ほどクロウ自身が言っていたようにシズクの作る薬は比較的高めに値段設定を行っても売れるのだ。
理由としては傷によく効くというのが一つ。あとはこの手の薬には飲み薬と塗り薬に分かれるのだが、この世界における飲み薬は使われている薬草等の加減で基本的にすごく苦い。特に子どもにとっては飲まされる際には泣き喚くほどに飲みたくはない劇薬である。
対してシズクの知識では本来は使用しないハーブや蜜を使うことで苦みを和らげるように精製されている。当然、本来の用途とは違ったものが混じっているために効力が多少は変化しているものもあるのだが…
「効力が多少違おうと本来の薬よりは格段に飲みやすいんだ。ガキがいる親なんかにゃ大助かりな代物だし、旅先で飲まないとやばいような緊急時だと苦いのは吐き出しちまうやつもいるくれーだ」
「味の改良をしようと考える方っていないのですか?」
「基本的には効力重視だな。『良薬は口に苦し』って言われてるぐれーだし、ある程度は仕方ねーよなってのがほとんどのやつが思ってることさ。だからこそ、シズクの薬の需要ってのは高くなるのさ」
「そのおかげで儲けさせてもらってるよ」
薬を渡して対価の代金を受け取る。
「うむ。こんだけあればしばらくは困らねーな。今日は買い物したらとっとと帰るのか?」
「長居する必要はないしな」
「あっ、お兄様。あのことはどうするのですか?」
「うん?あぁ、忘れてたな」
「なんかあったのか?」
シズクは街へ出てくる際に森の中で見かけた人影のことを話す。最初は訝しげに聞いていたクロウだったが…
「確かに気になるな。あの森には俺らエルフは近づかねーし…」
「本当なら俺から領主に伝えることなんだろうけど…」
「構わねーさ。その話、俺の方から衛兵に伝えておいてやる」
「お手数かけます」
「気にすんな気にすんな!」
豪快に笑うクロウに頭を下げる。ひとしきり笑ったクロウは何かを思い出したように手を叩く。
「そうだ。すっかり忘れてたぜ!お前には伝えとかねーといけねーことがあった!」
「俺に?}
「あぁ、そうだ。ちょっとこっち来い」
ユイから少し距離を取ると肩に腕を回され、耳元に口が来るようにクロウの頭が近づく。
「衛兵共が話してやがったから確定情報だ。人族領地近くのいくつかの集落が何者かに襲われたって話だ」
「…どういうことですか?ヒューマンが侵犯してきてるってことですか?」
「詳しくは知らん。だが、聞いてた限りじゃいくつかの集落が丸焼けになってかなりの死傷者が出てるらしい」
「………」
「お前のことだから大丈夫だとは思うが、一応な…」
解放されると力強く背中を叩かれ、思わずむせる。
「まぁ、そういうわけだ。気ぃ付けとけ!」
「けほっ。わかりました」
「お話は終わりましたか?」
「あぁ。じゃあ、帰るか」
「はい、お兄様。クロウさん、さようなら」
「おう!また顔出しに来いよ!」
クロウに手を振って別れると、街の市場で買い物を済ませるとロッジのある森へと戻っていく。
今日も変わらない街をテラスから眺める。変わらないことは平和であるという証であり、何も変わっていない…停滞しているということだ。
それが何も悪いことではない。民が変わらずに生活できている。王族としてこの城に住む一人としては、そのことは喜ぶべきことだ。
ーーーだが、本当は喜べないことがある。ここにはあの二人が居ない。私の友人だった兄妹が…。
「未練がましいですね。もう五年は過ぎるというのに…」
そんな、変わらない風景にも今日ばかりは違いがあった。もう、この街では見られないと思っていたのだが…。
「あれは…」
忘れるはずがない友人の姿が街にある。いつもなら険しい表情を貼り付けて、一人で街を歩いている彼が妹を連れて旧友たる宿屋の主人と楽しそうに話をしている。
「……よかった」
笑えている。笑いあえている。二人の笑顔はもう見られないと思っていたのに…。今日はとても良い日だ。
「姫様、またテラスから街を眺めておられたのですか?」
「えぇ。今日は良きものが見れました。やはり、毎日少しでも街を眺めてみるべきですね」
「あらあら。本日は本当に良きものが見られたのですね。そのような姫様の笑顔を見るのは久しぶりにございます」
「あら?私は、笑えているのかしら?」
「はい。とても良い笑顔をしてらっしゃいます」
そう、笑えている、か。ならば、私は嬉しいのだな。あの二人が街に顔を出してくれたことが。笑って過ごしてくれたことが。
「ならば、私も今日は楽しく過ごせそうだ」
否、楽しく過ごさねば怒られそうだ。あの二人にーー