page.03
「ただいま」
「お兄様、おかえりなさい」
本日中に終えなければならない薬の調合を終えて一度家へと戻ってきた。しかし、雫としての自分ならわかるはずのない野草やキノコの類の知識が次々と頭に思い浮かび、どれをどのような工程を経ると望んだ薬を作ることができることがわかったのは助かった。わからないと今後のここでの生活は不可能でもある。
「本日はいい魚が手に入りましたので、香草焼きにしてみました!」
「おぉ!」
現実では拝めなさそうな大きな魚が大皿に盛られ、芋のようなものを蒸かして潰してサラダにしたようなもの。主食となるのはナンのようなふわふわとしたパン。
「奮発したなぁ」
「ふふっ。お兄様にはお仕事を頑張っていただかないといけませんから」
片手を口元に当てて笑うユイを見て思わず姉である結衣と比べてしまう。
(姉貴もこんな感じで笑うことがあるんだろうか…)
思い出されるのは自分の肩を叩きながら豪快に口を開けて笑っている姉の姿。どちらかといえばワイルドでなにかにつけて大雑把な姉はこういう料理はしないし、いろいろな点で今目の前にいるユイとは正反対の存在だ。
「あんなのでも、会えないと寂しいものなんだな…」
「お兄様?」
「ううん、なんでもないよ。さあ、料理が冷める前に食べてしまおう」
料理を食べ、一息ついていると後片付けを終えたユイが隣に座る。何も話すことはなく静かに時が過ぎていくのを感じながらも不思議と心地よく思いながら、ただそばにいる。
森の方からは鳥のさえずりや木々の木の葉のすれる音。思わず眠くなるような雰囲気に浸っていると、不意にユイが口を開く。
「お兄様、今日はこの後に街に出向くのですか?」
「ん?そうだな…、依頼品の納品とかもあるからもう少ししたら行こうかとは思ってるけど」
「私も、一緒に行ってもいいですか?」
「ユイも?」
記憶の中のユイは一度たりとも街へついてこようとはしていない。思い出せる限りの記憶では行きたくはない気持ちも分からなくはないのでこちらから誘おうとは思わなかったのだが…
「怖くはないのか?」
「…まだ、正直なところ怖くはあります。ですが、お兄様は克服なされて街でも仕事を認められています。ですから、私も少しは前に進まなければ…」
「ユイ…」
兄であるシズクに対しては恐怖を持っていなくても街の人に対してはそういうわけではないはずだ。それでも、恐怖を押し殺して少しでも過去を克服しようとしているのならそれを止めようとするだろうか。
「わかった。でも、耐えられなくなったら必ず言ってくれよ」
「…!は、はい!」
この申し出を無碍にはできない。妹がトラウマになっているだろう過去を克服しようとするなら、できる限りの力を貸してやるのが兄の務めだろう。
「じゃあ、街へ行く準備をしておいで」
「はい。では、待っていてください」
いそいそと自分の部屋へと駆けていく後ろ姿を見て、柄にもなく笑みが零れる。怖くはある、でも兄と出かけることができるのは嬉しいといった気持ちがわかるのは兄としては冥利に尽きるだろう。
ユイの準備が整い、自分の仕事のカバンを肩にかけるとユイの手を握って歩き出す。不意に手を握ったためかユイは少し驚いた顔をしていたが、すぐに花の咲いたような笑顔で横について歩き始めた。