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真っ黒にこんがり焼けたレッドグリズリーは炭化した右腕から少しずつ崩れていく。そのありさまをナナイは眉を寄せていた。
「おかしいわね。『ヘルヘイム』とはいえ、ここまで燃えるはずはないのだけど…」
「姫さん、加減しろよ…」
「いやー、魔導なんざ初めて見たぜ!」
「す、すごいですね!」
純粋に驚いているのはクロウとユイだが、クロウの言葉を聞くに『魔導』と呼ばれるものをナナイ姫は使ったようで…。
「魔法、じゃないんだな…」
「私はこれでも『魔導師』。『魔法師』や『魔法遣い』と一緒にすることはやめなさい」
そう言われてもその3つの職業の違いがすでにわからない。
「兄様。『魔導師』とは名の通り『魔導』を扱う者のことを指します。『魔導』とは根源の詠唱を唱えることにより、『魔法』よりもより高次の力を扱うことのできる方のことを言うのです」
「対して『魔法師』や『魔法遣い』ってのは今の説明からでもわかんだろーが『魔法』を使える奴らだ。まぁ、『魔法』は種類にもよるが子どもでも使えるやつはあるからな。一般的なのは『魔法』だ」
「しかし『魔導』は違います。『魔導』はそれを修めた者でしか使えない強力無比な力なのです」
つまり『魔法』は習わなくても使えるが『魔導』は識らないと使えないのか。
「姫さんって実は凄かったんだな」
「実は、は余計です」
だってここまでの道中、今の魔導とやらを見るまではポンコツだったんだもの。
「しかし、よく燃えたもんだ…」
「それなのですが…、いくら魔導とはいえヘルヘイムは本来であれば上級魔法。魔導化して放ったといえどこれほどの火力は無いはずなのですが…」
「それは、レッドグリズリーに問題があるんです」
遅れて近づいてきたのはひしゃげた盾を小脇に抱える黒森人。
そういえばグリズリーはこの人を追いかけていたようだったが…。
「危機を救ってくださり感謝致します。しかし、私はすぐに向かわねばならない。都、アルザスへ!」
「はっ?」
「アルザス、ですか?」
ちなみに余談だが『アルザス』とはエーテルライト家の治めていた領地にある都の名で、つまり…今はすでに無い。
「えっと、その前に聞きたいことがあるんだけど…」
「えっ?ああ、申し訳ありません!私はユリーナ。ユリーナ・リーリウムといいます!呼びづらければ『ユリ』と略式呼称でけっこうです!」
「あっ、はい。よろしくな、ユリーナ。…じゃなくてだな」
ユリーナになぜ、レッドグリズリーに追われていたのか。アルザスにはなぜ向かっているのかを質問する。
「はい。実は今年は魔物の生態系の一部に異常が発生しているらしく、国都周辺の村や街に例年とは比べ物にならないほどの被害が出ているのです」
「魔物の生態系の異常?」
「はい。レッドグリズリーも例年であれば霊峰麓の縄張りから出てくることは極めて稀なのですが、この地域のレッドグリズリーは麓から離れてこの辺り一帯の村や街を襲撃している状態なのです。私は国都から派遣された騎士団の一員ですが我々だけでは防衛にも限界が見え始めており…」
「そのための救援をアルザスに頼もうとしてるのか…」
「はい。その途中で先ほどのグリズリーに捕捉されて度重なる襲撃を受けていたのです。本当に助かりました!ありがとうございます!」
頭を下げてくるユリーナを見て対峙したことには良かったと素直に思える。しかし、俺達は目の前の相手に酷な話をしなければいけない。
────救援を望む街は、すでに無いことを。
「───アルザスは、無い…?」
「ああ」
俺は数日前の竜人の襲撃とそれに伴うアルザスの消滅、王族を含む街の住人の死亡を伝える。
「片翼の竜人…?いや、それ以上に、街は…アルザスは滅んだと…?」
「ああ」
「間違いはないわ。唯一の生き残りはここにいる私とクロウの二人だけよ」
「そ、そんな…」
ユリーナは膝をついて項垂れる。その反応も仕方ないだろう。救援を望むためにグリズリーに襲われながらも街のためにここまで来たのだ。
だが、その街はすでに無く、街の生き残りも事実上はここにいる四人だけ。戦力に数えるにはあまりにも少なすぎる。
(とはいえ、このままここで時間を浪費するわけにもいかなくなったな…)
次の村までは半日たらずだが、その先にある主要都市がレッドグリズリーの襲撃を受けている状態ではその村が今も無事かどうかは怪しい。
村での食料等の補給が行えないと考えればユリーナを連れて強行軍で街まで行ってしまった方がいい。
「クロウ、どう思う?」
「そうだな。村には念のために寄るが、状況によっちゃあ、そのまま半日程度の道程を早めて街を目指すべきだな。ユリーナの嬢ちゃんが街を離れてからまだ半日ほどとはいえ、下手すりゃ街が落ちてるなんてシャレにならねーことになっててもおかしかねー」
「姫さん、いざとなったら俺が背負う。だから、多少の強行軍はいけるよな?」
「いいでしょう。私としても街が無くなるのは御免被りたいわ。私のような人を増やさないためにも…」
「よし。ユイはいけるか?」
「どんな道のりでも、兄様についていきます!」
「頼もしい返事だ!じゃあ、ユリーナ!」
「…はい?」
なかば放心しているユリーナの肩をつかんで視線を合わせる。彼女はもう、ほとんど諦めてしまっている。
だが、そう簡単に諦めてもらっては困る。
「俺達はとにかく少しでも早く目前の村に行く。だが、村の状況によっては街まで急ぐつもりだ。戦力としては俺達は見た通り、頼りない。だが、一人でも必要だって言うなら俺達はユリーナ達を手伝う。だから、立ち上がってくれないか?」
「…ですが、よろしいのですか?そちらは一刻も早く、国都にたどり着く必要が───」
「それはそうだが、だからといって困ってるやつを放っていくわけにもいかないだろ」
「…ですが──」
「いいから行きますよ。シズク、私が魔力の続くかぎり貴方達をサポートします。代わりに貴方は私をここから運びなさい」
「わかった。ユイ、クロウ、いけるな?」
「がんばります!」
「いつでもいけるぜ!」
「そういうことだ。いくぞ、ユリーナ!」
ユリーナの手を取って立ち上がらせる。それだけで、彼女も気持ちを切り替えることができたのか、泣きそうだった目許をこすって涙を飛ばす。
「よろしくお願い致します、シズク殿!」
「あぁ!いくぞ!」
『おおう!』と返事をもらって荷物はクロウに渡し、背中にナナイ姫を背負う。念のためにお互いの腰にロープを通してしっかりと固定する。
「これで多少荒い走り方しても落ちねーはずだ」
「苦しくないか、姫さん?」
「急ぐ以上、文句言っていられません。全員、とにかく一秒でも早く着くために付加魔法をどんどん使います。とにかく駆け抜けなさい!」
「頼もしい返事だよ。じゃあ、いくぞ。案内頼みます、ユリーナ!」
「わかりました!まずは村まで最短距離で駆け抜けますよ!」
「付加、【体力増加】【脚力強化】【思考加速】【筋力強化】」
「いきますっ!ついてきてくださいっ!」
付加魔法によって数段上に引き上げられた速さで街道を駆ける。
予定していた道程を半ば無理を通して駆け抜けた先。予定していた村は予想通りというしかないが、破壊され尽くしていて存在していなかった。
「これは…」
「破壊され尽くしている。いるが、死体がねぇな…」
「つまり?」
「村民はどこかに避難したんだろうな。───急ごう」
再び走り出し、多少荒れた街道を駆けていく。道中、いくつかの死体とレッドグリズリーらしき遺骸が転がっていて、苛烈な戦闘は未だに続いていることはわかった。
道程を駆ける中、ようやく丘陵の先に街の外壁が見えてきたところで、街の方角から怒号にも似た喧騒が響いてくる。
「みんなっ!」
「ユリーナ、焦るな!」
「ですがっ!」
「まあ、ちょいと落ち着け。シズク、街の状況はどう見る?」
「あぁ、そうだな…」
ナナイ姫を下ろしながら丘陵の先に見える街は戦闘の真っ只中にあった。
外壁の上から弓を射る者、壁の門を幾人もの騎士が剣を振るって近づいてくるレッドグリズリーを退けようとしている。
しかし、丘陵から見えているだけでもレッドグリズリーの数は十数体にものぼる。今から自分達が加勢したところでどうにかなる数ではない。
「ナナイ姫。レッドグリズリーってどういう生態かは知っているか?」
「城で読んだことのある資料だよりになるけれど…」
「それでかまわない」
「基本的には群れを統率するボスが一体いて、それを基点に様々な生物を襲うわ。一度標的を決めるとその標的を仕留めるまでは戦うことを止めないと言われるほどに好戦的とも」
「なるほど、な」
手持ちにあるスキルに役立つものがあった。名は『観察眼』──それをスキルに装着し、アビリティに『追加検索』と呼ばれるものをセットすると、今しがた得た知識を使って戦場を見ることができた。
外壁を攻撃しているのはグリズリーの中でも若い、先見隊のような役割を持つ個体。門を襲うのは群れのメス達。そして───
「あいつが群れのボスか…」
街から少し離れた、森の切れ目辺りに中型のグリズリーを脇に従える他とは一線を越えた巨躯を持つ個体。ユリーナを追ってきていたやつよりもさらに巨大なその様相はまさしく『ボス』と呼ぶに相応しい。
「目算…、6mぐらいか…」
「まさか、ボスを討ち取るつもり?」
「俺達が加勢してもあの数はどうにかなるようなものじゃない。だけど、ボスと取り巻きの二体を早々と討ち取ることが出来れば、他の個体は森へと撤退する可能性はある」
ボスに統率されているというのなら可能性はある。だが、問題は───
「ボスを討ち取るとしてだ。さっき倒した異常個体よりもデカイあれを、俺達だけで倒せんのか?…ってとこだな」
「そうだな。でも、正直…ゆっくりと作戦を考えてる余裕はなさそうだ」
門を守る騎士達は街の中から入れ替り立ち替りグリズリー達の猛攻を封じてはいる。
しかし、ここから見ても騎士達はすでに疲労困憊に近い。一体でも街に入り込まれたら終わりの状況を半日──下手をすれば丸一日以上続いているのだとすれば、いつ力尽きるかわからない。
「ナナイ姫──」
「シズク、いい加減『姫』扱いはやめなさい。で、何かしら?」
「ヘルヘイムで、三体同時に焼けるか?」
「先ほどのように、という質問ならばわからないわ。そもそも、先ほどの異常個体ですらあんな燃え方をするとは思っていなかったのだし…」
「そういえば…、ユリーナさん。最初に何か言いかけてませんでしたか?」
「えっ、と?」
「よく燃えた異常個体について『レッドグリズリーに問題がある』と」
「ええ。実は───」
ユリーナの説明を聞いて作戦を立てる。正直、賭けになる要素が多く、また不確定なことも多い。
「それでも、やるしかないわな」
「よし。手筈通りに、いくぞ、みんな!」
「「「はいっ!(おうよっ!)」」」




