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「いただきます」
「どうぞ、めしあがれ」
起きだして着替えたことのないはずの着物によく似た服に着替える。部屋を出てリビングと思しき広間に来るとテーブルの上に先ほどの少女が朝食を準備していた。
「お兄様、今日はのんびりでしたね」
「あ、あぁ。よくわからないがな」
「?何がですか?」
「いや、なんでもない」
朝食の置かれたテーブルのイスに座ると向かい側に少女が座る。食事の挨拶もそこそこに朝食を食べ始める。
「お兄様、今日のお仕事はどれぐらいで終わりそうですか?」
「うん?そうだな、受けている依頼は少ないからお昼前には一度戻ってくる予定だ」
「では、お昼もご一緒できるということですね」
「あぁ、よろしく頼む」
朝食を終えて後片付けを手伝い、部屋から仕事用のカバンを肩からかけると外へと出る。まず目に入るのは一面新緑の世界だということだろう。どうやら、森の中にロッジのような家が建っている感じだ。
「じゃあ、行ってくるな」
「いってらっしゃい」
少女の元気な返事をもらいながら森の中へと歩き出す。とりあえず、やるべきことを行うためだ。
森に入り込んでから数分。ロッジが見えなくなったあたりで見つけた手ごろな切り株に腰を下ろす。
「さて、まずは現状の確認を行おう」
目を閉じて精神集中するように自身の内へと意識を落としていく。まずは、記憶を頭に思い浮かべる。
自分の名前はシズク・ライオット、薬師を生業にしている。今朝、自分を起こしに来たのはユイ・ライオットで血の繋がる妹。とある事情から都から少し離れた森の奥に家を構える人種族。
(だが、それより深くにあるこの記憶…)
それは本来の自分であるはずの神峰雫の記憶。機械文明の発達した21世紀の平均的な街に住む高校2年の男子学生。家族構成は両親と姉が1人。両親は仕事の関係で2人そろって家を空けていることが多く、基本的には社会人の姉と2人暮らし。ちなみに名前は神峰結衣。
「思い出せるよな?…なら、今の俺は二つの意識があることになるはずなんだが…」
どういう原理で自分ではないはずの存在となって別世界にいるのか。考えたところでわかるわけがないのだが…
「あと、この世界でできる不思議なこと」
そうして右の手のひらの上に小さな火の玉を生み出す。左には風を集めて球体に作り上げる。
「ファンタジー世界にはありがちだが魔法がつかえるってことか。そして、俺は基本的にこの森の恵みをいただく形で薬を作って生活をしている、と」
元の世界へ戻るにはどうすればいいのか、何をすれば戻れるのか。そもそもどうして自分はこんなわけのわからないファンタジー世界へと放り込まれてしまったのか。
「…考えてもさっぱりわからん。わからんが、薬師としての依頼をこなしながらゆっくりと考えることにしよう。戻ることも重要だが生きることの方が何倍も重要だ」
この世界では自分が生活費を稼いでいるようなので仕事を放るわけにはいかない。
まずはこの辺りにある草木を取りながら仕事を進めるしかない……のだが。
「俺、この世界について何も知らないのに薬師の真似事なんか出来るのか?」
どうやら'シズク'は【薬師】という職業を生業にしているようだが自分は生まれてこの方、薬なんて市販薬を飲むことはあれど、作ることなどしたことはない。
知識無しで薬を精製出来るとはどうしても思えないのだがーー
「ーーおっ?」
何とはなしに近くの花を摘んではみたが、なるほど。これならなんとかなりそうだ。
【蜜草】
蜂蜜のような甘い香りのする花。色によって香りに差があり、使える薬も変わってくる。
「シズクの知識を使えるってことか。これなら薬を作るための材料を集めるのに苦労はしそうにない、かも…」
近くの花を手当たり次第に摘んでは頭に浮かぶ知識とメモに書かれた薬の種類から必要そうな物をピックアップしていく。
「うむ。これで材料はそろっただろ。次は、作り方なわけだが…」
とりあえずメモに書かれた一番上の薬【傷薬】を作ることにした。名前の通りなら傷を癒す薬なのだが…。
「…えっと…」
材料と作るためのすり鉢やビンを並べると案の定、頭の中で薬の作り方がレシピ本よろしく文章として浮かぶ。
「便利なもんだな」
浮かぶ知識をなぞって草や花を磨り潰し、集めておいた(手持ちにあった)蜂蜜の類を火にかけた鍋に流し入れ、磨り潰した草や花を一定の順番で入れながら煮詰めていく。
深い碧色の液体が出来ると用意したビンに流し入れ、コルク蓋で隙間なく閉じると出来上がり。
【傷薬】
服用式の傷薬。傷の再生速度を上げて体力の回復にも使える。本来はすごく苦い。
「最後の付け足されてる一文が若干気になるな…」
本来はすごく苦いってことはこの傷薬は苦くないってことになるんだが…。
「草花取った時に少し手を切ったし、効力確認がてら飲んでみるか?」
きちんと作れているのか確かめるためにも1つを開けて飲み干す。製法の中に蜂蜜を使っているからそうそう苦くはないだろうと思っていたのだが…。
「…後味最悪過ぎるだろ、コレ…」
確かに苦くはないが、喉に絡む。しかも時間がたつと後から苦味が口の中に広がる。
ーーと、顔をしかめながらも飲み干したのだが、そこで【傷薬】に関して追加の文が浮かぶ。
【傷薬】
ビンの中身を水で10倍に薄めて飲むことが推奨される。
「…なんですかね。知識に嫌がらせされるって…」
最初の説明文になぜこの文が含まれていなかった。恨むぞ、シズク・ライオット。