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一夜明けて。朝食を終えてキャンプの跡を片付けながら───
「今日中には村に着けるのかね?」
「さすがに到着するさ。姫さんが昨日より歩けねーとか言わねー限りは、な」
「悪かったわね、体力が無くて」
ナナイ姫の機嫌は少し悪い。というのも、食事はロッジの時よりも質素、周囲に川がないので水浴びすら出来ない。更には服飾系のほとんどは城とともに焼けてしまっていて姫様の服は救出時からほぼ着たきり雀状態だ。
「少なくとも村に着けば服飾系のことは解決するんだから、今日のところはあきらめてくれよ?」
「別に文句はありません。…えぇ、ありませんとも」
どう見ても文句言いたいって顔してるんだが…。
「それより、ユイ。支度は出来たか?」
「はい。いつでも出発可能です!」
「じゃあ、行くか。道中、何も起きないことを願いつつ…」
街道を歩くこと一時間ほど。途中、チッチーの小型の群れに数度出会すも、それ以外には代わり映えなく安全な旅をしている。
「チッチーって本当に弱いな…」
「あれくらいの群れであれば私でもどうにかできますよ?」
チッチーの外見は予想外にもモルモットに近かった。問題は群れになると一匹ごとの模様がどれぐらいかわからないので、踏み潰すわけにもいかず、仕方なく蹴り飛ばしながらきたのだが…。
「あいつら、大群で動く必要あるのか?」
「一匹じゃ、踏まれて終わりだ。だが、20とか30の群れになれば踏み潰すってわけにゃーいかねー。蹴り飛ばそうにもあいつら、意外に飛びかかってくるとけっこう跳ねるんだ」
「なんとなくわかった、かな?」
ようは外敵対策なのだろう。一匹だと食べられるか旅人に踏まれて死ぬしかない。しかし、数の暴力に訴えれば話は違う。
旅人が一人なら30程度の群れに出会えば逆に食い殺されかねない。
「等級Fとはいえ、甘くみると痛い目にあいそうだな」
「貴方達、少し速くありません?!」
本日も変わらず後方を歩くナナイ姫は他三人の歩行スピードについていけていない。ジリジリと離されては少し小走りに近づいて歩くとまた離される。
「そうは言うけどさ。このままもう一泊野営したら今後のいろいろに影響出るんだが?」
「まぁ、しゃーねぇさシズク。平時の生活じゃ、姫さんがしてた運動なんざたかが知れてんだ。俺達に合わせようとすりゃ、ああなるわな」
「そう言ったところでだな──?」
そこで気づく。足元から響くかすかな地響き。地震にしては断続的で、かといって揺れは少しずつ大きくなり始めている。
「な、なんですか?」
「クロウ、なんかヤバい?」
「わからねぇ。地揺ぎにしちゃあ断続的過ぎる」
地響きは次第に本格的に感じられる揺れに変わる、と同時にわずか数m後ろ(具体的ならナナイ姫からほんの数歩後ろ)の木々が揺れた。
「ナナイ、後ろだ!」
「えっ?」
シズクの声に後ろを振り返る。木々が吹き飛び、何かが街道を横切るように吹き飛ばされ、その後から現れたのは朱黒い体毛に被われた体長3m台の熊。
「なっ!?レッドグリズリーか!」
「ヤバいのか!?」
「等級B、森人種族地域内の最大警戒値の魔物です兄様!」
「こいつが?!」
ナナイ姫の前に立つレッドグリズリーはゆっくりとこちらへと向き直るところだ。
熊なのは確かなのだが異様なのはその体躯に対して明らかに肥大した右の巨腕。逆の左と比べても明らかに二倍近い。
「こいつ、右腕でかすぎないか?」
「通常個体じゃねー…。ボス級だ…」
「姫さん、ゆっくり下がれるか?」
「ぇ、えぇ…」
震えながらもこちらへと下がるナナイ姫にレッドグリズリーは目を向けていた。しかし、すぐにこちらへと攻撃してくる気配はない。
(かなり警戒してるな。クロウ曰くボス級ってことは通常個体よりはヤバいはず…。だというのにここまで警戒するのには何か理由がある…?)
『グルル…』
「───…っ」
わずかに聞こえるレッドグリズリーの威嚇の声。ナナイ姫は怯えながらもユイの立ち位置までは下がった。
(あとは、俺かクロウが先制…するしかないか?)
クロウは背中に背負う鉄鎚の柄に手をかけてはいる。だが、いきなり踏み込んでいくような真似はせず、相手の出方を伺っている様子。
だからこそ、打ち合わせ兼ねて小声で話しかける。
「(クロウ、行くか?)」
「(いや、…いいや。やつが咆哮あげて突っ込んでくんなら鼻っ柱殴りにはいくつもりだが、このままやつが森に戻るなら見逃す。通常個体でも俺達四人には荷が重い。ましてやボス級。無理は、死を招きかねん)」
「(そのレベルか…)」
睨み合う形でお互いに動きを止めていた。
だが、不意にレッドグリズリーがこちらから視線を外した。外した先に居たのは、先程森から吹き飛んできていたもの。
「───っ、そこの者!動かないで!」
『グゥ?』
「────先手、必勝!」
「ユイ、援護を!」
「は、はいっ!」
ナナイ姫の声にレッドグリズリーはこちらへと視線を向け直そうと身体を動かす。
わずかに崩れた体勢のグリズリーの鼻っ柱にクロウが振り抜いた鉄槌が命中する。
『グァ?!』
「まだまだっ!」
手に持つナイフでグリズリーの足元をすり抜けるように駆け抜けて、抜き様に膝の部分にナイフを突き刺して切り裂く。
もともと崩れていた体勢から膝にダメージを受けたためかグリズリーがひっくり返る。
『───っ、ガアァァ!』
「──っ!」
倒れていく身体を無視して巨腕の右腕が振るわれる。伏せたこちらの数cm上を巨腕は振り抜かれ、脇の木々が破砕される。
「兄様!」
「危険かもしれんが狙い続けろ、ユイ!」
「は、はい!」
弓を構えるユイは少し下がった位置で矢をつがえている。
仰向けに倒れたグリズリーは左腕一本で側転。うつ伏せになると右腕を振り上げる。
「焼け、フレイムアロー!」
手を交差して構えたナナイ姫の手から放たれるは矢の形をした炎。だが────
『グァァァ!』
「なっ…?!」
「危ないっ!」
巨腕が燃えようと意に介することなく振り下ろされた一撃は一瞬先にナナイ姫を抱えて跳んだシズクには当たることなく、しかしその一撃は地面を抉り、周囲を砕く。
「シャレになってないな!」
「おうりゃあっ!」
再び鼻っ柱をクロウの鉄槌が殴り飛ばす。痛みのためか、半狂乱に咆哮をあげるグリズリーから距離を取る。
「かってーな、あいつの鼻…!」
「姫さん、さっきのやつの確認頼めるか?」
「わかりました」
街道の近くに転がるのは先ほどグリズリーが吹き飛ばしてきたもの。
「貴方、意識はあるかしら!?」
「ぃっ、つぅ…」
そこにはプレートアーマーを着けた女性の黒森人。
痛みに呻いてはいるが目立った外傷は無い。近くに転がる剣は半ばで砕けていて使い物にはなりそうにないが…。
「貴方!」
「…っ、あ、あいつは!?」
「今そこで私の仲間が抑えてはいますが決定打にかけています。アレの弱点などは貴方は知ります?」
「えっと、あんななりの割に火に怯えると聞いてはいますが…」
「火に怯える?」
思い出すのは少し前の炎の矢。
見ていた限りでは怯える様子は見受けられなかった。
「もう少し具体的に!」
「か、顔に飛んでくる火に怯えるはずですっ」
「『顔に』ね…」
振り返って見る先では右の巨腕を振り回して暴虐の如く猛るグリズリー。
足を止めることなく走りながらも隙をみつけては殴り、切りかかるクロウとシズク。
掩護射撃に徹しながらも的確にグリズリーの目や鼻などの感覚機関を矢で狙い続けるユイ。
すでに街道のほとんどが砕け、周辺の木々は根本を残して破壊されてしまっている。
「貴方のことは後で伺うとしましょう。貴方、アレがこちらへと突っ込んできたら私を守ることはできます?」
「た、盾はあるからなんとかなるかもしれないが…」
「わかりました。しばし、アレがこちらへと来た場合は時間を稼ぎなさい」
「わ、私がですか?!」
「貴方が招いた災厄ですよ?」
「う…。わ、わかりました。やればいいのでしょう!」
女性は少し離れた場所まで転がっていた盾を拾うとナナイ姫の前に立つ。
ナナイは大きく息をつき、吸い込んで────
「『世界を産み出すはハジマリノホムラ。世界を滅ぼすはオワリノホムラ。初と終を示すはホムラノミタマ』」
詠唱によってナナイの足下に星の陣が現れる。
陣は紅く輝き、周囲の大気を熱していく。
「『ミタマノ紡ぐはハジマリとオワリ。紡いで繋ぐは言の葉の意志。ここに紡ぐはハジマリ、ここに繋ぐはオワリ』」
『っ、ゴアアァァ!!』
空気が変わったことにグリズリーは気づいた。猛る咆哮とともにナナイへと巨腕を振り抜く。しかし────
「ぐっ、ぬぅおおお!」
『グッ、ガアァァ!!』
グリズリーの巨腕を真っ向から受け止めたのは盾を構えた黒森人。両足が街道を踏み砕きながらも巨腕の一撃を防ぎ、次いで振られた一撃すら耐える。
「『我が示すはホムラノミタマ。────顕現せよ』」
ナナイが構えた右腕に並ぶように、浮かぶは巨大な焔の杭。
右腕の振りに合わせて杭は動き────
「灼き尽くせ───、ヘルヘイム!」
槍でも投げるように振り抜いた右腕から焔の杭が射ち放たれる。グリズリーは杭を巨腕が掴み取った、…はずだった。
一瞬で消炭に変わった右の掌にグリズリーの目が見開かれたのが確認できた刹那、杭の一撃がグリズリーの顔を焼く。
『ギイィ、ガアァァ!?』
顔についた焔は瞬く間にグリズリーの全身を覆って一つの巨大な松明のように燃える。
しばらく絶叫をあげていたグリズリーは焔の勢いが弱っていくにつれて絶叫が弱まる。だが、その膝が折れ、その場に倒れていくグリズリーはもはや動くことはなさそうだった。




