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眠りについてどれくらいが経ったのか。先程まで響いていた音も数分のうちに鳴り止み、再び微睡んでいる。
しばらくすると誰かが扉を叩く音が響く。しかし、疲れの溜まっているシズクは目を覚まさない。扉を叩く音はしばらくすると止み、扉が開かれる音が鳴る。
(あれ…?ロッジの扉の鍵、閉めてなかったっけか…?)
扉を開けた存在は迷わずシズクの元へと歩いてきた。わずかな距離でその存在は止まる。
(…ユイが起こしにきたかな?いい加減、起きるかーー)
「いい加減に起きんか!遅刻するつもりか、愚弟!」
「がふっ?!」
呼ばれた声と共にシズクの腹に拳が叩き込まれる。突如、腹部に起きた激痛にシズクはベッドから転げ落ちた。
天地のひっくり返った視界にまず見えたのはパンツルックのスーツに身を包んだ1人の女性が仁王立ちしている、という構図。
「ようやく起きたか。朝御飯はすでにできているから起きたなら食べに来なさい」
「ね、姉さん…」
背筋を伸ばし、髪をアップにまとめた女性ーーー神峰結衣はそれだけを伝えると部屋から出ていった。
身体を起こしてみるとそこは眠りにつく前のファンタジーのロッジではなく、あの世界に行く前ーーー神峰雫の部屋そのものだった。
(いったい何がどうなってるんだ…?)
長い夢から覚めたような感覚だけを残し、雫は元の日常となる自分の部屋へと帰ってきていた。
☆
学園の制服に着替え、身だしなみを整えてリビングへと向かうと簡単な朝食とソファに座って新聞を読んでいる姉の姿があった。
(本当に、帰ってきたんだなぁ…)
朝食の席に着くと姉は新聞を畳みテーブルに置く。そして、ビジネスバッグを持つ。
「では、今日はさすがに先に行く。会社に遅刻するわけにも行かんのだ」
「あぁ、うん。…姉さん、帰ってきたら少し聞きたいことがあるんだけど…」
「構わない。弟の疑問には私の答えられる範囲で答えよう。では、遅刻はするな」
リビングから出ていく姉の背中を少し眺めつつも、言われた通り遅刻しないために朝食を腹に収めていく。
姉の結衣が出てから30分ほど遅れて雫は学園目指して歩き始める。
(街は変わらず平和そのもの…。一応、ニュースの確認がてら日付は見たけど、マジで1日しか経ってない…)
雫が'シズク'として過ごした時間は現実に置き換えられてみれば眠っていたわずか7時間半の間だった。だが、それにしては頭に残る知識はわずか7時間足らずで得たものにしては密度が高すぎる。
だからと言って、今は帰ってこられて日常生活の基板たる学園へと歩いているところだ。気持ちを切り換えて雫は学園へと歩いている。
「まぁ、深く考えるのはやめよう。どうせ考えたってわからないだろうし…」
余談ではあるが雫の通う学園ーー御常学園は徒歩で通える距離にある。そのために起こされる際に強行手段を取られたという側面もあるのだが…。
学園に到着し、自身のクラスへと来ると1人の男が近づいてきた。
「よう!今日はずいぶんとゆっくりだったな、雫」
「お前は朝からテンション高いな、音色」
クラスメイトであり中学からの友人である鈴木音色。字面から見ると女に間違えられるが、れっきとした男。
「いつもならお前はあの姉貴と一緒に出るからもう少し早いだろ?」
「今日は寝坊だよ。自分でも珍しいとは思ってる」
「へぇ?お前みたいなやつでも寝坊なんてすんだな」
心の底からおかしいと思っているのか音色はくつくつと楽しそうに笑う。
「…で、朝から声をかけに来たのはあいさつだけか?」
「まさか。ここ最近のホットな話題を共有していこうと思ってだな」
「ホットな話題をと言うけどよ。なんかあったか?」
「『睡死病』について語ろうぜ?」
『睡死病』とは。単純に言えば寝たら死ぬという病のことになる。ただし、原因・発生率等々が一切の不明という現代の奇病だ。
「睡死病、ねぇ。とはいえ、アレってテレビのニュース以上の情報ってあるのか?わかってんのは10日~2週間、長ければ1ヶ月は原因不明で眠り続けて、ある時いきなり呼吸・脈拍とかが下がって死ぬってことだろ?」
「そうだな。病気としてのプロセスがまったくわからない現代医学では解決出来ない奇病。睡死病はかかれば確実に死ぬ・・・ってのが、テレビの情報なんだよな」
「他に情報源なんかあったか?」
「うおーい!雫、俺の両親の職業わかってます?」
「職業?…あぁ、医者やってたな」
鈴木音色の両親は共に医者だ。しかもこの街最大の大学病院に勤めており、父は外科医、母は内科医のエースと言われているらしい(両親本人談)。
ちなみに音色本人は両親の仕事の関係で母方の祖父母の家で生活しているとのこと(本人談)。
「そこから来た情報か。ってか、いいのかよ守秘義務…」
「個人情報は混じってないし、あくまでも両親から見た睡死病に対する所感をまとめて聞かされただけだ」
「まぁ、現場の人の印象ってテレビの情報とかとは違うだろうしな」
「まぁな。さて、話したいんだがーー」
そこで朝のHRのチャイムが鳴り響く。
「残念だが、続きは昼休みにするしかないようだ」
「だな。ホットな話題、よさそうだ」
「昼休みを御期待だ」
そうして音色は自身の席へと歩いていく。話は気にはなるが今は授業が優先される。雫は鞄から教科書類を取り出していく。




