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かの兵士

シンと静まり返った酒場内、そこにいる人間全員の視線が自分に向いている。その中にいる紅い瞳、紅い髪色をした少女は先ほど自分が叫んだ内容の訳を問う視線を向けている。

自分にも何故そのスープを飲んではいけないのか、それは分からない。でもダメなのだ。なににしろ、何かを言わなければいけない。


「と、とにかくそのスープはダメなんです!何故かは分かりません!それでもダメなんです!」


嘘偽りなく、正直に言うしかないと思った。


「お前は何を言ってんだ。俺がスープ飲んで大丈夫じゃねえか。見てろ、今飲んでやるから」


そういって男性は少女のスープにスプーンを向ける。


「ダメです!それは本当にダメなんです!」


とにかく声を張り上げた。出来るだけこちらが危機を感じていることが伝わるように。男性も少女も、その勢いに戸惑っていた。

すると、周りにいた兵士の一人が声を上げる。


「無礼者!貴様マクファーデン様の水浴びを覗き見ておいて、さらに無礼を重ねるというのか!」


その兵士の言っていることは概ね間違っていないので、言い返すことはできない。だが、この兵士、嫌な感じがする。言葉で説明はできないし、自分自身にもよくわからない。でも、これも"分かる"というやつか。この兵士は嫌な感じだ。

推測に過ぎないが、いくつかのピースを重ね合わせると一つの仮説が出てくる。しかし、それが間違っていた時、それはこの兵士に迷惑をかけてしまう賭けとなる。しかし、スープにしろ、かの兵士にしろ、自分にとっては確信となっている。


「すいません兵士さん、突然叫んだりしてしまって。何故か自分にはそのスープが怖く感じてしまったんです。兵士さん、どうしても不安が拭えないので、そのスープその二人が飲む前に飲んでみてくれませんか。それなら自分も安心できます」


これほどの確信している材料があればそれはもう仮説ではなく事実になる。

男性の方のスープは大丈夫で、少女の方のスープがダメということは調理ではなく配膳の段階でそのスープに何か細工がされたのだろう。その細工というのもきっと毒だろう。

かの兵士の様子は特に変わったように見られないが、ジッとこっちを見る。そして、男性の方に顔を向け、


「少佐殿、こんな罪人の言うことなど気にしなくても、よろしいのではないかと」


「ううん、そうだな。俺もそう思う。妹の覗きをするようなやつだ。最終的にそのスープを代わりに飲みたいのでも言いだすんじゃないか?」


信頼を得られていないどころか疑われているのだ、自分の部下と比べてどちらの意見を採用するかなど火を見るより明らか。しかし、それでも諦められない。助けられる命が目の前にあるのにそれを放っておくわけにはいかなかった。それはアイヴィーさんを救った時にもそう思った。

男性の方は自分のことなど歯牙にもかけていない、望みは少女の方。もうなにも言うことはない。あとは少女が自分のことを信じてくれるのを祈ってジッと見つめるだけ。


「お兄様、やっぱり私はこのスープいらないです。そこまで言われると私もこのスープ、ちょっと気持ち悪くなっちゃって」


「なっ……!おいてめえ!お前のせいでこんなにも美味しいスープを妹が拒否したじゃねえか!どうしてくれんだ!」


拒否した。良かった……!これでとりあえずは誰かが死ぬことはない。いや、まだこの男性が手をつける可能性がある。どうするべきか。


「それならばそのスープ、ぜひ自分にいただけないでしょうか?実はとてもお腹が空いていまして」


この男性が先ほど自分を卑下するために言っていたことを逆に利用しよう。それにこのスープ、どうしたって自分の口の中に入ることはないはずだ。


「ほら見ろ!アリス、こんな男の言うことなんて気にしなくていい、このスープは本当に美味しいんだ。それでも食べないか?」


「ええ、この人に飲ませてあげて」


男性は不快な感情を隠しもせず大きく舌打ちをする。そして、かの兵士に顎で命じて、自分のところまでスープを持って行かせた。しかし、そのスープは自分のところまで来ることはなかった。


「す、すいません!つい足が躓いてしまい……!」


かの兵士が躓き、スープを全て零してしまったのだ。それもそうだろう、もし自分がこのスープを飲んで絶命でもしたらこの兵士にとっていい展開とはならないだろう。

この段階で誰も犠牲にならなかったと一息つけるところだ。しかし、この兵士がそばにいる限り安全ではない。このスープの毒性を二人に知らせる必要がある。口でいっても信用はしてもらえない。そうなれば論よりも証拠。実演してみせるしかない。

かの兵士を叱咤している男性に話しかける。


「このスープもったいないですね、せっかくおいしいとおっしゃっていたスープ。さぞかしお高いことなんでしょう。差し支えなければこのまま飲んでもよろしいでしょうか?」


この場にいるすべての人間からギョッとした目で見られる。今日一日で何度このような視線を浴びればいいのか。


「つ、つまり床にこぼれたスープを舐めて飲むというのですか?」


少女は驚いたように問う。それに対し、自分は静かに頷いた。


「や、やめろ!このお二方の前でこれ以上の狼藉は許さんぞ!」


かの兵士が声をあげて自分を遮ろうとする。そこまでしてくるとは思わなかったのだろう。


「元はと言えば、自分が飲めるはずだったスープを無駄にしたのは貴方でしょう。このスープを自分が飲むことは許可されています。邪魔をしないでください」


また、場がシンと静まり返る。これほど意地の汚い人間を見たことがないとでも言いたげな顔で溢れかえっている。何もここまで自分を犠牲にして2人を救うこともない。しかし、自分には周りの何もかもがわからない。身を削ってでも他人に尽くす事が自分にとって収支としてプラスとなる事はアリットセンさん達でよく分かった。何がどう転ぶかわからないが、ただ目の前の人を救うという正義感だけで動けるほど自分にも余裕がない。

なんて、自分が誰かに何かをするのに、適当な理由が欲しいだけなのかもしれない。


「待ってください、そこまでしなくてもスープはまだあります。今もう一食分用意させますから、床に溢れたスープなんて口にしないでください」


「いえ、自分が望んでいるのはそのスープです。そのスープでなければ意味がないのです」


「おい、お前しつこいな。わざわざ新しいのを用意してやると言ってるんだ。意地になることはないだろう」


「いえ、何度も申し上げている通り、そのスープでなければいけないのです」


「……はあ。分かりました。調べさせましょう。貴方はそのスープに何か細工がされていると言うのでしょう?一匹、ネズミを捕まえさせましょう」


「マクファーデン様!何も浮浪者の言うことなど……!」


「これは私が決めたことです。何か?」


「くっ……」


少女がそう言ってそうしないうちに一匹のネズミが少女の前に差し出された。


「では、その溢れたスープをネズミの口に」


かの兵士とは別の兵士がネズミの口にスープを運ぶ。口にスープが入ったと思われるその瞬間、ネズミの口からは泡が吹き出し、瞬く間に息の根を止めた。その場が動揺に包まれる。


「き、貴様!どうしてこのスープに毒が仕込まれていたことを知っていた!吐け!さもなくばその首、一瞬のうちに切り飛ばしてくれる!」


男性がいきり立ったように剣を抜いて自分の首に生身の剣を当てる。こうなるとは予想していなかった。何故と言われても自分にも全く分からない。予感とか、気配とか、そういう類いなのだと思う。


「お兄様、剣を収めてください。この人は私とお兄様を毒から救ってくださったのですよ?もしこの人がいなければ、私は今頃こうして喋っていないことでしょう」


「むっ……」


どうするか考えあぐねていたところ、少女が助け舟を出してくれた。それに説得に応じて男性は剣を収めた。


「それにしても、だ!どうしてこのスープに……」


「ーー危ないっ!」


とっさの嫌な予感に体を起こして男性に体当たりをする。ロープで縛られたため少し手荒ではあったが、その男性の背後から迫っていた凶刄からは逃れられたようだ。


「皆さんも気をつけて!この兵士が毒、を……」


尻すぼみに声が小さくなる。男性に体当たりしてからすぐさま身体を起こして周りを見るとすでにかの兵士は少女によって制圧されていた。


「二度も命を救われちゃったわね、お兄様」


少女はかの兵士の両手を後ろでに捻りながらこちらを見て微笑む。それで気になり、男性の方に目を向けると、男性は倒れた時の当たりどころが悪かったのか、目を回していた。

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